第二百七十六話 バレなきゃ大丈夫
多くの謎を残しつつ、遺跡の探索を終えたユウトたち。
あとは何事もなかったように街へ戻るだけです。
それでは、第276話をお楽しみください!
「……開かないなら仕方ないな」
ユウトは境界管理区画の巨大な扉を見上げ、諦めたように息を吐いた。
資格者として認識されているにもかかわらず、区画の機能が停止しているため扉は開かない。
その先から空間魔力が検知されたことは気になるが、補佐機構でも原因を特定できない以上、今の自分たちにできることは限られていた。
「……壊すわけにもいかないし、今日は帰るか」
「そうね。無理に開けようとして、何かあっても困るもの」
シエルも賛成するように頷いた。
「……宝」
隣では、シアが名残惜しそうに扉を見つめている。
「諦めろ」
リトが呆れたように声を掛けた。
「でも、まだ見つかってないっす!」
「そもそも宝があるかも分かんねぇだろ」
「夢がないっす!」
頬を膨らませるシアに、ユウトは苦笑した。
「まあ、また来ればいいだろ」
「また来るんすか!?」
「そりゃそうだろ。調べたいことは山ほど残ってるからな」
記録保管区画には、まだ大量の石板が残されている。
世界が三つに分けられた理由については、少しずつ手掛かりが集まり始めていた。しかし、争いの当事者や世界を分けた人物については、依然として分からないままだ。
それに、目の前の境界管理区画も気になる。
終焉竜を資格者として認識しているにもかかわらず、開くことのできない巨大な扉。その向こうから検知された空間魔力が何を意味するのかも、まだ分かっていない。
ここで得られた答えより、新たに生まれた疑問の方が多いくらいだった。
「次に来る時までには、あの扉を開ける方法も分かるかもしれないしな」
「そうっすね!」
シアもようやく納得したらしく、元気よく頷いた。
「よし! じゃあ戻るぞ!」
ユウトは巨大な扉に背を向け、来た道を引き返し始めた。
◇
しばらく通路を歩き、ガーディアンゴーレムがいた場所まで戻ってきた。
「……まだいるな」
ユウトが足を止める。
巨大なゴーレムは、先ほどと同じ場所で片膝をついたまま動いていなかった。
その身体には淡い光を放つ文字が刻まれており、頭部も低く下げられている。
「ずっとこのままだったんすかね?」
「……たぶん」
シアの問いにユウトが答える。
自分たちが奥へ進んでから、すでにそれなりの時間が経っている。
それでも姿勢を変えずに待っていたのだとすれば、なかなか律儀な魔導兵器だった。
「……律儀だな」
ユウトは感心したように呟き、ゴーレムの前へ歩み寄った。
「なあ、もう立っていいぞ?」
「……アニキ、言葉通じるのか?」
リトが不思議そうに尋ねる。
「知らない」
「なんで話しかけたんだよ!」
「なんとなく?」
ユウトが首を傾げた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
「……お?」
突然、ガーディアンゴーレムが動き始めた。
床についていた片膝を持ち上げ、巨大な身体をゆっくりと起こしていく。
そして、完全に立ち上がると、そのまま通路の脇へ移動した。
「……おお!」
ユウトは思わず目を丸くした。
「通じたっす!」
「……マジか」
リトも驚いたようにゴーレムを見上げる。
先ほどまで襲い掛かってきた相手とは思えないほど、その動きは大人しかった。
ユウトたちへ再び攻撃してくる様子もない。
「やっぱり、完全にアニキを認めてるんだな」
「……みたいだな」
ユウトは少し不思議な気分だった。
終焉竜というだけで、ここまで扱いが変わるものなのだろうか。
そもそも、このゴーレムを造った人物は、終焉竜をどのような存在として認識していたのか。
考え始めれば、また新しい疑問が浮かんでくる。
「主!」
そんなユウトの思考を遮るように、シアが勢いよく声を上げた。
「なんだ?」
「こいつ、持って帰るっす!」
「無理だろ!」
ユウトは即座に突っ込んだ。
「街の門に置いたら格好いいっすよ!」
「こんなのがいたら、街に誰も来なくなっちまうだろ!」
「それに、絶対騒ぎになるわよ」
シエルも呆れたように口を挟む。
危険度B+の古代魔導兵器が突然街の入口に現れたら、大騒動になることは間違いない。
それこそ、ミレアが再び頭を抱えることになりそうだった。
「冗談っす!」
シアが楽しそうに笑う。
「お前の場合、本気か冗談か分からないんだよ」
リトがため息を吐いた。
そんなやり取りをしながら、ユウトたちはガーディアンゴーレムの横を通り抜け、遺跡の出口へと向かった。
◇
「……結構長くいたな」
遺跡の外へ出たユウトは、空を見上げた。
森の上には夕暮れの空が広がり、木々の間から差し込む日差しも、すっかり赤みを帯びている。
探索を始めた時にはまだ十分に明るかったが、気付けばかなりの時間が経っていたらしい。
「急いで戻った方がいいんじゃない?」
シエルが周囲を見渡しながら言った。
「だな。暗くなる前に街へ戻ろう」
ユウトたちはアルヴェインへ向かって歩き始めた。
帰り道は補佐機構のおかげで迷うこともなく、順調に森を抜けることができた。
「しかし、色々分かったな」
ユウトが満足そうに呟くと、シエルも頷いた。
「世界が三つに分けられた理由に、終焉竜管理領域。それに境界管理区画の存在ね」
「来て正解だったな!」
ユウトは嬉しそうに笑った。
もちろん、すべての謎が解けたわけではない。
それでも、人間界で見つけた記録と今回の発見が繋がったことは大きな収穫だった。
これで、世界の成り立ちについて調べるための新たな手掛かりが得られたのだ。
「……ギルドの忠告を無視して、勝手に来たけどな」
そこでリトがぼそりと呟いた。
「…………」
ユウトの足が一瞬止まる。
「……どうしたっすか?」
シアが不思議そうに振り返った。
「……いや」
ユウトは何事もなかったように歩き出した。
「バレなきゃ大丈夫だ」
「……まだ言ってるの?」
シエルが呆れたようにため息を吐く。
「だって、誰も見てないだろ?」
「そういう問題じゃないと思うっす」
シアまで真面目な顔で言ってきた。
「シアまで!?」
「今回は主が悪いっす!」
「何その急な裏切り!」
「あーしは主の味方っすよ?」
「じゃあなんで!?」
「味方でも悪いことは悪いっす!」
「……ぐっ!」
正論だった。
しかも、よりにもよってシアに言われたのが何とも悔しい。
そんな二人のやり取りを見て、シエルは苦笑し、リトも呆れたように肩をすくめた。
もっとも、ユウトには一つだけ確信していることがあった。誰にも知られなければ、ミレアに怒られることもない。そう考えれば、今日の探索は何の問題もなく終えられるはずだった。
少なくとも、ユウトはそう信じていた。
◇
アルヴェインへ戻る頃には、すっかり日が傾いていた。
夕暮れの大通りには仕事を終えた人々が行き交い、店先では夕食の準備を始めているところもある。
「……とりあえず、ギルド寄ってくか」
ユウトが何気なく言った。
「……何しに行くんだ?」
リトが不思議そうに尋ねる。
「明日の依頼でも見ようかなって」
「普通に冒険者してるっす!」
シアが嬉しそうに声を上げた。
「俺たち、一応冒険者だからな?」
「今日の行動のどこが普通の冒険者なのよ」
シエルが冷静に指摘する。
「…………」
ユウトは少し考えた後、いつもの言葉を口にした。
「……過去は振り返らない主義なんだ」
「また出たよ」
リトが呆れたように呟いた。
しかし、ユウトは気にせずギルドの扉を開いた。
夕方ということもあり、室内には依頼を終えて戻ってきた冒険者たちが何人もいた。
受付カウンターへ目を向けると、見慣れた二本の角を持つ女性の姿が見える。
ミレアだった。
「……よし」
ユウトは小さく呟いた。
「何がよしなの?」
シエルが尋ねる。
「普通にしよう」
「最初からそうしろよ」
リトの突っ込みを聞き流しながら、ユウトは何食わぬ顔で受付へ向かった。
「こんばんは!」
「……こんばんは、ユウトさん」
ミレアはいつもの笑顔で迎えてくれた。
どうやら、今のところ何も疑われていないらしい。
ユウトは内心ほっとしながら、できるだけ自然な表情を作った。
「今日はもう依頼の報告は済ませていましたよね?」
「ああ」
「そうでしたか」
ミレアは小さく頷いた。
そして、何気ない世間話でもするような口調で続ける。
「ところで、遺跡で何かいいことでもあったんですか?」
「そうなんだよ! 色々と――」
そこまで答えて、ユウトはようやく気付いた。
「…………あっ!」
「…………」
「…………」
一瞬にして、その場の空気が凍りついた。
シエルは静かに目を閉じた。
リトは何も言わず、天井を見上げた。
シアはそっとユウトから距離を取った。
しかし、ミレアの笑顔は変わらない。
「…………遺跡?」
「…………」
「ユウトさん?」
「…………」
「どちらの遺跡ですか?」
「……いや、その……」
ユウトの額に、じわりと汗が滲んだ。
まずい。
非常にまずい。
どうやら、自分は今、取り返しのつかない失言をしたらしい。
「……北東にある遺跡ではありませんよね?」
ミレアがにこやかに尋ねる。
「…………」
ユウトは答えられなかった。
「ユウトさん?」
「……偶然なんだ」
「何がですか?」
「森を歩いてたら、偶然遺跡に迷い込んで……」
「……偶然?」
ミレアの笑顔が僅かに引きつった。
「街から離れた森の中にある遺跡へ、どうして偶然辿り着くんですか!?」
その声がギルド中に響き渡った。
「ほら! やっぱりバレたっす!」
シアが思わず声を上げる。
「シア! 声!」
「バレたのはアニキが自分で言ったからだろ!」
「今のは仕方ないだろ!」
「どこがだよ!」
リトが即座に突っ込んだ。
ユウトとしては、普通に会話していただけのつもりだった。
しかし、ミレアの反応を見る限り、すでに言い逃れできる状況ではなさそうだった。
「……私、言いましたよね?」
ミレアが静かに口を開いた。
「…………」
「絶対に行かないでください、と言いましたよね?」
「……言ってた、かな?」
「言いました!!」
「はい!」
ユウトは反射的に背筋を伸ばした。
周囲にいた冒険者たちも、何事かとこちらを見ている。
しかし、今のユウトにはそんなことを気にしている余裕などなかった。
「そもそも、あの遺跡にはBランク以上と推定される魔物がいると説明しましたよね?」
「……うん。いた」
「……いた!?」
「あ」
再び沈黙が訪れた。
ユウトはゆっくりと口を閉じた。
だが、もう遅い。
「…………いたんですか?」
ミレアの声が一段低くなる。
「……いや」
「今、いたって言ったじゃないですか!」
「言ってない」
「言いました!」
「聞き間違いじゃ――」
「アニキ、もう諦めろ」
リトが呆れたように声を掛けた。
「…………はい」
ユウトは観念したように肩を落とした。
ミレアは一度大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと吐き出した。
「……それで?」
「え?」
「その魔物と遭遇したんですか?」
「…………」
「ユウトさん?」
「……しました」
「戦ったんですか?」
「……少しだけ」
「少しだけ!?」
ミレアが思わず声を上げる。
ユウトは慌てて両手を振った。
「いや、途中で戦わなくてよくなったから!」
「どういう意味ですか!?」
「それは説明すると長くなるというか……」
ガーディアンゴーレムに襲われたこと。
ユウトの魔力を識別した途端に動きを止め、跪いたこと。
そして、誰も開けられなかった巨大な扉が開いたこと。
正直に話したところで、簡単に信じてもらえるとは思えなかった。
それに、終焉竜管理領域の存在を説明するとなれば、自分の正体にも触れなければならないかもしれない。
そんなことを考え、ユウトは言葉に詰まった。
「…………」
ミレアはこめかみを押さえた。
そして、今度こそ真剣な表情でユウトたちを見つめた。
「……いいですか?」
「はい」
「皆さんは、まだFランクなんです」
「はい」
「強いことは分かっています。アーマードベアを倒せる実力があることも、すでに確認しています」
「はい」
「ですが、だからといって、危険度が分からない場所へ勝手に入っていい理由にはなりません!」
「……はい」
ユウトは小さく頷いた。
ミレアの言っていることが間違っているとは思わない。
今回は結果的に何事もなく戻ってこられたが、危険な場所だと説明されていたことは事実なのだ。
「冒険者のランクは、強さだけで決まるものではないと説明しましたよね?」
「……はい」
「依頼の内容を守ること。危険性に関するギルドの忠告を軽く考えないこと。そして、自分たちの命だけでなく、周囲への影響も考えて行動すること。それも冒険者としての信用に関わるんです!」
「はい……」
ミレアの言葉が続くたびに、ユウトの肩が少しずつ下がっていく。
いつもなら何かしら言い返しているところだが、今回ばかりは反論できなかった。
「……主がどんどん小さくなってるっす」
隣でシアが小声で呟く。
「静かにしてろ」
リトが囁いた。
しかし、その声はミレアにも聞こえていたらしい。
「……シアさん」
「はいっす!」
シアが慌てて背筋を伸ばした。
「皆さんもです!」
「「「はい!」」」
シアだけでなく、シエルとリトまで揃って返事をした。
なぜか、四人全員が説教を受けることになっていた。
「もし皆さんに何かあったら、どうするんですか!」
「…………」
「ギルドが危険だと判断している場所には、それなりの理由があるんです!」
「……はい」
ミレアは真っ直ぐユウトを見つめた。
「分かりましたか?」
「分かりました」
「……本当に?」
「本当です」
ユウトも真剣な表情で答えた。
少なくとも、ミレアが自分たちの身を案じて怒っていることは十分に伝わってきた。
しかし、次の質問には少し困ってしまった。
「……もう勝手に危険な場所へ行きませんね?」
「…………」
「なぜ黙るんですか!?」
「行きません!」
「今の間は何ですか!」
「何でもありません!」
ユウトは慌てて答えた。
ミレアはしばらく疑わしそうに見つめていたが、やがて大きなため息を吐いた。
「……まったく」
どうやら、ようやく説教が終わったらしい。
ユウトはほっとして肩の力を抜いた。
「……終わった」
「聞こえてますよ」
「すみません!」
再び背筋を伸ばす。
その様子を見て、リトは笑いを堪えきれずに顔を背けた。
シエルも呆れたように肩をすくめている。
すると、隣にいたシアがそっとユウトへ近付いた。
「……主」
「なんだ?」
シアは周囲を気にしながら、小さな声で尋ねた。
「バレなきゃ大丈夫じゃなかったっすか?」
「…………」
ユウトは遠い目をした。
確かにそう言った。誰にも見られていないのだから、絶対にバレないと思っていた。
しかし、実際には自分から喋ってしまったのだ。
まさか、こんな形でバレるとは。
「……主?」
シアが不思議そうに顔を覗き込む。
ユウトは少し考えた後、静かに口を開いた。
「……過去は振り返らない主義なんだ」
「その言葉、禁止です!!」
「はい!!」
ミレアの怒声が、再びアルヴェインの冒険者ギルド中に響き渡った。
周囲の冒険者たちが一斉に振り返り、リトはとうとう声を上げて笑い始めた。
シエルも呆れたようにため息を吐き、シアはなぜか楽しそうに手を叩いている。
そんな三人を横目に、ユウトはただひたすら頭を下げ続けていた。
どうやら、魔族大陸でも冒険者としての信用を積み重ねるのは、そう簡単なことではなさそうだった。
第276話を読んでいただきありがとうございます!
「バレなきゃ大丈夫」
そう言っていたはずなのに、ミレアの一言にあっさり引っかかったユウトでした。
どうやらガーディアンゴーレムより、怒った受付嬢の方が手強かったようです。
しっかり怒られたユウトは、今度こそ普通の冒険者として活動できるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




