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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百十話 本当にEランク?

シアたちがアルヴェインへ向かい、ベルグラードに残ったユウトとシエル。


二人は引き続き町の様子を確認していましたが、突如として警鐘が鳴り響きます――。

「……静かだなぁ」


 ベルグラードの大通りを歩きながら、ユウトがぽつりと呟いた。


「何が?」


 隣を歩くシエルが顔を向ける。


「いや、シアとリトがいないとさ」


「そうね」


「ミレアさんもいないし」


「そうね」


「…………」


 ユウトはしばらく黙って歩いていたが、やがて不満そうにシエルを見た。


「……何よ?」


「シエル、もうちょっと会話しようよ!」


「してるでしょう?」


「返事しかしてないじゃん!」


「あなたがどうでもいいことしか言わないからよ」


「ひどい!」


 ユウトが抗議すると、シエルは小さく笑った。


 三人がアルヴェインへ向かってから、まだ数時間しか経っていない。


 それなのに、いつも聞こえていたシアの元気な声や、リトの豪快な笑い声がないだけで、随分と静かになったように感じられた。


 もっとも、実際の町は相変わらず賑やかだった。


 通りには荷車を引く商人たちが行き交い、店先では客を呼び込む声が響いている。子供たちが走り回る姿もあり、日常の風景そのものは以前と変わらない。


 しかし、その中には少しずつ変化も生まれていた。


 ユウトとシエルは昨日に引き続き、評議会から出された通達がどのように受け止められているのか、町を歩いて確認していたのである。


「……あっ!」


 突然、ユウトが一軒の商店を指さした。


「今度は何?」


「見て! あそこの札、なくなってる!」


 そこは、昨日まで人間族用の入口を別に設けていた店だった。


 正面の入口は以前と同じだが、建物の脇に掲げられていた札が取り外されている。


「……本当ね」


 シエルが目を細めた。


「少しずつ変わっているみたいね」


「昨日はまだあったよな?」


「ええ。昨日の時点では残っていたわ」


「じゃあ、一個進んだな!」


 ユウトが満足そうに頷く。


 ちょうどその時、店の正面入口から一人の人間族の男が出てきた。


 手には買い物をしたらしい包みを抱えている。


 その後ろから、店主と思われる獣人族の女性も姿を見せた。


「ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」


「あ、ああ……こちらこそ」


 人間族の男は少し戸惑ったように答え、軽く頭を下げた。


 どうやら、ごく普通に買い物を済ませたらしい。


 男は何度か店を振り返りながらも、やがて通りの向こうへ歩いていった。


「…………」


 ユウトは、その後ろ姿をじっと見つめていた。


「……何?」


 シエルが隣を見る。


「いや……」


 ユウトは少しだけ笑った。


「なんか、こういうのでいいんじゃない?」


「……こういうの?」


「うん。いきなり全部変わらなくてもさ、昨日より一個良くなってたら、それでいいじゃん」


 ユウトは札のなくなった入口へ視線を戻す。


「昨日は別の入口からしか入れなかった人が、今日は普通に正面から入って買い物できたんだろ? それだけでも結構大きいと思うんだよな」


「……そうね」


 シエルが静かに頷いた。


「珍しくいいことを言うわね」


「珍しくって何だよ!」


 ユウトの声が通りに響く。


 すると、店先に立っていた獣人族の女性が、二人の存在に気づいた。


「……あんたたち」


「ん?」


「昨日から町を回ってる冒険者だろ?」


「そうだよ! Eランクっす!」


「…………」


 シエルがじっとユウトを見た。


「……何?」


「シアはいないわよ」


「……あ」


「一人でやらないでちょうだい」


「……癖になってきた」


「直しなさい」


 店主の女性が、思わず吹き出した。


「ははっ! 随分と賑やかな二人だね」


「俺は普通だよ!」


「……どこがよ」


 シエルが呆れたように呟く。


 店主はそんな二人を眺めながら、少しだけ表情を改めた。


「そういえば、昨日評議会の連中と人間族の代表が話し合ったのも、あんたたちが間に入ったからだって聞いたよ」


「……ん?」


 ユウトが首を傾げる。


「評議会の話?」


「ああ。人間族との問題を何とかするために、話をまとめたんだろ?」


「……まあ、話はしたけど」


 ユウトは頭を掻いた。


「俺、そんな大したことしてないよ。分かんないこと聞いてただけだし」


「……そうなのかい?」


「うん!」


「……まあ、いいけどさ」


 店主は苦笑すると、自分の店へ視線を向けた。


「正直、あたしも最初は、人間族と同じ入口にするのはどうかと思ってたんだよ」


「……なんで?」


 ユウトが即座に尋ねる。


「……ユウト」


 シエルが小さく声を掛けた。


「何?」


「まだ話の途中でしょう?」


「だって気になるじゃん!」


 店主は二人のやり取りに笑いながら答えた。


「いや、別に大した理由なんてないんだけどね。昔からそうだったからさ」


「……やっぱり?」


「ああ。先代の頃から入口を分けてたし、あたしもそれが普通だと思ってたんだよ」


 女性は少し照れくさそうに頭を掻いた。


「でもね、通達も出たことだし、一度やめてみようと思ったんだ」


「……おお!」


「そしたら、別に何も変わらなかったよ」


 店主は肩をすくめた。


「いつものお客さんはいつも通り買い物してくれるし、人間族のお客さんも正面から入ってくる。それだけさ」


「……だよな!」


 ユウトが嬉しそうに頷く。


「そんなに嬉しそうに言うことかい?」


「だってさ、昨日からずっと思ってたんだよ。入口が同じになったら、何か困ることでもあるのかなって」


「……まあ、あたしもそう思ってたんだけどね」


 店主は少し考えてから続けた。


「実際にやってみたら、心配してたようなことは何も起きなかった。だったら、わざわざ入口を分ける必要もなかったんだろうね」


「……そっか!」


 ユウトは笑った。


「じゃあ、よかったな!」


「……ああ。そうだね」


 店主も小さく微笑んだ。


 もちろん、たった一日で長年の考え方がすべて変わったわけではないだろう。


 それでも、実際に行動してみたことで、必要ないと思っていた変化を受け入れられるようになった。


 ユウトは、そのことが何より嬉しかった。


 そして――。


 ――カン! カン! カン!


「……ん?」


 突然、町の奥から激しい鐘の音が響いた。


 規則的な時を知らせる鐘とは明らかに違う。


 短い間隔で何度も打ち鳴らされるその音には、切迫したものがあった。


「……何?」


 ユウトが音のする方角を振り返る。


 先ほどまで笑っていた店主の表情が、一瞬で変わった。


「……警鐘?」


「ああ! 町の外で何かあった時に鳴らす鐘だよ!」


「……何かって?」


「魔獣だ!」


 その言葉と同時に、周囲の通りが騒がしくなり始めた。


「南門だ!」


「外で材木を運んでいた連中が襲われたらしいぞ!」


「負傷者が戻ってきた!」


「誰か評議会へ知らせろ!」


 あちこちから声が上がり、人々が慌ただしく動き始める。


 荷車を道の端へ寄せる商人。


 子供の手を引いて建物へ駆け込む母親。


 そして、武器を手に南門へ向かう警備の者たち。


 町の空気が、一瞬で緊迫したものへ変わった。


「……ユウト!」


 シエルが顔を向ける。


「……おう!」


 二人はそれだけ言葉を交わすと、同時に駆け出した。


 ◇


 ベルグラード南門。


「急げ! 早く中へ運べ!」


「負傷者をこっちへ!」


「まだ外に残ってる奴がいるぞ!」


 門の内側では、数人の男たちが一人の負傷者を担いでいた。


 運ばれてきたのは人間族の男で、片脚に怪我をしているらしく、顔を苦痛に歪めている。


 その周囲では、獣人族や鬼人族の警備員たちが忙しなく動き回っていた。


「……何があったんだ!?」


 ユウトが駆け寄る。


「……お前は?」


 近くにいた獣人族の男が振り返った。


「町の外で魔獣が出たって聞いたんだけど!」


「……あ、ああ!」


 男は慌てた様子で南の方角を指さした。


「森の近くで材木を運んでた作業員たちが襲われたんだ!」


「……何が出た?」


「グランドライノだ!」


「……グランドライノ?」


 ユウトが首を傾げる。


「危険度Cの魔獣だぞ! 分厚い皮膚に巨大な角を持っていて、まともに突進を受けたらひとたまりもない!」


「……なるほど」


「しかも、一体じゃない!」


「……何体?」


「確認できただけで四体だ!」


「……四体か」


 ユウトがシエルへ視線を向けた。


「……行ける?」


「誰に聞いているの?」


 シエルが当然のように答える。


「……ですよね」


 ユウトは苦笑した。


 そのやり取りを聞いていた獣人族の男が、慌てて二人の前へ出る。


「お、おい! 待て!」


「……何?」


「お前ら、冒険者なんだろ!?」


「……うん」


「ランクは!?」


「E!」


「行くな!!」


 男が叫んだ。


「死ぬぞ! 危険度Cの魔獣が四体もいるんだぞ!」


「……大丈夫だと思うけど」


「思うじゃねぇ!」


 男は必死だった。


 Eランクの冒険者が四体もの危険度Cの魔獣へ立ち向かうなど、自殺行為にしか思えなかったのだ。


 しかし、ユウトは男の後ろにいる負傷者へ視線を向けた。


「……まだ外に人が残ってるんだろ?」


「……それは」


「だったら、早く行かないと」


「……待て! 応援が来るまで――」


 男が言い終わるより早く、シエルが一歩前へ出た。


「ユウト、先に行くわよ」


「……おう!」


 その直後。


 ――ヒュッ!


「…………え?」


 獣人族の男が目を瞬かせた。


 そこには、もうシエルの姿がなかった。


「……あれ?」


 男は慌てて周囲を見回す。


「おい、さっきの女は!?」


「シエル? もう行ったよ」


「……は?」


「速いからさ」


「…………」


「じゃ、俺も行ってくる!」


「ま、待てぇぇぇ!」


 獣人族の男が手を伸ばした時には、ユウトもすでに門の外へ駆け出していた。


「……なんなんだ、あいつら!?」


 男の叫びが南門に響いた。


 ◇


「うわぁぁぁ!」


 森の手前。


 倒れた荷車の横で、数人の作業員が身を寄せ合っていた。


 積まれていた材木が周囲に散乱し、地面には大きな蹄の跡がいくつも刻まれている。


 その前に立ちはだかっていたのは、巨大なサイに似た魔獣だった。


 グランドライノ。


 分厚い灰色の皮膚に覆われた巨体と、鼻先から突き出た鋭い角。


 その姿は普通のサイよりも遥かに大きく、一体だけでも一般の作業員が対抗できる相手ではない。


 しかも、今そこには四体のグランドライノがいた。


「……くそっ!」


 一人の人間族の男が、落ちていた木の棒を握りしめる。


「みんな、下がれ!」


 男は震える足を踏みしめ、仲間たちの前へ出た。


 だが、そんな抵抗など気にも留めないように、一体のグランドライノが大きく鼻息を荒らげた。


「……来るぞ!」


 魔獣が地面を蹴る。


 その巨体が、一直線に男へ向かって突進してきた。


「くっ――!」


 男は咄嗟に目を閉じた。


 しかし――。


 ――ドゴォン!


 激しい衝撃音が響いた。


「…………?」


 いつまで経っても、予想していた痛みは襲ってこない。


 恐る恐る目を開くと、目の前からグランドライノの姿が消えていた。


「……え?」


 違う。


 消えたのではない。


 横へ吹き飛ばされていたのだ。


 十数メートル先の地面を転がった巨体は、木々の手前でようやく止まり、そのまま動かなくなった。


「…………」


 男は何が起きたのか理解できなかった。


 そして、いつの間にか目の前には一人の少女が立っていた。


「……大丈夫?」


 シエルだった。


「……え?」


「怪我はない?」


「な……ない……」


「そう。なら、後ろへ下がっていなさい」


 シエルは淡々と告げた。


「他の人たちも、なるべく離れていて。巻き込まれると危ないわ」


「……は、はい!」


 男たちは慌てて荷車の陰から離れ始めた。


 その様子を見ていた残り三体のグランドライノが、一斉にシエルへ顔を向ける。


「……ブゴォォォ!」


 大きな咆哮とともに、地面を掻くように前脚を動かした。


 仲間を倒されたことに怒っているのか、それとも新たな敵を警戒しているのか。


 いずれにしても、その巨体が再び動き出そうとしていた。


 その時だった。


「シエルー!」


 森の方からユウトの声が響く。


「……遅いわよ」


 シエルが呆れたように答えた。


「十分速いだろ!」


 ユウトは軽く息を吐きながら、シエルの隣へ並んだ。


 そして、周囲を見渡す。


「……あれ?」


「何?」


「四体って聞いたんだけど、三体しかいないじゃん」


「一体なら、あそこに転がっているでしょう?」


 シエルが視線を向けた先には、すでに動かなくなったグランドライノの姿があった。


「……おお!」


 ユウトが目を丸くする。


「さすが瞬天様だ!」


「……ユウト」


「……はい?」


「次はあなたが転がりたいみたいね」


「……さ、さて!」


 ユウトは慌てて視線を逸らした。


「俺も負けてられないなぁ!」


「ふざけてないで、さっさと片付けるわよ」


「……あいよ!」


 そのやり取りを聞いていた作業員たちは、完全に言葉を失っていた。


 目の前には危険度Cの魔獣が三体も残っている。


 それなのに、二人はまるで散歩の途中にでも話しているような様子だった。


「……お、おい」


 人間族の男が小さく呟く。


「あいつら、本当に大丈夫なのか……?」


 その疑問に答えるかのように、一体のグランドライノが地面を蹴った。


「……ブゴォォォ!」


 狙いはユウト。


 巨大な角を前方へ突き出し、猛烈な勢いで突進してくる。


「危ない!!」


 作業員の一人が叫んだ。


 しかし、ユウトは慌てなかった。


「……おっと」


 迫ってきたグランドライノへ向けて、片手を伸ばす。


 そして――。


 ――ドンッ!


「…………え?」


 巨大な魔獣の動きが、ぴたりと止まった。


 突進の勢いで地面が抉れ、土煙が舞い上がる。


 それでも、グランドライノの巨体はユウトの前から一歩も進まない。


 たった片手で、突進を受け止められていたのだ。


「……な、何だと?」


 作業員たちは目を疑った。


「……結構、力あるな」


 ユウトは感心したように呟く。


 グランドライノは必死に前へ進もうとするものの、まるで巨大な岩にぶつかったかのように動くことができない。


「……ブゴォォォ!」


「……でもさ」


 ユウトはその角をしっかりと掴んだ。


「アーマードベアよりは軽いかな?」


「……ブゴッ!?」


「……よいしょ!」


 そのまま、持ち上げた。


「…………」


 作業員たちの口が開く。


 巨大なグランドライノが、地面から完全に浮き上がっていた。


 それも、ユウトは特に苦労している様子がない。


「……え?」


「……は?」


「……う、嘘だろ?」


 次の瞬間。


「……ほいっ!」


 ユウトが腕を振り抜いた。


 ――ヒュンッ!


 グランドライノの巨体が、宙を舞う。


 そして、その先にいた別のグランドライノへ――。


 ――ドゴォォォン!!


 凄まじい衝撃音が響き、二体の巨体がまとめて地面を転がった。


 土煙が大きく舞い上がり、近くに積まれていた材木が衝撃で揺れる。


 やがて土煙が収まると、そこには折り重なるように倒れた二体のグランドライノがいた。


「……よし! 二体!」


 ユウトが満足そうに頷く。


「……雑ね」


 シエルが呆れたように呟いた。


「倒せたんだからいいじゃん!」


「もう少し周囲への影響を考えなさい」


「……ちゃんと人がいない方に投げたよ!」


「それは当然でしょう?」


「……厳しい!」


 そんなやり取りをしている間にも、最後の一体が動き始めていた。


「……あ」


 ユウトが振り返る。


 残されたグランドライノは、仲間たちが一瞬で倒されたことに驚いたのか、身体の向きを変え始めている。


 どうやら森の方へ逃げようとしているらしい。


「……逃がす?」


 ユウトが尋ねる。


「この近くには、まだ作業をしている人たちがいるかもしれないでしょう?」


 シエルが答えた。


「……だよな」


「また誰かを襲うかもしれないもの。ここで止めるわ」


 その言葉と同時に、シエルの姿が消えた。


「…………!」


 作業員たちが目を見開く。


 次に彼女の姿を捉えた時には、すでにグランドライノの横を通り過ぎていた。


 ――ドンッ!


 鈍い衝撃音が響く。


 魔獣の巨体が僅かに揺れ、数歩進んだところで力を失ったように崩れ落ちた。


「…………」


 辺りが静まり返る。


 先ほどまで響いていた魔獣の咆哮も、地面を揺らす足音も聞こえなくなっていた。


「……終わった?」


 ユウトが尋ねる。


「ええ」


「……早いなぁ」


「あなたが遊んでいるからよ」


「遊んでないよ!」


 ユウトは抗議しながらも、倒れたグランドライノへ近づいた。


 四体とも、すでに動く様子はない。


「……さて」


 ユウトは右手を向けた。


「じゃあ、一応確認しておくか!」


 そして――。


「暴食!」


 次の瞬間。


 ユウトの右手から黒い霧が広がり、倒れたグランドライノたちを包み込んだ。


「…………!」


 作業員たちが息を呑む。


 黒い霧は魔獣の巨体を覆い隠し、やがてその身体を少しずつ飲み込んでいく。


 分厚い皮膚も、巨大な角も。


 まるで霧の中へ溶け込んでいくかのように消えていった。


 しばらくして、霧が晴れる。


 そこには、もうグランドライノの姿はなかった。


《――解析完了》


《――取得可能なスキルは確認できません》


「……なし!」


 ユウトが残念そうに肩を落とした。


「残念だったわね」


 シエルが小さく笑う。


「まあ、いいや!」


 ユウトはすぐに気を取り直した。


 しかし――。


「…………」


 背後から、何の声も聞こえなかった。


「……ん?」


 ユウトが不思議そうに振り返る。


 そこには、助けた作業員たちが立っていた。


 誰一人として動かない。


 全員が、ユウトとシエルを見つめたまま固まっていた。


「……どうしたの?」


「…………」


「……どっか怪我した?」


 ユウトが近づくと、人間族の男が慌てて首を振った。


「い、いや……そうじゃねぇ……」


「……じゃあ、何?」


「お、お前……」


 男は震える指でユウトを指さした。


「……Eランク冒険者、なんだよな?」


「……うん!」


 ユウトが元気よく頷く。


「そうだけど?」


「…………」


 男はユウトを見る。


 次に、グランドライノを一瞬で倒したシエルを見る。


 そして、魔獣が転がった地面に刻まれた巨大な跡へ視線を向けた。


「…………」


「……何?」


 ユウトが首を傾げる。


 男はゆっくりと顔を上げた。


「……絶対おかしいだろ……」


「……何が!?」


 その叫びに答える者はいなかった。


 なぜなら、他の作業員たちもまったく同じことを考えていたからだ。


 危険度Cの魔獣が四体。


 普通なら、まともに戦うことすら難しい相手だ。


 それを、たった二人の冒険者が一瞬で倒してしまった。


 しかも、傷一つ負わずに。


 片方は魔獣を片手で持ち上げ、もう片方は目で追えないほどの速さで動いていた。


 そして最後には、黒い霧で魔獣の身体そのものを消し去ってしまったのである。


「……なあ、シエル」


 ユウトが小声で尋ねる。


「……何?」


「なんか、みんな変な顔してない?」


「……そうね」


「……なんで?」


 シエルは少しだけ考えた。


 そして、静かに答える。


「あなたがグランドライノを投げたからじゃない?」


「……え?」


「普通は投げないもの」


「……そうなの!?」


「……そうよ」


 シエルが呆れたようにため息を吐いた。


 そのやり取りを聞いていた作業員たちは、ますます何も言えなくなってしまった。


 ◇


 ベルグラードの南門へ戻る頃には、すでに騒ぎが広まり始めていた。


「……おい! あの二人だ!」


「さっき飛び出していった冒険者か!?」


「グランドライノはどうなったんだ!」


 門の内側では、警備員たちが慌ただしく駆け寄ってきた。


「……全部倒したよ!」


 ユウトがあっさり答える。


「…………」


 先ほど二人を止めようとしていた獣人族の男が、固まった。


「……全部?」


「うん!」


「……四体とも?」


「うん!」


「…………」


 男はユウトとシエルを見比べる。


 そして、後ろから歩いてきた作業員たちへ視線を向けた。


「……本当なのか?」


「……ああ」


 人間族の男が、ゆっくりと頷く。


「本当だ。俺たち、あの二人に助けられたんだ」


「…………」


「グランドライノが突進してきて、もう駄目だと思ったんだけどよ……」


 男は少し興奮した様子で話し始めた。


「そっちの女の子が、いきなり現れて吹っ飛ばしたんだ!」


「……何?」


「それだけじゃねぇ! そっちの兄ちゃんなんか、あの巨体を片手で止めて、そのまま持ち上げて投げちまったんだぞ!」


「…………」


「しかも、全部倒した後に黒い霧が出てきて、魔獣が消えちまって……!」


「……お、おい」


 警備員の男が額を押さえた。


「お前、混乱してるんじゃないのか?」


「してねぇよ! 本当なんだって!」


 他の作業員たちも、一斉に頷いた。


「俺も見た!」


「信じられねぇけど、本当だ!」


「一瞬だったんだぞ!」


 次々と証言が重なる。


 警備員たちは顔を見合わせた。


 そして、改めてユウトへ視線を向ける。


「……お前、本当にEランクなのか?」


「……また!?」


 ユウトが思わず叫んだ。


「だから、Eランクだってば!」


「……そんな馬鹿な」


「……何が!?」


 ユウトは納得がいかない様子だったが、シエルは隣で小さく笑っていた。


「……まあ、無事でよかったじゃない」


「……そうだな!」


 ユウトもすぐに笑顔へ戻る。


「怪我した人も、ちゃんと治療してもらえてるんだよね?」


「あ、ああ。治療所へ運んだ。命に別状はないはずだ」


「……そっか!」


 ユウトは安心したように頷いた。


「じゃあ、よかった!」


 その言葉に、先ほど助けられた人間族の男が、ゆっくりと頭を下げた。


「……ありがとう」


「……ん?」


「本当に助かった。あんたたちが来てくれなかったら、俺たちは死んでたかもしれねぇ」


「……ああ」


 ユウトは少し照れくさそうに笑った。


「気にしなくていいよ! 間に合ってよかった!」


 すると、隣にいた獣人族の作業員も頭を下げた。


「俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


「……おう!」


 ユウトは元気よく答えた。


 人間族も、獣人族も。


 その場にいた作業員たちは、同じように二人へ感謝の言葉を向けていた。


 少し離れたところでその様子を見ていたシエルが、静かに微笑む。


 この町では今、種族の違いによって人々が対立している。


 しかし、魔獣に襲われた時、作業員たちは種族に関係なく互いを助けようとしていた。


 そして、助けられた今も同じだった。


 誰が人間族で、誰が獣人族なのか。


 少なくとも、この瞬間だけは、そんなことを気にしている者はいなかった。


「……さて!」


 ユウトが大きく伸びをした。


「じゃあ、町の確認に戻ろうか!」


「……そうね」


 シエルが頷く。


「まだ見てないところもあるものね」


「……おう!」


 二人は警備員たちに軽く手を振ると、南門を後にした。


 その背中を、何人もの住民が呆然と見送っていた。


 ◇


 その日の午後。


 ベルグラードの中心部では、ある噂が広まり始めていた。


 南門の外に、危険度Cのグランドライノが四体も現れたこと。


 それによって作業員たちが襲われ、何人かが負傷したこと。


 そして――。


 たった二人の冒険者が、その四体を瞬く間に倒してしまったこと。


「……嘘だろ?」


「本当らしいぞ。南門の警備員たちも話してた」


「しかも、そいつらEランクだって?」


「そうなんだよ!」


「……そんなわけあるか!」


 通りのあちこちで、人々が噂を交わしていた。


「でも、実際に助けられた作業員がそう言ってるんだ」


「人間族の連中だけじゃなくて、獣人族の作業員も見てたらしいぞ」


「……じゃあ、本当なのか?」


「さあな。でも、グランドライノがいなくなったのは確かだろ?」


 話は少しずつ形を変えながらも、町の中へ広がっていった。


 評議会と人間族の話し合いに関わっていた冒険者。


 その二人が、今度は町の外に現れた危険な魔獣から作業員たちを救った。


 昨日まで、ユウトとシエルはベルグラードの人々にとって、突然現れた余所者に過ぎなかった。


 町の事情も知らず、評議会と人間族の問題へ首を突っ込んできた、よく分からないEランク冒険者。


 だが、今は少し違う。


 人間族の話を聞き、評議会の話も聞いた。


 どちらか一方だけを責めるのではなく、互いが話し合えるように働きかけた。


 そして今日は、種族に関係なく、危険に晒された人々を救ったのである。


 そんな二人へ向けられる視線は、少しずつ変わり始めていた。


「……なあ、シエル」


 大通りを歩いていたユウトが、ふと足を止めた。


「……何?」


「なんかさ、さっきから見られてない?」


「……そうね」


 シエルが周囲を見渡す。


 確かに、通りを歩く住民たちが、ちらちらとこちらへ視線を向けていた。


 目が合うと慌てて逸らす者もいれば、何かを話しながら二人を見送る者もいる。


「……俺、何かついてる?」


「ついてないわ」


「……じゃあ、シエル?」


「違うわよ」


「……じゃあ、なんで?」


 ユウトは不思議そうに首を傾げた。


 シエルは少しだけ考えたあと、何も言わずに歩き始める。


「……そのうち分かるわ」


「……え!?」


 ユウトが慌てて後を追う。


「ちょっと! 教えてくれよ!」


「自分で考えてみなさい」


「……ヒント!」


「嫌よ」


「なんで!?」


 いつものやり取りを交わしながら、二人は大通りを歩いていった。


 その背中を、町の人々が静かに見送っている。


 ベルグラードは、まだ変わり始めたばかりだった。


 評議会と人間族の問題が解決したわけではない。


 長年続いてきた差別や不信感が、簡単に消えるはずもなかった。


 それでも、昨日までは見られなかった小さな変化が、町のあちこちで生まれ始めている。


 そして今度は、ユウトとシエル自身に対する人々の認識も変わろうとしていた。


 それは、単に強い冒険者としての評価だけではない。


 種族に関係なく人々の話を聞き、困っている者がいれば迷わず手を差し伸べる。


 そんな二人の姿が、少しずつ町の人々の心に残り始めていたのである。

第310話をお読みいただき、ありがとうございます!


ベルグラードの人々に、少しずつ実力まで知られ始めたユウトたち。


果たしていつまで「ただのEランク」で通せるのでしょうか。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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