第二百七十五話 境界管理区画
大量の記録が残された保管区画を後にし、さらに奥へと進むユウトたち。
終焉竜管理領域は、ユウトの存在に次々と反応を見せ始めます。
それでは、第275話をお楽しみください!
「…………」
ユウトは部屋いっぱいに並ぶ石板を見回していた。
先ほど読み取った記録によって、世界が三つに分けられた理由が少しだけ見えてきた。
しかし、まだ分からないことの方が遥かに多い。
世界を滅亡寸前まで追い込んだという争い。
世界を三つに分けた人物。
そして、終焉竜が本当に厄災と呼ばれるべき存在なのかという疑問。
もしかすると、この部屋に残された膨大な記録の中に、それらの答えも眠っているのかもしれない。
「……これ、全部調べた方がいいのかな」
ユウトが呟くと、隣にいたシエルが呆れたように振り返った。
「何日ここにいるつもり?」
「……だよな! 帰ろう!」
「極端なんだよ!」
即座に踵を返したユウトへ、リトが突っ込んだ。
「でも、全部読むのは無理だろ?」
「だからって、すぐ帰る必要はないでしょう」
「そうっす! まだ宝も見つけてないっす!」
シアが元気よく声を上げる。
「お前、まだ諦めてなかったのか」
「当然っす!」
胸を張って答えるシアを見て、ユウトは苦笑した。
確かに、これだけの広さがある遺跡なのだから、まだ調べていない場所も残っているだろう。
それに、この部屋には大量の記録が保管されている。
今すぐすべてを調べることはできなくても、場所さえ分かっていれば、後から必要な情報を探しに戻ってくることもできるはずだ。
「まあ、ここにあることは分かったんだしな」
「そうね。必要になったら、また調べればいいわ」
シエルも頷いた。
ユウトはもう一度、壁際に並ぶ石板へ視線を向けた。
ここで知ったことは、決して小さな発見ではない。
しかし、それだけですべての答えが出たわけでもなかった。
今はこの先に何があるのかを確かめる方がよさそうだ。
「よし! じゃあ、もう少し奥まで行ってみよう!」
「主! 了解っす!」
こうして四人は記録保管区画を後にし、さらに遺跡の奥へと進むことにした。
◇
「……ん?」
通路を歩いていたユウトが、ふと足を止めた。
「どうしたっすか?」
シアが振り返る。
「いや……」
ユウトは何気なく背後へ視線を向けた。
すると、先ほどまで薄暗かった通路に、いつの間にか淡い光が灯っていることに気付いた。
壁に刻まれた細い溝が、まるで魔力を流し込まれたかのように光を放っていたのだ。
「……これ、さっき光ってたか?」
「いいえ」
シエルが首を横に振った。
「あなたが通った直後に光ったわ」
「……俺が?」
ユウトは不思議そうに壁を見つめた。
試しに少し先へ進んでみる。
すると――。
パッ。
「……お?」
前方の壁に、新たな光が灯った。
ユウトがもう一歩進むと、さらにその先の溝が淡く輝き始める。
光は通路の奥へ向かって順番に灯り、四人の進む先を照らしていった。
「主! 完全に主を案内してるっす!」
「俺の家みたいに言うな!」
ユウトが振り返って抗議すると、リトが苦笑しながら口を開いた。
「でも、ここまで来るとな……少なくとも、アニキが来たことでこの遺跡が動き始めてるのは間違いないんじゃねぇか?」
「そうね」
シエルも同意するように頷いた。
「ガーディアンゴーレムはユウトを資格者として認識したし、この領域へ入ってからも扉はユウトに反応して開いているわ」
「……確かに」
「終焉竜を受け入れるための場所だと考える方が自然じゃない?」
シエルの言葉に、ユウトは腕を組んだ。
ここへ来てからというもの、自分の存在に反応するものが多すぎる。
最初は侵入者として襲ってきたゴーレムも、魔力を識別した途端に跪いた。
その後も、近付くだけで扉が開き、今では通路の明かりまで灯る始末だ。
確かに、ここが終焉竜と関係のある施設だということは、疑いようがなかった。
「……やっぱり俺の家?」
「それは違うと思うわ」
「違うんだ」
あっさり否定され、ユウトは少し残念そうに呟いた。
すると、隣にいたシアが勢いよく手を挙げた。
「主! あーしの部屋も欲しいっす!」
「だから家じゃないって!」
「主の部屋の隣がいいっす!」
「話聞いてる!?」
ユウトの抗議も気にせず、シアは楽しそうに笑っている。
リトは呆れたように肩をすくめ、シエルも小さくため息を吐いた。
そんな賑やかな会話を交わしながら、四人は光に照らされた通路を進んでいった。
その時だった。
『周辺空間に異常を検知』
(……ん?)
突然、補佐機構の声が頭の中に響いた。
(異常?)
『微細な空間歪曲を確認』
(……空間?)
ユウトは思わず足を止めた。
空間が歪んでいると言われても、周囲には特に変わった様子はない。
壁も床も、先ほどまでと同じ状態を保っている。
「……どうしたの?」
立ち止まったユウトに、シエルが声を掛けた。
「補佐機構が、空間が歪んでるって」
「……空間が?」
シエルの表情が僅かに変わった。
魔法によって空間に干渉することができるのは、彼女も知っている。
しかし、目に見えない歪みが存在しているというのは、あまり気持ちのいい話ではなかった。
「……危険なのか?」
リトも周囲を警戒するように尋ねる。
「ちょっと待って」
ユウトは補佐機構へ確認した。
(補佐機構、危険は?)
『現時点で危険性は確認できません』
『空間歪曲は極めて微弱です』
(……そうか)
少なくとも、すぐに何かが起こるわけではなさそうだった。
「危険はないみたいだ」
「ならいいっす!」
シアはあっさりと頷いた。
「お前は切り替えが早いな」
リトが呆れたように言う。
「危険じゃないなら問題ないっす!」
「まあ、そうだけどよ……」
シアの言うことも間違ってはいない。
だが、ここは古代の魔導兵器が守っていた遺跡の奥深くだ。
何が起こっても不思議ではない以上、警戒を怠らない方がいいだろう。
ユウトも周囲へ視線を向けながら、再び歩き始めた。
その先の通路は、進むにつれて少しずつ様子が変わっていった。
壁に刻まれた模様が増え、天井を走る細い溝も複雑に枝分かれしている。
これまでの区画とは明らかに異なる造りだった。
「……この辺、何の場所なんだろうな」
「また文字があるんじゃない?」
シエルの言葉に、ユウトは頷いた。
「探してみるか」
四人は周囲を確認しながら、さらに奥へ進んでいった。
壁に刻まれた模様を眺めても、何を意味しているのかは分からない。
補佐機構が検知した空間の歪みも、相変わらず目で確認することはできなかった。
しかし、先へ進むほど、何か特別な場所へ近付いているような気がしてならなかった。
そして、通路の最奥へ辿り着いた時だった。
「……おお」
ユウトは思わず足を止めた。
目の前には、これまで見てきたものとは比べものにならないほど巨大な扉がそびえていた。
「でかいっす!」
「今までの扉とは全然違うな」
リトも感心したように見上げる。
その高さは、先ほど遭遇したガーディアンゴーレムを遥かに上回っていた。
重厚な石造りの表面には複雑な模様が幾重にも刻まれ、中央には大きな円形の紋章が配置されている。
その形は、少し前に見つけた終焉竜管理領域の紋様とよく似ていた。
そして、扉の上部には古代文字が刻まれている。
「……また文字だな」
「何て書いてある?」
リトに尋ねられ、ユウトは目を凝らした。
「ちょっと待ってくれ」
文字を順番に追っていく。
刻まれていたのは、これまで見てきた区画の名称と同じようなものだった。
「……境界」
「境界?」
シエルが聞き返す。
「境界……管理区画」
「……境界管理区画?」
シエルは眉をひそめた。
「何の境界かしら」
「それは書いてない」
ユウトは首を横に振った。
他にも何か説明がないか探してみたが、それらしい文章は見当たらない。
「……怪しいっすね!」
シアが楽しそうに声を上げた。
「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
リトが呆れたように尋ねる。
「遺跡探索っぽくなってきたっす!」
「今までも十分遺跡探索だっただろ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ユウトは巨大な扉へ歩み寄った。
すると、扉の表面に刻まれた模様が淡く光り始めた。
「……お!」
これまでと同じ反応だった。
中央の紋章から光が広がり、やがて古代文字が浮かび上がる。
『資格者を確認』
「ほら! 開くぞ!」
ユウトは得意げに笑い、一歩後ろへ下がった。
先ほどの記録保管区画でも、資格者と認識された直後に扉が開いた。
今回も同じように動くはずだ。
「今度は何があるんすかね!」
シアも期待に満ちた表情で扉を見上げる。
「だから宝から離れろって」
リトの呆れ声が響いた。
しかし――。
「…………」
扉は動かなかった。
「……あれ?」
ユウトは首を傾げた。
表面に浮かび上がった文字は、確かに資格者を確認と表示している。
それなのに、扉が開く気配はない。
「開かないっす」
「見れば分かる!」
ユウトはもう一度扉へ近付いた。
すると、先ほどと同じように紋様が光り、再び文字が浮かび上がった。
『資格者を確認』
「…………」
しかし、やはり扉は動かない。
「……資格あるんだよな?」
「そう表示されてるわね」
シエルが答える。
「じゃあ開けよ!」
「扉に怒るなよ」
「だって、今まで開いたじゃん!」
ユウトは不満そうに扉を軽く叩いた。
「おーい! 資格者だぞー!」
「主、それで開いたら逆に怖いっす」
「……確かに」
ユウトは思わず手を止めた。
「やる前に気付け」
リトが呆れたようにため息を吐く。
しかし、どう考えてもおかしかった。
扉はユウトを資格者として認識している。
ならば、なぜ開かないのだろうか。
(……補佐機構、何で開かないんだ?)
『解析します』
(頼む!)
「補佐機構に調べてもらう」
ユウトが仲間たちへ伝えると、シエルが当然のように頷いた。
「最初からそうしなさいよ」
「…………」
確かに、その通りだった。
ユウトは大人しく扉の前で待つことにした。
しばらくすると、補佐機構から報告が届いた。
『解析完了』
『当該区画の機能停止を確認』
(……機能停止?)
ユウトは眉をひそめた。
(壊れてるってことか?)
『原因不明』
どうやら、開かない理由そのものまでは特定できていないらしい。
「……どうだった?」
シエルが尋ねる。
「この区画、機能が止まってるみたいだ」
「機能が?」
「ああ。原因は分からないってさ」
「じゃあ、入れないのか?」
リトが巨大な扉を見上げる。
「……ちょっと待って」
ユウトはもう一度、補佐機構へ問い掛けた。
(この扉、開けられないの?)
『現状では困難と推測します』
(……そうか)
「……なんだよ」
ユウトは残念そうに肩を落とした。
せっかくここまで辿り着いたというのに、最後の扉が開かない。
終焉竜の資格者として認識されているにもかかわらず、その先へ進めないのだから、何とも歯痒かった。
そもそも、これほど巨大な扉が必要な場所に、一体何があるのだろうか。
そんなことを考えながら扉を見上げていた、その時だった。
『追加情報』
(……ん?)
『扉の先より空間魔力反応を検知』
(……空間魔力?)
ユウトは思わず目を見開いた。
先ほど補佐機構が報告していた、微細な空間の歪み。
それが、この扉の向こうにある何かと関係しているのだろうか。
「……どうしたの?」
シエルが不思議そうに尋ねてきた。
「いや、扉の向こうから空間に関係する魔力が出てるらしい」
「……空間に関係する魔力?」
その言葉を聞いた瞬間、シエルの表情が変わった。
「ユウト」
「ん?」
「空間に関係する魔力って……」
「…………」
ユウトも、ある魔法のことを思い出していた。
魔族大陸へ来るために使った魔法。
人間界と魔族大陸を繋ぎ、離れた世界の間を移動することを可能にした、特殊な魔法。
あの時、ゴルダンが持っていた魔道具。
そして、それを通じて発動した魔法。
もし、この扉の向こうにも同じような力が存在しているのだとすれば。
「……まさか」
ユウトはゆっくりと巨大な扉を見上げた。
境界管理区画。
その名称と、補佐機構が検知した空間魔力反応。
二つの情報が、ある一つの可能性を思い浮かばせる。
「……クロノシフト?」
ユウトが小さく呟く。
シエルも、リトも、シアも、すぐには答えなかった。
目の前の巨大な扉は、相変わらず固く閉ざされたままだ。
その先に何があるのかは分からない。
ただ一つ、誰にも開くことのできない境界管理区画の向こう側には、確かに空間に関係する何かが存在していた。
第275話を読んでいただきありがとうございます!
遺跡の最奥で見つけた「境界管理区画」。
扉は開かなかったものの、その先からは空間に関係する魔力が検知されました。
この場所が何のために存在するのか、その答えが分かるのはまだ先になりそうです。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




