第二百九十六話 受付嬢の実力
ベルグラードの情勢を調査するため、ユウトたちと同行することになったミレア。
翌朝、待ち合わせ場所に現れた彼女は、いつもの受付嬢姿とは少し違っていて――。
翌朝。
アルヴェインの冒険者ギルド前には、出発の準備を終えたユウトたち四人が集まっていた。
今回の目的地は、アルヴェインから遠く離れた辺境の地――ベルグラード。
ギルド長ヴァルドから正式に依頼された現地の情勢調査である。
しかし、そんな大事な旅の始まりだというのに、ユウトとシアは先ほどから一人の人物をじっと見つめていた。
「…………」
「…………」
「……なんですか?」
二人の視線に耐えかねたように、ミレアが口を開いた。
そこにいたのは、確かにいつもの受付嬢だった。
ただし、その格好は普段とはまるで違う。
ギルドの制服ではなく、身体を動かしやすそうな服装に、丈夫な革製のブーツ。腰には小さな鞄を下げ、長い髪も邪魔にならないよう後ろで一つに纏められている。
そして何より、手には一本の長柄の武器が握られていた。
「……誰?」
「……ユウトさん?」
ミレアの眉が僅かに動く。
「怒りますよ?」
「いや、だってさ! いつものミレアさんと全然違うじゃん!」
「主! ミレアさんが冒険者になったっす!」
「私は受付嬢です」
「でも武器持ってる!」
「護身用ですよ」
「……それ、護身用!?」
ユウトは思わず武器へ視線を向けた。
長い柄の先端には、鋭く大きな刃が取り付けられている。
槍というよりは、薙刀に近い形状だろうか。刃には十分な厚みがあり、突くだけでなく斬り払うことにも適していそうだった。
どう見ても、単なる護身具には思えない。
「……なんか、めちゃくちゃ強そうなんだけど」
「長旅になるんですから、これくらいの備えは必要でしょう?」
ミレアは当然のように答えた。
「……ミレアさんって、戦えるの?」
「…………」
その質問に、ミレアの笑顔が僅かに固まった。
「……ユウトさん」
「……はい?」
「私は鬼人族ですよ?」
「うん」
「それに、ベルグラードからアルヴェインまで、どうやって来たと思っているんですか?」
「…………」
ユウトは少し考えた。
「……歩いて?」
「そういう意味ではありません!」
「主! またやったっす!」
「何を!?」
「失礼なことっす!」
「お前もさっき驚いてただろ!」
ユウトが抗議すると、シアは素知らぬ顔で視線を逸らした。
その横で、リトが興味深そうにミレアの武器を眺めている。
「……ちなみに、どのくらい戦えるんだ?」
「そうですね……」
ミレアは少し考えてから答えた。
「冒険者に換算するなら、Cランク程度でしょうか」
「……C!?」
ユウトが目を見開いた。
「ミレアさん! 俺たちより上じゃん!」
「ランクだけなら、そうですね」
「先輩っす!」
シアが勢いよく頭を下げた。
「……皆さんは、実力と冒険者ランクが一致していないでしょう?」
「……なんで知ってるの!?」
「報告書を読んでいるからです」
「……あ、そっか」
ユウトが納得すると、ミレアは呆れたようにため息を吐いた。
そんなやり取りを見ていたシエルが、ふと微笑む。
「でも、その格好も似合ってるわよ」
「……ありがとうございます、シエルさん」
ミレアの表情が少し和らいだ。
「俺も思ってた!」
ユウトが慌てて付け加える。
「……今さらですか?」
「なんで!?」
「日頃の行いっす!」
「シアにだけは言われたくない!」
「……あなたたち、本当に朝から元気ね」
シエルは苦笑しながら、二人のやり取りを眺めていた。
◇
出発前の確認を終えた五人は、アルヴェインの門を抜け、北西へ延びる街道を歩き始めた。
ヴァルドから預かった正式な依頼書には、今回の調査内容が記されている。
ベルグラードにおける人間族の待遇と、最近の情勢。
武器を集めているという集団の存在。
そして、現地で武力衝突が起きる可能性について。
それらを確認し、可能な限り正確な情報を持ち帰ることが、今回の依頼だった。
もちろん、現地で危険な状況に遭遇した場合は、無理に介入せず慎重に判断するよう、繰り返し注意されている。
「……今回はちゃんと調査するぞ!」
「了解っす!」
「……その言葉、何回聞いたかしら」
シエルが小さく呟く。
「今回は正式な依頼だから!」
「今までも正式な依頼は受けてただろ」
「リト! そこは突っ込まなくていい!」
いつものように騒がしい四人を先導しながら、ミレアは街道の先へ視線を向けていた。
「まずは、この道を北西へ進みます」
「……北西?」
「ええ。途中までは整備された街道を利用できますから、比較的移動しやすいはずです」
「……途中まで?」
ユウトが首を傾げる。
「ベルグラードへ近づくにつれて、道は悪くなります。特に山間部に入ってからは、馬車が通るのも難しい場所がありますね」
「……辺境って言ってたもんな」
「はい。ベルグラードへ直接向かう商人や旅人は、それほど多くありません」
ミレアは道の先を指し示した。
「途中にはいくつか集落がありますので、そこを経由しながら進むことになります」
「……なるほど」
ユウトは頷いた。
「ちなみに、どのくらいかかるの?」
「そうですね……」
ミレアは少し考えた。
「道中の状況にもよりますが、順調に進めば、こちらへ逃れてきた方々ほど時間はかからないと思います」
「……一か月は嫌だぞ!」
「野宿が何回になるか、数えておくっす!」
「……そこなの?」
シエルが呆れたように聞き返す。
「重要っす!」
「食料なら、ある程度は用意してあるから大丈夫だろ」
リトが背負った荷物を軽く叩いた。
「途中で補給できる場所もあるって話だしな」
「……リト! 頼りになる!」
ユウトが嬉しそうに声を上げる。
「なんでアニキは何も考えてねぇんだよ!」
「考えてるよ!」
「じゃあ、食料の残りが何日分あるか言ってみろ」
「…………」
「……アニキ?」
「……シエル!」
「私に振らないでよ」
シエルのため息に、ミレアが小さく笑った。
しかし、ユウトは気づいていた。
その笑顔が、いつもより少しだけ硬いことに。
「……ミレアさん」
「はい?」
「久しぶりに帰るんだろ? ベルグラード」
「……そうですね」
「……緊張してる?」
ミレアは少し驚いたようにユウトを見つめた。
そして、前を向き直る。
「……少しだけ」
「そっか」
「もう戻ることはないと思っていた場所ですから」
その声には、僅かな懐かしさが滲んでいた。
自分の意思で離れた故郷。
あの土地に根付いていた考え方を、今でも好きにはなれない。
それでも、長い時間を過ごした場所なのだ。
思い出がないわけではなかった。
「……でも」
ミレアは静かに続けた。
「今のベルグラードがどうなっているのか、私自身の目で確かめたいと思っています」
「……うん!」
ユウトが笑顔で頷く。
「じゃあ、一緒に確かめに行こう!」
「……ふふっ。そうですね」
ミレアも小さく微笑んだ。
五人はそのまま街道を進んでいく。目指す場所は、まだ遥か先だった。
◇
昼を過ぎた頃。
五人が歩く街道は、緩やかな森の中へ入っていた。
両側には背の高い木々が並び、枝葉の隙間から差し込む日差しが道の上にまだらな影を作っている。
時折、鳥の鳴き声や風に揺れる葉の音が聞こえるものの、周囲は比較的静かだった。
「……今のところ、何も起きないな」
ユウトが何気なく呟いた。
「……主」
「……何?」
「それ、言っちゃ駄目なやつっす」
「…………」
ユウトは思わず口を閉じた。
「ルーンガルドの帰りも、そんなこと言ってたわね」
シエルが苦笑する。
「……今回は大丈夫!」
「根拠は?」
「……ない!」
「言い切るなよ」
リトが呆れたように肩をすくめた。
その時だった。
――ガサッ。
街道の前方で、茂みが小さく揺れた。
「…………」
ユウトが足を止める。
「……主」
「俺じゃない!」
「まだ何も言ってないっす!」
「先に言っとく!」
そんな二人の横を、ミレアが静かに通り過ぎた。
「……皆さん、少し下がっていてください」
「……え?」
ユウトが顔を上げる。
「ミレアさん?」
ミレアは答えず、長柄の武器を構えた。
先ほどまでの柔らかな雰囲気が消え、視線が鋭く森の奥へ向けられている。
足の位置を僅かにずらし、いつでも動けるよう重心を落としていた。
「……何かいます」
「……おお」
ユウトが小さく声を漏らす。
「主! ミレアさんが受付嬢じゃなくなったっす!」
「……受付嬢です」
「戦闘中でもそこは譲らないんだ!?」
ミレアは答えず、茂みの動きを見つめている。
ユウトも改めて前方へ目を向けた。
気配は三つ。
それほど強い相手ではなさそうだ。
しかし、野生の魔物である以上、油断するわけにはいかない。
「……来ます」
ミレアが短く告げた。
――ガサッ!!
直後、茂みを突き破り、三体の魔物が姿を現した。
いずれも狼に似た姿をしているが、その身体は普通の狼より一回りも二回りも大きい。
前脚には鋭い爪が伸び、口元からは長い牙が覗いている。
三体は低く唸り声を上げながら、街道へ広がった。
「……三体か」
リトが剣の柄に手を掛ける。
「主! あーしたちも行くっすか?」
「……いや、待って」
ユウトがシアを制した。
「……何?」
「せっかくだから、ミレアさんの戦い方を見てみよう!」
「……おお!」
シアの目が輝いた。
「いいっすね!」
「……ユウトさん?」
ミレアが呆れたように声を掛ける。
「私は見世物ではありませんよ?」
「……聞こえてた!?」
「この距離なら当然でしょう」
ミレアはそう答えながらも、視線を魔物から外さなかった。
ユウトも軽口を叩いてはいたが、戦況は確認していた。
ミレアの構えには無駄がなく、三体の動きにも落ち着いて対応している。
もし危険な状況になれば、すぐに加勢できる距離だった。
そして――。
「グルルル……!」
一体の魔物が、地面を蹴った。
鋭い牙を剥き出しにして、ミレアへ飛び掛かる。
「……ミレアさん!」
ユウトが思わず声を上げた。
「……大丈夫ですよ」
ミレアは静かに答えた。
次の瞬間、彼女の身体が一歩前へ踏み込む。
それと同時に、長柄の武器が横へ翻った。
――ブンッ!!
空気を切り裂く音が響く。
「……おおっ!?」
飛び掛かってきた魔物の身体が、横から強烈な一撃を受けて地面へ叩き落とされた。
ミレアは間髪入れず、武器を引き戻す。
しかし、残る二体の魔物も黙ってはいない。
仲間が倒されたのを見て、左右へ大きく回り込んだ。
「……挟まれた!」
ユウトが声を上げる。
だが、シエルは落ち着いて戦いを見ていた。
「……問題ないわ」
「……え?」
「よく見てなさい」
その言葉が終わるより早く、ミレアが動いた。
長柄の武器の石突きを地面へ突き立て、身体を軽く浮かせる。
そして、柄を支点にするように身を捻った。
「……おおっ!?」
勢いの乗った蹴りが、右側から迫っていた魔物の顎を捉える。
――ドゴッ!!
「ギャウッ!?」
魔物は地面から足を浮かせ、そのまま横へ吹き飛んだ。
「……蹴ったっす!」
シアが興奮したように叫ぶ。
「鬼人族ですから」
「戦いながら答えた!?」
ユウトが驚いている間にも、ミレアの動きは止まらなかった。
軽やかに着地すると、握っていた柄を滑らせ、間合いを調整する。
その背後から、最後の一体が飛び掛かってきた。
しかし、ミレアは振り向かない。
気配を察したのか、身体を僅かにずらすと、武器の柄を後方へ突き出した。
――ドスッ!!
「ギャウッ!!」
鋭い刃が魔物を捉え、その動きを止める。
「……うおっ!」
リトが思わず感嘆の声を漏らした。
ミレアはすぐさま武器を引き抜くと、身体を回転させながら前方へ向き直った。
その視線の先では、最初に叩き落とされた魔物が、よろめきながら立ち上がろうとしている。
「……遅いですよ」
ミレアが短く呟く。
――ブンッ!!
刃が弧を描いた。
次の瞬間、魔物の身体が薙ぎ払われ、再び地面へ倒れ込む。
さらに、先ほど蹴り飛ばされた魔物も態勢を立て直そうとしていたが、ミレアは素早く間合いを詰め、反撃する隙を与えなかった。
最後の一撃が決まると、辺りは再び静けさを取り戻した。
「…………」
ユウトたちは、その一連の動きを呆然と眺めていた。
僅かな時間のうちに、三体の魔物が地面へ倒れている。
ミレアは周囲を確認すると、武器に付いた汚れを払い、静かに息を吐いた。
「……ふぅ。終わりました」
「…………」
「……皆さん?」
「……ミレアさん!」
ユウトが勢いよく駆け寄った。
「……はい?」
「めちゃくちゃ強いじゃん!」
「だから言ったでしょう!?」
「すごかったっす! めっちゃ華麗だったっす!」
シアも興奮した様子で駆け寄ってくる。
「ふふっ。ありがとうございます、シアさん」
「……俺にもそれくらい優しく返して!」
「ユウトさんは最初から疑っていたでしょう?」
「疑ってたわけじゃないって!」
ユウトが必死に弁解する。
しかし、ミレアはじっとその顔を見つめていた。
「…………」
「…………」
「主、負けそうっす」
「戦闘はもう終わったのに!?」
そのやり取りに、リトが豪快に笑った。
「ガッハッハ! でも、確かにいい動きだったな!」
「……ありがとうございます」
ミレアは小さく頭を下げる。
「長柄の扱いにも慣れてるみたいだし、あの蹴りも見事だったぜ」
「昔から使っている武器ですからね」
リトの言葉に、ミレアは少し懐かしそうな表情を浮かべた。
「ベルグラードを離れてからも、旅の途中で魔物に襲われることは何度もありました。そのたびに、自分で対処してきましたから」
「……一人で旅してきたの?」
ユウトが尋ねる。
「ずっと一人だったわけではありませんよ。途中で商隊に同行させてもらったこともありますし、同じ方向へ向かう旅人と行動したこともあります」
ミレアは静かに続けた。
「ですが、必ずしも誰かに守ってもらえるとは限りません。自分の身くらい守れなければ、あの長旅を無事に終えることは難しかったでしょうね」
「……なるほどなぁ」
ユウトは感心したように頷いた。
いつも受付カウンターの向こうで、穏やかな笑顔を浮かべているミレア。
だが、当然ながら彼女にも、ここへ辿り着くまでに積み重ねてきた経験がある。
考えてみれば、ベルグラードから一人で故郷を離れ、遠く離れたアルヴェインで新しい暮らしを始めたのだ。
決して、簡単な道のりではなかったはずだった。
「……それに」
ミレアは武器を肩へ担ぎ、少し得意げに微笑んだ。
「受付に座っているだけが、ギルド職員の仕事ではありませんからね」
「……おお!」
ユウトの目が輝く。
「ミレアさん、カッコいいっす!」
「ふふっ。そうですか?」
「はいっす!」
「……ありがとうございます」
珍しく少し照れたように笑うミレアを見て、シエルも柔らかく微笑んだ。
「これなら道中も安心ね」
「ええ。私もできる限り、お役に立てればと思っています」
「……よし!」
その時、ユウトが勢いよく声を上げた。
「……ん?」
リトが振り返る。
「じゃあ、次に魔物が出たら俺たちの番な!」
「……はい?」
ミレアが首を傾げた。
「いや、だってさ! ミレアさん、俺たちが戦ってるところはまだ見たことないんだろ?」
「……そういえば、そうですね」
ミレアは小さく頷いた。
「報告書では皆さんの活躍を拝見していますが、実際の戦闘を見るのはまだです」
「……だろ!?」
ユウトが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、次は俺たちの実力を見せてやる!」
「主! いいところ見せるっす!」
「おう!」
二人が拳を突き合わせた。
「……何を競ってるのよ」
シエルが呆れたように呟く。
「……やめとけ、アニキ」
リトも苦笑していた。
「……何が?」
「ミレアさんが可哀想だ」
「……なんで!?」
「……何となくだ」
リトはそう答えると、ミレアへちらりと視線を向けた。
先ほどの戦闘を見る限り、彼女は確かに腕の立つ戦士だ。
しかし、目の前で騒いでいる二人は、危険度Bの魔獣を相手にしても平然としているような連中である。
その戦いぶりを初めて見た時、ミレアがどんな反応をするのか。
リトには、何となく想像がついていた。
「……皆さん?」
ミレアが不思議そうに尋ねる。
「何か問題でもあるんですか?」
「……いや」
リトは口元を緩めた。
「そのうち分かるさ」
「……?」
ミレアは首を傾げたが、深く追及することはなかった。
やがて五人は周囲の安全を確認し、再び街道を歩き始める。
北西へ延びる道の先には、まだ見ぬ土地が広がっていた。
アルヴェインを出発したばかりの今は、ベルグラードで何が待っているのか、誰にも分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
ミレアは今回の旅で、ユウトたち四人と初めて長い時間を共にすることになる。
普段は受付カウンター越しにしか知らなかった冒険者たち。
報告書には、彼らが残した数々の実績が記されていた。
しかし、実際にその目で見るのと、書類で読むのとでは話が違う。
そして、そのことをミレアが思い知るのは、そう遠い話ではなかった。
第296話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついにベルグラードへ向けて出発したユウトたち。
そして今回は、普段は受付に立つミレアの意外な実力が明らかになりました!
鬼人族らしい身体能力と長柄の武器を駆使し、三体の魔物を華麗に撃破。
どうやらミレアも、ただの受付嬢ではなかったようです。
そんなミレアですが――実はまだ、ユウトたちが戦うところを一度も見たことがありません。
これまで知っているのは、あくまで報告書に書かれていた実績だけ。
果たして実際の戦いを目にした時、彼女は何を思うのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!
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それでは、また次回お会いしましょう!




