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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百十三話 調査のはずでした

ようやくアルヴェインへ戻ったミレアたち。


しかし、待っているのはギルドマスターへの報告。


果たして「調査」の一言で、どこまで説明できるのでしょうか――。

 アルヴェイン冒険者ギルド。


「戻ったっすー!」


「……ただいま戻りました」


 久しぶりに足を踏み入れたギルドの中に、シアの元気な声が響いた。


 昼を過ぎたばかりのギルドは、依頼を終えた冒険者や、これから出発する者たちで賑わっている。


 掲示板の前で依頼書を眺める者。


 受付で報酬を受け取る者。


 仲間同士で食事をしながら、次の仕事について話し合う者。


 その光景は、三人が出発する前とほとんど変わっていなかった。


「……ふぅ。ようやく戻ってきたな」


 リトが大きく肩を回す。


 道中では何度か魔獣と遭遇したものの、大きな問題もなく帰還することができた。


 ただ、長い道のりだったこともあり、少しばかり疲れが溜まっているようだった。


 一方、シアは相変わらず元気だった。


「久しぶりっすねー! あ、あそこにいるの、前に会った冒険者さんじゃないっすか?」


「……シア、今はそれどころじゃないぞ」


「なんでっすか?」


「……ミレアさんを見てみろ」


「……ん?」


 シアが隣へ顔を向ける。


 そこには、いつものように背筋を伸ばして立つミレアの姿があった。


 しかし――。


「…………」


 その表情は、どこか硬かった。


「……ミレアさん?」


「……何でしょう?」


「なんか顔が怖いっす」


「……気のせいですよ」


「絶対気のせいじゃないっす!」


 ミレアは静かに微笑んだ。


 ただし、その笑顔には普段のような余裕が感じられない。


「……シア」


 リトが小声で呼び掛ける。


「はいっす?」


「今はそっとしておこう」


「……なんでっすか?」


「これからギルドマスターに報告するからだよ」


「……あー!」


 シアが納得したように手を叩いた。


「怒られるっすね!」


「言わないでください」


 ミレアが即座に答えた。


「やっぱり気にしてたっす!」


「…………」


 ミレアが静かにシアを見る。


「…………」


 シアの笑顔が止まった。


「……黙るっす」


「賢明です」


「怖いっす……」


 リトは二人のやり取りに苦笑しながらも、ミレアの気持ちはよく分かっていた。


 今回の依頼は、ベルグラードの状況を調査して報告すること。


 それだけだったはずだ。


 しかし、実際に持ち帰った報告は、それだけでは済まない。


 人間族の武装集団。


 評議会との交渉。


 双方の直接会談。


 そして、待遇改善と武器の問題についての取り決め。


 どれを取っても、当初の依頼からは大きく踏み込んだ内容だった。


 しかも、その中心にいたユウトは、今もベルグラードに残っている。


(……まあ、ミレアさんが緊張するのも無理はねぇか)


 リトはそんなことを考えながら、ギルドの奥へ向かった。


 ◇


 ――コンコン。


「入れ」


 扉の向こうから、低い声が返ってきた。


「……失礼します」


 ミレアがゆっくりと扉を開ける。


 ギルドマスター室。


 部屋の奥には大きな執務机が置かれ、その上には何枚もの書類が積まれていた。


 そして、その向こうに座っていたのは、アルヴェイン冒険者ギルドのギルドマスター、ヴァルドだった。


 短く整えられた髪。


 頭部から伸びる二本の小さな角。


 首元には、竜人族特有の鱗が覗いている。


 彼は手元の書類から顔を上げると、三人を順番に見渡した。


「……戻ったか」


「はい。ただいま帰還いたしました」


「ご無沙汰っす!」


「……おう。お前たちも無事だったようだな」


 ヴァルドは小さく頷く。


 そして、もう一度三人を見回した。


「……ところで、ユウトとシエルはどうした?」


「……その件につきましても、報告の中でご説明いたします」


「……そうか」


 ヴァルドは一瞬だけ眉を動かしたが、それ以上は尋ねなかった。


「まあいい。座れ」


「……失礼します」


 三人が椅子へ腰掛ける。


 ミレアは持参した報告書を机の上へ置き、背筋を伸ばした。


 ヴァルドはその書類へ一度視線を落とすと、机の上で両手を組んだ。


「……では、報告を聞こう」


「はい」


 ミレアは小さく息を吸った。


 そして、ベルグラードで確認した事実について、順を追って説明を始めた。


「まず、ベルグラードでは、人間族に対する差別的な扱いが以前よりも深刻化していることを確認しました」


「……具体的には?」


「賃金、住居、雇用、商店の利用など、生活の様々な場面で人間族だけが不利な扱いを受けています」


「……なるほど」


 ヴァルドが頷く。


「それは評議会が定めた制度なのか?」


「一部には評議会の対応が関係していますが、商店や工房が独自に行っているものも多くあります。長年の慣習として続いているものも少なくありません」


「……そうか」


 ヴァルドは表情を変えずに聞いていた。


「さらに、人間族が集団で行動することへの監視も強まっていました」


「……理由は?」


「一部の人間族が、武器を集めていたためです」


 その瞬間、ヴァルドの目が僅かに細くなった。


「……武器?」


「はい」


「……何のために?」


「評議会への要求がこれ以上受け入れられない場合、武力によって状況を変えることも視野に入れていたようです」


「…………」


 ヴァルドは少しだけ考え込んだ。


「……つまり、武装蜂起に発展する危険があったということか」


「……はい。その可能性は十分にあったと考えています」


「……そうか」


 短い返事だった。


 怒鳴るわけでもなく、声を荒らげるわけでもない。


 しかし、何故かミレアの背筋は先ほどよりも伸びていた。


「……それで?」


「……はい?」


「その状況を確認した後、お前たちは何をした?」


「…………」


 ミレアが黙る。


 その横で、シアとリトがちらりと顔を見合わせた。


「……まず、人間族側から詳しい事情を聞きました」


「調査としては妥当だな」


「……ありがとうございます」


「続けろ」


「……はい」


 ミレアは書類へ一度視線を落とした。


「その過程で、武器を集めていた人間族の集団とも接触しました」


「…………」


「…………」


「……そうか」


 ヴァルドの声は変わらなかった。


「……はい」


「危険はなかったのか?」


「警戒はされましたが、戦闘にはなっていません」


「……誰が話した?」


「主っす!」


「シアさん!」


「事実っす!」


 シアが胸を張る。


 ヴァルドは一度だけ目を閉じた。


「……ユウトか」


「……はい」


「……なるほどな」


 何故か、それだけで少し納得したようだった。


「それで?」


「……次に、評議会とも話をしました」


「……そうか」


「はい」


「……調査として?」


「…………」


 ミレアの言葉が止まる。


 ヴァルドが静かに顔を上げた。


「……ミレア」


「……はい」


「続けろ」


「……承知しました」


 ミレアは背筋を伸ばし直した。


 その横で――。


「……怒ってるっすか?」


 シアが小声でリトへ囁く。


「……たぶんな」


「声、変わってないっすよ?」


「……だから怖いんだよ」


「……そこ」


「はいっす!」


「すみません!」


 二人が揃って背筋を伸ばした。


 ヴァルドは何事もなかったようにミレアへ視線を戻す。


「……続けろ」


「……はい」


 ミレアは軽く咳払いをした。


「評議会と人間族の双方から事情を聞いた結果、互いに相手を信用できていないことが、話し合いを進めるうえで大きな障害になっていると考えられまして……」


「……誰が?」


「…………」


「誰がそう判断した?」


「……ユウトさんです」


「……そうか」


「正確には、主はそんな難しいこと考えてなかったと思うっす!」


「シアさん!」


「だって、最初は『両方やればいいじゃん』って言ってたっす!」


「……シア」


 リトが額を押さえる。


「今は黙ってろって言われただろ……」


「……そうだったっす!」


 ヴァルドは二人を一瞥した。


「……つまり?」


 その問いに、ミレアは観念したように答えた。


「……評議会と人間族の代表者に、直接話し合っていただく場を設けました」


「…………」


 ヴァルドの表情が止まる。


「……評議会と?」


「……はい」


「武器を集めていた人間族の代表者を?」


「……はい」


「同じ席に着かせたのか?」


「……はい」


「……お前たちが?」


「…………はい」


 ヴァルドは、しばらくミレアを見つめていた。


 そして――。


「……そうか」


 それだけだった。


 しかし、ミレアの額には薄っすらと汗が浮かんでいた。


(……怒鳴られる方が、まだ気が楽かもしれません……)


 そんなことを考えていると、ヴァルドが再び口を開いた。


「……それで、その話し合いはどうなった?」


「……はい!」


 ミレアは慌てて答えた。


「双方が、待遇改善と武装の問題について、具体的な協議を続けていくことで一致しました」


「……ほう」


「評議会は十日後までに、改善へ向けた最初の回答を示すことになっています。また、それに先立って、商店や工房へ協力を求める暫定的な通達も出されました」


「……なるほど」


「人間族側についても、武器の新たな調達を止めるよう、代表者が仲間へ働きかけています。すでに一部の武器が自主的に保管されていることも確認しました」


「……武装解除までは進んでいないのだな?」


「はい。現時点では、正式な武装解除の合意には至っていません」


「……そうか」


 ヴァルドは静かに頷いた。


「少なくとも、争いを避けるための話し合いは始まったわけだな」


「……はい」


「それは結構なことだ」


「……ありがとうございます」


 ミレアは僅かに安堵した。


 しかし――。


「……それで?」


「……はい?」


「まだあるんだろう?」


「…………」


 ミレアの表情が固まった。


「……その……」


「……言え」


「双方が今後の約束を守っているかどうか、第三者に確認してもらうという案が出まして……」


「……第三者?」


「……はい」


「……誰だ?」


「…………」


「ミレア」


「……私たちです」


「…………」


「…………」


「…………」


 部屋が静まり返った。


 窓の外から、ギルドの賑わいが微かに聞こえてくる。


 しかし、この部屋の中では誰一人として口を開かなかった。


 やがて、ヴァルドがゆっくりと椅子へ背を預けた。


「……確認するが」


「……はい」


「私は、お前に何を頼んだ?」


「…………」


「……ミレア」


「ベルグラードの状況調査です」


「……そうだな」


「……はい」


「武装集団との交渉を頼んだか?」


「……いいえ」


「評議会との交渉は?」


「……いいえ」


「双方の仲介は?」


「……頼まれていません」


「待遇改善の方針までまとめろと?」


「……言われていません」


「武装の問題について、取り決めを考えろとも?」


「……いいえ」


「……では、履行確認は?」


「…………」


 ミレアは小さく息を吸った。


「……頼まれていません」


「……そうだな」


「…………」


 ヴァルドはしばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと呟く。


「……随分と、調査の意味が広くなったものだな」


「…………申し訳ありません」


 ミレアが深く頭を下げた。


「……怒鳴られない方が怖いっす」


 シアが小声で囁く。


「だから言っただろ……」


 リトも小さく答える。


「……聞こえているぞ」


「すみませんっす!」


「すみません!」


 再び二人が揃って頭を下げた。


 ヴァルドは大きく息を吐いた。


「……だが」


 その言葉に、ミレアが顔を上げる。


「武装蜂起に発展する危険があった状況を、話し合いのできる段階まで戻した」


「……はい」


「それ自体は評価する」


「……ありがとうございます」


「もし戦闘になっていれば、人命が失われていたかもしれん。そうなる前に双方が向き合う機会を作れたことは、悪い結果ではない」


 ヴァルドは静かに続けた。


「……ただし」


「……はい」


「結果が良ければ、依頼された範囲を好きに逸脱していいという話ではない」


「……承知しています」


「……本当に?」


「…………」


 ミレアの返事が止まった。


 ヴァルドの眉が僅かに動く。


「……なぜ黙る?」


「……その」


「……何だ?」


「……私にも、どうしてここまで話が進んでしまったのか、よく分からない部分がありまして」


「…………」


「気がついた頃には、評議会と人間族の代表者が同じ席に座っていました」


「…………」


「その後、ユウトさんが条件を整理し始めまして……」


「…………」


「……気がつけば、今後の協議の日程まで決まっていました」


「…………」


 ヴァルドが静かに目を閉じた。


「……ユウトか」


「……はい」


「主っす!」


 シアが元気よく付け加えた。


「……分かった」


「早いっす!」


「……何がだ?」


「納得するのがっす!」


「…………」


 ヴァルドがゆっくりとシアを見る。


「……シア」


「はいっす?」


「少し黙れ」


「了解っす!」


 リトが小さくため息を吐いた。


(……よく怒られないな、こいつ)


 いや、すでに十分怒られているのかもしれないが。


 ◇


 ヴァルドは改めて机の上の報告書を手に取った。


 そこには、ベルグラードで確認された差別的な扱いの実態や、評議会との話し合いの内容が記されていた。


 また、すでに確認できた事実と、今後の正式な決定を待たなければならない事項も分けて整理されている。


 ミレアが帰路の途中でも何度も見直した書類だった。


「……それで」


「……はい」


「ユウトとシエルは、ベルグラードに残ったのだな?」


「はい。現地での調査を続けています」


「……双方の約束についても確認しているのか?」


「確認できる範囲で、です。正式な監督役として活動することは、ギルド長の了承を得るまで控えるよう伝えてあります」


「……そうか」


 ヴァルドは頷いた。


「お前たち三人が戻った判断は妥当だな」


「……ありがとうございます」


 ミレアが少しだけ表情を和らげる。


「では、今後についてなのですが……」


「……ああ」


「ギルドとして、ベルグラードの仲介を正式に引き受けることは――」


「……しない」


「…………」


 即答だった。


「……そう、ですか」


 ミレアが静かに頷く。


 ヴァルドは書類を机へ戻した。


「ベルグラードはアルヴェインの管轄ではない」


「……はい」


「それに、あの地域は複数の町や集落がそれぞれ独立した立場を持っている。評議会が調整を行っているとはいえ、外部のギルドが勝手に内政へ介入してよい場所ではない」


「……おっしゃる通りです」


「今回の調査も、アルヴェインへ逃れてきた人間族の家族がいたからこそ、現地の状況を確認する必要が生じたものだ」


「……はい」


「その結果を報告することと、ギルドの名で他の地域の政治的な問題を仲介することは、まったく別の話になる」


 ヴァルドは淡々と続けた。


「我々が正式な仲介役となれば、その後に起きる問題についても、ギルドとして責任を問われる可能性がある」


「…………」


「もし、評議会が約束を守らなかったらどうする? 人間族の一部が再び武器を集め始めたら? その時、アルヴェインのギルドがどこまで責任を負うつもりなのだ?」


 ミレアは答えなかった。


 それは、帰路の途中でも何度も考えていた問題だった。


 話し合いが順調に進んでいる間はいい。


 しかし、もし途中で状況が悪化した場合、第三者として何をするべきなのか。


 誰が判断し、どこまで責任を持つのか。


 そこを曖昧にしたまま、ギルドの名で仲介を引き受けるわけにはいかない。


「……理解できます」


 ミレアが静かに答えた。


「ギルドとして正式な仲介に入ることはできませんね」


「……そういうことだ」


 ヴァルドは頷いた。


 しかし、そこで少しだけ表情を緩めた。


「……ただし」


「……はい?」


「ユウトが個人としてベルグラードの者たちに協力することまで、私が止める理由もない」


「…………」


 ミレアが顔を上げた。


「……よろしいのですか?」


「ギルドの依頼として動くのではなく、本人の意思で関わるのであれば、それは別の話だ」


「……なるほど」


「もちろん、ギルドの代表を名乗ったり、ギルドが保証するかのような約束をしたりすることは認めん」


「……はい」


「評議会と人間族の双方が、ユウト個人に話を聞いてもらいたいというのであれば、それはあちらで判断することだ」


 ヴァルドは少し考えてから続けた。


「ただし、本人が引き受けられる範囲を超えるようなら、きちんと断るべきだろうな」


「…………」


 ミレアの表情が僅かに曇る。


 その変化を見て、ヴァルドが眉をひそめた。


「……何だ?」


「……いえ」


「何か問題があるのか?」


「……ユウトさんが、きちんと断れるかどうか……」


「…………」


 ヴァルドが黙った。


「困っている方から相談されると、どうしても放っておけないようでして……」


「……そうか」


「はい」


 ヴァルドは深く息を吐いた。


「……ならば、シエルに任せるしかないな」


「……そうですね」


 ミレアも頷いた。


「シエルなら大丈夫っす!」


 シアが胸を張る。


「……ああ。そこは俺も信用してます」


 リトも同意した。


 ただし、その直後。


「……でも」


 リトが少し考え込む。


「シエルも、アニキが困ってる人を助けようとすると、結局一緒に手伝うんですよね」


「…………」


「…………」


「…………」


 ミレアがゆっくりと顔を伏せた。


 ヴァルドも目を閉じる。


「……そうか」


「そうっす!」


 シアが嬉しそうに頷く。


「……厄介だな」


 ヴァルドが静かに呟いた。


「……はい」


 ミレアも、小さく頷くしかなかった。


 ◇


「……今後については、そういう方針で考えよう」


 ヴァルドが改めて口を開いた。


「今回の調査報告は受理する。ベルグラード側へ正式に仲介へ入ることはできないと、必要に応じて伝えておけ」


「……承知しました」


「ユウトたちが現地で協力を続けることについては、個人の判断に任せる。ただし、ギルドの名を使って勝手に約束を増やすことは認めん」


「……はい」


「そして、お前たちはしばらく休め」


「……え?」


 ミレアが顔を上げた。


「ベルグラードから戻ったばかりだろう。道中の疲れもあるはずだ」


「……ありがとうございます」


「数日休んでから、必要であれば再びベルグラードへ向かえばいい。もっとも、その場合も新たなギルドの依頼としてではなく、各自の判断になるがな」


「……承知しました」


 ミレアは深く頭を下げた。


 すると、ヴァルドが一つだけ念を押すように口を開く。


「……ただし、ミレア」


「……はい」


「次からは、可能な限り依頼した内容の範囲で行動しろ」


「…………」


 ミレアは少し考え込んだ。


「……善処します」


「……なぜ断言しない?」


「…………」


「……ミレア?」


「……ユウトさんがいますので」


「…………」


 ヴァルドが黙った。


 ミレアも黙る。


 リトは小さく苦笑し、シアだけが不思議そうに二人を見比べていた。


 やがて――。


「……そうか」


 ヴァルドが静かに頷いた。


「納得したっす!」


 シアが声を上げる。


「……シア」


「はいっす?」


「出ていけ」


「なんでっすか!?」


「報告は終わった。休めと言っている」


「……あ!」


 シアが手を叩いた。


「なるほどっす!」


「……まったく」


 ヴァルドは呆れたように息を吐いた。


 その横で、リトが笑いを堪えていた。


「……では、失礼いたします」


 ミレアが立ち上がり、深く頭を下げる。


「お疲れ様っした!」


「……おう」


 リトも続いた。


 そして、シアは最後に元気よく手を振る。


「ヴァルドさん! また来るっす!」


「……分かったから、早く休め」


「了解っす!」


 三人はようやくギルドマスター室を後にした。


 扉が閉まる。


 室内に静けさが戻ったところで、ヴァルドは机の上の報告書へ視線を落とした。


「…………」


 しばらく、その内容を読み返す。


 人間族への差別。


 武装集団。


 評議会との話し合い。


 そして、双方の間に立って交渉を進めた一人のEランク冒険者。


「……まったく」


 ヴァルドは小さく息を吐いた。


「何をやっているんだ、あいつは……」


 口調は呆れたものだった。


 しかし、その表情には僅かな笑みが浮かんでいた。


 依頼の範囲を超えたことは、決して褒められたものではない。


 だが、長年対立していた者たちを同じ席に着かせ、話し合いを進めさせたというのは、簡単にできることではない。


 それも、武力で従わせたわけではなく、互いの言い分を聞きながら進めたというのだから。


「……あの男、本当に何者なんだ?」


 ヴァルドは呟いた。


 もちろん、その問いに答える者はいない。


 ただ、報告書には確かに記されていた。


 ベルグラードの住民たちが、少しずつ変わり始めていることが。


 ◇


「……怒鳴られなかったっすね!」


 ギルドマスター室を出た直後、シアが明るく言った。


「……怒鳴られる方が、まだ気が楽でしたよ」


 ミレアが疲れ切った表情で答える。


「そんなに怖かったですか?」


 リトが尋ねる。


「……リトさん」


「……はい?」


「次回は、報告を代わっていただけますか?」


「遠慮します」


「……即答ですね」


「俺、ギルドの職員じゃないですし」


「ずるいっす!」


 シアが声を上げる。


「お前もだろ!」


「そうだったっす!」


「…………」


 ミレアは大きくため息を吐いた。


「……本当に、皆さん自由ですね」


「主ほどじゃないっす!」


 シアが元気よく答える。


「……それは否定できませんね」


 ミレアも小さく笑った。


 ギルド長への報告が終わったことで、ようやく肩の荷が一つ下りた気がした。


 しかし、すべてが解決したわけではない。


 ベルグラードでは、今も評議会と人間族の話し合いが続いている。


 十日後には、評議会から最初の正式な回答が示される予定だ。


 そして、その間もユウトとシエルは現地に残っている。


「……それにしても」


 ミレアがぽつりと呟いた。


「……何っすか?」


「ユウトさんたちは、今頃どうしているでしょうね」


「大丈夫っす! シエル姐さんがいるっす!」


 シアが胸を張る。


「……そうですね」


 ミレアが微笑んだ。


 すると、リトが楽しそうに笑い始めた。


「……まあ、仕事は増えてそうですけどね」


「…………」


 ミレアが立ち止まった。


「……ミレアさん?」


「…………」


「どうしたっすか?」


 ミレアは少しだけ遠い目をした。


「……どうか、これ以上大きなことになっていませんように」


「……ミレアさん」


 リトが苦笑する。


「何でしょう?」


「……アニキですよ?」


「主っす!」


 シアも元気よく付け加えた。


「…………」


 ミレアは何も言わなかった。


 ただ、もう一度深いため息を吐いた。


 彼女の願いが、果たしてベルグラードまで届くのか。


 その答えは、まだ誰にも分からない。


 もっとも――。


 ユウトが誰かに頼られれば、断らずに話を聞いてしまうことを知る二人にとっては。


 その願いが叶う可能性は、決して高くないように思えていた。

第313話をお読みいただき、ありがとうございます!


調査のはずが、気づけば随分と話が大きくなっていました。


そしてベルグラードに残ったユウトたちは、今頃どうしているのでしょうか――。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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