第二百九十話 ミレアの故郷
ルーンガルドから無事アルヴェインへ帰還したユウトたち。
護衛依頼も無事達成し、残るのは――現地での行動についての報告だけ。
そして何気ない会話から、ユウトはミレアの故郷について知ることになる。
「……では、まず」
「……はい」
「はいっす……」
アルヴェインの冒険者ギルド。
受付カウンターの前には、神妙な表情をしたユウトとシアが並んでいた。
その少し後ろにはシエルとリトも立っている。
つい先ほどまで商隊護衛の成功を喜んでいたというのに、今ではすっかり元気を失っていた。
理由はもちろん、目の前にいる受付嬢ミレアの存在だ。
「ルーンガルドでの鉱山の件についてですが、現地のギルドからすでに報告を受けています」
「……はい」
ユウトが小さく頷く。
「討伐隊の救助に向かったこと。そして、現地のギルドから待機するよう指示されていたにもかかわらず、許可を得ずに鉱山へ向かったことも」
「…………」
「現地でも十分に注意を受けたそうですね?」
「受けました!」
「めちゃくちゃ怒られたっす!」
二人が勢いよく答えた。
「……怒られたとは書いてありませんでしたが」
「怒られた!」
「怒られたっす!」
「なんでそこだけ自信満々なのよ」
シエルが呆れたようにため息を吐いた。
ミレアも少し困ったように笑うと、手元の書類を確認した。
そこには鉱山での出来事に加え、討伐隊を全員救出したことや、現地ギルドで注意を受けたことも記されている。
「……分かりました。では、私からは一つだけです」
「……え?」
ユウトが恐る恐る顔を上げた。
「今後は、ギルドの指示を無視して独断で行動しないようにしてください。皆さんが強いことは分かっていますが、危険な場所へ向かう時には、それなりの手順が必要なんです」
「……はい!」
「分かりましたっす!」
「それと、今回のように緊急事態だと思った場合でも、できる限りギルドと連携してくださいね」
「了解!」
「了解っす!」
ユウトとシアは揃って背筋を伸ばした。
ミレアは二人の返事を聞くと、小さく頷く。
「……以上です」
「…………」
「…………」
ユウトとシアは動かなかった。
「……どうしました?」
「……終わり?」
「終わりですよ」
「……本当に!?」
「もっと注意してほしいのでしたら、続けますが?」
「いえ! 結構です!」
「もう十分っす!」
即答だった。
「……ならいいです」
ミレアは呆れたようにため息を吐いた。
「まったく……現地でもきちんと注意を受けたそうですし、同じ話を何度もするつもりはありませんよ」
「……助かった」
ユウトが胸を撫で下ろす。
「主、生還したっす……」
シアも安堵したように肩の力を抜いた。
「大袈裟ね」
シエルが苦笑する。
「いや、魔物と戦ってる時より緊張したぞ……」
「本人の前で言うなよ、アニキ」
リトが呆れたように呟く。
「……聞こえていますよ?」
「すみません!」
「すみませんっす!」
ユウトとシアが再び頭を下げる。
そんな二人の様子に、ミレアもとうとう小さく笑ってしまった。
◇
「……それから」
「まだあるの!?」
ミレアの言葉に、ユウトが勢いよく顔を上げた。
「今度は護衛依頼についてです」
「……あっ!」
ユウトの表情が一変した。
そういえば、そもそも今日は商隊護衛の完了報告に来たのだった。
「先ほど、依頼主のバルガさんからも報告をいただきました」
「……もう来たの?」
「ええ。皆さんが到着する少し前に、報告を済ませていかれましたよ」
「……なんて!?」
ユウトが身を乗り出す。
「主! きっと評価爆上がりっす!」
「自分で言うなよ」
リトが笑いながら突っ込んだ。
ミレアは書類へ視線を落とすと、報告内容を読み上げ始めた。
「商人および荷物への被害はなし。往路、復路を通して、護衛として適切に行動していたと報告されています」
「……ほら!」
「完璧っす!」
二人が嬉しそうに声を上げる。
「さらに、帰路では危険度Bのグレイホーンベアを討伐したそうですね」
「……それも書いてあるの?」
「当然でしょう。商隊を襲った危険度Bの魔獣を撃退したのであれば、護衛として重要な実績ですから」
「……おお!」
ユウトの目が輝いた。
ルーンガルドの鉱山では冒険者ランクが足りないという理由で依頼を受けられなかったが、今回は正式な護衛依頼の最中に遭遇した魔獣だ。
その対応が正当に評価されるのは、素直に嬉しかった。
「しかも、あの魔獣、いいスキル持ってたっす!」
シアが得意げに付け加えた。
「……スキル?」
ミレアが首を傾げる。
「そこまでは報告にありませんでしたが……」
「そりゃそうだろ」
リトが苦笑する。
「……まあ、とにかく!」
ユウトが慌てて話を戻した。
「それで、バルガさんは何て言ってたの?」
「皆さんのおかげで安心して旅を続けることができた、と。護衛として非常に高い評価をいただいています」
「……よっしゃ!」
ユウトが拳を握り締めた。
「主! 褒められたっす!」
「ようやく!」
「……ようやくって」
ミレアが思わず苦笑する。
「今回の依頼達成については、ギルドとしても問題ありません。商隊を無事に送り届けていただき、ありがとうございました」
「おう!」
「やったっす!」
ユウトとシアは嬉しそうに顔を見合わせた。
ここ最近、冒険者ギルドでは注意されることが多かった。
もちろん、自分たちの行動が原因であることは理解している。
それでも、こうして正式な依頼を達成し、依頼主から高い評価を受けたことは、冒険者として嬉しいものだった。
「ちゃんとやればできるじゃない」
シエルが小さく微笑む。
「シエル、その言い方やめて!」
「普段の行いだな」
リトも楽しそうに笑う。
「リトまで!?」
ユウトが抗議すると、二人はますます笑みを深めた。
そんな仲間たちを見ながら、ミレアは手元の書類を整理していく。
「今回の依頼での働きは、きちんと実績として記録しておきますね」
「……おお!」
ユウトの表情が明るくなった。
冒険者になってから日が浅い自分たちにとって、一つ一つの実績は大切だ。
いつまでもEランクのままでは、受けられる依頼にも制限がある。
今回のように正式な仕事を積み重ねていけば、いずれ上のランクを目指せるだろう。
「……さて、報告は以上です」
ミレアが書類を片付ける。
「じゃあ、今日はもう自由?」
「ええ。新しく依頼を受けるのでなければ、特に用事はありませんよ」
「どうする?」
ユウトが仲間たちへ振り返った。
「今日は休んでもいいんじゃない?」
シエルが答える。
「賛成っす!」
「俺も異議なしだな」
リトも頷いた。
「……じゃあ、今日はゆっくりするか!」
意見はすぐにまとまった。
往復の護衛を終え、久しぶりにアルヴェインへ戻ってきたのだ。
少しくらい休んでも問題はないだろう。
四人が受付を離れようとした、その時だった。
「……そういえばさ」
ユウトがふと足を止めた。
「……ミレアさん」
「はい?」
「ミレアさんって、アルヴェイン出身なの?」
「……え?」
突然の質問に、ミレアが目を瞬かせた。
「どうしたんですか、急に?」
「いや、ルーンガルドに行って思ったんだけどさ」
ユウトは少し考えながら頭を掻いた。
「魔族大陸って、場所によって全然違うんだなって」
「……そうですね」
「アルヴェインとルーンガルドだけでも、街の雰囲気とか、暮らしてる人たちとか、全然違ったじゃん?」
アルヴェインでは様々な種族が行き交い、商業が盛んだった。
一方、ルーンガルドでは鍛冶職人たちの仕事が暮らしの中心にあり、街のあちこちから金属を打つ音が響いていた。
同じ魔族大陸にある街でも、これほど違う。
そのことが、ユウトには新鮮だったのだ。
「だから、ミレアさんはどこで生まれたのかなって」
「……私ですか?」
「うん!」
ミレアは少し驚いた様子だったが、やがて小さく笑った。
「……私は、ベルグラードの出身です」
「……ベルグラード?」
ユウトが首を傾げる。
初めて聞く名前だった。
「あーしも聞いたことないっす!」
シアが横から顔を出す。
「まあ、俺たちこっちに来たばっかりだしな」
リトが答えた。
「アルヴェインとルーンガルド以外は、まだほとんど知らないものね」
シエルも頷く。
「ふふっ。そうでしょうね」
ミレアは小さく笑った。
「ベルグラードは、アルヴェインからかなり離れた場所にありますから。それに、国というわけでもありませんし」
「……国じゃないの?」
ユウトが不思議そうに尋ねる。
「ええ」
「じゃあ、街?」
「街……と言えば街ですね。ただ、その周辺にある集落なども含めて、ベルグラードと呼ばれています」
「……へぇ!」
ユウトは興味深そうに頷いた。
「どこの国にあるんすか?」
シアの質問に、ミレアは首を横に振る。
「どこの国にも属していませんよ」
「……え!?」
ユウトが驚いたように声を上げた。
「そんな場所もあるの!?」
「もちろんです」
ミレアは笑った。
「魔族大陸は広いですから。特に辺境の方には、どの国にも属さず、独自の暮らしを続けている街や集落もあるんです」
「……なるほどなぁ」
ユウトは感心したように頷いた。
魔族大陸には、まだまだ知らない土地があるらしい。
これまで訪れた街が、それぞれ異なる文化や暮らしを持っていたことを考えれば、他の地域にも興味が湧いてくる。
「……ベルグラードか」
ユウトは小さく呟いた。
「どんなところなんだ?」
「…………」
その問いに、ミレアはすぐには答えなかった。
僅かな沈黙。
先ほどまで自然に浮かんでいた笑顔が、ほんの少しだけ変わったように見えた。
「……ミレアさん?」
「……そうですね」
ミレアは一度視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。
「かなり田舎ですよ」
「……田舎?」
「ええ。アルヴェインとは比べものにならないくらいです」
「自然いっぱいっすか?」
シアが興味津々といった様子で尋ねる。
「それはもう。森も山も多いですし、街から少し離れれば、ほとんど自然ばかりですね」
「……いいところじゃん!」
ユウトが笑顔で答えた。
人が多く、賑やかな街も嫌いではない。
しかし、自然に囲まれた土地にも、それはそれで魅力があると思う。
「……そうかもしれませんね」
ミレアが小さく笑った。
「…………?」
ユウトは首を傾げた。
何となく、違和感があった。
ミレアはいつもどおり笑っている。
言葉遣いも、表情も、特に変わったところはない。
それなのに、どこか無理をして笑っているように見えたのだ。
「……ミレアさん」
「はい?」
「ベルグラード、嫌いなの?」
「……ユウト」
シエルが咎めるように名前を呼んだ。
故郷の話には、人それぞれ事情がある。
不用意に踏み込むべきではないと考えたのだろう。
「いや、なんとなくそう見えたから……」
ユウトは少し困ったように答えた。
ミレアを不快にさせるつもりはなかった。
ただ、先ほどから感じていた違和感が気になっただけだった。
「…………」
ミレアは少し驚いたようにユウトを見つめた。
そして、やがて小さく息を吐く。
「……嫌い、というより」
そこで一度言葉を止めた。
何かを思い出すように、ほんの少しだけ視線を落とす。
「私は、あそこの考え方が好きではありませんでした」
「……考え方?」
ユウトが聞き返す。
「ええ」
ミレアは静かに頷いた。
「ベルグラードには、色々な種族が暮らしています」
「アルヴェインみたいに?」
「そうですね。種族が違う者同士でも、同じ地域で暮らしているという意味では似ているかもしれません」
ミレアはそこで少し言葉を切った。
「……ただ、アルヴェインと大きく違うこともあるんです」
「……何?」
ユウトが尋ねる。
ミレアの表情から、ゆっくりと笑みが消えた。
「……人間族の扱いです」
「…………」
その言葉に、ユウトの表情が変わった。
「……どういうこと?」
「そのままの意味ですよ」
ミレアは静かな声で答えた。
「ベルグラードでは、人間族は他の種族よりも劣っていると考える人が多いんです」
「……劣ってる?」
ユウトは思わず聞き返した。
「ええ。もちろん、全員がそう考えているわけではありません。でも、そうした考え方が根強く残っているのは事実です」
ミレアは視線を落とした。
「仕事でも、暮らしの中でも……人間族だというだけで、不当な扱いを受けることがあります」
「…………」
ユウトは黙り込んだ。
アルヴェインでは、様々な種族が同じ街で生活している。
もちろん、そこにも色々な問題はあるのだろう。
しかし、少なくともユウトが見てきた限りでは、特定の種族だからという理由だけで、露骨に見下されるような光景はほとんどなかった。
「……それってさ」
ユウトが静かに口を開いた。
「みんな、それが普通だと思ってるの?」
「……少なくとも、私が暮らしていた頃はそうでした」
ミレアは頷いた。
「昔からそうだったから。ずっとそういう決まりのように扱われてきたから。それだけで、疑問にも思わない人が多かったんです」
「…………」
「もちろん、反対する人もいましたよ。でも、長い間続いてきた考え方を変えるのは、簡単なことではありませんでした」
ミレアの声には、どこか苦いものが混じっていた。
ユウトはその表情を見つめた。
普段のミレアは、いつも穏やかで明るい。
冒険者たちに注意する時も、相手のことを考えながら話しているのが伝わってくる。
そんな彼女が、故郷のことを話す時だけ、これほど複雑な表情を浮かべる。
きっと、簡単には割り切れない思いがあるのだろう。
「……私は、それが嫌だったんです」
ミレアは静かに告げた。
「同じように暮らしているのに、種族が違うというだけで扱いが変わる。それが当たり前だと言われても、私には納得できませんでした」
「……そっか」
ユウトは小さく頷いた。
「だから、アルヴェインへ来たの?」
「……それだけが理由ではありませんけどね」
ミレアは少しだけ笑った。
「故郷を出て、色々な場所を見てみたかったんです。自分が知っている世界だけが、すべてではないと思いましたから」
「……なるほどな」
ユウトは感心したように頷いた。
自分の暮らしていた場所から離れ、知らない土地へ向かう。
そこには不安もあったはずだ。
それでも、ミレアは自分で選び、アルヴェインへやってきたのだろう。
「……今は、ここが好き?」
ユウトが尋ねる。
すると、ミレアは少し驚いたように目を見開いた。
しかし、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「……ええ。好きですよ」
「そっか!」
ユウトも笑った。
「だったら、よかった!」
「……ふふっ。ありがとうございます」
ミレアは穏やかに答えた。
それ以上、ユウトは故郷のことを聞かなかった。
気になることはある。
しかし、無理に聞き出すような話でもない。
ミレア自身が話したくなった時に、また聞けばいいだろう。
「……ベルグラードか」
ユウトはもう一度、その名前を口にした。
「……覚えた!」
「…………」
ミレアが僅かに目を細める。
「……ユウトさん」
「……ん?」
「まさか、行ってみようなんて考えていませんよね?」
「……え?」
ユウトがきょとんとする。
「いや、まだそこまでは……」
「……まだ?」
ミレアの笑顔が僅かに引きつった。
「主なら行きそうっす!」
シアが楽しそうに声を上げる。
「まだ何も言ってないだろ!」
「……でも、気になってるんだろ?」
リトが笑う。
「……まあ、ちょっとは!」
「……やっぱりな」
リトが呆れたように肩をすくめた。
「ユウトさんですからね……」
ミレアもため息を吐いた。
「なんでみんなそういう反応なんだよ!」
「……今までの行動を思い返してみなさい」
シエルが静かに答えた。
「…………」
ユウトは少し考えた。
知らない場所。
気になる出来事。
誰かから聞いた不思議な話。
そういうものに興味を持つたび、確かに色々な騒動に巻き込まれてきた気がする。
「……でも、別に今すぐ行こうとか思ってないぞ!」
「今は、でしょう?」
ミレアが尋ねる。
「……うん!」
「……嫌な予感しかしませんね」
「失礼な!」
ユウトが抗議すると、シアが楽しそうに笑った。
「主、次の目的地が決まったっすか!?」
「決まってねぇよ!」
「……本当か?」
リトも笑う。
「本当だって!」
「……もう」
シエルは呆れたようにため息を吐いた。
ミレアも困ったように笑っていたが、先ほどまでの沈んだ表情は、いつの間にか少し和らいでいた。
「……とにかく、皆さん」
ミレアが話を切り上げる。
「今日はゆっくり休んでください。長旅でお疲れでしょう?」
「……おう!」
「了解っす!」
「次の依頼を受ける時は、また相談に来るよ!」
「ええ。お待ちしています」
ユウトたちはミレアへ挨拶を済ませ、受付を離れた。
ギルドの出口へ向かいながらも、ユウトの頭には先ほど聞いた名前が残っていた。
ベルグラード。
アルヴェインから遠く離れた辺境の地域。
どの国にも属さず、様々な種族が独自の暮らしを続けている場所。
そして、ミレアが生まれ育ち、自ら離れることを選んだ故郷。
今のユウトにとっては、ただ名前を知っただけの土地にすぎなかった。
しかし、そこで暮らす人々の考え方や、ミレアが抱えていた思いは、妙に心に残っていた。
「……ベルグラード、か」
ユウトは小さく呟いた。
「……何か言った?」
シエルが振り返る。
「……いや、なんでもない!」
ユウトは笑顔で答えた。
今はまだ、そこへ行く理由があるわけではない。そもそも、どこにあるのかさえ詳しく知らないのだ。
だからこそ、この時のユウトは想像もしていなかった。いつか自分が、その遠い辺境の地を訪れることになるなど。
そして、その土地で待ち受けているものが、単なる異文化との出会いだけではないことなど、今はまだ知る由もなかった。
第290話をお読みいただき、ありがとうございます!
ルーンガルドでの一件も無事(?)清算され、護衛依頼ではしっかり高評価を獲得したユウトたち。
そして今回、ミレアの故郷――ベルグラードの存在が明らかになりました。
どの国にも属さない遠い辺境の地。
今のユウトにとっては、ただ名前を知っただけの場所ですが――いつか訪れる日は来るのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!
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それでは、また次回お会いしましょう!




