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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第三百一話 変わってしまった故郷

ついにベルグラードへ足を踏み入れたユウトたち。


まずは現状を確かめるため、ミレアの案内で中心となる町へ向かうことに。


久しぶりに故郷へ戻ったミレアが目にしたものは――。

 ベルグラードの地へ足を踏み入れてから、さらに数時間。


 ユウトたち五人は、地域の中心となる町を目指して街道を歩いていた。


 周囲には緩やかな丘陵が続き、道の脇には畑や小さな農家が点在している。


 最初に訪れた集落を離れてからも、何度か人の姿を見かけたが、アルヴェイン周辺と比べればその数は少なかった。


「……まだ着かないの?」


 ユウトが少し疲れたように尋ねた。


「もう少しですよ」


 先頭を歩くミレアが答える。


「……さっきも聞いたぞ、それ」


 リトが苦笑する。


「主! ミレアさんのもう少しは長いっす!」


「ベルグラードは広いんです!」


 ミレアが思わず声を上げた。


「そもそも、ユウトさんたちが道中で魔物の気配を見つけるたびに騒いで――」


「……おっ!」


 ユウトが勢いよく顔を上げた。


「主!?」


「魔物!?」


「違います!!」


 ミレアの声が響く。


「……なんだ」


「どうして残念そうなんですか!?」


「だって今、魔物が出るって言ったじゃん!」


「例えです!」


「……紛らわしいなぁ」


「私が悪いんですか!?」


 ミレアが額を押さえる。


 すると、横からリトが近づき、そっと肩に手を置いた。


「……ミレアさん」


「……はい?」


「諦めた方がいい」


「……何をですか!?」


「……色々だ」


「リトさんまで!?」


 ミレアが思わず振り返る。


 しかし、リトは遠い目をしたまま小さく頷くだけだった。


「……大変ね」


 シエルが苦笑する。


「シエルさんだけが救いです……」


 ミレアが縋るように視線を向けた。


「そのうち慣れるわよ」


「……救ってくれなかった!」


「ミレアさん! 俺たちそんなにひどい!?」


「自覚がないのが一番困るんです!」


「主! また怒られたっす!」


「今回はシアもだろ!」


「なんでっすか!?」


 そんな騒がしいやり取りを続けながら、五人は街道を進んでいった。


 そして、緩やかな坂を越えたところで、ようやく前方の景色が変わり始めた。


「……お?」


 ユウトが足を止める。


 遠くに、いくつもの建物が見えてきたのだ。


 先ほど通ってきた集落とは比べものにならない。


 木造の家々に混じって石造りの建物も並び、その間には幾筋もの道が延びている。


 町の周囲には簡素ながら外壁が築かれ、出入口には人の往来があった。


 建物の向こうには小高い丘があり、その上には周囲よりも一回り大きな建物の屋根が見えている。


「……今度こそ?」


 ユウトが期待を込めて尋ねた。


「……はい」


 ミレアが足を止めた。


 その視線は、町並みへ真っ直ぐ向けられている。


「ベルグラードの中心となる町です」


「……おお!」


 ユウトの表情が一気に明るくなった。


「町だ!」


「主! ちゃんと町っす!」


「……見りゃ分かるだろ」


 リトが呆れたように言う。


「リト、冷たくない!?」


「ガッハッハ! 何度も田舎だ田舎だって言ってた奴が、町を見ただけで大騒ぎしてるからな!」


「だって、ようやくだぞ!?」


「……まあ、気持ちは分かるけどね」


 シエルが小さく笑った。


 そんな四人のやり取りを聞きながら、ミレアは懐かしい町並みを見つめていた。


 かつて毎日のように歩いていた場所。


 買い物をした店や、知り合いと立ち話をした通り。


 遠くから見える町の輪郭は、記憶の中にあるものと大きく変わっていなかった。


(……本当に、帰ってきたんですね)


 胸の奥に、懐かしさが込み上げる。


 もう戻ることはないと思っていた故郷。


 その中心にある町が、今、目の前に広がっているのだ。


「……ミレアさん」


 ユウトが隣から顔を覗き込んだ。


「……はい?」


「懐かしい?」


「……ええ」


 ミレアは小さく微笑んだ。


「ずいぶん久しぶりですから」


「……どれくらい?」


「それは秘密です」


「なんで!?」


「女性にそういうことを聞くものではありませんよ?」


「いや、年齢聞いてないよ!?」


「似たようなものです」


「そうなの!?」


「主! 女心っす!」


 シアが得意げに頷いた。


「またそれ!?」


「……シア、あなた絶対分かってないでしょう」


 シエルが呆れたように言う。


「……バレたっす!」


「バレるわよ……」


 リトが豪快に笑う中、五人は町の入口へと向かった。


 ◇


 町へ入ると、周囲の賑わいは一気に増した。


 大通りには様々な店が並び、荷車を引く商人や買い物帰りの住民たちが行き交っている。


 建物の多くは木造だったが、石を積み上げた頑丈そうな倉庫や、二階建ての商家も見られた。


 通りの先からは人々の話し声が聞こえ、どこからか焼きたてのパンに似た香りも漂ってくる。


「……おお、結構賑やかだな!」


 ユウトが周囲を見回した。


「アルヴェインほどじゃないけど、店もいっぱいあるっす!」


「ええ。ベルグラードの中では、最も人が集まる場所ですからね」


 ミレアが説明する。


「周辺の集落から農作物や木材が運ばれてきますし、生活に必要な品物もここで多く取引されています」


「……なるほどな」


 リトが頷いた。


「評議会があるってことは、商売だけじゃなくて地域の中心でもあるわけだ」


「そうですね。各地の代表者が集まることもありますし、重要な決定はここで行われます」


「……へぇ」


 ユウトは感心したように町並みを眺めた。


 アルヴェインのような整った街ではないものの、ここにはここなりの活気がある。


 多くの種族が行き交い、店先では商人と客が値段の交渉をしている。


 見た目だけなら、特別おかしな場所には思えなかった。


 しかし――。


「…………」


 少し歩いたところで、ミレアの表情が変わった。


 大通りの風景そのものは、記憶と大きく変わっていない。


 だが、そこに暮らす人々の様子が違っていた。


 道の中央では鬼人族や獣人族が普通に行き交い、店先で談笑する者たちもいる。


 一方、人間族の者たちは、どこか遠慮するように道の端を歩いていた。


 他の種族とすれ違う時には自ら道を譲り、目立たないように足早に通り過ぎていく。


「…………」


 ミレアは、その様子を静かに見つめていた。


 もちろん、昔から人間族への扱いが良かったわけではない。


 だが、これほど周囲を気にしながら歩く者が多かっただろうか。


 そんなことを考えていた、その時だった。


「……そっちじゃない!」


 近くの店から、少し強い声が聞こえてきた。


 ユウトが振り返ると、一人の人間族の女性が店の入口で足を止めていた。


 その前には、店員らしい獣人族の男が立っている。


「……すみません」


 女性が小さく頭を下げた。


「人間族なら、裏から入ってくれ」


「……はい」


 女性はそれ以上何も言わず、建物の脇へ回っていった。


「…………」


 ユウトが目を瞬かせる。


「……入口、違うの?」


「……人間族用でしょうね」


 ミレアが小さく答えた。


「……そんなのあるの?」


「私が暮らしていた頃にも、一部の店では入口を分けていました」


「……え?」


 ユウトは驚いたように振り返る。


「昔から?」


「ええ。ただ……」


 ミレアは店の看板へ視線を向けた。


「少なくとも、あの店は以前そうではなかったはずです」


「……じゃあ、増えたってこと?」


「……そういうことになりますね」


 ミレアの表情が僅かに曇った。


 人間族を別の入口へ回すこと自体は、ベルグラードでは昔から見られた習慣だった。


 しかし、以前は普通に利用できた店まで同じ対応を取るようになっているとすれば、状況は確実に変化している。


「……なんで入口分けるんだろ」


 ユウトが呟いた。


「……店によって理由は違うでしょうが、人間族を他の客と同じように扱いたくないと考える者もいるんです」


「……意味分かんないな」


 ユウトは小さく眉をひそめた。


 しかし、それ以上は何も言わなかった。


 まだ調査の途中であり、一つの光景だけですべてを判断するわけにはいかない。


 そう考え、女性が消えていった建物の脇から視線を外した。


 ◇


 大通りを進み、広場に差し掛かった時だった。


「……あれ?」


 シアが何かに気づいたように足を止めた。


「……どうした?」


 ユウトが尋ねる。


「向こうにいる人たち、なんか見張られてないっすか?」


 シアが指さした先には、何人かの人間族がいた。


 彼らは広場の一角で、積み上げられた木箱を荷車へ運んでいる。


 その近くには、鬼人族の男が一人。


 腕を組みながら作業を指示していた。


 そして、少し離れた場所には、腰に武器を下げた男が二人立っている。


「……また見張ってる?」


 ユウトが小さく尋ねた。


「……その可能性はありますね」


 ミレアが答える。


「ただの荷運びに見えるけど?」


「ええ。ですが、今は人間族が複数人集まっているだけでも警戒されるという話でしたから」


「……仕事してるだけなのに?」


「……そうですね」


 ミレアの声が僅かに沈んだ。


 人間族の者たちは黙々と作業を続けている。


 時折、誰かが仲間へ声を掛けることはあっても、長く話し込む様子はなかった。


 それどころか、武器を持った男たちの視線が向けられると、すぐに仕事へ戻っていた。


「…………」


 ユウトは黙ってその様子を眺めていた。


 アルヴェインで聞いた話。


 人間族が集まると監視され、何を話していたのか問い詰められるというもの。


 最初の集落でも、道を歩いていただけの青年が呼び止められていた。


 そして今、ここでも似たような光景を目にしている。


(……確かに、ちょっとおかしいな)


 ユウトの眉間に皺が寄った。


「……アニキ」


 リトが静かに声を掛ける。


「……分かってる」


「……まだ何も言ってねぇぞ?」


「首突っ込むなって言おうとしただろ?」


「……おお」


 リトが感心したように頷いた。


「成長したな、アニキ」


「……褒められた!」


「たぶん褒めてないわよ」


 シエルが冷静に告げる。


「……え!?」


 ユウトが振り返ると、リトは豪快に笑った。


「ガッハッハ!」


「リト! やっぱり馬鹿にしたな!」


「いやいや、感心してるんだって!」


「絶対嘘だ!」


 いつものやり取りに、ミレアも僅かに笑みを浮かべる。


 しかし、笑っていられる状況ではないことも理解していた。


 人間族への扱いは、確かに以前より厳しくなっている。


 そして、それが町の日常として受け入れられ始めていることが、何よりも気掛かりだった。


 ◇


「……さて」


 広場を離れたところで、ミレアが足を止めた。


「まずは評議会へ向かう前に、もう少し情報を集めましょう」


「……どうやって?」


 ユウトが尋ねる。


「私に、少し心当たりがあります」


「……知り合い?」


「ええ。昔からこの町で商売をしている方です」


「……何屋?」


「雑貨屋ですよ」


「……武器とか売ってる?」


「雑貨屋です」


「……じゃあ魔道具は?」


「雑貨屋です」


「魔物の素材とか――」


「雑貨屋です!!」


「分かったよ!」


「三回も言わせないでください!」


 ミレアが呆れたように声を上げる。


「主! 雑貨屋っす!」


「それはもう分かった!」


「……お前ら、店に入る前から騒ぎすぎだろ」


 リトが苦笑した。


 ミレアは小さくため息を吐き、再び歩き始める。


 大通りから一本外れた道へ入ると、周囲の雰囲気は少し落ち着いたものになった。


 表通りほど人通りは多くなく、家々の間には小さな工房や倉庫が並んでいる。


 道の端には木箱や樽が積まれ、建物の軒先には洗濯物が干されていた。


「……こっちは静かだな」


 ユウトが呟く。


「昔から、表通りほど賑やかな場所ではありませんからね」


 ミレアが答える。


 歩きながら周囲を見渡すと、懐かしい建物がいくつも目に入った。


 壁の色が変わった家。


 新しく建て直されたらしい工房。


 以前は空き地だった場所には、小さな倉庫が建っている。


 長い年月が経てば、町並みが変わるのは当然だ。


 それでも、昔と変わらない場所を見つけるたびに、ミレアの胸には懐かしさが込み上げた。


 そして、少し歩いたところで足を止める。


「……あそこです」


 ミレアが指さした先には、一軒の古びた木造の店が建っていた。


 入口の上には少し傾いた看板が掛けられ、店先には籠や木箱がいくつも並べられている。


「……おお、雑貨屋だ!」


「だからそう言ったでしょう!」


「いや、ちゃんと雑貨屋だったから!」


「何だと思っていたんですか!?」


「……武器屋?」


「ユウトさん!!」


「主! また怒られたっす!」


「お前も一緒に期待してただろ!」


 そんな二人を横目に、ミレアは店を見つめていた。


「……よかった」


 小さな声が漏れる。


「……ん?」


 ユウトが振り返る。


「どうしたの?」


「……まだ、あったんですね」


 ミレアは懐かしそうに看板を見上げた。


「長い間戻っていませんでしたから、お店がどうなっているのか分からなかったんです」


「……そっか」


「昔から、よくお世話になっていた場所なんですよ」


 そう言うと、ミレアは店の扉へ手を伸ばした。


 ――カラン。


 小さな鐘の音が響く。


「……いらっしゃ――」


 店の奥から、一人の男が顔を出した。


 灰色の髪に、同じ色の獣耳。


 年齢は五十代ほどだろうか。


 体格はがっしりとしているが、その表情には商人らしい人懐っこさがあった。


 男はミレアを見た瞬間、言葉を止めた。


「…………」


 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。


「……お久しぶりです、ガルドさん」


 ミレアが微笑んだ。


「…………」


 男は目を見開いた。


「……ミレア?」


「はい」


「……お前、ミレアか!?」


「そうですよ」


「……なんでここにいるんだ!?」


 男――ガルドは慌ててカウンターから出てきた。


「いつ戻ってきた!?」


「つい先ほどです」


「……そうか!」


 ガルドは嬉しそうにミレアの顔を見つめた。


「元気そうじゃねぇか!」


「ガルドさんも、お元気そうですね」


「俺は見ての通りだ!」


「……少し老けました?」


「帰ってきて最初に言うことがそれか!?」


「……冗談ですよ」


「ガッハッハ! 相変わらずだな、お前は!」


 ガルドが豪快に笑った。


 ミレアもつられるように笑みを浮かべる。


 その表情は、アルヴェインのギルドで見せる受付嬢の顔とは少し違っていた。


 昔から知る相手と再会したことで、自然と気が緩んでいるようだった。


「……ミレアさん、なんか楽しそうだな」


 ユウトが小さく呟く。


「そうね。久しぶりの再会だもの」


 シエルも微笑んだ。


 しばらく昔話を交わしていたガルドだったが、やがてユウトたちへ視線を向けた。


「……ところでミレア、そっちの連中は?」


「アルヴェインから来た冒険者の皆さんです」


「……冒険者?」


「はい。私も今は、アルヴェインの冒険者ギルドで働いているんですよ」


「……お前が、ギルド職員!?」


 ガルドが目を丸くした。


「そんなに驚くことですか?」


「そりゃ驚くだろ! 昔のお前を知ってりゃな!」


「…………」


 ミレアの笑顔が、僅かに固まった。


「……ミレアさん?」


 ユウトが興味深そうに顔を覗き込む。


「……なんですか?」


「昔、何したの?」


「……何もしてません」


「主! 絶対何かしたっす!」


「してません!」


 ミレアが即答する。


 しかし、その反応を見たユウトとシアは、ますます興味を抱いたようだった。


「……おっちゃん!」


「……おう?」


 ユウトがガルドへ向き直る。


「教えて!」


「ユウトさん!?」


「ガッハッハ! なんだ、面白い奴らだな!」


 ガルドが腹を抱えて笑う。


「笑ってないでください!」


 ミレアが慌てて声を上げた。


「いやぁ、こんなミレアを見るのも久しぶりだ!」


「ガルドさん!」


「分かった分かった! 昔の話はまた今度だ!」


「……また今度!?」


 ユウトが目を輝かせた。


「主! 楽しみっすね!」


「おう!」


「楽しみにしなくていいです!」


 ミレアの声が店内に響く。


 久しぶりに再会した二人のやり取りを見て、シエルも小さく笑った。


 どうやら、ガルドはミレアにとって、ただの顔見知り以上の存在らしい。


 それが分かっただけでも、この店を訪れた意味はあった。


 だが、その穏やかな空気は長く続かなかった。


 ◇


「……それで、ミレア」


 ひとしきり笑ったあと、ガルドが改めて口を開いた。


「仕事で来たって言ってたな?」


「……はい」


「いったい何の仕事だ? わざわざアルヴェインから戻ってくるなんて、よほどのことだろ?」


 その問いに、ミレアの表情が変わった。


「……ベルグラードの現状について、調べに来ました」


「…………」


 ガルドの笑みが消えた。


 それまでの気さくな雰囲気とは違い、急に警戒したような表情になる。


「……どういうことだ?」


「アルヴェインまで、ベルグラードから逃れてきた人間族の方々が辿り着いたんです」


「…………」


「その方々から、こちらの状況についてお話を伺いました」


「……そうか」


 ガルドは小さく呟いた。


 それ以上、何も言わない。


 ミレアはそんな様子を見ながら、慎重に言葉を続けた。


「人間族への監視が、以前より厳しくなっていること」


「…………」


「仕事を失う人が増え、暮らしが苦しくなっていること」


「…………」


「そして……」


 ミレアは僅かに声を落とした。


「一部の人間族が、武器を集めているという話も聞きました」


「…………」


 ガルドの表情が険しくなる。


 その反応を見て、ユウトも自然と口を閉じた。


「……ガルドさん」


 ミレアが静かに尋ねる。


「この件について、何かご存じありませんか?」


「…………」


 ガルドはすぐには答えなかった。


 店の入口へ視線を向ける。


 それから、窓の外へ目をやった。


 通りでは数人の住民が話しながら歩いている。


 特に不審な様子は見られなかった。


 それでもガルドは、しばらく外の様子を確認していた。


「……ミレア」


「……はい?」


「その話、誰か他の奴にもしたのか?」


「いいえ。こちらへ来てから、詳しいことを話したのはガルドさんが初めてです」


「……そうか」


 ガルドは短く答えると、ゆっくりと店の入口へ歩いていった。


「……おっちゃん?」


 ユウトが首を傾げる。


 ガルドは答えず、扉の外を確認した。


 そして――。


 ――カチャリ。


 静かに鍵を掛けた。


「…………」


 ユウトたちが顔を見合わせる。


「……え?」


 シアが小さく声を漏らした。


「主……?」


「……うん」


 ユウトも、ガルドの様子が先ほどまでとは違うことに気づいていた。


 ガルドは窓へ近づくと、外から店内が見えにくいように布を少し引いた。


 それから、ようやく五人へ向き直った。


「……悪いな」


「……ガルドさん?」


 ミレアが不安そうに尋ねる。


「何かあったんですか?」


「……その話は、あまり大きな声でするな」


「…………」


 ガルドの声は、先ほどまでとはまるで違っていた。


 低く、慎重で、どこか疲れた響きがある。


「……どういうことですか?」


 ミレアが尋ねた。


「今のベルグラードじゃ、人間族のことを不用意に話すだけでも面倒なことになる」


「……え?」


 ユウトが思わず声を上げかけた。


「……ユウト」


 シエルが小さく名前を呼ぶ。


 ユウトは口を閉じ、改めてガルドへ視線を向けた。


「……もちろん、話しただけで誰も彼も捕まるってわけじゃねぇ」


 ガルドは静かに続ける。


「だが、誰が何を話していたのか、妙に気にする連中が増えたんだ。人間族の扱いに疑問を持つだけでも、余計な目を向けられることがある」


「……そんなに?」


「ああ。少なくとも、昔よりはな」


 ガルドはカウンターの奥に置かれた椅子を引き寄せた。


「……座れ。立ち話で済むような内容じゃねぇ」


「…………」


 ミレアは黙って頷いた。


 ユウトたちも、それぞれ椅子へ腰を下ろす。


 先ほどまで笑い声が響いていた店内は、すっかり静まり返っていた。


「……ガルドさん」


 ミレアが改めて口を開く。


「私がいた頃も、人間族への差別はありました。仕事や住む場所が制限されていたことも知っています」


「……ああ」


「ですが、今日町へ入ってから見た光景は、以前とは明らかに違っていました」


 ミレアは、広場で目にした人間族の労働者たちを思い出した。


 作業をしているだけなのに、武器を持った者たちが近くに立っていた。


 大通りを歩く人間族は周囲の視線を気にし、以前は利用できたはずの店でも別の入口へ回されていた。


「人間族への監視が、あそこまで厳しくなっているなんて……」


「…………」


「いったい、何があったんですか?」


 ガルドは、すぐには答えなかった。


 肘を膝に置き、組んだ両手へ視線を落とす。


 何から話せばいいのか、考えているようだった。


「……ミレア」


「……はい」


「お前がこの町を出てから、色々あった」


「…………」


「昔から良い場所だったとは言わねぇ。人間族への扱いがひどかったのも、お前の知ってる通りだ」


「……ええ」


「だがな……」


 ガルドはそこで言葉を止めた。


 窓の外からは、普段どおりの町の喧騒が聞こえてくる。


 行き交う人々の声。


 荷車が道を通る音。


 どこかの店で交わされている、商人と客のやり取り。


 外の世界は、何事もなかったかのように動いていた。


 しかし、ガルドの表情は険しいままだった。


「……昔は、まだ話ができたんだよ」


「……話?」


 ユウトが尋ねる。


「ああ。人間族への扱いに不満を持ってる奴もいたし、それをおかしいと思ってる俺みたいな奴もいた。意見が合わなくても、互いに話すくらいはできたんだ」


「……今は違うの?」


「……簡単にはいかねぇな」


 ガルドは小さく息を吐いた。


「誰がどっちの味方なのか、そんなことばかり気にする奴が増えちまった」


「…………」


「人間族の暮らしを良くしようって言えば、余計なことをするなって言われる。かといって、このままでいいとも思えねぇ」


 ユウトは黙って話を聞いていた。


 ガルドの言葉からは、単なる噂話とは違う重みが感じられる。


 この町で長く商売を続けてきたからこそ、見えていることがあるのだろう。


「……それで」


 ミレアが静かに尋ねた。


「武器を集めているという話は、本当なんですか?」


「…………」


 ガルドは顔を上げた。


 そして、ゆっくりと首を横に振る。


「……そこまでは、俺にも分からん」


「……そうですか」


「ただ、そういう噂が広まってるのは事実だ。それを理由に、警戒を強めてる連中がいるのも確かだな」


「…………」


「だが、実際に誰が何を企んでるのか、俺が確かめたわけじゃねぇ。迂闊なことは言えんよ」


 ガルドの言葉に、ミレアは静かに頷いた。


 今回の依頼は調査である。


 噂と事実を混同するわけにはいかない。


 それでも、ベルグラードの空気が変わってしまったことだけは、もはや疑いようがなかった。


「……ガルドさん」


 ミレアが改めて口を開いた。


「私たちは、今のベルグラードで何が起きているのかを確かめるために来ました」


「……ああ」


「評議会の方々にも、いずれお話を伺うつもりです」


「…………」


 その言葉を聞いたガルドの表情が、僅かに変わった。


「……評議会か」


「はい」


「……なら、なおさら事情を知っておいた方がいいな」


 ガルドはゆっくりと背もたれに身体を預けた。


 そして、ミレアへ視線を向ける。


「……どこから話したもんかな」


 小さく呟く。


「お前が知ってる頃のベルグラードとは、随分変わっちまった」


「…………」


 ミレアは何も言わず、その言葉を待った。


 ユウトたちも黙ってガルドへ視線を向けている。


 ここへ来るまでに、何人もの人々から話を聞いてきた。


 故郷を追われた家族。


 道中ですれ違った商人。


 そして、ベルグラードへ入ってから目にした数々の光景。


 それらはすべて、今のベルグラードで何かが起きていることを示していた。


 しかし、どうしてここまで状況が悪化したのか。


 その理由については、まだほとんど分かっていない。


 ガルドはもう一度、小さく息を吐いた。


「……いいか、ミレア」


「……はい」


「今から話すことは、俺自身が見聞きしたことと、人づてに聞いたことが混ざってる。そこは分けて聞いてくれ」


「……分かりました」


 ミレアは真剣な表情で頷いた。


 ユウトも椅子に座り直す。


 今のところ、自分たちにできることは話を聞くことだけだ。


 だが、何も知らずに飛び込むよりは、ずっといい。


「……よし」


 ユウトが小さく呟く。


「まずは、ちゃんと聞こう」


 その言葉に、シエルが僅かに笑みを浮かべた。


 いつもなら、真っ先に首を突っ込もうとするユウト。


 しかし今は、目の前の男が話し始めるのを静かに待っていた。


 ガルドはそんな五人を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。


 故郷ベルグラードで何が変わったのか。


 そして、人間族と他の種族との間に、なぜこれほど大きな溝が生まれてしまったのか。


 その答えへ繋がる話が、ようやく始まろうとしていた。

第301話をお読みいただき、ありがとうございます!


ついにベルグラードの中心となる町へ到着したユウトたち。


町並みには懐かしさを感じるミレアでしたが、そこで暮らす人々の様子は、彼女の記憶とは明らかに変わっていました。


ベルグラードで一体何が起きたのか。


次回、その変化の理由が少しずつ明らかになっていきます。


次回もよろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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