第三百四話 力で変える
ハロルドから話を聞いたユウトたち。
次に向かったのは、実際に武器を集めている者たちのもと。
そこでユウトたちは、彼らが武器を手にした理由を聞くことに――。
「……話くらいは通してみる」
ハロルドがそう言ってから、しばらくの時間が経っていた。
ユウトたちは工房の奥で、彼が連絡を頼んだ相手からの返事を待っている。
窓から差し込む日差しは少しずつ傾き始めていたが、今のところ何の知らせも届いていなかった。
「…………」
「……暇っす」
静かだった工房に、シアの声が響いた。
「……シア」
シエルが呆れたように顔を向ける。
「なんすか?」
「こういう時に言うことじゃないわ」
「でも暇っす」
「……分かる!」
「ユウトまで……」
シエルが小さくため息を吐く。
もっとも、ユウトの場合は退屈しているだけではなかった。
先ほどから工房に並べられた木製品が気になるらしく、あちこちへ視線を向けている。
「……なあ、おっちゃん!」
「なんだよ」
作業台で工具を手入れしていたハロルドが顔を上げる。
「工房って面白そうだな!」
「……そうか?」
「うん! これ何作ってるの?」
ユウトが近くにあった木製品を指さした。
「椅子だ」
「……じゃあ、これは?」
「机だ」
「……これは?」
「棚だ。……見りゃ分かるだろ?」
「おっちゃん、すげぇな!」
「……普通の木工だよ」
ハロルドは呆れたように答えたが、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
先ほどまでは警戒心を露わにしていたものの、ユウトたちと話しているうちに、少しずつ緊張も解けてきたようだった。
「……なあ、俺にも作れるかな?」
ユウトが興味深そうに尋ねる。
「やめとけ」
「なんで!?」
「お前、じっとしてられなさそうだからな」
「会って一日も経ってないのに!?」
「十分分かったよ」
ハロルドは即答した。
「主! 見抜かれてるっす!」
「シアに言われたくない!」
「なんでっすか!?」
「お前も似たようなもんだろ!」
「失礼っす! あーしはちゃんとじっとしてられるっす!」
「……じゃあ、少し黙っててみろよ」
「…………」
シアは口を閉じた。
しかし、数秒後。
「……主!」
「早いよ!」
「もう終わったっす!」
「ガッハッハ! 何も変わってねぇじゃねぇか!」
リトが豪快に笑い、シエルは呆れたように額へ手を当てた。
ハロルドも苦笑しながら、作業台へ向き直ろうとする。
その時だった。
――コン、コン。
工房の扉が叩かれた。
「…………」
ハロルドの表情が変わる。
「……来たか」
「……誰?」
ユウトが尋ねる。
「俺が頼んでおいた奴だ」
ハロルドは工具を置き、扉へ向かった。
僅かに扉を開け、外の様子を確認してから声を落とす。
「……どうだった?」
「話は通した」
扉の向こうから、男の声が聞こえた。
「ただし、条件がある」
「……条件?」
「ああ。五人全員で来い、だそうだ」
「……五人?」
ユウトが仲間たちを見回した。
「俺、シエル、シア、リト、ミレアさん……」
「……数えなくても分かるわよ」
シエルが呆れたように言う。
「念のため!」
「何の念よ……」
ハロルドはそんな二人を一瞥したあと、扉の向こうの男と短く言葉を交わした。
やがて扉を閉め、ユウトたちへ向き直る。
「……会うそうだ」
「……本当!?」
ユウトが嬉しそうに顔を上げる。
「ああ。ただし、向こうはお前たちを信用してるわけじゃねぇ。人数を確認したがるのも、妙なことをされないよう警戒してるからだろう」
「……なるほど」
「それから、もう一度言っておくぞ」
ハロルドの表情が険しくなる。
「余計なことはするなよ。あいつらは今、かなり神経質になってる」
「……しないよ!」
ユウトが元気よく答えた。
「……本当だろうな?」
「本当!」
「主!」
シアが横から声を掛ける。
「……何?」
「全然信用されてないっす!」
「なんで嬉しそうなの!?」
ハロルドは深いため息を吐いた。
「……こいつら、本当に大丈夫か?」
「……私が責任を持って同行します」
ミレアが答える。
「ハロルドさん、ご協力ありがとうございます」
「……ああ。だが、何かあったら無理せず引き返せよ」
「分かっています」
ミレアは真剣な表情で頷いた。
ユウトも、今度は茶化すことなくその言葉を聞いていた。
相手は武器を集めているとされる人々だ。
話し合いのために招かれたとはいえ、決して友好的な相手とは限らない。
それでも、直接話を聞く機会が得られたのは大きな前進だった。
五人は荷物を確認すると、ハロルドに礼を言って工房を後にした。
◇
案内役の男に続き、ユウトたちは町の西側に広がる人間族の居住区を歩いていた。
先ほど通ってきた道よりもさらに奥へ進むと、建物の間隔は狭くなり、細い路地が入り組むように延びていた。
古い木造家屋が肩を寄せ合うように並び、壁には補修の跡が目立つ。道の端には雨水が流れた溝が残り、石畳が途切れて土が剥き出しになっている場所もあった。
「……こっちだ」
案内役が小さく声を掛ける。
「……どこ行くの?」
ユウトが尋ねた。
「黙ってついて来い」
「……はい」
ユウトは素直に頷いた。
「……珍しいわね」
シエルが小さく呟く。
「何が?」
「あなたが素直に言うことを聞くなんて」
「……だって、怒られそうだったから」
「主! 成長したっす!」
「なんで上からなの!?」
「……静かにしろ」
前を歩く案内役が振り返った。
「……はい!」
「はいっす!」
二人は慌てて口を閉じた。
その様子に、リトが小さく肩を揺らす。
ミレアは周囲を警戒しながら歩いていた。
ここは人間族が多く暮らす区画だ。
外部から来た冒険者が何人も連れ立って歩いていれば、目立たないわけではない。
実際、通りの角では何人かの住民がこちらへ視線を向けていた。
しかし、案内役の姿を見ると、特に声を掛けることもなく視線を外していく。
(……少なくとも、この辺りの方々には知られている人物のようですね)
ミレアはそう考えながら、足を進めた。
やがて幾つもの路地を曲がった先で、案内役が立ち止まった。
「……ここだ」
目の前には、一軒の古びた木造の建物があった。
周囲の家々と比べても、特に変わったところはない。
窓は閉められ、入口には古い木の扉が取り付けられている。
「……普通の家、だよね?」
ユウトが小声で尋ねる。
「……ユウトさん」
ミレアが顔を向けた。
「分かってる。大声出さない!」
「……本当に成長しましたね」
「ミレアさんまで!?」
「……静かに!」
「……はい!」
ユウトが慌てて口を押さえる。
案内役は呆れたように一瞥すると、扉へ向き直った。
――コン、コン、コン。
三回、扉を叩く。
少し間を置いてから、さらに二回。
「……合図?」
ユウトが小さく呟いた。
誰も答えなかった。
しばらくして、扉の向こうから物音が聞こえてくる。
そして――。
――ギィ……。
扉が僅かに開いた。
「……入れ」
低い声が響く。
案内役に促され、五人は建物の中へ足を踏み入れた。
室内は薄暗かった。
窓には厚い布が掛けられ、外から差し込む光を遮っている。
壁際には古い棚や木箱が置かれ、中央には大きな机が一つ。その周囲には数人の人間族の男たちが立っていた。
「…………」
ユウトたちが入った瞬間、室内の視線が一斉に集まった。
誰も歓迎する様子はない。
むしろ、何をしに来たのかと問い詰めるような警戒心が、彼らの表情に浮かんでいた。
「……鬼人族まで連れてきたのか?」
一人の男が、ミレアを見て低い声を漏らした。
「私はアルヴェインの冒険者ギルド職員です」
ミレアは落ち着いた声で答える。
「……ギルド?」
「はい。今回は正式な調査依頼を受けて、こちらへ来ています」
「…………」
男は何か言いたそうだったが、奥から別の声が響いた。
「……ハロルドから話は聞いてる」
ユウトたちが顔を向ける。
部屋の奥から、一人の男が立ち上がった。
三十代半ばほどだろうか。
短く切り揃えた茶色の髪に、引き締まった身体。腰には使い込まれた剣が下げられている。
男は周囲の者たちと違い、ユウトたちを前にしても表情をほとんど変えなかった。
ただ、その視線には鋭い警戒心が宿っていた。
「……俺はカイルだ」
「俺はユウト!」
ユウトが元気よく答える。
「……聞いてねぇ」
「……え?」
「名前を聞いた覚えはねぇぞ」
「……でも、そっちは名乗ったじゃん!」
「…………」
カイルが僅かに眉をひそめた。
「……変な奴だな」
「よく言われる!」
「そこは胸を張るところじゃないわ」
シエルが静かに突っ込む。
「シエルまで!?」
「…………」
カイルはしばらくユウトを見つめた。
それから案内役へ視線を向ける。
「……本当にこいつらで合ってるのか?」
「ああ。ハロルドが話したのは、この五人だ」
「……そうか」
カイルは何かを考えるように黙ったあと、椅子へ腰を下ろした。
「……まあいい。話くらいは聞いてやる」
その言葉に、ミレアが小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいらねぇ。それで、何の用だ?」
「私たちは現在、ベルグラードの情勢について調査しています」
ミレアは簡潔に説明を始めた。
「特に、人間族の方々が置かれている状況と、最近強まっている監視について、現地の皆さんから直接お話を伺いたいと思っています」
「……人間族の話なら、ハロルドから聞いただろ?」
「ええ。聞きました」
「だったら、それで十分じゃねぇのか?」
「十分ではありません」
ミレアは迷わず答えた。
「ハロルドさんは、武器を持って戦うことには反対しています。ですが、そうではない方々にも、それぞれの考えがあるはずです」
「…………」
「その方々の話を聞かずに、今の状況を判断することはできません」
カイルは黙ってミレアを見つめていた。
やがて、僅かに口元を緩める。
「……なるほどな」
そして、吐き捨てるように続けた。
「鬼人族にしちゃ、まともなことを言う」
「…………」
ミレアの表情が僅かに強張った。
だが、何かを言い返すより早く、横からユウトが口を開いた。
「……それさ」
「……なんだ?」
カイルが視線を向ける。
「鬼人族って関係ある?」
「…………」
「ミレアさんがまともなこと言ったのと、鬼人族なのって関係なくない?」
ユウトは不思議そうに首を傾げていた。
怒っているわけではない。
ただ、純粋に疑問を感じているようだった。
「……何が言いたい?」
カイルの声が低くなる。
「いや、だってさ」
ユウトは当たり前のように答えた。
「人間族だからって扱いを変えられるのが嫌なんだろ?」
「…………」
「だったら、鬼人族だからって決めつけるのも同じじゃない?」
室内が静まり返った。
カイルの後ろにいた男たちも、思わずユウトへ視線を向ける。
確かに、人間族への差別をなくしてほしいと訴えながら、自分たちも他の種族を一括りにして考えてしまっている。
しかし、それを素直に認められるほど、彼らの抱えてきた怒りは小さくなかった。
「……主」
シアが小声で呟く。
「……何?」
「もう始まったっす」
「……何が?」
「なんでもないっす」
シアはそっと視線を逸らした。
その横で、シエルも静かにユウトを見つめていた。
カイルはしばらく黙っていたが、やがて小さく鼻を鳴らした。
「……言うじゃねぇか」
「……普通に聞いただけだけど?」
「……そうかよ」
カイルは僅かに笑った。
ただし、その笑みは決して友好的なものではなかった。
「……それで、何が聞きたい?」
その言葉に、ユウトが即座に口を開いた。
「武器、集めてるの?」
「…………」
再び、室内が静まり返った。
「……直球ね」
シエルが小さく呟く。
「だって、それを調べに来たんだろ?」
「そうだけど、もう少し聞き方があるでしょう?」
「回りくどいの苦手なんだよ」
「……知ってるわ」
シエルが呆れたようにため息を吐いた。
カイルはそんな二人を眺めながら、しばらく考えていた。
自分たちの行動を、外部の人間へ簡単に話すべきではない。
それは分かっている。
だが、目の前の青年は妙に遠慮がない。
こちらが警戒していることなど気にも留めず、まるで知り合いに尋ねるように質問してくる。
やがて、カイルは静かに口を開いた。
「……ああ」
「……本当?」
「集めてる」
はっきりとした答えだった。
「剣も槍もな。使えそうなものは、できる限り用意してる」
「……そっか」
ユウトは小さく頷いた。
「……何のため?」
「分かってて聞いてるんだろ?」
「……一応」
カイルはユウトをじっと見つめた。
そして、低い声で告げる。
「……戦うためだ」
その瞬間、室内の空気が変わった。
周囲の男たちも、誰一人として冗談めかした表情をしていない。
カイルは本気で武力に訴えることを考えている。
少なくとも、その可能性を捨ててはいなかった。
「……評議会と?」
ユウトが尋ねる。
「あいつらが最後まで何も変えねぇならな」
「…………」
「俺たちは何度も話したんだ」
カイルの声が低くなる。
「待遇を変えてくれ。人間族だからって理由だけで仕事を奪うな。同じ仕事をしてるなら、同じだけの金を払ってくれ」
カイルは一度言葉を切った。
「俺たちが求めてきたのは、ただそれだけじゃねぇ。住む場所も、子供の教育も、病気になった時の治療だってそうだ」
「…………」
「他の種族には当たり前に認められてることを、俺たちにも認めてくれって言ってきたんだよ」
「……うん」
ユウトは静かに頷いた。
「ハロルドのおっちゃんからも聞いた」
「……おっちゃん?」
カイルが僅かに眉を動かす。
「……そこは気にしないでください」
ミレアがすかさず口を挟んだ。
「……?」
カイルは不思議そうな顔をしたが、すぐに話を戻した。
「……何度訴えても、何も変わらなかった」
カイルは机の上で拳を握った。
「俺たちが頭を下げてる間は、誰も気にしなかったんだ。何度も頼んで、何度も話し合いを求めて……それでも何も変わらなかった」
「…………」
「だがな」
カイルの手が、腰に下げた剣へ伸びた。
「武器を集め始めた途端、どうなったと思う?」
「……監視された」
ユウトが答える。
「……そうだ」
カイルは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ようやく、あいつらは俺たちを見るようになった」
「…………」
「人間族が集まれば見張りを付ける。どこへ行くのか、誰と会うのか、何を買ったのかまで調べるようになった」
カイルは拳を握り直した。
「……笑えるだろ?」
誰も答えなかった。
「何年も言葉で訴えても無視してた連中が、俺たちが武器を持ち始めた途端、一挙一動を気にするようになったんだ」
その声には、怒りと同時に深い失望が込められていた。
「結局、あいつらが聞くのは言葉じゃねぇ」
「…………」
「……力なんだよ」
カイルの目が鋭くなる。
ユウトは何も言わず、その話を聞いていた。
ここまでの経緯については、ガルドやハロルドからも聞いている。
しかし、実際に武器を集めている本人の言葉には、これまでとは違う重みがあった。
長い年月を掛けて積み重なった不満。
何度声を上げても受け入れてもらえなかった悔しさ。
そして、武器を持つことでしか相手に存在を認めさせられないと思うようになってしまった怒り。
そのすべてが、目の前の男の言葉から伝わってきた。
「……だから、戦うの?」
ユウトが尋ねた。
「……必要ならな」
「……勝てるの?」
「…………」
その質問に、カイルの表情が僅かに変わった。
「……ハロルドのおっちゃんは、勝てないって言ってた」
「……あいつらしいな」
カイルが苦笑する。
「実際、向こうには腕の立つ奴らもいる。数でも俺たちは不利だろうな」
「……じゃあ、カイルも勝てるとは思ってないの?」
「……勝てるかどうかじゃねぇんだよ」
「……じゃあ、何?」
ユウトは真っ直ぐに尋ねた。
「戦わなきゃ、何も変わらねぇんだ!」
カイルの声が室内に響く。
「このまま何十年も、人間族だからって下に見られて生きろっていうのか!?」
「……言ってないよ」
「…………」
「俺も、今の扱いはおかしいと思う」
ユウトは静かに答えた。
「なら――」
「……でもさ」
カイルが言いかけたところで、ユウトが続ける。
「戦ったら、関係ない人も死ぬんだろ?」
「…………」
「人間族も、鬼人族も、獣人族も。戦うつもりなんてない人まで巻き込まれるかもしれない」
ユウトは少しだけ考え、付け加えた。
「……子供とかもさ」
「……仕方ねぇだろ」
カイルが低い声で答える。
「……なんで?」
「…………」
「なんで、その人たちまで仕方ないんだ?」
ユウトは首を傾げた。
カイルの表情が険しくなる。
「この町の連中は、俺たちがどんな扱いをされてるか知ってたんだよ!」
「……全員?」
「…………」
「子供も?」
「…………」
「何も知らない人も?」
カイルは答えなかった。
「……その人たちも、死んで仕方ないの?」
「……綺麗事だ」
カイルの声が低くなる。
「……そう?」
「お前には分からねぇよ」
カイルはユウトを睨んだ。
「俺たちが何年我慢してきたのか。どれだけ酷い扱いを受けてきたのか。何度頭を下げて、どれだけ無視されてきたのか……お前は何も知らねぇだろ!」
「……うん」
ユウトは素直に頷いた。
「……知らないよ」
「…………」
あまりにもあっさりとした答えに、カイルは言葉を止めた。
「……だから、聞きに来たんだし」
ユウトは続けた。
「俺、この町に来たばっかりだからさ。カイルたちが今までどんな思いをしてきたのか、全部分かるなんて言えないよ」
「…………」
「でも、何も知らないからって、話を聞かなくていいわけじゃないだろ?」
カイルは黙っていた。
ユウトはその様子を見ながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「カイルたちが酷い扱いをされてきたのは、確かにおかしいと思う」
「…………」
「でも、それと関係ない人が死んでいいっていうのは、別の話じゃない?」
「…………」
「人間族だからって酷い扱いをするのがおかしいなら、鬼人族だから、獣人族だからって巻き込むのもおかしいだろ?」
部屋の中に静寂が落ちた。
ユウトの言葉は、特別難しいものではなかった。
正しいことを並べて相手を言い負かそうとしているわけでもない。
ただ、自分が疑問に思ったことを、そのまま口にしているだけだった。
しかし、その言葉はカイルにとって、簡単に聞き流せるものではなかった。
人間族という理由だけで不当な扱いを受けることに、ずっと怒りを感じてきた。
だからこそ、その考え方そのものを否定することはできない。
「……アニキ」
リトが小さく呟く。
「……なんだよ?」
「……いや、何でもねぇ」
リトは首を振った。
「続けてくれ」
「……?」
ユウトは不思議そうに首を傾げた。
しかし、それ以上気にすることなくカイルへ視線を戻す。
「……お前」
カイルが低い声で口を開いた。
「俺たちに、武器を捨てろって言いに来たのか?」
「……まだ言わない」
「……まだ?」
カイルが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「だって、評議会の話を聞いてないから」
「…………」
「カイルたちの話は聞いた。ハロルドのおっちゃんの話も、ガルドのおっちゃんの話も聞いた」
「……ここでおっちゃんはやめなさいよ」
シエルが呆れたように口を挟む。
「……なんで!?」
「今は真面目な話をしてるでしょう?」
「真面目に話してるよ!」
「……ならいいけど」
シエルは小さく息を吐いた。
ユウトは再びカイルへ向き直る。
「でも、評議会の人たちが何を考えてるのかは、まだ聞いてないんだよ」
「……聞く必要があるのか?」
「あるだろ?」
ユウトは当然のように答えた。
「カイルたちが言ってることと、評議会が考えてること。両方聞かないと、何がどうなってるのか分からないじゃん」
「…………」
「おっちゃんたちの話を聞いたからって、それが全部正しいかどうかは分からない。もちろん、評議会の話だって同じだと思う」
「……つまり、どっちも信用してねぇってことか?」
カイルが険しい表情で尋ねる。
「……そうじゃないよ」
ユウトは首を振った。
「話はちゃんと聞く。でも、聞いたこと全部が本当かどうかは、確かめないと分かんないだろ?」
「…………」
「それにさ、カイルが言ってたじゃん」
「……何をだ?」
「武器を持った途端、評議会が自分たちを見るようになったって」
「……ああ」
「だったら、今、評議会が何を考えてるのかも知っておきたいじゃん」
ユウトは少しだけ肩をすくめた。
「向こうが何を怖がってるのか、何を守ろうとしてるのか。それが分からないと、話も進まないと思うんだよ」
「…………」
カイルは何も答えなかった。
確かに、自分たちは長い間、評議会へ待遇改善を求めてきた。
しかし、今の評議会が武器を集める人間族をどう見ているのか、その考えを直接聞いたことはない。
ただ、一方的に監視を強めているという事実だけがある。
だからといって、簡単に信用できる相手ではない。
それでも、ユウトの言うことがまったく間違っているとも思えなかった。
「……ユウトさん」
ミレアが静かに声を掛ける。
「……ん?」
「そろそろ評議会へ向かいましょうか」
「……そうだな!」
ユウトが頷いた。
「じゃあ次は、評議会の話を聞こう!」
「……お前な」
カイルが呆れたように呟く。
「本当にそれだけで、何とかなると思ってんのか?」
「……分かんない!」
「…………」
「でも、何もしないよりはいいだろ?」
ユウトは笑顔で答えた。
「……そうかよ」
カイルは小さく息を吐いた。
その様子を見ていたシエルが、僅かに微笑む。
ユウトはいつもと変わらない。
考えたことをそのまま口にし、分からないことがあれば遠慮なく尋ねる。
ただ、相手の話を聞こうとする姿勢だけは、先ほどから一度も変わっていなかった。
「……さて」
ユウトが椅子から立ち上がった。
「……ミレアさん!」
「はい?」
「評議会って、どこにあるの?」
「……中心部の評議会館です」
「おお! じゃあ行こう!」
「ちょっと待て」
カイルが声を掛けた。
「……何?」
「お前、何者だ?」
「……俺?」
「ああ」
カイルは真っ直ぐユウトを見つめていた。
「鬼人族だの人間族だの、そんなことは関係ないって顔で話しやがる。俺たちのことを怖がりもしねぇし、かといって一方的に味方するわけでもねぇ」
「…………」
「何のために、そこまで首を突っ込む?」
「……うーん」
ユウトは少しだけ考えた。
そして、元気よく答える。
「Eランク冒険者!」
「…………」
カイルが固まった。
「主! ピチピチの――」
「それはもういい!」
「なんでっすか!?」
シアが抗議する。
「……ふざけてるのか?」
カイルの声が低くなる。
「……本当よ」
シエルが答えた。
「残念ながら」
「残念って何!?」
ユウトが振り返る。
「……本当にEランクなのか?」
カイルが確認する。
「そうですよ。アルヴェインの冒険者ギルドに所属する、正式なEランク冒険者です」
ミレアが答えた。
「……信じられねぇ」
カイルは額を押さえた。
「まあ、信じられねぇ気持ちは分かるな」
リトが苦笑する。
「……リトまで!?」
「ガッハッハ!」
室内に、僅かな笑い声が響いた。
しかし、カイルはすぐに真剣な表情へ戻った。
「……いいか、一つ言っておくぞ」
「……何?」
「評議会の連中が、お前の話をまともに聞くとは思えねぇ」
「……そうなの?」
「あいつらは、自分たちが正しいと思ってる。俺たちが何度訴えても、昔からのやり方を変えようとしなかった連中だからな」
「……ふーん」
ユウトは少し考え込んだ。
そして――。
「でもさ、カイルも自分が正しいと思ってるじゃん」
「…………」
カイルの表情が止まった。
「……ユウトさん」
ミレアが額へ手を当てる。
「……何?」
「……いえ。何でもありません」
カイルのこめかみが僅かに動いた。
しかし、ユウトは特に気にした様子もなく続ける。
「俺だって、自分がおかしいと思うことはおかしいって言うしさ。誰だって、そういうところあるんじゃない?」
「…………」
「だから、話してみないと分かんないと思うんだよ」
ユウトは小さく笑った。
「……まあ、実際に話して駄目だったら、その時はその時だけど!」
「……お前、本当に変な奴だな」
カイルが呟く。
「……また!?」
「いや、褒めてねぇからな」
「そこは褒めてよ!」
ユウトが抗議すると、カイルは呆れたように息を吐いた。
その手は、いつの間にか腰の剣から離れていた。
ただし、彼が武器を捨てる決意をしたわけでも、考えを改めたわけでもない。
長年積み重ねてきた怒りが、見知らぬ冒険者との短い会話だけで消えるはずもなかった。
それでも、カイルには一つだけ分かったことがある。
目の前の青年は、自分たちを敵と決めつけていない。
かといって、安易に味方をするつもりもないらしい。
ただ、自分の目で確かめようとしている。
そして、そのことがカイルには少しだけ意外だった。
「……ユウト」
カイルが改めて名前を呼んだ。
「……ん?」
「評議会で何を聞くつもりか知らねぇが、あいつらの言葉を簡単に信用するなよ」
「……うん」
「俺たちは何度も裏切られてきたんだ」
「……分かった」
ユウトは素直に頷いた。
「ちゃんと確かめるよ」
「…………」
カイルは何も答えなかった。
やがて、ミレアが静かに頭を下げる。
「本日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
「……礼はいらねぇ」
カイルは短く答えた。
「俺たちが何を考えてるのか、知りたいって言ったのはお前らだろ」
「はい」
「だったら、ちゃんと覚えておけよ」
「……もちろんです」
ミレアは真剣な表情で頷いた。
他の男たちは、まだ警戒した様子で五人を見つめていたが、来た時のように敵意を露わにする者はいなかった。
ユウトたちは案内役に連れられ、建物の外へ出た。
◇
外へ出ると、夕方の柔らかな日差しが路地を照らしていた。
窓の閉め切られた薄暗い部屋にいたためか、外の明るさが少し眩しく感じられる。
「……ふぅ」
ユウトが大きく伸びをした。
「結構話したなぁ!」
「……そうね」
シエルが頷く。
「でも、色々分かったわ」
「……ああ」
リトも腕を組んだ。
「少なくとも、武器を集めてる連中がいるってのは、もう単なる噂じゃねぇな」
「……そうですね」
ミレアが答える。
「本人たちから、直接話を聞くことができましたから」
「でも、本当に戦うかどうかはまだ決まってないっすよね?」
シアが尋ねる。
「ええ。カイルさんも、評議会が最後まで何も変えないなら、と話していました」
「……じゃあ、まだ間に合うってことだよな」
ユウトが呟いた。
「……可能性はあるわね」
シエルが答える。
「ただ、簡単ではないでしょうけど」
「……うん」
ユウトは頷いた。
人間族の中にも考え方の違う者がいる。
ハロルドのように武力による解決を望まない者。
カイルのように、場合によっては戦う覚悟をしている者。
どちらも、今の扱いを変えたいという思いは同じだった。
しかし、そのために選ぼうとしている方法が違っている。
そして、カイルたちが武器を集め始めたことで、評議会側の警戒も強まっていた。
「……やっぱりさ」
ユウトが口を開く。
「両方の話を聞かないと駄目だな」
「……そうね」
シエルが微笑む。
「……ミレアさん」
「はい?」
「次は評議会だよね?」
「ええ。その予定ですが……」
ミレアは少しだけ言葉を濁した。
「どうしたの?」
「評議会は、この地域を治める方々の集まりです。外部から来た冒険者が、簡単に話を聞かせてもらえるとは限りません」
「……そっか」
「ですから、まずはギルドからの正式な依頼書を提示して、面会をお願いするところから始めましょう」
「……なるほど!」
ユウトが元気よく頷く。
「じゃあ、それでいこう!」
「……ユウトさん」
「……何?」
「くれぐれも、勝手なことはしないでくださいね?」
「……分かってるって!」
「……本当に?」
「本当!」
ミレアはじっとユウトを見つめた。
「…………」
「…………」
「……主」
シアが小声で呟く。
「……何?」
「信用されてないっす」
「知ってるよ!」
「……知ってたんですね」
ミレアが呆れたように言う。
「そりゃ分かるって!」
そのやり取りに、シエルが小さく笑った。
やがて五人は、大通りへ向けて歩き始める。
ベルグラードの現状について、これまで様々な人々から話を聞いてきた。
アルヴェインまで逃れてきた人間族の家族。
町で商売を続けてきたガルド。
差別に苦しみながらも、武力による解決に反対するハロルド。
そして、武器を手に取ることでしか現状を変えられないと考えているカイルたち。
それぞれの言葉には、それぞれの事情があった。
しかし、これで調査が終わったわけではない。まだ話を聞けていない相手がいる。
ベルグラードを治め、今の制度を維持している評議会だ。
「……よし!」
ユウトが前を向いた。
「じゃあ、最後は評議会だな!」
「……そうですね」
ミレアが頷く。
その表情には、僅かな緊張が浮かんでいた。
評議会は、長年にわたってベルグラードの方針を決めてきた組織である。
人間族が何度訴えても変わらなかった制度。最近になって強まった監視。
それらを実際に決定し、運用している側の考えを確認しなければ、問題の全体像は見えてこないだろう。
そして、外部から来た冒険者の言葉に、彼らがどこまで耳を傾けるのかも分からなかった。
そんなミレアの心配をよそに、ユウトはいつもと変わらない様子で歩いている。
「……なあ、シエル!」
「何?」
「評議会って、やっぱり偉い人たちがいっぱいいるんだよな?」
「……そうでしょうね」
「……面倒くさそうだなぁ」
「あなた、さっきは行く気満々だったじゃない」
「だってさ! 偉い人って話長いじゃん!」
「……偏見よ」
「主! あーしも苦手っす!」
「おお! 仲間!」
「仲間にならないでください!」
ミレアの声が響き、リトが豪快に笑った。
「ガッハッハ! お前ら、本当に変わらねぇな!」
「何が!?」
「何でもねぇよ!」
そんな騒がしい声が、ベルグラードの夕暮れの道に響いていく。
ユウトはまだ、これから自分がどのような話し合いに臨むことになるのかを知らない。
ただ一つ、確かなことがあった。
人間族の言い分は聞いた。
武器を持つ者たちの考えも聞いた。
残るのは評議会。
そこで何が語られるのか。
そして、互いに譲ろうとしない者たちの間に、話し合いの余地は残されているのか。
その答えを確かめるため、ユウトたちは町の中心へ向かって歩き続けた。
第304話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は武器を集める人間族、カイルたちの話を聞くことができました。
彼らにもまた、力に頼ろうとするだけの理由があるようです。
そして残るは、ベルグラードを治める評議会。
果たして、彼らは何を語るのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!
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それでは、また次回お会いしましょう!




