第三百五話 評議会
人間族、そして武器を集める者たち。
それぞれの話を聞いたユウトたちは、最後にベルグラードを治める評議会を訪れることに。
果たして評議会は、今の状況をどう考えているのでしょうか――。
人間族の人々、そして武器を集めている者たち。
それぞれの話を聞いたユウトたちは、ベルグラードの中心部へと戻ってきていた。
夕暮れが近づき、大通りには仕事を終えた住民たちの姿が増え始めている。
そんな中、ミレアは一軒の大きな建物の前で足を止めた。
「……ここです」
「おお……」
ユウトが見上げた先には、周囲の建物よりも一回り大きな石造りの建物があった。
立派ではあるものの、帝国で見た宮殿や城と比べれば随分と質素だ。装飾も少なく、重厚な造りからは華やかさよりも実用性が感じられる。
「……ここに偉い人がいるの?」
「評議会ですよ」
「何人?」
「現在は七人だったはずです」
「七人も偉い人いるの!?」
「……そういう認識でいいのかしら」
シエルが呆れたように呟いた。
「ベルグラードには王や領主がいませんからね」
ミレアが説明する。
「この地域では、各種族の有力者たちによって構成された評議会が、重要な決定を行っています」
「……へぇ」
「主!」
シアが勢いよく手を挙げた。
「何?」
「七人まとめて倒せば、主が一番偉くなるっす!」
「ならないよ!?」
「どうして戦う前提なのよ!」
シエルが思わず突っ込む。
「冗談っす!」
「あなたの場合、冗談に聞こえないのよ……」
「ひどいっす!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、リトはユウトの肩を軽く叩いた。
「……アニキ」
「ん?」
「頼むから、今回は普通に話してくれよ」
「普通に話すよ!」
「……ならいいんだが」
「なんで今、ちょっと間があったの!?」
「今までの実績を考えれば当然でしょう」
ミレアが冷静に答えた。
「ミレアさんまで!?」
「今回はギルドからの正式な調査依頼です。くれぐれも、勝手な約束などしないでくださいね」
「分かってるって!」
ユウトは元気よく頷いた。
しかし、その返事に安心した様子の者は一人もいなかった。
◇
評議会館の内部は、外観と同じく落ち着いた造りだった。
石造りの廊下には等間隔に照明が取り付けられ、壁にはベルグラード周辺の地図や、古い出来事を描いた絵が飾られている。
「……なんか、役所みたいだな」
ユウトが小さく呟いた。
「……ヤクショ?」
シアが首を傾げる。
「いや、こっちの話!」
ユウトは笑って誤魔化した。
ミレアが受付で事情を説明し、アルヴェインの冒険者ギルドから発行された正式な依頼書を提示する。
「……アルヴェインの冒険者ギルドから?」
「はい。現在のベルグラードの情勢について、確認に参りました」
「少々お待ちください」
受付の職員は依頼書に目を通すと、奥の部屋へ姿を消した。
それから、しばらく。
「……遅いなぁ」
「主! まだっすかね!」
「あなたたち、少しは静かに待てないの?」
シエルが小さくため息を吐く。
「だって、もう夕方だぞ?」
「皆さんにも都合があるんです。突然訪ねてきた私たちを、すぐに通していただけるとは限りませんよ」
ミレアがそう説明した時、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
「お待たせしました。評議会の皆様がお話を伺うそうです」
「……おお!」
「よかったっす!」
「ただし、現在の情勢についての聞き取りということですので、その点はご了承ください」
「もちろんです」
ミレアが丁寧に頭を下げた。
こうして五人は、職員に案内されて建物の奥へと進んでいった。
やがて、大きな扉の前で足を止める。
職員が扉を叩くと、中から低い声が返ってきた。
「……入れ」
扉が開かれる。
そこは、中央に大きな円卓が置かれた会議室だった。
壁際には書棚や地図が並び、天井から吊るされた照明が室内を柔らかく照らしている。
そして、その円卓には――。
「…………」
七人の男女が座っていた。
鬼人族、獣人族、蜥蜴人族。
他にも異なる種族の姿があり、年齢も様々だった。
彼らの視線が、一斉にユウトたちへ向けられる。
「……本当に七人いる」
ユウトが思わず呟いた。
「だから言ったでしょう……」
ミレアが小声で答える。
すると、円卓の正面に座っていた初老の鬼人族の男が、僅かに眉をひそめた。
「……随分と変わった者たちを連れてきたな、ミレア」
「……お久しぶりです」
ミレアが深く頭を下げた。
「評議長」
「うむ」
男が頷く。
額には二本の角があり、年齢を重ねた顔には深い皺が刻まれていた。
穏やかな表情とは言い難いが、長年にわたって人々をまとめてきた者らしい威厳が感じられる。
「アルヴェインへ行ったとは聞いていたが、まさかこのような形で戻ってくるとはな」
「私も、そのつもりはありませんでした」
「……そうか」
評議長は短く答えると、ユウトたちへ視線を移した。
「それで、アルヴェインの冒険者ギルドが、我々に何の用だ?」
「最近、ベルグラードから逃れてきた人間族の方々が、アルヴェインへ辿り着きました」
「…………」
その言葉に、室内の空気が僅かに変わった。
「その方々から、こちらの状況についてお話を伺いました。ギルド長の判断により、私たちは現地の情勢を確認するため、正式な調査依頼を受けて参りました」
「……なるほどな」
評議長が小さく頷く。
しかし、すぐに別の評議員が口を開いた。
「つまり、アルヴェインのギルドが我々の内情に口を出すつもりか?」
声を上げたのは、体格のいい獣人族の男だった。
その口調には、明らかな警戒が込められている。
「そのつもりはありません」
ミレアは落ち着いて答えた。
「まずは事実を確認し、依頼主であるギルドへ報告することが目的です」
「ならば、確認するまでもない」
獣人族の評議員が腕を組む。
「一部の人間族が武器を集め、このベルグラードで騒乱を起こそうとしている。それが現在の問題だ」
「その件についても、お話を伺っています」
「……何?」
「実際に、武器を集めている人間族の方とも接触しました」
「…………!」
その瞬間、七人の表情が変わった。
「……接触したのか?」
「はい」
「どこでだ!?」
「そいつらは今、どこにいる!?」
「武装蜂起を企てている者たちを放置するわけにはいかん!」
それまで静かだった会議室に、次々と声が響いた。
「……ほら見ろ」
その様子を見ていたユウトが、小さく呟く。
「……何がっすか?」
シアが顔を寄せた。
「武器の話には、すぐ反応するんだなって」
「……主」
「何?」
「それ、今言わない方がいいと思うっす」
「なんで?」
「……もう遅いわ」
シエルが小さくため息を吐く。
「……今、何と言った?」
評議長の視線が、ユウトへ向けられた。
「……武器の話には、すぐ反応するなって」
「…………」
「人間族の人たちが言ってたんだ。何度お願いしても話を聞いてもらえなかったのに、武器を持った途端に注目されたって」
「……それを誰から聞いた?」
獣人族の評議員が身を乗り出した。
「直接話してくれた人だよ」
「だから、その者の名前と居場所を――」
「それは教えられない」
「……何?」
ユウトは不思議そうに首を傾げた。
「だって、調査のために話を聞かせてもらっただけだし。勝手に名前を教えたら、次から誰も話してくれなくなるだろ?」
「…………」
評議員たちの間に、僅かな沈黙が落ちた。
「……ユウトさん」
ミレアが小さく名前を呼ぶ。
「……何?」
「いえ……そのまま続けてください」
「……?」
ユウトが首を傾げる。
その横で、シアがニヤリと笑った。
「ミレアさんも諦めたっす」
「何をですか?」
「なんでもないっす!」
評議長は一度大きく息を吐くと、咳払いをした。
「……まず、君の名前を聞いておこう」
「ユウト!」
「……そうか」
「Eランク冒険者!」
「そこまでは聞いていない」
「……最近、これ多いな」
「アニキが勝手に付け足すからだろ」
リトが呆れたように答えた。
評議長はそんな二人を一瞥したあと、改めて口を開く。
「……ユウトと言ったな。我々が武装した者たちを警戒するのは、住民の安全を守るためだ」
「……うん」
「武器を集めている集団が、何を企てているか分からん。何かが起きてからでは遅いのだ」
「なるほど」
ユウトが頷いた。
「それは分かるよ」
「…………」
評議員たちが僅かに拍子抜けした表情になる。
「……理解しているのか?」
「うん。武器を持った人たちが暴れるかもしれないなら、警戒するのは普通だろ?」
「……そうだ」
評議長が頷く。
「ならば、我々が取っている措置の必要性も理解できるな?」
「危険なことをしようとしてる人を見張るのはね」
「……何?」
「でもさ」
ユウトが首を傾げた。
「武器を集める前から、人間族への扱いって悪かったんだろ?」
「…………」
会議室の空気が、再び変わった。
「……それとこれとは話が別だ」
一人の評議員が答える。
「……そうなの?」
「ベルグラードには、古くからそれぞれの種族に応じた役割と立場がある。それに基づいて、長年この地域を治めてきたのだ」
「……へぇ」
ユウトは少し考えた。
「じゃあ、聞いていい?」
「……何だ?」
「同じ仕事をしてても、人間族だと給料が安いって聞いたんだけど」
「…………」
「それも、種族ごとの役割ってこと?」
評議員の一人が腕を組んだ。
「職業や待遇には、それぞれの事情がある。全員を同じ条件で扱えば済むという話ではない」
「……それは分かるよ」
「……何?」
「仕事が違ったり、できることが違ったりすれば、給料も変わるだろ?」
「……そうだ」
「でも、同じ仕事ができる人でも、人間族ってだけで安くなるの?」
「…………」
評議員はすぐには答えなかった。
「……それは、古くからの慣習で――」
「……じゃあ、理由は慣習なの?」
「……何?」
「仕事の内容とか、腕の良さじゃなくて?」
「…………」
ユウトは特に怒った様子もなく、答えを待っていた。
しかし、評議員は言葉を続けなかった。
「……ユウト」
シエルが小さく声を掛ける。
「……ん?」
「他にも聞きたいことがあるんでしょう?」
「……ああ、そうだった!」
ユウトは再び評議員たちへ視線を向けた。
「店の入口も、人間族だけ別のところがあるんだよね?」
「……一部にはな」
「なんで?」
「それぞれの店の判断だ。我々がすべてを決めているわけではない」
「……なるほど」
ユウトが頷く。
「じゃあ、入口を分けなきゃいけないって決まりはないんだ?」
「……そうだ」
「だったら、人間族も同じ入口から入れる店があっても問題ないよね?」
「……それは店主の判断だ」
「そっか」
ユウトは一度頷き、次の質問を続けた。
「じゃあ、家は?」
「……家?」
「人間族だからって、空いてる家を借りられないことがあるって聞いた」
「……それも所有者の判断だ」
「へぇ……」
ユウトは少し考え込んだ。
「つまり、評議会が禁止してるわけじゃないんだ?」
「……基本的にはな」
「でも、実際には借りられない人がいる」
「…………」
「じゃあ、住む場所を自由に選べるって言っても、あんまり意味なくない?」
その言葉に、別の評議員が口を開いた。
「だからといって、我々が民間の商売や所有物について、何でも命令できるわけではない」
「……それもそうだね」
ユウトはあっさり頷いた。
「…………」
「じゃあ、評議会ができることと、できないことがあるってことか」
「……当然だ」
「なるほどなぁ」
ユウトは腕を組んだ。
これまで聞いてきた話では、評議会がすべての差別的な扱いを決めているようにも思えた。
しかし、実際には古い慣習によるものもあれば、商人や土地の所有者がそれぞれ判断しているものもあるらしい。
もちろん、それで不当な扱いが正当化されるわけではない。
ただ、問題を変えようとするなら、誰が何を決めているのかを知る必要があるだろう。
「……じゃあさ」
ユウトが再び顔を上げた。
「人間族の人たちが、待遇を変えてほしいって何度もお願いしてたのは本当?」
「…………」
評議長が僅かに眉をひそめる。
「……要望があったことは認める」
「何回も?」
「……何度かあった」
「その時は、まだ武器を持ってなかったんだよね?」
「…………」
「……そうだ」
「じゃあ、なんで変わらなかったの?」
「……そう簡単な話ではない」
評議長が低い声で答えた。
「長年続いてきた制度や慣習を変えるには、多くの者の理解が必要になる」
「……うん」
「急激な変化は、住民の混乱を招くこともある。それに、待遇を見直せば、商人や雇い主の負担が増える可能性もあるのだ」
「……ああ、なるほど!」
ユウトが頷いた。
その反応に、評議長は少しだけ表情を和らげた。
「理解できたか?」
「うん。今までのやり方を変えると、困る人が出てくるんだろ?」
「……そういうことだ」
「でも、今のやり方で困ってる人もいるんだよね?」
「…………」
評議長の表情が止まった。
「人間族の人たちは、今も困ってるって言ってたよ」
「……それは」
「じゃあ、今までのやり方を続ける人と、変えてほしい人の両方がいるってことじゃん」
「…………」
「だったら、どっちかだけの都合で決めちゃ駄目なんじゃない?」
静かな問い掛けだった。
声を荒らげるわけでも、相手を責めるわけでもない。
それでも、評議長はすぐには答えなかった。
「……君には、この地域の歴史が分かっていない」
やがて、そう口を開いた。
「……分かんないよ」
「…………」
「俺、今日来たばっかりだし」
「…………」
「だから教えてほしいんだ」
ユウトは真っ直ぐに評議長を見る。
「人間族の人たちが何度もお願いしてきたのに、どうして話が進まなかったの?」
「…………」
「全部すぐに変えられないのは分かる。でも、一つずつでも変えようとはしなかったの?」
「……検討はしてきた」
「……それで?」
「…………」
「何か一つでも変わった?」
評議長は僅かに視線を落とした。
他の評議員たちも、すぐには口を開かなかった。
その沈黙を破ったのは、蜥蜴人族の評議員だった。
「……すべてが何も変わっていないわけではない」
「……そうなの?」
「ああ。地域によっては、商人同士で待遇を見直そうという話もあった。しかし、実際に進めようとすると反対が出て、結局まとまらなかったものも多い」
「……なるほど」
「評議会の中でも、全員が同じ考えというわけではないのだ」
その言葉に、ユウトは七人を見渡した。
「……じゃあ、七人とも考え方が違うの?」
「当然だろう」
獣人族の評議員が答えた。
「我々にも、それぞれの立場と意見がある」
「……そっか!」
ユウトが頷いた。
「それなら、なおさら話し合いが必要じゃん」
「…………」
再び、評議員たちの表情が変わった。
◇
「……しかし!」
獣人族の評議員が机を叩いた。
「だからといって、武器を集めていい理由にはならん!」
「……うん」
「…………」
「それは俺もそう思う」
予想外の答えだったのか、評議員が口を閉じた。
「……何?」
「武器を持って暴れたら、関係ない人まで巻き込まれるだろ?」
「……そうだ」
「それじゃ駄目だって、向こうの人にも言ったよ」
「…………」
「人間族だからって酷い扱いをするのがおかしいなら、鬼人族だから、獣人族だからって巻き込むのもおかしいだろって」
評議員たちが互いに顔を見合わせた。
「……つまり、君は武装した者たちの味方というわけではないのだな?」
評議長が確認する。
「……味方っていうか」
ユウトは少し考えた。
「酷い扱いをされてきたのはおかしいと思う。でも、だからって何をしてもいいわけじゃないだろ?」
「……そうだな」
「それに、カ……その人たちだって、最初から戦いたかったわけじゃないみたいだし」
ユウトは言い掛けた名前を慌てて飲み込んだ。
その様子を見ていたシエルが、僅かに口元を緩める。
「……じゃあ聞くけどさ」
ユウトは再び評議長へ向き直った。
「武器を集めてる人たちが危険だから、監視するんだよね?」
「……そうだ」
「でも、今は武器を持ってない人も監視してるんだろ?」
「…………」
「人間族が何人か集まってるだけで見張りを付けたり、どこへ行くのか聞いたりしてるって」
「……危険を未然に防ぐための措置だ」
「……うん」
ユウトが頷いた。
「でもさ、何もしてない人まで疑われたら、嫌な気持ちになるだろ?」
「…………」
「それで怒る人が増えたら、また監視を強くするの?」
「……必要ならばな」
「じゃあ、その監視にまた怒る人が出てきたら?」
「…………」
「……ずっと繰り返すの?」
会議室に沈黙が落ちた。
評議員たちの中には不快そうに眉をひそめる者もいれば、考え込むように視線を落とす者もいた。
「……ユウトさん」
ミレアが小さく呟く。
彼女自身、今まで何度も考えてきたことだった。
評議会は人間族を警戒している。
人間族は評議会を信用していない。
そして、その不信感が互いの行動をより過激なものにしている。
しかし、だからといって簡単に解決できるものではない。
そのことも、ミレアには分かっていた。
「……君の言いたいことは分かった」
評議長が大きく息を吐いた。
「我々にも責任があると言いたいのだろう」
「……あるんじゃない?」
「…………」
「もちろん、全部評議会のせいだとは思ってないよ」
ユウトは続けた。
「でも、最初に人間族の人たちが話し合いに来た時、もっとちゃんと話してたら、今みたいにはならなかったかもしれないだろ?」
「……それは、分からん」
「うん。俺も分かんない」
「…………」
「でも、少なくとも今のままじゃ駄目ってことは分かるよ」
ユウトは腕を組み、小さく息を吐いた。
「……面倒くさいなぁ」
「今さら!?」
リトが思わず突っ込んだ。
「だってさ!」
ユウトが振り返る。
「人間族の人たちは、評議会が話を聞いてくれないって言ってる」
「……ああ」
「評議会は、人間族が武器を持ってるから危険だって言ってる」
「……そうだな」
「でも、どっちも相手が何を考えてるのか、ちゃんと知らないんだろ?」
「……まあ、そうね」
シエルが頷いた。
「……じゃあさ」
ユウトは顔を上げた。
「両方集めて、話せばいいじゃん」
「…………」
評議員たちが固まった。
「……主」
シアがニヤニヤと笑う。
「……何?」
「やっぱりそうなったっす!」
「何が!?」
「なんでもないっす!」
しかし、評議会の反応は決して軽いものではなかった。
「……簡単に言うな!」
獣人族の評議員が声を荒らげた。
「相手は武器を集めている者たちだぞ! 評議会の者が直接会いに行き、襲われでもしたらどうする!」
「……じゃあ、武器を持たずに来てもらえば?」
「向こうが素直に応じる保証などないだろう!」
「……それもそうか」
ユウトはあっさり頷いた。
「それに、評議会が話し合いの場を設けたところで、相手が武装をやめるとは限らん」
別の評議員が口を開く。
「話し合いの場を利用して、我々へ要求を押しつけてくる可能性もある」
「……うん」
「我々には、この地域に暮らす住民全体の安全を守る責任があるのだ」
「……なるほど」
ユウトはしばらく考え込んだ。
「……でもさ」
「……何だ?」
「今の状態になってから、実際に両方で話し合おうとしたの?」
「…………」
「人間族の人たちと、評議会が同じ場所に集まってさ」
評議長は僅かに目を伏せた。
「……いや」
「……じゃあ、まだやってないんだ?」
「今の情勢では、危険が大きすぎる」
「……そうなの?」
「当然だ」
「……だったら」
ユウトが笑った。
「俺たちも一緒にいればいいじゃん!」
「…………」
会議室に、再び長い沈黙が落ちた。
シアが嬉しそうに頷く。
「主! あーしたちがいれば安心っす!」
「だろ!?」
「……あなたたちね」
シエルが呆れたように言いかける。
しかし、それより早く、評議長が口を開いた。
「……ユウトと言ったな」
「……ん?」
「君たちが相当な実力を持つ冒険者だという話は、ミレアから聞いた」
「……おお!」
「だが、今回の問題は単に腕が立てば解決できるものではない」
「……うん」
「武器を持つ者たちと評議会を同じ場所に集める。それ自体は、一つの案かもしれん」
「……じゃあ!」
「しかし!」
評議長の声が強くなった。
「誰が双方の安全を保証する? どうやって互いの要求を整理する? そもそも、何を条件に話し合いを始めるのだ?」
「…………」
ユウトは口を閉じた。
「我々が一方的に武装解除を求めても、向こうは応じんだろう。かといって、武器を持ったまま評議会へ来られては、こちらも応じるわけにはいかん」
「……なるほど」
「それに、仮に話し合いの場を設けたとしても、その場ですべての待遇を変えると約束することなどできん。商人や土地の所有者、周辺の集落にも関わる問題だからな」
「……うん」
「君は、双方が話し合えばいいと言ったな?」
「……言ったよ」
「ならば、聞こう」
評議長は円卓に両手を置き、ユウトを真っ直ぐに見据えた。
「一体、どのような条件であれば、双方が納得して同じ席に着けるというのだ?」
「…………」
再び、静寂が訪れた。
ミレアは不安そうにユウトを見つめていた。
確かに、ユウトの言うことは間違っていない。
しかし、現実に話し合いを実現するとなれば、考えなければならないことは山ほどある。
相手に武器を捨てさせるだけでも難しい。
まして、評議会側にも長年続いてきた制度や、守るべき立場がある。
果たして、その両方を納得させることなどできるのだろうか。
「……アニキ」
リトが小さく声を掛けた。
「……ん?」
「無理に答える必要はねぇぞ。俺たちは調査に来ただけなんだからな」
「……そうよ」
シエルも頷いた。
「ここで安易に約束するべきじゃないわ」
「……うん」
ユウトは小さく答えた。
しかし、その視線は評議長から離れていなかった。
相手が求める条件。
譲れない事情。
互いの立場と、それぞれが守りたいもの。
話がまとまらない理由を一つずつ整理していく。
その考え方には、どこか覚えがあった。
(……あれ?)
ユウトは小さく首を傾げた。
何だろう……この感じ。
お互いに言いたいことがあり、どちらも自分の条件を譲ろうとしない。
片方の要求を通せば、もう片方が納得しない。
けれど、それぞれの事情を聞いていくと、必ずしもすべてが対立しているわけではない。
(……なんか、懐かしいな)
ユウトの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。
「……ユウトさん?」
ミレアが不思議そうに声を掛ける。
「……ん?」
「どうかしましたか?」
「……いや」
ユウトは小さく首を振った。
「ちょっと、考えてただけ」
「……そうですか」
ミレアはそれ以上何も言わなかった。
しかし、シエルは僅かな違和感を覚えていた。
先ほどまでのユウトは、思いついたことをそのまま口にしていた。
だが今は違う。
評議長の言葉を聞いた途端、何かを確かめるように考え始めている。
しかも――。
(……笑ってる?)
それは、魔物と戦う時の好戦的な笑みではなかった。
まして、何か面白いことを思いついた時の無邪気な笑顔でもない。
もっと落ち着いた、どこか楽しそうな表情だった。
「……ユウト?」
シエルが小さく名前を呼ぶ。
「……何?」
「……いえ、何でもないわ」
シエルは静かに首を振った。
そして、評議長が改めて口を開く。
「……どうした。答えられんのか?」
「……いや」
ユウトは顔を上げた。
目の前には、ベルグラードを治める七人の評議員たち。
彼らには彼らの事情があり、守ろうとしているものがある。
そして、人間族の側にも同じように譲れない事情がある。
どちらも簡単には引き下がれない。
だからこそ、これまで話がまとまらなかったのだろう。
ユウトはもう一度、七人の顔をゆっくりと見渡した。
「……分かった」
その声は、先ほどまでよりも少しだけ落ち着いていた。
「……何がだ?」
評議長が尋ねる。
「何が問題なのか、少し分かった気がする」
「…………」
「だからさ」
ユウトは軽く息を吐いた。
「もうちょっと、詳しく聞いてもいい?」
「……まだ聞くつもりか?」
「うん!」
ユウトは笑った。
「だって、ちゃんと知っておいた方がいいだろ?」
「…………」
評議長はしばらくユウトを見つめていた。
そして、深く息を吐く。
「……好きにするがいい」
「……おお!」
ユウトの表情が明るくなる。
「じゃあ、まず――」
そこで、彼は一度言葉を止めた。
何から聞くべきか。どこに問題があるのか。
そして、何を先に整理しなければならないのか。
不思議なことに、それらが少しずつ頭の中で形になり始めていた。
かつて、何度も向き合ってきたような感覚。忘れていたはずの、どこか懐かしい空気。
それが今、静かに蘇ろうとしていた。
シエルも、シアも、リトも。
そしてミレアでさえも、まだ気づいていなかった。
目の前の青年が、この場で何を見つけようとしているのか。
そして彼らが知るユウトには、まだ見せていない一面があるということを。
第305話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回はついに評議会との話し合い。
ユウトはいつも通り、気になったことを聞いただけ……のはずです。
そして次は、人間族と評議会が直接話し合うことに――。
次回もよろしくお願いします!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




