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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百七話 動き出す約束

話し合いの場はできました。


しかし、本当に大変なのはここから。


今度は「何を変えるのか」を具体的に決めていくことになります――。

「……それで」


 評議長が円卓を見渡した。


 ベルグラード評議会と人間族の代表者による話し合いは、ようやく一つの方向性を見いだしたところだった。


 双方が争いを避けながら、待遇改善と武装の問題について協議を進めていく。


 そして、決められた約束が守られているかを、第三者が確認する。


 しかし、それはあくまで今後の進め方についての合意であり、具体的な改善内容まで決まったわけではない。


「第三者による確認については、アルヴェインのギルド長から正式な了承を得る必要がある。それは理解した」


「はい。その点については、私たちからギルド長へ報告し、確認いたします」


 ミレアが答える。


「うむ。だが、その前にもう少し話を詰めておきたい」


「……もう少し?」


 帰る気満々だったユウトが、椅子に座り直した。


「具体的に何を改善するのか。そして、何をもって改善されたと判断するのか。その内容が決まっていなければ、確認のしようもあるまい」


「……なるほど」


 ユウトは静かに頷いて、静かに息を吐いた。


 (もう少し頑張るか……)


「おっしゃる通りですね」


「…………」


 評議長が僅かに目を瞬かせる。


 先ほどまで騒いでいた青年が、再び落ち着いた声で答えたからだ。


「では、せっかく皆様にお集まりいただいていますので、改善を求める項目と、それぞれの対応方法について整理しておきましょう」


 ユウトはミレアへ視線を向けた。


「ミレアさん、先ほどの確認事項に続けて、記録をお願いできますか?」


「……あ、はい!」


 ミレアは慌てて筆記具を構えた。


(……また始まりましたね)


 彼女はユウトを見つめる。


 どうやら、先ほどの話し方は一時的なものではなかったらしい。


 会議の内容へ意識を向けると、自然にあの落ち着いた口調へ切り替わるようだった。


「それでは、まず人間族の皆様から、優先して改善を求めたい項目を挙げていただけますか?」


 ユウトがカイルへ視線を向ける。


「……ああ」


 カイルは少し考えてから答えた。


「まずは賃金だ。同じ仕事をしてるのに、人間族というだけで給料を安くされる。そこを変えてほしい」


「ありがとうございます」


 ユウトは頷いた。


「同じ仕事内容、同じ程度の技術や経験があるにもかかわらず、種族だけを理由に賃金へ差を設けられている、ということですね?」


「……そうだ」


「承知しました」


 続いて、評議会側へ向き直る。


「評議長、この点について、評議会が直接決定できる範囲を確認させてください」


「……うむ」


「現在、各商店や工房で働く方々の賃金は、評議会で一律に定めているのでしょうか?」


「いや、それぞれの雇い主が決めている」


 答えたのは、隣に座っていた獣人族の評議員だった。


「商店によって経営状況も違う。仕事内容や職人の技術によっても賃金は変わるのだ」


「なるほど。つまり、評議会がすべての賃金を直接決める仕組みではないということですね」


「そうだ」


「では、もう一点確認させてください。人間族の賃金を他の種族より低く設定しなければならないという規則は、存在しますか?」


「…………」


 獣人族の評議員は僅かに眉をひそめた。


「……そのような規則はない」


「ありがとうございます」


 ユウトは静かに頷いた。


「でしたら、現在の問題は、評議会が定めた制度というより、各雇い主の判断や長年の慣習によって生じている部分が大きいと考えられますね」


「……そういうことになる」


「では、賃金の金額そのものを一律に指定するのではなく、種族のみを理由とした不合理な待遇差を設けないよう、評議会から各商店や工房へ協力を求めることは可能でしょうか?」


「…………」


 獣人族の評議員は少し考え込んだ。


「……通達を出すこと自体は可能だろう。だが、すべての雇い主が従うとは限らんぞ」


「おっしゃる通りです」


 ユウトはすぐに頷いた。


「ですから、通達を出した時点で解決したと判断するのは避けましょう」


「……何?」


「通達を出すことと、実際に待遇が変わることは別の話ですから」


 ユウトは円卓をゆっくりと見渡した。


「まず、評議会として改善を求める方針を示す。そのうえで、各商店や工房がどのように対応したのかを確認する。必要であれば、雇い主側の意見も聞く」


「…………」


「そのように段階を分ければ、単に通達を出して終わり、ということにはならないと思います」


 獣人族の評議員は腕を組んだ。


 ユウトはさらに言葉を続ける。


「ただし、雇い主の皆様にも事情はあるでしょう。賃金の見直しによって経営にどのような影響があるのか、その点についても確認する必要があります」


「……ほう」


 評議長が僅かに眉を上げた。


「人間族の要求だけを通せと言うわけではないのだな?」


「もちろんです」


 ユウトは落ち着いて答えた。


「重要なのは、誰か一方に無理を強いることではなく、実際に続けられる仕組みにすることです。雇い主が事業を続けられなくなってしまえば、結果として働く方々も困ることになりますから」


「…………」


「ですが、種族だけを理由に賃金を低く設定してよいという話にもなりません。そこは分けて考える必要があると思います」


 その言葉に、蜥蜴人族の評議員が静かに頷いた。


「……私は賛成だ」


「……何?」


 獣人族の評議員がそちらを見る。


「人間族の不満がここまで大きくなっている以上、何も変えないという選択はできまい」


「武器を持てば要求が通るという前例を作るつもりか?」


「そうは言っていない」


 蜥蜴人族の評議員は落ち着いた声で答えた。


「待遇の問題は、武器を集め始めるより前から存在していた。改善の必要性は、武装の問題とは切り離して考えるべきだ」


「…………」


「それに、今の提案なら、雇い主の事情を確認する余地も残されている。検討する価値はあるだろう」


 獣人族の評議員は、それ以上反論せずに腕を組んだ。


 ユウトは二人のやり取りが落ち着くのを待ってから、静かに口を開いた。


「ありがとうございます。では、賃金については、種族のみを理由とした待遇差の見直しを求める通達案を、評議会全体で協議していただくということでよろしいでしょうか?」


「……うむ」


 評議長が頷いた。


「ただし、この三人だけで正式に決定することはできん」


「承知しております」


 ユウトはすぐに答えた。


「本日は、正式な決定ではなく、次回の評議会へ提出する議題として記録しましょう。十日後の回答では、通達の可否と、その後の進め方を示していただく形がよいと思います」


「……それならば異論はない」


「ありがとうございます。ミレアさん、記録をお願いします」


「……はい!」


 ミレアは急いで記録を進めた。


(……本当に、何なんですか……)


 先ほどまで、評議長たちが反発するたびに質問を繰り返していた青年。


 今は相手の発言を遮ることもなく、むしろ反対意見まで利用して議論を進めている。


 しかも、決定できることと、まだ決められないことを明確に分けていた。


(……これが、ユウトさんのもう一つの顔……)


 ミレアは改めて目の前の青年を見つめた。


 ◇


「では、次の項目へ進みましょう」


 ユウトが記録へ視線を落とした。


「商店などで設けられている、人間族専用の入口についてです」


「……あれは必要ないだろう」


 蜥蜴人族の評議員が即答した。


「昨日聞いた限り、評議会が定めたものではなく、各商店が独自に行っている慣習だ」


「はい。その点についても確認しています」


 ユウトは頷いた。


「評議会として、入口を分けることを義務づけているわけではないのですね?」


「……その通りだ」


「では、各商店へ区別の解消を求めることについて、制度上の障害は少ないと考えてよろしいでしょうか?」


「……そうだな」


 評議長が答える。


「ただし、店によっては反発もあるだろう」


「それは、どういった理由からでしょうか?」


 ユウトが尋ねると、獣人族の評議員が口を開いた。


「昔から利用している客の中には、人間族と同じ入口を使うことを嫌がる者もいるかもしれん。店主としては、客が離れることを恐れるだろう」


「……なるほど」


 ユウトは静かに頷いた。


「つまり、店主が懸念しているのは、入口を統一することによる営業への影響という可能性があるわけですね」


「……そういうことだ」


「でしたら、その点についても調べる必要がありますね」


「……調べる?」


「はい。実際に反対する客が多いのか。それとも、店主がそう考えているだけなのか。そこを確認しなければ、対策も考えられません」


 ユウトは少し考えてから続けた。


「例えば、入口を統一したことで新しく利用できるようになるお客様もいるはずです。現在の利用者だけでなく、今まで利用できなかった方々も含めて考える必要があります」


「…………」


「もちろん、商店の皆様に一方的に負担を押しつけるつもりはありません。ただ、実際の影響を確認せずに、昔からの習慣だけを理由に続けるのは、合理的とは言えないと思います」


 獣人族の評議員は、しばらくユウトを見つめていた。


「……なるほどな」


 やがて、小さく頷く。


「確かに、商売への影響については実際に調べてみなければ分からん部分もある」


「ありがとうございます」


 ユウトが軽く頭を下げた。


「では、こちらについても、入口の区別を解消するよう協力を求める通達案を検討していただけますか?」


「……うむ」


 評議長が頷く。


「次回の評議会で協議することにしよう」


「ありがとうございます」


 ユウトはそこで一度言葉を切った。


「ただし、もう一点お願いがあります」


「……何だ?」


「通達を出すのであれば、従わない商店への対応についても、同時に検討していただきたいんです」


「…………」


「強制できる範囲が限られていることは理解しています。ですが、通達を出した後に何も確認しなければ、実際の改善につながらない可能性がありますから」


 評議長は腕を組み、少し考えた。


「……確かにな」


「ですので、通達の内容だけでなく、実施状況をどのように確認するのかについても、十日後に回答していただければと思います」


「……分かった」


「ありがとうございます。ミレアさん、こちらも記録をお願いします」


「……はい」


 ミレアは筆を走らせながら、思わず小さく息を吐いた。


(……議論が、進んでいます)


 以前から問題になっていたことが、次々と具体的な議題へ変わっていく。


 誰かが一方的に譲歩したわけでもない。


 相手を言い負かしたわけでもない。


 それでも、確実に話は前へ進んでいた。


「……主」


 シアがリトへ顔を寄せる。


「……なんだ?」


「なんか、めちゃくちゃ仕事できる人になってるっす」


「……ああ」


 リトも小声で答えた。


「昨日までは信じられなかったけどな」


「今日も信じられないっす」


「……俺もだ」


 そんな二人の会話を聞いていたシエルは、小さく笑った。


「……静かにしてなさい」


「はいっす!」


 ◇


 続いて話し合われたのは、住居についてだった。


「……家を借りられない問題も、何とかしてほしい」


 カイルが口を開く。


「人間族というだけで断られることが多い。空き家があっても借りられねぇんだ」


「承知しました」


 ユウトは頷いた。


「住居については、少し詳しく確認させていただきたいことがあります」


「……何だ?」


 評議長が尋ねる。


「現在、ベルグラードでは住宅を貸す際の条件について、評議会が何か基準を定めていますか?」


「……いや。基本的には所有者と借主の間で決めるものだ」


「なるほど。では、契約そのものは当事者間で行う形なのですね」


「……契約?」


 カイルが首を傾げた。


「はい。家賃や支払い方法、建物を使用する際の条件などを、貸す側と借りる側で取り決めるということです」


「……まあ、そうだな」


 ユウトは静かに頷いた。


「でしたら、まずは人間族への貸し出しを断っている理由を整理する必要があります」


「……理由?」


「はい。理由によって、取るべき対応が変わってくるからです」


 ユウトは指を一本立てた。


「例えば、家賃が支払われないことを心配している場合。これは、支払い方法や収入の確認など、条件を明確にすることで解消できる可能性があります」


「…………」


「建物が傷つけられることを心配している場合も同様です。修繕が必要になった際の負担について、事前に取り決めておけば、貸す側の不安を減らせるかもしれません」


「……なるほどな」


 評議長が頷く。


「だが、人間族というだけで貸したくないという所有者もいるだろう」


「ええ。そこが別の問題になります」


 ユウトは落ち着いた声で答えた。


「家賃の支払い能力や建物の管理とは関係なく、種族だけを理由に断っているのであれば、条件の調整では解決できません」


「…………」


「そういった場合は、評議会として、住居の貸し出しにおいても種族による不当な区別を避けるよう、方針を示していただく必要があると思います」


 ユウトはカイルへ視線を向ける。


「カイルさん、人間族の方々が家を借りようとして断られた際、その理由を説明してもらえることはありますか?」


「……いや。人間族には貸せないって言われるだけのことも多い」


「……なるほど」


 ユウトは少し考え込んだ。


「でしたら、断る理由を明確にしてもらうことも大切ですね」


「……理由を?」


「はい。少なくとも、何が問題で断られているのか分からなければ、借りる側も条件を改善することができませんから」


 カイルが黙って頷く。


「もちろん、家を貸す側にも、相手を選ぶ事情はあるでしょう。ですが、同じ条件を満たしているのに、種族だけで扱いを変えることまで認めてしまえば、結局何も変わりません」


 その言葉に、蜥蜴人族の評議員が感心したように息を吐いた。


「……随分と具体的な話をするのだな」


「……そうでしょうか?」


「住宅の貸し出しについて、そこまで細かく考えたことはなかった」


「ありがとうございます」


 ユウトは軽く頭を下げた。


「ただ、実際の事情については、所有者の皆様からもお話を伺う必要があります。ですから、まずは貸し出しを断る理由と、条件面で改善できる部分を調べるところから始めるのがよいと思います」


「……うむ」


 評議長が頷いた。


「その件についても、次回の評議会で検討しよう」


「ありがとうございます」


 その横で、ミレアは筆を動かしながら考えていた。


(……賃金だけでなく、住宅のことまで……)


 しかも、今の説明は妙に具体的だった。


 ただ公平にしろと訴えるのではなく、貸す側と借りる側の事情を分けて整理している。


 それぞれが何を不安に思い、どのような条件なら納得できるのか。


 まるで、実際に何度も同じような交渉を行ってきた者のようだった。


(……ユウトさん、一体どこでこんなことを……)


 ミレアの疑問は、ますます深まっていった。


 ◇


 その後も、話し合いは続いた。


 仕事、賃金、住居、商店での扱い。


 さらに、人間族の子供たちが教育を受ける際の制限や、医療を受けられる施設が限られている問題についても、次々と議題に上がった。


 そのすべてに対し、ユウトは一つずつ確認を重ねていった。


 誰が決められることなのか。


 何が障害になっているのか。


 どのような対応であれば、実際に進められるのか。


 そして、いつまでに回答できるのか。


 もちろん、すべてが人間族の望む形でまとまったわけではない。


 評議会が直接決められない問題もあれば、商人や土地の所有者、施設の責任者と話し合わなければならない問題もある。


 また、財政や人員の問題から、すぐに改善することが難しいものもあった。


 しかし、ユウトはそれらを無理に押し通そうとはしなかった。


「すぐに対応できない項目については、何が障害になっているのかを明確にしていただければと思います」


 ユウトが静かに口を開く。


「……理由を明確にするのか?」


 評議長が尋ねた。


「はい。例えば、資金が足りないのであれば、どの程度必要なのか。人員が不足しているのであれば、どのような人材が必要なのか。そこが分かれば、次の対応も考えられます」


「…………」


「反対意見がある場合も同様です。誰が、どのような理由で反対しているのかを確認しなければ、話し合いは進められません」


 ユウトは一度言葉を切った。


「そして、回答の期限を過ぎる場合には、その理由と新しい日程を示していただきたいんです」


「……なるほどな」


 評議長は静かに頷いた。


「確かに、それなら何も決まらないまま放置されることは避けられる」


「はい。もちろん、期限を決めたからといって、必ず希望通りの結果になるとは限りません」


 ユウトはカイルへ視線を向けた。


「ですが、検討がどこまで進んでいるのか分かれば、次に何を話し合うべきかも明確になりますよね?」


「……ああ」


 カイルが頷いた。


「今までみたいに、ただ返事を待つだけじゃなくなるってことか」


「その通りです」


 ユウトは微笑んだ。


「そのためにも、今日の記録を双方で確認していただきたいんです」


「……記録?」


「はい。話し合いの内容が後から食い違わないようにするためです」


 ユウトはミレアが書いている紙へ視線を向けた。


「何が正式に決まったことなのか。何がこれから協議することなのか。そこを分けて記録しましょう」


「…………」


「特に、まだ決定していないことを、決定したかのように伝えるのは避けたいんです」


 その言葉に、評議長が深く頷いた。


「……もっともだな」


「それから、人間族の皆様にもお願いがあります」


 ユウトはカイルへ向き直る。


「今回の話し合いが進んでいる間、新たな武器の調達を止めるという件について、仲間の皆様と相談していただけますか?」


「……ああ。約束したからな」


 カイルが答えた。


「ただし、俺一人で決められることじゃねぇ。全員が納得するかどうかは分からんぞ」


「承知しています」


 ユウトは頷いた。


「ですから、現時点では協議を持ち帰っていただくという記録にしましょう。皆様の意見がまとまったら、その内容を改めて教えてください」


「……分かった」


「ありがとうございます」


 ユウトは最後に評議長へ視線を向けた。


「評議会の皆様にも、人間族全体への過剰な監視について、見直せる部分がないか検討をお願いします」


「……うむ」


「危険な行動への警戒は必要です。ただし、何もしていない方々まで一律に疑うことがないよう、対応の基準を確認していただきたいんです」


「……分かった。こちらも正式な議題として扱おう」


「ありがとうございます」


 ユウトは軽く頭を下げた。


 そして、ゆっくりと円卓を見渡す。


「では、今回の確認事項については、以上でよろしいでしょうか?」


「……うむ」


 評議長が頷く。


「ああ。俺たちも、それで構わねぇ」


 カイルも答えた。


 ユウトは静かに微笑んだ。


「ありがとうございます。それでは、ミレアさん。記録の確認をお願いできますか?」


「……はい!」


 ミレアは完成した記録を読み上げ、双方が内容に相違がないかを確認していった。


 長年にわたって平行線を辿っていた話し合い。


 その場で、初めて具体的な議題と回答期限が整理されたのである。


 ◇


「……ふぅ」


 最後の確認が終わり、評議長が大きく息を吐いた。


「今日は随分と話が進んだな」


「……そうですね」


 ミレアが答える。


「これまでの話し合いでは、具体的なところまで進めるのが難しかったですから」


「……うむ」


 評議長は頷くと、ユウトへ視線を向けた。


「それにしても……」


「……はい?」


「君は、本当にEランクの冒険者なのか?」


「……え?」


 ユウトが首を傾げる。


「そうですけど?」


「……そうか」


 評議長は深く息を吐いた。


「正直に言えば、最初は随分と頼りない青年だと思っていた」


「……ひどくない!?」


 突然、いつもの口調へ戻ったユウトに、評議長が目を瞬かせる。


「だが、今日の話し合いを見て考えが変わった。少なくとも、交渉の場では相当な経験を積んでいるように見えたぞ」


「……え?」


 ユウトの表情が固まった。


「主!」


 シアが嬉しそうに声を上げる。


「褒められてるっす!」


「……そ、そうだな!」


「ユウトさん」


 ミレアが静かに顔を向けた。


「……何?」


「以前にも、こういうお仕事をされていたんですか?」


「…………」


 ユウトは固まった。


(……あ)


 そういえば、先ほどから妙に自然に話してしまっていた。


 相手の立場を整理して、条件を調整する。


 前世では毎日のように行っていたことだ。


 しかし、それを仲間たちに説明するとなれば、話は別だった。


「……えっと」


「……ユウトさん?」


「昔、営業の仕事してた時も、こういうことよくあったなぁ……って!」


「……えいぎょう?」


 シアが首を傾げる。


「……あ」


 ユウトの笑顔が止まった。


「……仕事?」


 ミレアが目を細める。


「……い、いや! こっちの話!」


「……ユウトさん」


「……何?」


「以前にも同じような経験があるということですよね?」


「…………」


「……ですよね?」


「……き、気のせい!」


「そんなわけないでしょう!?」


 ミレアの声が会議室に響いた。


「主! やっぱり今日の主、別人みたいだったっす!」


「別人じゃないよ!?」


「ガッハッハ! アニキ、あんなにちゃんと話せるんだな!」


 リトが豪快に笑う。


「ちゃんとって何!?」


「普段からあのくらい落ち着いて話してくれれば助かるんだけどな!」


「リトまで!?」


「……それは私も思ったわ」


 シエルが静かに頷いた。


「シエル!?」


 いつもの騒がしいやり取りが戻ってきた。


 そんな五人の様子を見ながら、評議長は再びこめかみを押さえる。


「……本当に、先ほどまでと同じ人物なのか?」


「……私も、それが知りたいです」


 ミレアが真顔で答えた。


「ミレアさん!?」


 カイルも呆れたように笑う。


「……まったく、変な奴だな」


「また!?」


「だが……」


 カイルは評議長へ視線を向けた。


「少なくとも、今までよりは話が進んだ。そこは認めるよ」


「……ああ」


 評議長も静かに頷いた。


 人間族の待遇について、具体的な改善策を検討する。


 評議会は十日後までに、最初に取り組む項目と今後の対応を回答する。


 人間族側も、武装をこれ以上強めないための話し合いを進める。


 まだ何一つ、実行されたわけではない。


 しかし、双方が何をすべきなのかは、以前よりも明確になっていた。


「……さて!」


 ユウトが勢いよく立ち上がる。


「じゃあ、これで終わりだな!」


「……ユウトさん」


 ミレアが静かに声を掛けた。


「……何?」


「記録をギルド長へ報告する必要がありますね」


「……うん」


「正式な第三者としての役割を引き受けられるか、その確認も必要です」


「……うん」


「それから、評議会の正式な回答が出た後には、実際にどのような対応が取られたのか確認する必要があります」


「……うん」


「商店や工房への通達が行われたかどうか。住居の問題について、所有者の方々がどのように考えているのか。教育や医療の改善がどこまで進んだのか……」


「…………」


「もちろん、ギルド長の了承が得られた場合のお話ですが」


「…………」


 ユウトの表情が、少しずつ引きつっていった。


「……ミレアさん?」


「はい?」


「……結構、やること多くない?」


「今気づいたんですか?」


「……え?」


 シエルが横から口を開く。


「評議会への確認だけじゃないわ。実際に商店や工房を回って、状況を調べる必要も出てくるでしょうね」


「…………」


「住居の問題なら、家を貸している人たちにも話を聞く必要があるわ」


「…………」


「もちろん、勝手に押しかけるわけにはいかないから、事前の調整も必要ね」


 リトも腕を組んだ。


「武器の件だって簡単じゃねぇぞ。仮に監督役になったとして、どこまで確認できるのか、カイルたちとも相談しなきゃならねぇ」


「…………」


「主!」


 シアが元気よく手を挙げた。


「……何?」


「あーし、荷物運ぶの手伝うっす!」


「何の荷物!?」


「分かんないっす!」


「じゃあ手を挙げるなよ!」


 ユウトが思わず突っ込んだ。


 しかし、それも束の間。


「……なあ」


 ユウトがゆっくりと顔を上げた。


「……何?」


 シエルが答える。


「……誰がこんな面倒なこと言い出したんだよ!」


「アニキだよ!」


「俺か!」


「何回目だ、このやり取り!」


 リトが頭を抱えた。


「主! 完全に自分で仕事増やしてるっす!」


「そんなつもりじゃなかったのに!」


「でも、さっきまで随分楽しそうに話していたじゃない」


 シエルが笑う。


「交渉するのと、実際に全部やるのは別だろ!?」


「……あら」


 シエルが目を細めた。


「その辺りは、ちゃんと分かっているのね」


「……え?」


「何でもないわ」


「なんで!?」


 ミレアも小さく笑った。


「ですが、ユウトさんのおかげで、ようやくベルグラードが変わるための第一歩を踏み出せたんです」


「……第一歩?」


「ええ」


 ミレアは静かに頷いた。


「今までは、互いに相手が悪いと言い合うばかりで、話し合いすら難しい状況でした」


「…………」


「でも今日は違いました。解決するために、何をしなければならないのかを一緒に考えられたんです」


 ミレアの表情が、少しだけ柔らかくなる。


「それだけでも、大きな変化だと思います」


「……そっか」


 ユウトは小さく頷いた。


 思い返せば、アルヴェインで人間族の家族と出会った時には、ここまで大きな話になるとは思っていなかった。


 ただ、困っている人がいると聞いた。


 実際にベルグラードへ来てみれば、理不尽な扱いを受けている人々がいた。


 その状況をどうにかできないかと考えているうちに、気づけば評議会の会議室で話をまとめていた。


 そして今、その話を実行に移すための仕事が、目の前に山積みになろうとしている。


(……なんか、昔もこんなことあったなぁ)


 ユウトは心の中で苦笑した。


 前世でも、何とか契約をまとめたと思ったら、その後に書類の準備や確認事項が山ほど残っていたことがある。


 交渉が終われば、すべて終わりというわけではない。


 むしろ、決めたことを形にしていく方が大変な場合もあるのだ。


(……そうだった。そういう仕事だったよな)


 懐かしい気持ちと、少しばかりの後悔。


 その両方が込み上げてきた。


「……よし!」


 ユウトが顔を上げた。


「……主?」


 シアが首を傾げる。


「……決めた!」


「何をっすか?」


「やるなら、さっさと終わらせよう!」


「……そうね」


 シエルが笑った。


「今度は途中で投げ出さないでね?」


「投げ出さないよ!」


「……本当に?」


「……たぶん!」


「そこは言い切りなさい!」


 いつものやり取りに、リトが豪快に笑った。


「ガッハッハ! まあ、仕事が増えたのは間違いねぇな!」


「笑い事じゃないよ!」


「主! 忙しくなるっすね!」


「嬉しそうに言うなって!」


 ミレアも、ようやく肩の力を抜いて微笑んだ。


 まだ、何一つ解決したわけではない。


 評議会の正式な決定も、武器を集めている者たち全員の合意も、これから確認しなければならない。


 ギルド長からの了承が得られるかどうかも分からない。


 それでも、長年続いてきた対立を終わらせるために、双方が初めて同じ方向を見ようとしていた。


 そして、その間に立つことになった青年は――。


「……なあ、ミレアさん」


「はい?」


「この仕事って、追加報酬あるの?」


「……ギルド長に相談ですね」


「……そっか」


 ユウトは少し考えた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……じゃあ、報酬の交渉もしないとな!」


「……え?」


 ミレアが固まった。


「主! また仕事モードっすか!?」


「報酬は大事だろ!」


「……アニキ」


 リトが呆れたように笑う。


「なんだよ?」


「お前、本当にそういうところだけ抜け目ねぇな」


「……褒めてる?」


「さあな!」


「なんで!?」


 ベルグラードにおける最初の話し合いは、こうして一つの区切りを迎えた。


 しかし、約束を形にするための仕事は、ここからが本番となる。


 かつて不動産の仕事に追われていた一人の社会人。


 今は終焉竜として異世界を生きるユウトに、再び忙しい日々が訪れようとしていた。

第307話をお読みいただき、ありがとうございます!


少しずつ前へ進み始めたベルグラード。


そして、なぜかユウトたちの仕事は増えていく一方です。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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