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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百三話 人間族の言い分

ベルグラードで起きている問題を知ったユウトたち。


次に向かったのは、人間族が多く暮らす区画。


そこでガルドから紹介された一人の人間族を訪ねることに――。

「人間族の連中から直接話を聞きたいなら、一人心当たりがある」


 ガルドがそう言った。


 ベルグラードの現状について一通り話を聞き終えたユウトたちは、次に誰を訪ねるべきか相談していた。


 人間族への差別が長年続いてきたこと。


 待遇改善を求める声が、ほとんど受け入れられてこなかったこと。


 そして、武器を集めている者がいるという噂。


 ここまでで状況はある程度見えてきたものの、まだ当事者から直接話を聞けていない。


「……知り合い?」


 ユウトが尋ねる。


「ああ。昔からこの町に住んでる人間族の男だ」


「話してくれそう?」


「俺の名前を出せば、少なくとも門前払いはされねぇと思うぞ」


「おお! おっちゃん、顔広いんだな!」


「当たり前だ。この町で何年商売してると思ってんだ?」


「……何年?」


「そこは聞き流せ!」


「なんで!?」


 思わず声を上げたガルドに、ユウトが不思議そうな顔をする。


「ユウトさん……」


 ミレアが呆れたようにため息を吐いた。


「今はガルドさんの年齢を調査しているわけではありませんよ?」


「……それもそうか!」


「あーしたちはベルグラードの調査に来たっす!」


「シアに言われると、なんか悔しい!」


「なんでっすか!?」


「……なあ、ミレア」


 ガルドが心配そうに顔を向けた。


「本当に大丈夫なのか、こいつら?」


「……私も時々分からなくなります」


「ミレアさん!?」


「冗談ですよ」


「絶対ちょっと本気だったよね!?」


 ミレアは笑顔で答えなかった。


 そんな二人のやり取りを見かねたのか、シエルが静かに口を開く。


「それで、その人はどこにいるの?」


「ああ、そうだったな」


 ガルドは町の西側を指さした。


「ここから少し行ったところに、小さな工房がある」


「工房?」


「木工職人だ。家具やら建具やら、色々作ってる。腕のいい職人なんだがな」


「へぇ! 名前は?」


「ハロルドだ」


「……ハロルド」


 ユウトが小さく繰り返す。


「ちゃんと覚えろよ?」


「覚えたよ!」


「俺のことはおっちゃんって呼ぶくせにか?」


「おっちゃんはおっちゃんだろ?」


「俺にもガルドって名前があるんだよ!」


「知ってるよ?」


「だったら呼べよ!」


「仲良しっすね!」


 シアが嬉しそうに笑った。


「どこを見たらそうなるんだ!」


 ガルドの声が店内に響き、リトが豪快に笑った。


「ガッハッハ! まあ、アニキが気に入った証拠だろ!」


「そんな証拠いらねぇよ!」


「おっちゃん、照れてる?」


「照れてねぇ!」


 ミレアは頭を抱えた。


 しかし、先ほどまで重苦しかった店内に、少しだけ笑い声が戻っていた。


 やがてガルドは落ち着きを取り戻すと、改めて真剣な表情で口を開いた。


「ただし、今の町じゃ人間族と話してるだけでも妙に疑われることがある。ハロルドのところへ行くなら、余計な騒ぎは起こすなよ」


「大丈夫!」


 ユウトが元気よく答える。


「……お前に言われると不安になるな」


「なんで!?」


「今までの会話を振り返ってみてください」


 ミレアの冷静な指摘に、ユウトは口を閉じた。


 ガルドは呆れたように笑うと、工房への道順を詳しく教えてくれた。


 ◇


 ガルドの店を出てから、しばらく。


 五人は教えられた道順を頼りに、町の西側へ向かって歩いていた。


 大通りから離れるにつれて、人通りは次第に少なくなっていく。


 建物も少しずつ古いものが増え、道の舗装が途切れている場所もあった。


 家々の間には狭い路地が延び、軒先では洗濯物が風に揺れている。


「……この辺りね」


 シエルが周囲を見渡す。


「多分な。ガルドのおっちゃんが言ってた道で間違いないはずだ」


 リトが答えた。


 その時、ユウトはあることに気づいた。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「この辺、人間族が多くない?」


 先ほど歩いていた大通りでは、鬼人族や獣人族の姿が目立っていた。


 しかし、この区画では人間族の住民を多く見かける。


 道端で壊れた椅子を修理している老人も、軒先で野菜を仕分けている女性も、人間族だった。


「ええ。昔から人間族が多く暮らしている区画です」


 ミレアが答えた。


「……住む場所が決められてるの?」


「厳密には、住んではいけない場所が一律に決められているわけではありません」


「……じゃあ、なんで?」


「家を借りられる場所が限られているんです」


「…………」


 ユウトが足を止めた。


「借りられる場所?」


「はい。人間族というだけで、家を貸すことを断る持ち主も少なくありません。購入についても同じようなことが起きています」


「……へぇ」


 ユウトの声が、少しだけ低くなった。


「それって、家が空いてても?」


「そうですね。空き家があっても、人間族には貸さないという方もいますから」


「……おかしくない?」


 ユウトが眉をひそめる。


「家賃をちゃんと払えるなら、貸してもいいと思うんだけど」


「考え方は人それぞれですからね」


「でも、貸せる家があるのに借りてもらわないって、持ち主だって損するだろ?」


「…………」


 ミレアは少し意外そうにユウトを見た。


「……そういう考え方もありますね」


「それにさ、家が借りられないなら、仕事を探すのだって大変じゃん。通える場所が限られるだろ?」


 ユウトは周囲の建物を見渡した。


 この区画には古い家が多い。


 人が住んでいないらしい建物もいくつか見えるが、それが空き家なのか、単に使われていない倉庫なのかまでは分からない。


(……物件があるのに借り手を選びすぎて、結局空室のままってのは前世でもあったけどさ)


 ただ、ここで起きていることは、それよりずっと深刻だった。


 人間族というだけで住める場所が限られれば、仕事を選ぶ自由も小さくなる。


 その結果、特定の場所に人々が集まって暮らすようになる。


「……なあ、ミレアさん」


「はい?」


「今の話ってさ、住んじゃ駄目って決まりがなくても、結局ここにしか住めないってことだろ?」


「……そういう方もいるでしょうね」


「だったら、決められてるのとあんまり変わらなくない?」


 横からリトが口を挟んだ。


「……俺もそう思う」


 ユウトが頷く。


 ミレアはしばらく考えてから、静かに答えた。


「……ええ。結果としては、そうなってしまっていますね」


 そんな話をしているうちに、五人は通りの入口へ差し掛かった。


 そこには武器を持った獣人族の男が二人立っていた。


 一人が通行人へ目を向け、もう一人は道の脇に寄り掛かっている。


「……また見張り?」


 ユウトが小さく尋ねる。


「……おそらく」


 ミレアが頷いた。


「ここに人間族が多く住んでいるからでしょうか」


「……そんな理由で?」


「今の情勢を考えると、可能性はあります」


 ユウトは何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。


「……アニキ」


「分かってるって!」


「……まだ何も言ってねぇぞ?」


「どうせ首突っ込むなって言うんだろ!」


「……ガッハッハ! 分かってきたじゃねぇか!」


「褒めてる!?」


「多分違うわよ」


 シエルが小さく笑った。


 ユウトたちはそのまま通りを進んだ。


 獣人族の男たちが一度こちらへ視線を向けたものの、特に呼び止められることはなかった。


 人間族の住民たちは、すれ違う際に僅かに距離を取り、五人の様子を窺っている。


 その視線の中には、見知らぬ旅人への好奇心だけでなく、警戒心も含まれているようだった。


 やがて、ミレアが一軒の建物の前で足を止めた。


「……あそこでしょうか」


 古い木造の家の隣に、小さな工房が建っている。


 入口には長さの違う木材が積まれ、壁際には作りかけの木枠や家具の部品が並べられていた。


 開いた窓からは、乾いた木の香りが漂ってくる。


 そして、工房の奥からは規則正しい音が聞こえていた。


 ――コン、コン。


 木を叩く音だ。


「……おお、職人さんって感じ!」


 ユウトが興味深そうに覗き込む。


「勝手に入らないでくださいね?」


「分かってるって!」


「今、足を踏み出しかけてたわよ」


「……シエル、よく見てるな!」


「あなたが分かりやすすぎるのよ」


 そんなやり取りを横目に、ミレアが工房へ声を掛けた。


「……すみません。ハロルドさんはいらっしゃいますか?」


 木を叩く音が止まった。


「……誰だ?」


 低い声とともに、工房の奥から一人の男が姿を現した。


 年齢は五十歳ほどだろうか。


 日に焼けた肌に、太く鍛えられた腕。手の甲には細かな傷がいくつもあり、長年にわたって木工の仕事を続けてきたことが窺える。


 男は五人を見渡し、ミレアの姿に気づいたところで僅かに表情を強張らせた。


「……鬼人族?」


 警戒するような声だった。


「突然お邪魔して申し訳ありません。私たちはアルヴェインの冒険者ギルドから来ました」


「……ギルド?」


「はい。ガルドさんに紹介していただいたんです」


「……ガルド?」


 男の表情が僅かに変わった。


「雑貨屋のガルドか?」


「はい」


「……あいつの知り合いか」


 男は改めて五人を見渡した。


「……何の用だ?」


「ベルグラードの現状について調査しています」


「…………」


「特に、人間族の方々が今どのような状況に置かれているのか、お話を伺いたいと思っています」


 男の表情が再び険しくなった。


「……誰に頼まれた?」


「アルヴェインの冒険者ギルドです」


「なんでアルヴェインのギルドが、ベルグラードのことを調べる?」


 その問いには明らかな警戒が込められていた。


 ミレアは落ち着いた声で答える。


「こちらから逃れてきた人間族の方々が、アルヴェインまで辿り着いたからです」


「…………!」


 男の目が僅かに見開かれた。


「……逃げた奴らが、アルヴェインまで?」


「はい。私たちは、その方々からお話を伺いました」


「……そうか」


 男はしばらく黙っていた。


 そして、工房の外へ目を向ける。


 通りには数人の住民が歩いていたが、こちらを気にしている様子はない。


「……入れ」


 男は工房の奥を指さした。


「外でする話じゃねぇ」


「……ありがとうございます」


 ミレアが小さく頭を下げる。


 ユウトたちも彼女に続いて工房へ入った。


 男は最後にもう一度外を確認すると、扉を静かに閉めた。


 ◇


 工房の奥には、小さな机と古い椅子が置かれていた。


 壁には様々な工具が整然と並び、作りかけの棚や木製の箱が積まれている。


 男は人数分の腰掛けを用意すると、向かい側に腰を下ろした。


「……俺がハロルドだ」


「よろしく!」


 ユウトが元気よく答える。


「よろしくっす!」


 シアも頭を下げた。


 ハロルドは二人の勢いに少し戸惑ったようだったが、すぐにミレアへ視線を戻した。


「……ガルドからは、どこまで聞いた?」


「大まかな経緯については伺いました」


 ミレアが答える。


「人間族の方々が待遇の改善を求めていたこと。そして、それが十分に受け入れられなかったこと」


「……ああ」


「その後、一部の人間族が武器を集めているという話も聞きました」


「…………」


 ハロルドは黙ったままだった。


 その表情を見ながら、ミレアは慎重に言葉を続ける。


「私たちは、どちらか一方の話だけを聞いて判断するつもりはありません」


「…………」


「だからこそ、人間族の方から見た今のベルグラードについて、直接教えていただきたいんです」


 ハロルドはしばらくミレアを見つめていた。


 それから、深く息を吐く。


「……何が聞きたい?」


「じゃあ、俺からいい?」


 ユウトが手を挙げた。


「……ユウトさん?」


 ミレアが振り返る。


「……なんだ?」


 ハロルドが尋ねた。


「なんで、こんなことになったの?」


「…………」


「おっちゃんから聞いたけどさ」


「……おっちゃん?」


 ハロルドの眉が動く。


「……ガルドのこと?」


「うん」


「……あいつ、おっちゃんって呼ばれてんのか?」


「そうだけど?」


「……そうか」


 ハロルドの口元が僅かに緩んだ。


「今度から俺もそう呼んでやるかな」


「……やめてあげてください」


 ミレアが即座に止めた。


「ガルドさん、きっと怒りますから」


「……だろうな」


 ハロルドが小さく笑った。


 先ほどまでの険しい表情が、ほんの僅かに和らいだ。


「……それでさ」


 ユウトが話を戻す。


「最初は、ちゃんと話し合いで変えてもらおうとしてたんだろ?」


「……ああ」


「何を変えてほしかったの?」


「……色々だ」


 ハロルドは自分の手へ視線を落とした。


 細かな傷が刻まれた、職人の手だった。


「俺たちは、同じ仕事をしても他の種族より給料が安い。店によっては入口を分けられるし、そもそも買い物を断られることだってある」


「…………」


「家を借りようとしても、人間族だってだけで断られる。働き口を探しても同じだ」


「……家が空いてても?」


「ああ。家賃を払える金があったって、貸したくねぇって言われりゃそれまでだ」


 ユウトは眉をひそめた。


 先ほど、ミレアから聞いた話と同じだった。


「この工房は?」


「……ん?」


「ハロルドさんの家の隣にあるんだろ? 借りてるの?」


「ああ、ここか」


 ハロルドは周囲を見渡した。


「ここは親父の代から使ってる場所だ。俺はその仕事を引き継いだだけだよ」


「……なるほど」


「だが、これから新しく店を構えようって若い連中は大変だろうな。作業場を借りることすら難しいんだから」


「…………」


 ユウトは少し考え込んだ。


 住む場所だけでなく、仕事を始める場所まで制限されている。


 技術を持っていても、店や工房を借りられなければ独立することすら難しいだろう。


「……それ、ずっと続いてるの?」


「ああ。昔からな」


 ハロルドは苦々しく笑った。


「俺たちも、長いことそれが当たり前だと思って生きてきた」


「……当たり前?」


「そう思わなきゃ、暮らしていけなかったんだよ」


 ハロルドの声が低くなる。


「文句を言ったところで、仕事を失うだけだ。家を貸してもらえなきゃ、家族だって困る。だから、大抵の奴は黙って我慢するしかなかった」


「…………」


「子供にまともな教育を受けさせることも難しい。病気になっても、診てもらえる場所は限られてる」


 ハロルドは小さく首を振った。


「生まれた時から、先のことまで決められてるようなもんだ」


 その言葉に、ユウトは黙った。


 アルヴェインで出会った家族も同じことを話していた。


 学校へ通うことを認められず、病気になっても治療を受けられない。


 そのうえ、働ける場所まで限られている。


 それでは、どれほど努力しても今の暮らしから抜け出すことは難しい。


「……でも」


 シエルが静かに口を開いた。


「それを変えようとする人たちが現れたのね」


「……ああ」


 ハロルドは頷いた。


「大したきっかけがあったわけじゃねぇ。ある日、誰かが言ったんだ」


「……何て?」


 ユウトが尋ねる。


「……なんで俺たちは、ずっと我慢してるんだってな」


 ハロルドはゆっくりと顔を上げた。


「同じ町で暮らしてる。同じように働いてる。それなのに、人間族だからって理由だけで扱いが違う」


「…………」


「それをおかしいと思っちゃいけねぇのかってな」


「……おかしいだろ」


 ユウトが即答した。


 ハロルドが顔を向ける。


「……俺も、そう思う」


「…………」


 その言葉に、ハロルドは僅かに目を見開いた。


 ユウトは特別なことを言ったつもりはなかった。


 ただ、自分が思ったことを口にしただけだ。


「……だから、評議会に訴えた」


 ハロルドが話を続けた。


「ハロルドさんも?」


「ああ。俺だけじゃねぇ。何人も一緒だった」


「……それで?」


「何も変わらなかった」


 ハロルドの声に、僅かな怒りが混じる。


「何度話してもな」


「…………」


「昔からそうだった。今まで問題なく暮らしてきただろう。ベルグラードにはベルグラードのやり方がある……そんな言葉ばっかりだったよ」


「……問題なく?」


 ユウトが小さく繰り返した。


「問題なくないじゃん」


「……ああ」


「我慢してただけだろ?」


「……そうだ」


 ハロルドは静かに頷いた。


「だが、向こうにとっちゃ、俺たちが黙ってることと納得してることは同じだったんだろうな」


「…………」


「今さら不満を言い出したのは、こっちだと思われてたんだよ」


 工房の中が静まり返った。


 窓の外から、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。


 その声を聞きながら、ハロルドは拳を握った。


「……それでも、最初は話し合いで何とかしようとしてたんだ」


 その言葉には、悔しさが滲んでいた。


「だが、いつまで経っても変わらねぇ。そうしてるうちに、俺たちの中でも考え方が分かれるようになった」


「……武器のことか?」


 リトが尋ねた。


「…………」


 ハロルドはゆっくりと顔を上げた。


「……ガルドから聞いたのか?」


「いや、あんたの話を聞いてりゃ、何となくな」


「……何となく?」


「ああ。俺たちをここへ入れてくれたってことは、少なくとも話し合うつもりはあるんだろ?」


「…………」


「それに、あんた自身は戦いを望んでねぇように見える」


 ハロルドは少し驚いたようにリトを見つめた。


 そして、小さく笑う。


「……そうか」


 しばらくして、はっきりと答えた。


「ああ。俺は反対だ」


「……どうして?」


 ユウトが尋ねる。


「勝てねぇからだよ」


 ハロルドは迷わず答えた。


「人間族はこの地域じゃ少数派だ。戦える奴なんて、さらに少ない。武器を集めたところで、鬼人族や獣人族と正面から戦えばどうなるかくらい分かる」


「…………」


「戦いが始まったら、大勢が死ぬ。俺たちだけじゃねぇ。関係のない住民だって巻き込まれる」


「……じゃあ、止めればいいじゃん」


「止めてるよ」


 ハロルドはすぐに答えた。


「……何度もな」


「…………」


「だが、俺だってあいつらの気持ちが分からねぇわけじゃない」


 ハロルドは工房の奥へ視線を向けた。


 そこには、作りかけの木製の扉が立て掛けられている。


「……俺には息子がいる」


「……息子?」


「ああ。俺と同じ木工職人だ」


「…………」


「子供の頃から木を削るのが好きでな。気づけば俺と同じ仕事をするようになってた」


 ハロルドは懐かしそうに微笑んだ。


 しかし、その笑顔はすぐに消えた。


「技術だけなら、俺にも負けねぇ。仕事も丁寧だし、納期だって守る。だが、他の種族の職人より安い金しかもらえなかった」


「……同じ仕事なのに?」


「ああ。人間族だからって理由だけでな」


 ハロルドの拳に力が入る。


「息子が一生懸命作った家具を、他の職人が作った物より安く買い叩かれることもあった。腕の問題じゃねぇんだ」


「…………」


「その時は俺だって、全部ぶっ壊してやろうかと思ったよ」


 低く、絞り出すような声だった。


「だから分かるんだ」


 ハロルドは顔を上げた。


「話しても変わらねぇ。我慢しても変わらねぇ。だったら力で変えるしかない……そう考えちまう気持ちはな」


 誰も口を開かなかった。


 ハロルドの言葉には、長い年月をかけて積み重なった怒りが込められていた。


「……でもよ」


 彼は静かに続けた。


「戦ったら終わりだ」


 その言葉は、ガルドが口にしたものと同じだった。


「俺は息子に、まともな給料をもらって、普通に暮らしてほしいだけなんだ。戦場に立ってほしいわけじゃねぇ」


「…………」


「今より良い暮らしを求めた結果、命まで失っちまったら、何のために声を上げたのか分からねぇだろ?」


 ユウトは黙って頷いた。


 やり場のない怒り。


 それを抱えながらも、戦いを止めようとしている人がいる。


 目の前の男も、その一人なのだろう。


 しかし、ここで一つ確認しなければならないことがあった。


「……ハロルドさん」


 ユウトが静かに尋ねる。


「なんだ?」


「武器を集めてる人たちって……本当にいるんだ?」


「…………」


 ハロルドの表情が変わった。


 先ほどまでとは違う、強い警戒が浮かぶ。


「……どうして、それを聞く?」


「俺たちが聞いた話って、今まではほとんど噂だったからさ」


「…………」


「武器が売れたとか、農具がなくなったとか。そういう話は聞いたけど、本当に誰かが戦うつもりで集めてるのかは分からなかったんだ」


 ユウトは真っ直ぐにハロルドを見た。


「だから、ちゃんと知りたい」


「…………」


 長い沈黙が流れた。


 ハロルドは腕を組み、しばらく考え込んでいた。


 やがて――。


「……いる」


 低い声で答えた。


「…………!」


 ユウトたちの表情が変わる。


「……本当に?」


「ああ。武器を用意していると、本人から聞いたことがある」


「……直接?」


「そうだ」


 ハロルドは頷いた。


「ただし、実際にどれだけの武器を持ってるのか、どこに隠してるのかまでは俺も知らねぇ」


「……そっか」


「だが、話だけじゃ済まなくなってる奴らがいるのは確かだ」


 その言葉に、ミレアの表情が険しくなった。


 これまで何人もの人々から武装の噂を聞いてきた。


 しかし、目の前のハロルドは、武器を用意しているという話を本人から聞いている。


 少なくとも、これまでの証言とは重みが違っていた。


「……その方々が誰なのか、教えていただくことはできますか?」


 ミレアが尋ねた。


「……それは言えねぇ」


 ハロルドは即答した。


「……どうして?」


 ユウトが首を傾げる。


「お前たちが何者なのか、まだ完全に信用したわけじゃないからだ」


「…………」


「ガルドの紹介だから話してるだけだ。会ったばかりの奴らに、知ってることを全部話すわけにはいかねぇよ」


「……そっか」


 ユウトはあっさり頷いた。


 その反応に、ハロルドが目を丸くする。


「……怒らねぇのか?」


「なんで?」


「せっかくここまで来たのに、肝心なことは教えられねぇって言ってんだぞ?」


「……まあ、会ったばっかりだし」


 ユウトは肩をすくめた。


「俺たちが信用できないのも、普通だと思うよ」


「…………」


「それにさ」


 ユウトは続けた。


「おっ…ハロルドさんが俺たちを信用できないのと同じで、俺たちもおっ…ハロルドさんの話だけで全部決めるわけにはいかないし」


「…………」


「だから、お互い様じゃん」


 ハロルドはしばらくユウトを見つめていた。


 目の前の青年は、妙にあっさりしている。


 もっと食い下がってくるかと思っていたが、そんな様子はまるでなかった。


「……変な奴だな、お前」


「よく言われる!」


「そこは胸張るところじゃねぇだろ」


 リトが苦笑する。


「……それと」


 ハロルドが何かを思い出したように口を開く。


「さっきから気になってたんだが……」


「……何?」


「お前、俺のことまでおっちゃんって呼ぶつもりじゃねぇだろうな?」


「……え?」


「……え、じゃねぇよ」


「だって、おっちゃんじゃん」


「…………」


 ハロルドが額を押さえた。


「……ガルドが名前で呼ばれねぇ理由が分かった気がする」


「おっちゃん仲間が増えたっす!」


「何の仲間だよ!」


 リトの突っ込みに、シエルが小さく笑った。


 ハロルドも呆れたように息を吐いたが、先ほどまでの強い警戒は少しだけ和らいでいた。


「……まあ、いい」


 ハロルドは改めてユウトへ視線を向ける。


「本当に人間族の話を聞きたいってんなら、俺みたいな奴の話だけじゃ足りねぇぞ」


「……うん」


「俺は武器を持って戦うことに反対してる。だが、そうじゃない奴らもいるんだ」


「……だろうな」


 リトが頷く。


「そいつらが何を考えてるのか、どうしてそこまでしようとしてるのか……本人たちから聞かなきゃ分からねぇ」


「……うん!」


 ユウトが勢いよく頷いた。


「俺もそう思う!」


「…………」


 ハロルドは少し考え込んだ。


 そして、静かに口を開いた。


「……話くらいは通してみる」


「……え?」


 ユウトが顔を上げる。


「武器を集めてる人たちに?」


「ああ。ただし、会ってくれるかどうかは分からねぇぞ」


「……本当!?」


「今すぐってわけにもいかねぇ。向こうが何を考えてるのか、俺にも分からんからな」


「……そっか」


「それに、勘違いするなよ」


 ハロルドの表情が険しくなる。


「あいつらは、俺みたいに落ち着いて話を聞いてくれるとは限らねぇ。外部から来た冒険者だと知れば、警戒する奴もいるだろう」


「……大丈夫!」


 ユウトが元気よく答えた。


「……何を根拠に言ってんだ?」


「もし話がまとまらなかったら、シエルが何とかする!」


「……私に丸投げしないでくれる?」


 シエルが呆れたように言った。


「あーしもいるっす!」


 シアが勢いよく手を挙げる。


「……余計不安だ」


 ハロルドがぼそりと呟いた。


「なんでっすか!?」


「ガッハッハ! 心配すんな。こいつら、騒がしいが悪い連中じゃねぇよ」


 リトが豪快に笑う。


「……そうかねぇ」


 ハロルドは半信半疑といった表情だった。


 しかし、しばらくして小さく笑った。


「……まったく、変な奴らだ」


「それもよく言われる!」


「……だから胸を張るなって」


 リトの言葉に、工房の中へ僅かな笑い声が戻った。


 やがてハロルドは立ち上がり、入口へ目を向けた。


「とにかく、話を通すにしても慎重に動く必要がある。今は人間族が誰と会っているのか、妙に気にする連中がいるからな」


「……そうですね」


 ミレアが頷いた。


「こちらが接触したことで、その方々やハロルドさんに迷惑が掛かるのは避けたいです」


「ああ。そこは頼むぞ」


「……分かった!」


 ユウトも真剣な表情で頷いた。


「急がせないから、話せそうだったら教えてほしい」


「……ああ」


 ハロルドは短く答えた。


 その様子を見ながら、シエルは静かに考えていた。


 人間族の中にも、武力による解決を望まない者がいる。


 しかし同時に、武器を準備していると公言する者たちも存在している。


 これまで噂でしかなかった話が、少しずつ具体的なものになってきた。


 それでも、彼らが本当に反乱を起こすつもりなのかは、まだ分からない。


 そして、その動きに対して評議会がどのような対応を考えているのかも不明なままだった。


「……ユウト」


 シエルが静かに声を掛けた。


「……ん?」


「次は、武器を用意している人たちの話を聞くことになるのね」


「……うん」


「危険な相手かもしれないわよ?」


「そうだな」


 ユウトは小さく頷いた。


「でも、話してみないと分かんないだろ?」


「……そうね」


「まずは、ちゃんと聞こうぜ」


 その言葉に、シエルは僅かに微笑んだ。


 今までのユウトなら、何も考えずに飛び込んでいきそうな場面だった。


 しかし今回は、相手の事情を確かめることを優先している。


 少しずつではあるが、ベルグラードで何が起きているのか、理解しようとしているのだろう。


 ハロルドの話によって、人間族の置かれている状況はより鮮明になった。


 長年続く差別。


 受け入れられなかった待遇改善の訴え。


 そして、武力に訴えようとする者たちの存在。


 次に確かめるべきことは決まっている。


 なぜ、彼らは武器を手に取ろうとしているのか。


 そして、本当に争いを起こすつもりなのか。


 その答えを知るため、ユウトたちは武装を考える人間族の者たちとの接触を待つことになった。

第303話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は人間族の側から見たベルグラードの現状について聞くことができました。


争いには反対するハロルドですが、武器を手に取ろうとする者たちの気持ちも理解しているようです。


そして次は、実際に武器を集めている者たちのもとへ。


彼らは一体、何を語るのでしょうか。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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