第二百八十五話 帰りたくない
討伐隊を救出するため、鉱山の奥へと進むユウトたち。
魔物を退けながら残された冒険者を探していきますが――。
救助を終えた彼らには、もう一つ避けては通れない問題が残っていました。
それでは、第285話をお楽しみください!
後書き
「誰かいるかー!」
ユウトの声が坑道に響き渡った。
ブラックアームドビーストと戦っていた冒険者たちを救助した後、ユウトとシエルは取り残された者がいないか確認するため、さらに奥へ進んでいた。
リトとシアは負傷者たちを連れて先に入口へ向かっている。今ここにいるのは、ユウトとシエルの二人だけだった。
「おーい! いたら返事してくれー!」
「……ユウト、少し静かにしなさい」
「でも、呼ばないと向こうも分からないだろ?」
「あなたの声で、返事が聞こえなくなってしまうでしょう?」
「……なるほど」
ユウトは納得したように頷き、ようやく口を閉じた。
シエルは小さくため息を吐くと、周囲へ視線を向ける。
坑道は先ほどの広い採掘場から再び細くなり、場所によっては二人が並んで歩くのも難しいほどだった。
壁には採掘によって削られた跡が残り、足元には砕けた岩が散乱している。
シエルが浮かべた魔力の光が、暗い通路を照らしていた。
「……何か聞こえない?」
「……え?」
ユウトも足を止め、耳を澄ませた。
先ほどまで聞こえていた戦闘音は、もうない。
代わりに聞こえてくるのは、どこかから滴り落ちる水の音と、僅かに吹き抜ける風の音だけだった。
しかし、しばらく静かにしていると――。
「……おーい……!」
「……っ!」
微かな声が、坑道の奥から響いた。
「今、聞こえた!」
「右の方ね」
シエルが光を向けると、少し先に通路の分岐が見えた。
二人は急いでそこまで進み、右側へ続く坑道を覗き込んだ。
「……こっちだな!」
声のした方向を確かめ、ユウトが先へ進む。
通路の奥では、岩の破片が散乱し、壁の一部が崩れていた。
その陰に、何人かの人影が見える。
「……いた!」
ユウトは思わず声を上げた。
壁際には三人の冒険者が身を寄せ合うように座っていた。
全員が傷を負っており、装備もひどく傷んでいる。しかし、幸いなことに三人とも意識はあるようだった。
「……誰だ?」
一人の男が警戒するように顔を上げた。
「助けに来た!」
「……救援隊か……!」
その声には、安堵の色が滲んでいた。
「まあ、そんな感じ!」
「……そんな感じ?」
「細かいことは気にしないで! それより、怪我は大丈夫?」
ユウトが近付くと、男は困惑した表情を浮かべながらも、仲間たちの状態を説明し始めた。
三人とも戦闘で負傷しているが、二人は何とか自力で歩けるらしい。
しかし、残る一人は脚を痛めており、立ち上がることすら難しい状態だった。
「……こいつだけは無理だ。脚をやられてる」
「分かった!」
ユウトはすぐに負傷した男の前へしゃがみ込んだ。
「ほら、乗って!」
「……え?」
「背負っていくから!」
「いや、でも……」
男はユウトの身体を見て、少し戸惑ったように眉を寄せた。
「……お前、俺より随分小さいだろ?」
「それ関係ある!?」
「普通はあるわよ」
隣からシエルが冷静に答える。
「シエルまで!?」
ユウトは不満そうに振り返った。
確かに、今のユウトは成人男性と比べれば小柄な体格をしている。
しかし、見た目と実際の身体能力が一致しないことなど、仲間たちは嫌というほど知っているはずだった。
「……とにかく、大丈夫だから!」
ユウトは男の腕を自分の肩へ回し、慎重に背負った。
「お、おい! 無理すんなよ!」
「よっと!」
そのまま立ち上がる。
男の身体が軽々と持ち上がった。
「…………」
「……ほら! 余裕!」
「……は?」
男は呆然としていた。
自分よりも一回り小柄な冒険者が、まるで荷物でも持ち上げるように立ち上がったのだ。
「……軽いな!」
「軽いって言うな!」
「元気じゃん!」
「脚が動かねぇだけだ!」
「なら大丈夫だな!」
「何が大丈夫なんだよ!」
男が声を荒らげる。
しかし、その表情には先ほどまでの緊張が少し和らいでいた。
シエルはそんな二人を横目に、残る冒険者たちへ向き直った。
「あなたたちは歩ける?」
「ああ……時間はかかるが、何とか」
「分かったわ。無理はしないで。私たちが支えるから」
シエルは二人の負傷具合を確認すると、慎重に立ち上がるよう促した。
全員が無事に歩ける状態ではないが、支えがあれば入口まで戻れそうだった。
「……よし! じゃあ戻ろう!」
ユウトが声を掛けた、その時だった。
「……待ってくれ!」
冒険者の一人が、慌ててユウトを呼び止めた。
「……ん?」
「まだ一人いるんだ!」
その言葉に、ユウトとシエルの表情が変わった。
「……どこ?」
「この先だ。俺たちが逃げてきた方向に、もう一人残ってる」
男は暗い坑道の奥を指差した。
「魔物に襲われた時、あいつが俺たちを逃がすために残ってくれたんだ。でも、それから戻ってこなくて……」
「……そうか」
ユウトは短く頷いた。
まだ救助できていない冒険者がいる。
しかも、仲間たちを逃がすために魔物の前へ残ったというのなら、危険な状況にある可能性が高かった。
「……シエル」
ユウトは背負っていた男を、壁際の平らな場所へゆっくりと下ろした。
「ちょっ! どうした!?」
驚く男へ、ユウトは笑顔を向ける。
「もう一人、探してくる!」
「……ユウト!」
シエルが声を上げた。
しかし、ユウトはすでに坑道の奥へ目を向けていた。
「この人たち、先に連れて戻ってて!」
「……あなたね」
シエルは一瞬、何か言いかけた。
できればユウトを一人で奥へ向かわせたくはない。
しかし、目の前には怪我をした三人の冒険者がいる。
彼らをこの場へ残していくわけにもいかなかった。
「……分かったわ。でも、絶対に無茶しないこと。危険を感じたら、すぐに引き返しなさい」
「分かってる!」
「それと、残っている人を見つけたら、戦闘より救助を優先すること」
「おう!」
ユウトは元気よく頷いた。
シエルは少し心配そうに彼を見つめたが、これ以上引き止めても聞かないことは分かっていた。
「……気をつけてね」
「すぐ戻る!」
ユウトはそう言い残し、坑道の奥へ走り出した。
「……お、おい!」
残された冒険者が、驚いたようにシエルへ顔を向ける。
「……あいつ、一人で大丈夫なのか!?」
「大丈夫よ」
シエルは落ち着いた口調で答えた。
「でも、この先にはまだ魔物が……!」
「心配するだけ無駄だと思うわ。むしろ気の毒なのは魔物の方ね……」
「……え?」
「それより、私たちも戻りましょう。あなたたちの手当ても必要でしょう?」
シエルは負傷した男へ肩を貸し、残る二人にも無理のない速度で歩くよう声を掛けた。
冒険者たちは何とも言えない表情を浮かべていたが、今は彼女の言葉に従うしかなかった。
こうして三人の冒険者はシエルに付き添われ、坑道の入口へ向かって歩き始めた。
◇
「……おーい!」
ユウトは坑道の奥へ向かって声を掛けながら進んでいた。
先ほどシエルに注意されたばかりだが、取り残された冒険者を見つけるためには、ある程度声を掛ける必要もある。
もっとも、今度は返事が聞こえるよう、呼び掛けるたびに足を止めて耳を澄ませていた。
「……誰かいるかー!」
しかし、返事はない。
坑道はさらに狭くなり、壁や床には新しい傷跡が増えていた。
何かが激しくぶつかったような痕跡もあり、所々で岩が崩れている。
「……ん?」
ユウトは足を止めた。
通路の端に、一本の剣が落ちていたのだ。
剣身は途中から折れており、刃には何か硬いものとぶつかったような傷が残っていた。
さらに、その近くの地面には赤黒い染みが見える。
「……血?」
ユウトはしゃがみ込み、周囲を確認した。
血痕は一か所だけではなかった。
壁にも飛び散った跡があり、その先の地面にも点々と続いている。
「……こっちか」
ユウトの表情から、いつもの軽い調子が消えた。
誰かがこの場所で戦い、負傷したまま奥へ進んだのかもしれない。
ならば、急ぐ必要がある。ユウトは血痕を辿りながら、慎重に坑道の奥へ進んだ。
やがて通路が少し広がったところで、人影が目に入った。
「……くそっ……」
岩壁にもたれるように、一人の男が座り込んでいた。装備はひどく傷付き、腹部には大きな傷がある。
片手で傷口を押さえているものの、指の間から血が滲んでいた。
「……いた!」
ユウトはすぐに駆け寄った。
「……誰だ?」
男が弱々しく顔を上げる。
「助けに来た!」
「……救援……?」
「そう! もう他の人たちは見つけたから、あとはあんただけだ!」
その言葉を聞いた男の表情が、僅かに緩んだ。
「……そうか。あいつら……無事だったんだな……」
「うん! みんな生きてる!」
「……よかった……」
男は小さく息を吐いた。
しかし、腹部の傷が痛むのか、すぐに顔を歪めてしまう。
「……動ける?」
「……無理だな。この傷じゃ、まともに歩けねぇ……」
「分かった。じゃあ俺が運ぶ!」
ユウトは男の腹部を確認した。
傷は深く、あまり無理に身体を動かすわけにはいかない。
幸い、意識ははっきりしているようだったが、出血も続いている。
ユウトはストレージから清潔な布を取り出すと、傷口に当てて応急処置を施した。
「……少し痛いかもしれないけど、我慢してくれよ」
「……すまねぇ……」
「謝ることないって!」
ユウトが笑顔を向けた、その時だった。
「……待て」
「……何?」
男が震える手を伸ばし、坑道の奥を指差した。
「……まだ、いる……」
「……え?」
「魔物だ……」
男の表情が強張る。
どうやら、この場所にも魔物が現れていたらしい。
「……別の魔物?」
「ああ……暗くてよく見えなかったが……まだ近くにいるはずだ……」
その言葉を聞いたユウトは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、男を庇うように坑道の奥へ身体を向けた。
その直後だった。
――ズズッ……。
暗闇の向こうから、何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「…………」
ユウトは目を細めた。
重いものが岩肌を擦るような、不気味な音だった。
それが少しずつ、こちらへ近付いてくる。
「……どんな奴だった?」
「……分からねぇ。暗くて……」
「そっか」
ユウトは男の前に立ち、奥の様子を窺った。
魔力の光が届く範囲には、まだ何も見えない。
しかし、音は確実に近付いていた。
「……逃げろ」
背後から男の声が響く。
「……ん?」
「俺はいい……お前だけでも逃げろ……!」
男は必死だった。
自分を助けに来た冒険者まで危険に巻き込むわけにはいかない。
そう思っているのだろう。
しかし、ユウトは首を横に振った。
「……嫌だよ」
「……何?」
「助けに来たのに、置いて帰ったら意味ないだろ?」
「……だが!」
男が何か言いかけた時、再び音が響いた。
――ズズッ……。
先ほどよりも近い。
ユウトは暗闇の奥を見つめながら、小さく笑った。
「……それに、多分大丈夫だから」
「……何を根拠に……」
男が呟いた、その瞬間だった。
暗闇の中に、二つの光が浮かび上がった。
「……来た!」
ユウトが声を上げる。
光の正体は、魔物の目だった。次の瞬間、巨大な蜥蜴のような魔物が暗闇から姿を現した。
分厚い岩のような鱗に覆われた身体。大きく開いた口には鋭い牙が並び、太い尾を引きずりながらこちらへ近付いてくる。
「……逃げろ!!」
男が叫んだ。
しかし、ユウトは動かなかった。
(補佐機構、解析!)
『解析を開始します』
(今度は早くしてくれよ!)
魔物はユウトたちを見つけると、低い唸り声を上げた。
「グルルルル……!」
そして、四肢に力を込める。
次の瞬間、巨体を跳ね上げるようにして飛び掛かってきた。
「……危ない!」
男の悲鳴が響いた。
「大丈夫!」
ユウトは落ち着いた様子で拳を握った。
魔物の動きは速かったが、今のユウトなら十分に対応できる程度だった。
その時、頭の中に補佐機構の声が響く。
『解析が完了しました』
(おっ! 今回は早い!)
『対象名称、ロックリザード』
『危険度D』
(……Dか。さっきの魔物の方が強かったのか…)
ユウトは目の前に迫った魔物を見つめた。
身体は大きいが、危険度はそれほど高くない。
もちろん、普通の冒険者にとっては十分に危険な魔物だろう。
しかし、今のユウトにとっては――。
「……よし!」
「グギャァァァ!」
ロックリザードが大口を開け、鋭い牙を剥き出しにして飛び掛かってきた。
ユウトはその動きを見極め、身体を僅かに横へずらす。
そして、すれ違いざまに拳を突き出した。
「……えいっ!」
――ゴンッ!!
「ギャッ――!」
鈍い衝撃音が響いた。
ユウトの拳を受けたロックリザードは、その巨体を大きく揺らしながら横へ吹き飛ぶ。
――ドォン!
魔物は岩壁へ叩きつけられ、そのまま床へ崩れ落ちた。
砕けた石の破片が周囲へ散らばる。
「…………」
男は呆然としていた。
つい先ほどまで自分を襲っていた魔物が、目の前の小柄な冒険者によって、たった一撃で倒されてしまったのだ。
「……よし!」
ユウトは満足そうに頷いた。
そして、倒れた魔物へ視線を向ける。
(せっかくだし……暴食進化!)
ユウトが能力を発動すると、ロックリザードの身体が黒い霧に包まれ始めた。
霧は魔物の姿を覆い隠し、やがてその巨体ごと消えていく。
(……お?)
ユウトは少し期待した。
今までにも、魔物を捕食することで様々な能力を手に入れてきたのだ。
今回も何か新しいスキルが得られるかもしれない。
しかし――。
『新規スキルの獲得はありません』
(……残念!)
ユウトは少し肩を落とした。
もっとも、今回はそもそも救助が目的だ。
魔物を倒して能力を得られなかったからといって、文句を言うような場面でもなかった。
「……さて!」
ユウトは気を取り直し、男へ振り返った。
「もう大丈夫だぞ!」
「…………」
「……ん?」
男は口を開けたまま、動かなかった。
「……おーい?」
「…………」
「大丈夫?」
「……なんなんだ、お前……」
男がようやく声を絞り出した。
「Eランク冒険者!」
ユウトは胸を張って答えた。
「……嘘つけ」
「なんで!?」
「Eランクが、あんな魔物を殴り飛ばして壁に叩きつけるか!」
「いや、俺ちゃんとEランクなんだけど!」
「知らねぇよ!」
「理不尽!」
ユウトが思わず叫ぶ。
しかし、男はまだ信じられない様子だった。
強力な魔物を素手で倒したばかりか、その魔物が黒い霧となって消えてしまったのだ。
何がどうなっているのか、理解できないのも無理はなかった。
「……まったく」
ユウトは呆れたように息を吐いた。
ただ、先ほどよりも男の声に力が戻っているのを見て、少しだけ安心した。
「……まあ、元気そうで何より!」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
「俺が助けたんだろ!?」
「……ぐっ!」
今度は男が言葉に詰まった。
ユウトは楽しそうに笑うと、再び男の前へしゃがみ込んだ。
「……ほら、帰るぞ!」
「……お、おい!」
「傷が開かないように、ゆっくり動くからな」
ユウトは男の身体を慎重に支えながら背負った。
腹部の傷に負担を掛けないよう姿勢を整え、来た道へ向かって歩き始める。
「……待て! お前、俺を背負って……」
「大丈夫! 全然重くないから!」
「……お前、本当に何者なんだ……?」
「……Eランク冒険者!」
「もうそれは聞いた!」
男の声が坑道に響いた。
ユウトは笑いながら足を進める。
しかし、胸の内では少しだけ安堵していた。
これで、少なくとも今見つけた負傷者を連れて戻ることができる。
あとは他に取り残された者がいないことを確認するだけだ。
「……よし、急ぐぞ!」
ユウトは足元を確認しながら、坑道の入口へ向かって歩き始めた。
◇
「……主ー!」
「おーい! 戻ったぞ!」
坑道の入口付近まで戻ると、聞き慣れた声が響いてきた。
シアだった。
どうやら、先に負傷者たちを運んでいたリトとシアは、無事に入口まで戻っていたらしい。
周囲には討伐隊の冒険者たちも集まっており、比較的軽傷の者が重傷者の手当てを手伝っていた。
そして、その中にはシエルの姿もあった。
「……ユウト!」
シエルが駆け寄ってくる。
「大丈夫だった?」
「余裕! ほら、もう一人見つけた!」
ユウトは背負っていた男を見せた。
「……っ! お前!」
討伐隊の冒険者たちが驚いたように声を上げる。
どうやら、男は仲間たちの中でも特に心配されていたらしい。
「……生きてたのか!」
「……ああ。こいつに助けられた……」
男は弱々しく笑った。
ユウトはシエルたちの手を借り、男を慎重に下ろした。
すぐに周囲の冒険者たちが集まり、傷の状態を確認し始める。
「……シエル、どう?」
ユウトが尋ねる。
「応急処置はできるけど、街でちゃんと治療してもらう必要があるわね」
「……そっか」
ユウトは少し心配そうに男を見つめた。
しかし、男は意識もはっきりしており、先ほどより顔色も落ち着いているようだった。
「……大丈夫だ。これくらいで死んでたまるかよ」
「……おお! その意気!」
ユウトが嬉しそうに笑う。
その様子を見て、周囲の冒険者たちも少しだけ表情を緩めた。
「……それで、他に残ってる人は?」
ユウトが尋ねると、討伐隊の男が頷いた。
「今、人数を確認したところだ」
「……どうだった?」
「街へ助けを求めに行った一人も含めれば、全員の所在が確認できた。少なくとも、行方が分からなくなってる奴はいねぇ」
「……本当!?」
「ああ。全員生きてる」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトの表情が明るくなった。
「……よかった!」
胸の奥にあった重苦しいものが、ようやく消えた気がした。
怪我をした者は多い。
それでも、全員の生存が確認できたのなら、救助に来た意味はあったはずだ。
「……無事とは言い難いけどな」
リトが苦笑する。
「生きてれば、まだ何とかなるだろ!」
「……そうね。まずは全員を街へ戻しましょう」
シエルも頷いた。
まだ治療が必要な者もいる以上、いつまでも鉱山に留まっているわけにはいかなかった。
「……そういえば」
討伐隊の男がユウトたちへ顔を向けた。
「奥にも魔物はいたのか?」
「いたぞ! でっかい蜥蜴みたいな奴!」
「……蜥蜴?」
「ロックリザードっていう魔物だった。危険度はDだったけど」
「……倒したのか?」
「倒した!」
ユウトが胸を張る。
「……また倒したんすか!?」
シアが驚いたように声を上げた。
「余裕だったぞ!」
「……アニキなら、その程度は問題ないだろうけどな」
リトは苦笑した。
「ただ、今回はスキルが手に入らなかったんだよなぁ」
ユウトが少し残念そうに呟く。
「……アニキ、また食ったのかよ」
「せっかくだからな!」
「……本当にぶれねぇな」
リトは呆れたように肩をすくめた。
そんな二人を見て、討伐隊の冒険者たちは何とも言えない表情を浮かべていた。
「……なあ」
男の一人が口を開いた。
「……何?」
「お前ら、本当にEランクなんだよな?」
「そうだって!」
ユウトが元気よく答える。
「なったばっかりっす!」
シアも胸を張った。
「……つい最近、だろ?」
リトが訂正する。
「そうだったっす!」
「…………」
冒険者の男は頭を抱えた。
「……意味が分からねぇ」
「俺たちも時々分からねぇから、気にすんな」
リトがさらりと答える。
「リト!?」
ユウトが思わず振り返った。
しかし、リトは笑っているだけだった。
それを見て、シエルも小さく笑みを浮かべる。
どうやら、今度こそ救助活動は一段落したらしい。
「……さて」
シエルは入口の向こうへ視線を向けた。
外はすでに暗くなり始めていた。
これ以上時間が経てば、負傷者を連れて山道を移動するのも難しくなる。
「……街へ戻りましょう」
「おう!」
「帰るっす!」
リトとシアが元気よく答える。
討伐隊の冒険者たちも頷き、負傷者を支えながら移動の準備を始めた。
しかし――。
「…………」
ユウトだけは、その場で動かなかった。
「……主?」
シアが振り返る。
「どうしたんすか?」
「……ユウト?」
シエルも不思議そうに顔を向けた。
ユウトはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……なあ」
「何よ?」
「……このまま鉱山で一泊しない?」
「嫌よ」
「即答!?」
ユウトが驚いたように声を上げる。
「宿取ってるだろ」
リトも呆れたように答えた。
「そうだけどさ!」
「それに、負傷者もいるのよ? 早く街へ戻らないと」
「……それはそうなんだけど」
ユウトは口を尖らせた。
もちろん、怪我人を放っておきたいわけではない。
ただ、どうしても気になることがあったのだ。
「……じゃあ、みんなを街まで送ってから、俺たちだけ戻ってくるとか!」
「……何でそんなことする必要があるのよ」
「…………」
ユウトは答えなかった。
「……アニキ?」
リトが怪訝そうに顔を覗き込む。
「……帰りたくない」
「……なんでだよ」
「分かるだろ!?」
ユウトは勢いよく振り返った。
「俺たち、ギルドの制止を振り切って来たんだぞ!?」
「……そうね」
シエルが頷く。
「勝手に鉱山へ入ったんだぞ!?」
「そうね」
「……帰ったら絶対怒られるじゃん!」
「今さら気付いたのかよ!」
リトの突っ込みが響いた。
「助けるのに必死だったんだよ!」
ユウトが叫ぶ。
確かに、鉱山に取り残された冒険者たちを助けるためには、仕方のない行動だったと思っている。
実際に全員を救助できたのだから、結果としては間違っていなかったはずだ。
しかし、それとギルドの許可を無視したことは別問題だろう。
しかも、今回は受付嬢に正面から止められている。
言い逃れの余地など、ほとんどなかった。
「……主!」
突然、シアがユウトの肩へ手を置いた。
「……なんだ?」
ユウトが振り返る。
そこには、何とも真剣な表情をしたシアが立っていた。
「あーしも……帰りたくないっす!」
「……シア!」
二人は顔を見合わせた。
そして、互いの手を固く握り締める。
「……仲間!」
「主!」
「……何してんだ、お前ら」
リトが呆れたように呟いた。
しかし、ユウトたちは構わなかった。
今の二人には、同じ恐怖を共有しているという強い連帯感があったのだ。
「……リト!」
「……何だよ」
「一緒に逃げよう!」
「嫌だよ!」
「即答!?」
「当たり前だろ!」
リトが呆れたように肩をすくめる。
「……じゃあシエル!」
「嫌よ」
「まだ何も言ってない!」
「分かるわよ」
シエルは小さくため息を吐いた。
「……薄情者!」
ユウトが叫ぶ。
しかし、シエルはまったく動じなかった。
「勝手に逃げたら、余計に怒られるでしょう?」
「…………」
ユウトの動きが止まった。
確かに、その通りだった。すでにギルドの制止を無視しているのだ。そこからさらに逃げ回ったとなれば、状況が悪化することは目に見えていた。
「……主」
シアが小さく声を掛けた。
「……シア」
「……帰るしかないっす」
「……そうだな」
二人は同時に肩を落とした。
そんな様子を、討伐隊の冒険者たちは不思議そうに眺めていた。
「……お前ら、何をそんなに怖がってるんだ?」
男の一人が尋ねる。
ユウトは遠い目をしながら答えた。
「……ギルドの受付嬢」
「…………」
男が固まった。
「魔物より怖いっす……」
シアも真剣な表情で頷いた。
「……お前ら、さっきまであんなに強かっただろ」
男は理解できない様子だった。
討伐隊が手も足も出なかった魔物を倒し、怪我人を救助し、危険な坑道の奥まで一人で進んでいった冒険者たち。
そんな彼らが、今は受付嬢に怒られることを恐れているのだ。
「……強さじゃどうにもならないこともあるんだよ」
ユウトが静かに呟く。
「……深いっす!」
シアが感心したように頷く。
「全然深くねぇよ!」
リトの突っ込みが響いた。
シエルはそんな三人を見ながら、呆れたように微笑んだ。
「……ほら、行くわよ。怪我人を早く運ばないと」
「……はーい」
「帰るっす……」
ユウトとシアは、すっかり意気消沈した様子で歩き始めた。
その後ろ姿を見て、討伐隊の冒険者たちが思わず笑い出す。先ほどまで死を覚悟していた彼らにも、ようやく笑顔が戻ってきたのだった。
こうしてユウトたちは、鉱山に取り残された討伐隊の全員を発見し、生存を確認することができた。
負傷者たちを街へ送り届ければ、今回の救助活動はひとまず完了となる。
鉱山に残っている魔物の問題は、改めてギルドが対応する必要があるだろう。
それでも、誰一人見捨てずに済んだことは、ユウトにとって何よりの成果だった。
ただし、一つだけ問題が残っている。
「……なあ、シエル」
「何?」
「……怒られるかな?」
「怒られるでしょうね」
「……やっぱり?」
「当然よ」
「…………」
ユウトは深いため息を吐いた。
そして、街へ続く暗い山道を見つめる。
魔物を倒し、討伐隊の救助にも成功した。
それでも、ギルドの制止を振り切って鉱山へ向かった事実は消えない。
無断で救助に向かったという一点を除けば、文句のない結果だったはずなのだが。
「……帰りたくねぇ」
「諦めなさい」
シエルの容赦ない一言が、夜の山道に響いた。
第285話を読んでいただきありがとうございます!
鉱山の奥に取り残されていた冒険者たちを発見し、無事に全員を救出することができました。
途中で現れた魔物もユウトが難なく撃破。
これで討伐隊は全員生還し、ひとまず鉱山での救助は完了。
あとは街へ戻るだけなのですが――。
ギルドの制止を振り切って無断で鉱山へ向かったユウトたち。
果たして無事に帰還を報告することができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




