第二百七十七話 普通の冒険者
昨日の一件を受け、ミレアから改めて釘を刺されたユウトたち。
今度こそ目指すのは、何事も起こさず普通に依頼を達成すること。
果たしてユウトに「普通の冒険者」が務まるのでしょうか。
それでは、第277話をお楽しみください!
「ユウトさん」
「……はい」
「今日こそは普通に依頼をこなしてくださいね?」
「…………」
「ユウトさん?」
「はい!」
アルヴェインの冒険者ギルド。
昨日と同じ受付カウンターの前で、ユウトは背筋を伸ばしていた。
目の前にいるのは、鬼人族の受付嬢ミレア。
昨日、ギルドの忠告を無視して遺跡へ向かったことが発覚し、散々説教されたばかりである。
あの後も何度か同じ注意を受けたため、さすがのユウトも今日は大人しくしているつもりだった。
「危険な場所へ勝手に行かない」
「はい」
「依頼と関係のない魔物を、必要もないのに狩ってこない」
「はい」
「依頼に書かれた内容を守り、余計なことをしない」
「はい」
ミレアは一つずつ確認するように注意を重ねていく。
ユウトもそのたびに素直に頷いていたが、最後に向けられた視線には、どうにも疑いが含まれているように思えた。
「……本当に分かっていますか?」
「分かってるよ!」
「ならいいんですけど……」
ミレアはまだ少し不安そうだった。
「……信用されてない気がする」
「気のせいじゃないわね」
隣にいたシエルが、あっさりと答える。
「アニキが積み上げてきた結果だろ」
リトも当然のように頷いた。
「主! 信用はこれから取り戻せばいいっす!」
「……シア!」
ユウトは感動したようにシアを見つめた。
「いいこと言うな!」
「昨日みたいに、一緒に怒られたくないだけっす!」
「そっち!?」
どうやら、シアも昨日の説教には懲りているらしい。
そんな四人を見ていたミレアが、小さくため息を吐いた。
「……今日は、こちらをお願いします」
そう言って差し出されたのは、一枚の依頼書だった。
「……薬草の採取?」
「はい。街の南にある森で、指定された薬草を二十本採取してきてください」
「……二十本?」
「そうです。森の入口に近い採取区域で十分に集められますから、奥へ入る必要はありません」
ミレアは依頼書に記された簡単な地図を指差した。
そこは以前、グレイボアの討伐に向かった南の森だったが、今回指定されているのは街に近い場所らしい。
定期的に見回りが行われている区域であり、危険な魔物と遭遇する可能性も低いという。
「……なるほど」
ユウトは依頼書を眺めた。
薬草を二十本採ってくる。
それだけの仕事だった。
「……普通だな」
「普通の依頼ですから」
ミレアが即座に答えた。
「何も起きなさそうっす!」
シアも少し残念そうに呟く。
「何も起きなくていいんです!」
ミレアの声に、ユウトとシアは揃って肩を揺らした。
「いいですか? 薬草を二十本です」
「分かってるよ」
「二百本ではありませんよ?」
「分かってるって!」
「森にいる魔物を片っ端から倒す必要もありません」
「しないよ!」
「それから、途中で怪しい洞窟を見つけても、勝手に入らないでくださいね?」
「……そこまで信用ないの!?」
「昨日の今日ですから」
「…………」
ユウトは何も言い返せなかった。
確かに、昨日は行くなと言われた遺跡へ勝手に向かい、しかも自分からそのことを喋ってしまった。
ミレアが疑うのも無理はない。
「とにかく!」
ミレアは改めてユウトを見つめた。
「普通に行って、普通に薬草を採って、普通に帰ってきてください」
「……任せろ!」
ユウトは胸を張って答えた。
しかし、ミレアの表情は晴れない。
「……その自信が一番不安なんですけど」
「なんでだよ!」
結局、最後まで疑われたまま、ユウトたちはギルドを出発することになった。
◇
「……あった」
アルヴェイン南部の森。
街に近い採取区域へ到着したユウトは、足元に生えている薬草を見つけ、丁寧に摘み取った。
ギルドから指定された特徴とも一致している。
葉の形を確認すると、ユウトはそれを手に持った袋へ入れた。
「……これで?」
「二十本ね」
隣で数を確認していたシエルが頷いた。
指定された薬草は、それほど珍しいものではなかったらしい。
森へ入ってから大して時間もかからず、必要な数を集めることができた。
「……終わったな」
「終わったわね」
シエルが答える。
ユウトは立ち上がり、周囲を見回した。
静かな森だった。
木々の間から柔らかな日差しが差し込み、風に揺れる葉の音が聞こえてくる。
魔物の気配もなければ、不審な人物の姿もない。
まして、怪しい洞窟や古代遺跡など、どこにも見当たらなかった。
「…………」
ユウトはしばらくその場に立っていた。
「……なんすか、その物足りなそうな顔」
シアが不思議そうに尋ねる。
「いや……」
ユウトは採取した薬草の入った袋を眺めた。
「本当に何も起きなかったなって」
「普通の依頼なんだから当たり前だろ」
リトが呆れたように答えた。
「でもさ」
「……何?」
「こういう時って、帰り道で何か起きたりするじゃん?」
「何の話よ」
シエルが眉をひそめる。
「例えば、突然強い魔物が出てきたり――」
「言うな!」
リトが慌ててユウトの口を塞いだ。
「んぐっ!?」
「余計なこと言って、本当に出てきたらどうすんだ!」
リトは真剣な表情だった。
今までユウトと一緒に行動してきた経験から、妙なことを口にすると、本当に騒動が起きそうな気がしてしまうのだ。
ユウトはリトの手を払いのけると、不満そうに口を開いた。
「そんなわけないだろ!」
「アニキの場合、ありそうなんだよ!」
「主なら呼び寄せそうっす!」
シアまで嬉しそうに頷いた。
「俺を何だと思ってるんだよ!」
「トラブルを呼ぶ終焉竜……」
リトが少し考え込む。
そして、何かを思い付いたように口元を緩めた。
「……略して、トラブ竜だな!」
「誰がうまいこと言えって言ったよ!」
「結構いい名前だろ?」
「よくねぇよ! そんな種族ねぇから!」
ユウトが抗議すると、シアが楽しそうに笑い始めた。
「トラブ竜! 主にぴったりっす!」
「シアまで!?」
「だって主、いつも何か起こすじゃないっすか!」
「俺が起こしてるんじゃない! 向こうから起きるんだ!」
「それをトラブルって言うんだろ」
「ぐっ……!」
リトの指摘に、ユウトは言葉を詰まらせた。
思い返してみれば、確かに妙な出来事に巻き込まれることは多い。
だが、自分から望んで騒動を起こしているわけではないのだ。
「……あなたたち、早く帰るわよ」
そんな三人を見ていたシエルが、呆れたように歩き始めた。
「何も起きないうちにね」
「シエルまで!」
ユウトは不満そうに声を上げたが、誰も取り合ってくれなかった。
結局、四人はそのまま森を引き返すことになった。
そして――。
本当に、何も起きなかった。
途中で魔物に襲われることもなく、怪しい建物を発見することもなく、道に迷うことすらない。
ただ普通に森を抜け、アルヴェインへ帰還したのだった。
◇
「…………二十本ですね」
冒険者ギルドへ戻ると、ミレアは持ち帰った薬草を一本ずつ確認していた。
袋の中から取り出された薬草は、どれも傷みが少なく、依頼の条件を十分に満たしている。
「だから言っただろ!」
ユウトは得意げに胸を張った。
「完璧だ!」
「……薬草を二十本採ってきただけで、なんでそんなに誇らしげなんですか?」
「普通に依頼を達成したから!」
「普通のことなんですよ?」
「俺にとっては大きな一歩なんだ!」
「自分で言うなよ……」
リトが呆れたように呟いた。
しかし、ユウトはまったく気にしていなかった。
今回は指定された場所で薬草を二十本採り、何の問題もなく帰ってきた。
余計な魔物も倒していないし、勝手に遺跡へ入ったりもしていない。
自分としては、文句のつけようがない結果だった。
ミレアは最後の薬草を確認すると、依頼書へ完了の印を押した。
「状態も問題ありません。依頼達成です」
「よし!」
「おめでとうっす!」
シアも嬉しそうに声を上げる。
「……大げさね」
シエルが苦笑した。
「今日は怒られなかった!」
「それを目標にしないでください」
ミレアはため息を吐いたものの、その表情は昨日よりも少しだけ柔らかかった。
少なくとも、今回は何一つ問題がなかったのだ。
これが続いてくれるのなら、少しずつ安心して依頼を任せられるようになるかもしれない。
「……ユウトさん」
「ん?」
「明日もこの調子でお願いしますね」
「おう!」
ユウトは元気よく答えた。
ミレアはそんな彼を見て、今度こそ小さく微笑んだ。
◇
それから数日。
ユウトたちはアルヴェイン周辺で、様々な依頼をこなしていた。
魔物の討伐に薬草や素材の採取、街の中での荷物の運搬。
さらに、近隣の村まで荷物を運ぶ商人に同行する、小規模な護衛依頼なども引き受けた。
どれもFランクで受注できる範囲の仕事だったが、ユウトたちは一つずつ確実に達成していった。
もちろん、何もかもが順調だったわけではない。
討伐依頼の途中で珍しい魔物を見つけ、ユウトが興味を示すこともあった。
そんな時はシエルが止め、リトが依頼内容を確認し、シアが残念そうに肩を落とす。
それでも、最終的には余計な寄り道をせず、依頼を終えて帰るようになっていた。
少なくとも、勝手に危険な遺跡へ向かうようなことは起きていない。
そして、依頼を達成するたびにギルドへ報告し、少しずつ実績を積み重ねていった。
ある日のこと。
「……やればできるじゃないですか」
いつもの受付で、ミレアが四人の依頼記録を確認していた。
「最初からできるよ!」
ユウトが胸を張る。
「では、今までのは何だったんですか?」
「…………」
答えに詰まったユウトを、ミレアがじっと見つめた。
「……ユウトさん?」
「過去は――」
「その言葉は禁止です」
「まだ最後まで言ってない!」
「分かります」
「……読まれてる」
「何回聞いたと思ってるんですか」
ミレアは呆れたように答えながらも、どこか楽しそうだった。
どうやら、あの日以来続いていた緊張も、少しずつ和らいできたらしい。
ミレアは手元の書類へ視線を戻し、これまでの依頼記録を改めて確認した。
受注した依頼の数。
その達成状況。
依頼内容に対する報告。
そして、依頼主から寄せられた評価。
いずれも、ここ数日は特に問題が見当たらなかった。
「……でも、これだけ依頼を問題なく達成できていれば大丈夫ですね」
「……何が?」
ユウトが首を傾げる。
ミレアは書類を揃えると、四人へ笑顔を向けた。
「皆さんの昇格です」
「……お?」
ユウトが勢いよく身を乗り出した。
「昇格できるのか!?」
「はい。これまでの実績を踏まえ、ギルド内で審査が行われました」
「おお!」
「初日の討伐実績も含め、戦闘能力については十分な評価を受けています。それに、最近は依頼の達成状況も安定していますからね」
「……じゃあ!」
ユウトの目が輝いた。
「信用も取り戻した!?」
「……そこだけ反応しないでください」
ミレアが苦笑する。
「取り戻したんだろ!?」
「まだ完全にとは言ってません」
「…………」
ユウトが肩を落とす。
しかし、ミレアは続けて微笑んだ。
「ですが、少なくとも依頼を任せることについては、問題ないと判断できるようになりました」
「……本当?」
「はい。この調子を続けてくださいね」
「よっしゃ!」
ユウトは嬉しそうに拳を握った。
ミレアはそんな彼を見ながら、カウンターの下から四人のギルドカードを取り出した。
「それでは、改めてお伝えします」
少しだけ姿勢を正し、四人を順番に見つめる。
「本日付で、皆さんはEランク冒険者へ昇格となります」
「おおー!」
「上がったっす!」
ユウトとシアが揃って歓声を上げた。
「……やっと一つか」
リトが小さく息を吐く。
「でも、一歩前進ね」
シエルも穏やかに微笑んだ。
ユウトは更新されたギルドカードを受け取ると、嬉しそうに眺めた。
そこには、確かにEランクを示す表記がある。
「……Eランクか」
人間界では、それなりに自由に冒険者として活動していた。
しかし、魔族大陸ではギルドの登録が別になっており、再びFランクからのスタートとなった。
強い魔物を倒せるだけではランクを上げられない。
依頼をきちんと達成し、信用を積み重ねる必要がある。
それを改めて実感した数日間だった。
「これで受けられる依頼も増えるんだよな?」
「もちろんです」
ミレアが頷く。
「ただし、Eランクになったからといって、何でも受けられるわけではありませんよ?」
「分かってるって!」
「……それならいいんですけど」
ミレアは少しだけ疑わしそうに目を細めた。
どうやら、まだ完全に信用してもらえるまでには時間がかかりそうだった。
「よし! ちょっと掲示板見てくる!」
「どうぞ。今度は依頼書を三枚も取らないでくださいね」
「もうやらないよ!」
ユウトはそう答えると、仲間たちと一緒に掲示板へ向かった。
そこには、今までよりも多くの依頼が並んでいた。
魔物の討伐。
素材の採取。
荷物の護送。
近隣地域の調査。
これまで受けられなかった依頼にも、Eランクなら挑戦できるものがあるらしい。
「……色々あるな」
ユウトが感心したように呟く。
後ろからついてきたミレアが、掲示板を見ながら説明した。
「Eランクになれば、街から少し離れた場所へ向かう依頼も増えてきますからね」
「……へぇ」
ユウトは興味深そうに依頼書を眺めた。
アルヴェインの周辺だけでも、まだ知らない場所は多い。
しかし、この大陸全体で考えれば、自分たちが訪れた場所などほんの一部にすぎなかった。
魔族大陸へ来てから、最初の村を経てアルヴェインへ辿り着き、そこで冒険者として活動を始めた。
古い遺跡を発見し、世界の成り立ちに関わる手掛かりも手に入れた。
それでも、この大陸がどれほど広いのか、どんな街があり、どんな種族が暮らしているのか。
まだ知らないことばかりだった。
「……そういやさ」
「何?」
シエルが振り返る。
「俺たち、この辺のことしか知らないんだよな」
「そうね」
シエルも小さく頷いた。
「魔族大陸について調べるために来たのに、まだほんの一部しか見ていないわ」
「他の場所も行ってみたいっす!」
シアが嬉しそうに声を上げた。
「俺も興味はあるな」
リトも同意するように頷いた。
「だよな!」
ユウトはもう一度、掲示板へ目を向けた。
今までなら、真っ先に探していたのは討伐依頼だった。
未知の魔物がいれば、新しいスキルを手に入れられるかもしれない。そんな期待があったからだ。
もちろん、今でもその気持ちは変わっていない。
しかし、今はそれだけではなかった。人間界では見られなかった景色。まだ出会ったことのない種族。
そして、この世界の過去を知るための手掛かり。
それらが、この広い大陸のどこかに残されているかもしれない。
「……せっかくここまで来たんだしな」
ユウトは小さく笑った。
これから先、何が待っているのかは分からない。
しかし、それこそが旅の面白さでもあった。
「……そろそろ、アルヴェインの外も見てみるか」
その言葉に、シアが嬉しそうに顔を上げた。
「主! 次の街っすか!?」
「まだ決めてないけどな!」
「楽しみっす!」
「……まずは行き先を決めるところからだろ」
リトが呆れたように笑う。
「そうね。それに、街の外へ出るなら、きちんと準備もしないと」
シエルも頷いた。
「分かってるって!」
ユウトはそう答えながら、依頼書が並ぶ掲示板を眺めた。
その視線は、すでにアルヴェインの外へと向けられていた。
この広い魔族大陸には、まだ彼らの知らない場所が数多く存在している。
そしてユウトたちの旅は、少しずつ新たな場所へと進もうとしていた。
第277話を読んでいただきありがとうございます!
ついにユウトたちが何事も起こさず、普通に依頼を達成しました!
そして依頼を重ねた結果、ようやくEランクへ昇格。
受けられる依頼も増え、ユウトたちの目は少しずつアルヴェインの外へ向き始めます。
次はどんな場所へ向かうことになるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




