第二百八十七話 帰路
ルーンガルドでの三日間を終えたユウトたち。
翌朝、バルガたち商隊と再び合流し、アルヴェインへ向けて帰路につきます。
果たして今度こそ、普通の護衛依頼となるのでしょうか。
それでは、第287話をお楽しみください!
「おはよう!」
「おはようっす!」
「……朝から元気ですね」
ルーンガルド滞在三日目の朝。
街の門へ続く通りの近くにある荷受け場では、商人たちが荷物の積み込みや出発の準備に追われていた。
その一角で、ユウトたちを待っていたバルガは、四人の姿を見つけると苦笑を浮かべた。
「そりゃ元気だよ!」
「昨日もぐっすり寝たっす!」
二人は何事もなかったかのように笑っている。
しかし、その様子を見ていたリトが、呆れたように口を開いた。
「……昨日あれだけ怒られたのにな」
「リト!」
「それは言わない約束っす!」
「そんな約束してねぇよ」
リトが平然と答えると、ユウトとシアは揃って不満そうな顔をした。
昨日は鉱山での救助活動を終えた後、ギルドの受付嬢からたっぷりとお説教を受けた。
しかも、それだけでは終わらず、今回の行動について報告書まで提出することになったのだ。
結局、宿へ戻る頃にはすっかり遅い時間になってしまっていた。
それでも一晩眠れば元気になるあたり、二人の切り替えの早さは大したものだった。
「……怒られた?」
バルガが不思議そうに首を傾げる。
「何かあったんですか?」
「何もない!」
「何もないっす!」
二人が即答した。
「…………」
バルガは少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「……何かあったんですね」
「なんで!?」
「分かりやす過ぎるのよ」
シエルが呆れたようにため息を吐く。
「……鉱山で少しね」
「シエル!?」
ユウトが慌てて振り返る。
しかし、すでに遅かった。
「……鉱山?」
バルガの表情が変わった。
「街の北にある鉱山ですか?」
「そうよ」
「確か、魔物が出現して採掘が止まっていると聞いていましたが……」
バルガは心配そうにユウトたちを見回した。
「まさか、皆さんまで鉱山へ?」
「いや、それは……」
「主が――」
「シア!」
ユウトは慌ててシアの口を塞いだ。
「むぐっ!?」
「なんでもない! 本当になんでもないから!」
「……そうですか?」
「そうそう!」
ユウトは必死に笑顔を作った。
しかし、その隣でリトがあっさりと口を開く。
「討伐隊を助けに行っただけだ」
「リトォォォ!!」
ユウトの叫び声が荷受け場に響いた。
「……言ったら駄目だったのか?」
「空気読めよ!」
「アニキにだけは言われたくねぇ!」
「むぐぐっ!」
シアがユウトの手を叩く。
「あっ!」
ようやく気付いたユウトが手を離すと、シアは大きく息を吸い込んだ。
「ぷはっ! 主、ひどいっす!」
「お前が余計なこと言おうとするからだろ!」
「まだ何も言ってないっす!」
「絶対言おうとしてたじゃん!」
朝から騒がしい二人を前に、バルガはどう反応していいのか分からない様子だった。
「……それで?」
しばらくして、バルガが改めて尋ねる。
「討伐隊を助けに行ったというのは、どういうことですか?」
「…………」
ユウトはシエルを見た。
「……何よ」
「説明お願い」
「自分でしなさい」
「……ですよね」
ユウトは諦めたように肩を落とした。
どうやら、これ以上誤魔化すのは難しそうだった。
「……昨日さ、鉱山に行った討伐隊が危ないって聞いたんだよ」
「ええ」
「それで、ちょっと助けに行ったんだ」
「……ちょっと?」
「ちょっと!」
ユウトが頷く。
しかし、隣のシアがすかさず口を挟んだ。
「ギルドに止められてたっすけど!」
「……なるほど」
バルガが納得したように頷いた。
「それで怒られたんですね」
「…………はい」
ユウトは力なく答えた。
バルガは少し困ったように頭を掻く。
「皆さん……私たちと別れてから、まだ二日ですよね?」
「そうだよ?」
「……随分と濃い二日間を過ごされたようで」
「普通に観光もしたぞ!」
「食べ歩きもしたっす!」
「鉱山にも行ったけどな」
「それはもういいって!」
リトの言葉に、ユウトが抗議する。
バルガは思わず笑ってしまった。
「ははは……まあ、皆さんが無事なら何よりです。それに、討伐隊の方々も助かったのでしょう?」
「もちろん!」
「それはよかったです」
バルガは安心したように微笑んだ。
しかし、すぐに少し真面目な表情へ戻る。
「ただ、ギルドの指示は守った方がいいと思いますよ。皆さんに何かあったら大変ですから」
「…………」
ユウトが黙り込んだ。
「……主」
「……シア」
二人は顔を見合わせる。
「ここでも怒られたっす」
「……うん」
「いや、怒ってはいませんよ!?」
バルガが慌てて否定する。
しかし、二人の耳には届いていないようだった。
「……もう勘弁してほしい」
「主、受付嬢に続いて商人さんにも怒られたっす……」
「だから怒ってませんって!」
バルガの困惑した声を聞きながら、シエルは小さくため息を吐いた。
どうやら、この二人に反省を求めるのは、まだまだ時間がかかりそうだった。
◇
「……おお!」
荷受け場に並んだ三台の馬車を見て、ユウトが声を上げた。
商隊の荷物は、すでにほとんど積み終わっていた。
ルーンガルドへ来る時とは異なり、荷台には大小様々な木箱や袋が整然と並べられている。
大きな荷物には緩衝用の布が巻かれ、箱の一部には中身を示す印も付けられていた。
「帰りも三台なんだな!」
「ええ。こちらで仕入れた商品をアルヴェインへ運びます」
バルガが頷く。
「何が入ってるんだ?」
「武具や工具、それから加工された金属製品などですね。この国は鍛冶技術が優れていますから、各地で需要があるんですよ」
「……武具!?」
ユウトの目が輝いた。
「武器も入ってるの!?」
「もちろん入っていますが、すべて商品ですよ?」
「分かってるって!」
ユウトは笑顔で答える。
しかし、その視線はすでに荷台の木箱へ向いていた。
「……主」
シアが真剣な表情で声を掛けた。
「……何?」
「絶対に開けたら駄目っすよ!」
「開けねぇよ!」
「本当っすか?」
「本当だって!」
「主、さっきから箱ばっかり見てるっす!」
「中身が気になるだけだろ!」
「……ユウト」
今度はシエルが声を掛けてきた。
「シエルまで!?」
「商品なんだから、勝手に触らないこと」
「それくらい俺だって分かってるよ!」
「……アニキ」
「リトも!?」
「触るなよ」
「俺、そんなに信用ない!?」
ユウトが叫ぶ。
その様子を見て、バルガは楽しそうに笑った。
「大丈夫ですよ。しっかり封をしてありますから」
「……バルガまで!?」
ユウトは思わず頭を抱えた。
「俺、そこまで信用されてないの!?」
「…………」
仲間たちが揃って視線を逸らした。
「……なんでみんな黙るんだよ!」
朝から賑やかなやり取りが続いていたが、商隊の準備は順調に進んでいた。
荷物の固定を確認し、馬具の状態を点検した後、バルガが御者たちへ声を掛ける。
「それでは、出発しましょう!」
「おう!」
「帰るっす!」
ユウトたちもそれぞれの護衛位置についた。
三台の馬車がゆっくりと動き始め、ルーンガルドの街を後にする。
こうして、商隊の帰路が始まった。
◇
「……なんか、あっという間だったな」
街道を進みながら、ユウトは後ろを振り返った。
遠くには、少しずつ小さくなっていくルーンガルドの街並みが見えている。
鍛冶工房から立ち上る煙。
金属を打つ槌の音。
そして、露店から漂ってきた美味しそうな匂い。
初めて訪れた街だったが、短い滞在の中でも印象に残るものは多かった。
「三日間だものね」
シエルが答える。
「でも、色々あったっす!」
シアが楽しそうに笑った。
「……ほとんど鉱山の騒ぎだけどな」
リトが呟く。
「言うなよ!」
ユウトが即座に抗議した。
思い返してみれば、鍛冶の国へ来てからの出来事は、なかなか濃いものだった。
武器屋を巡り、職人たちの仕事を眺め、街の食べ物を楽しんだ。
そして、鉱山の魔物騒動に巻き込まれ、討伐隊を助けに向かった結果、現地の冒険者ギルドでも叱られることになった。
「……俺たち、何しに来たんだっけ?」
「護衛よ」
シエルが即答する。
「……そうだった」
「忘れんなよ!」
リトが呆れたように声を上げた。
「でも、まだ依頼は終わってないっす!」
シアが胸を張る。
「分かってるって!」
ユウトは前を進む三台の馬車を見た。
「ちゃんとアルヴェインまで送り届ければいいんだろ?」
「その通りです」
前方にいたバルガが振り返る。
「帰り道も、どうぞよろしくお願いします」
「任せて!」
「今度こそ普通に護衛するっす!」
シアが元気よく答えた。
しかし、その言葉にバルガが首を傾げる。
「……今度こそ?」
「……あ」
「往路では特に何もありませんでしたよね?」
「なかった!」
ユウトが慌てて答えた。
「では、今度こそというのは?」
「……言葉の綾!」
「……そういうことにしておきましょう」
バルガは苦笑した。
「……信用されてない!?」
ユウトが叫ぶと、リトが楽しそうに笑った。
「二日でバレたな」
「何が!?」
「アニキが普通じゃないこと」
「俺は普通だ!」
「……主」
シアが小さく声を掛ける。
「……なんだよ」
「それは無理があるっす」
「お前が言うな!」
「……あなたたち」
シエルが静かに口を開いた。
「今は護衛中よ」
「……はい」
「はいっす」
ユウトとシアは揃って背筋を伸ばした。
そんな二人を見たバルガは、堪えきれずに笑い出す。
「……本当に仲がいいですね」
「そう見える?」
「ええ。皆さんを見ていると、旅が楽しくなりますよ」
バルガはそう言って微笑んだ。
ユウトも少し照れくさそうに笑うと、改めて街道へ視線を向けた。
今度こそ、何事もなく依頼を終えたい。
そんなことを考えながら、一行は国境へ続く街道を進んでいった。
◇
帰路も天候は良好だった。
空には僅かな雲が浮かぶ程度で、穏やかな風が草原を渡っていく。
街道の両側には緑が広がり、遠くには森や低い丘が見えていた。
時折、荷馬車の車輪が小石を踏む音が響くものの、周囲に不審な気配はない。
商隊は一定の速度を保ちながら、順調に進んでいた。
「……平和だなぁ」
ユウトが空を見上げて呟いた。
「いいことじゃない」
シエルが答える。
「そうだけどさ」
「……何?」
「いや、なんていうか……」
ユウトは周囲を見渡した。
穏やかな草原。
遠くに見える森。
人通りの少ない静かな街道。
これまでの旅を思い返せば、こうして何も起きずに移動できることの方が珍しい気さえしてくる。
「帰りも何もなかったら、本当に普通の護衛依頼になるなって」
「それが一番いいのよ」
「分かってるよ!」
ユウトは笑いながら答えた。
そもそも、今回の依頼は商隊の護衛だ。
魔物を探したり、冒険をしたりするために受けたわけではない。
無事に目的地まで送り届けることが、何より大切なのだ。
「……主!」
シアが突然声を上げた。
「……なんだ?」
「あーし、何か起きる気がするっす!」
「……言うな!」
ユウトが慌てて振り返る。
「どうしてっすか?」
「そういうこと言うと、本当に起きそうだから!」
「……あなたが言わなければいいでしょう?」
シエルが呆れたように答える。
「俺、まだ何も言ってないじゃん!」
「普段の行いよ」
「理不尽すぎない!?」
ユウトが抗議する。
しかし、シエルは取り合わなかった。
そんなやり取りを聞いていたリトは、笑いながら周囲を警戒している。
「……まあ、何も起きないに越したことはねぇよな」
「だろ?」
「でも、護衛中なんだから油断はすんなよ」
「分かってるって!」
ユウトは頷くと、街道の先へ視線を向けた。
遠くまで見通せる道が続いている。
今のところ、魔物の姿はない。不審な人影も見当たらなかった。
商隊はそのまま進み、昼を過ぎても特に問題は起きなかった。
「……ほら!」
ユウトが嬉しそうに声を上げる。
「……何が?」
シエルが尋ねる。
「何も起きない!」
「それが普通なのよ」
「いや、そうなんだけどさ!」
ユウトは楽しそうに笑った。
朝からずっと警戒していたものの、ここまで拍子抜けするほど平和だったのだ。
「このままアルヴェインまで行けそうっすね!」
シアが元気よく言った。
「……シア!」
「今のはあーしっす!」
「だから言うなって!」
ユウトが慌てて声を上げる。
その様子に、リトは呆れたように肩をすくめた。
「……まだ二日以上はかかるんだぞ?」
「分かってるよ!」
「だったら、今から安心しきるのは早いだろ」
「……それもそうか」
ユウトは少しだけ真面目な表情になった。
往路では何事もなかったが、それが帰路の安全を保証してくれるわけではない。
街道を通る商隊は、魔物や盗賊に狙われることもある。
今はバルガたちから護衛を任されている以上、油断するわけにはいかなかった。
「……そうね。周囲の確認は続けましょう」
シエルも頷いた。
「おう!」
「了解っす!」
四人は改めて周囲へ注意を向けた。
往路と同じ街道。
同じ三台の馬車。
そして、同じ四人の護衛。
帰り道も、今のところは何の問題もない。
少なくとも、そう思っていた。
しかし――。
『…………』
「……ん?」
ユウトがふと足を止めた。
今、一瞬だけ何かを感じたような気がしたのだ。
「……主?」
シアが振り返る。
「どうした?」
リトも足を止めた。
「……いや、今……」
ユウトは周囲を見回した。
街道の両側には草原が広がり、その向こうには森が続いている。
風に揺れる草木以外、特に変わったものは見当たらなかった。
(……補佐機構?)
『現在、特筆すべき異常は確認されていません』
(……そうか)
ユウトはもう一度、周囲へ視線を向けた。
気配のようなものを感じた気がしたが、それが何だったのかは分からない。
そもそも、気のせいだった可能性もある。
「……何かいたの?」
シエルが尋ねる。
「いや……なんでもない。気のせいかも」
「……そう?」
「うん。今のところは大丈夫そう」
ユウトは小さく頷き、再び歩き始めた。
仲間たちも周囲を確認した後、それぞれの護衛位置へ戻る。
商隊は何事もなかったかのように、ゆっくりと街道を進んでいった。
しかし――。
一行が通り過ぎた後。
街道脇に広がる森の奥で。
――ガサッ。
僅かに木々が揺れた。
そして、何事もなかったかのように静まり返った。
第287話を読んでいただきありがとうございます!
鉱山での一件もしっかりバルガに知られつつ、ユウトたちはアルヴェインへ向けて出発しました。
往路と同じく、帰路も今のところは順調そのもの。
何事も起こらない平和な護衛依頼に、ユウトも安心しているようですが――。
最後に僅かに揺れた街道脇の森。
果たしてユウトが感じた違和感は、ただの気のせいなのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




