第二百七十四話 世界を分けた理由
終焉竜管理領域のさらに奥へと進むユウトたち。
そこで見つけたのは、大量の記録が残された区画でした。
それでは、第274話をお楽しみください!
ユウトたちは、終焉竜管理領域のさらに奥へと進んでいた。
ガーディアンゴーレムによって開かれた扉の先には、いくつもの通路や部屋が存在していたが、これといって目立つものは見つかっていない。
小さな部屋には石造りの台や、何に使うのか分からない設備が残されているものの、その用途を示すような文字も見当たらなかった。
「……何もないっすね」
部屋の中を覗き込んでいたシアが、残念そうに呟いた。
「ないな」
ユウトも周囲を見回しながら頷く。
先ほど終焉竜管理領域という文字を見つけた時には、何か重要な情報が残されているのではないかと期待していた。
しかし、実際に歩いてみると、何のために造られたのか分からない部屋ばかりだった。
「宝とかないんすかね?」
「お前、さっきからそればっかりだな」
リトが呆れたように言う。
「遺跡といったら宝っす!」
「終焉竜の領域に宝があるとは限らないだろ」
「でも、主の領域なら全部主の物じゃないっすか?」
「……そういう問題なのか?」
ユウトが首を傾げると、シエルがため息を吐いた。
「違うと思うわよ。そもそも、ここがユウトの所有物だと決まったわけじゃないでしょう」
「でも、資格者なんだろ?」
リトが尋ねる。
「資格者と所有者は別じゃない?」
「……確かに」
言われてみればその通りだった。
ガーディアンゴーレムはユウトを資格者として認識したが、それが何の資格を意味しているのかまでは分かっていない。
この場所が終焉竜に関係していることは確かだとしても、それだけでユウトの所有物だと判断するのは早いだろう。
「まあ、宝があったら嬉しいけどな!」
「主! やっぱりそうっすよね!」
「あなたたち……」
シエルが呆れたように首を振る。
そんな会話を交わしながら次の通路へ進もうとした時、ユウトはふと足を止めた。
「……ん?」
「どうした、アニキ?」
「文字がある」
ユウトが指差した先には、一枚の大きな扉があった。
これまで見てきた部屋の入口とは少し造りが異なり、その横には見覚えのある古代文字が刻まれている。
「なんて書いてあるんすか?」
「えっと……」
ユウトは扉へ近付き、文字を確認した。
「記録……保管区画」
「……記録?」
シエルが興味深そうに顔を上げた。
「何の記録かしら」
「それは……」
ユウトは目の前の扉へ視線を移した。
「入れば分かるんじゃないか?」
「今度は許可とか書いてないっすか?」
「…………」
ユウトはもう一度、扉の横に刻まれた文字を確認した。
「……主?」
「大丈夫!」
「今、確認したっすね」
「確認は大事だからな!」
得意げに答えるユウトを見て、リトが苦笑する。
もっとも、先ほどの石板には立入禁止と書かれていたのだ。念のため確認すること自体は間違っていないだろう。
ユウトは扉へ向き直ると、ゆっくりと手を伸ばした。
その指先が石の表面に触れた瞬間、淡い光が扉全体へ走った。
「……お?」
続けて、表面に古代文字が浮かび上がる。
『資格者を確認』
その文字をユウトが読み取った直後、重々しい音とともに扉が左右へ動き始めた。
やがて扉は完全に開き、奥に広がる部屋が姿を現す。
「便利っす!」
シアが嬉しそうに声を上げた。
「……便利って言っていいのか?」
リトが困惑したように呟く。
「俺もそんな気がしてきた」
ユウトは苦笑しながら、開かれた扉の向こうへ足を踏み入れた。
そこは、これまで見てきた部屋とは比べものにならないほど広い空間だった。
壁際には無数の石板が整然と並び、中央には大きな石造りの台が置かれている。
それぞれの石板には細かな文字がびっしりと刻まれており、部屋全体が巨大な書庫のようになっていた。
「……すごい量ね」
シエルが驚いたように呟いた。
「ああ……」
ユウトも思わず立ち止まる。
近くの石板へ歩み寄ってみると、その表面には端から端まで文字が刻まれていた。
「……全部文字だ」
「読めるの?」
「たぶん」
ユウトは頷きながら、改めて部屋全体を見渡した。
壁際に並んだ石板は、一枚や二枚では済まない。
これをすべて読んでいたら、一体どれほどの時間がかかるのだろうか。
「……全部読むつもりか?」
リトが不思議そうに尋ねた。
「…………」
ユウトは少し考えた。
そして、あっさりと答える。
「今日はやめよう」
「早いわね」
シエルが即座に突っ込んだ。
「だって多すぎるだろ!」
「補佐機構に解析してもらえばいいんじゃないっすか?」
「…………あ」
シアに言われ、ユウトは思わず手を叩いた。
(補佐機構! この石板、解析できる?)
『解析を開始します』
「……ほら」
ユウトは得意げに頷いた。
「シア、天才!」
「主が忘れてただけっす」
「…………」
まったくもってその通りだった。
ユウトが返す言葉を探している間にも、補佐機構は解析を進めていた。
しばらくすると、頭の中に報告が響く。
『解析完了』
『記録の多くに欠損を確認』
『復元可能な記録を選定します』
(頼む!)
どうやら、保存状態の良いこの部屋でも、すべての記録が完全に残っているわけではないらしい。
ユウトは補佐機構の案内に従い、壁際に並ぶ石板の一枚へ近付いた。
「……これか」
表面には細かな文字が刻まれているが、ところどころが欠け、読めなくなっている部分もあった。
「何が書いてあるの?」
隣へ来たシエルが尋ねる。
「ちょっと待って」
ユウトは石板の前に立ち、最初の行から読み始めた。
そこには、随分と古い時代の出来事が記されているようだった。
「…………」
数行を読み進めたところで、ユウトの表情が変わった。
「……どうしたっすか?」
シアが不思議そうに顔を覗き込む。
「これ……」
「何?」
ユウトはもう一度、刻まれた文字を確認した。
読み間違いではない。
「……やっぱり、世界は元々一つだったみたいだ」
「……!」
その言葉に、シエルの表情が僅かに変わった。
「人間界で見つけた記録の通りね」
「ああ」
ユウトは静かに頷いた。
以前、人間界の帝国で見つけた古い文献。
そこには、世界を三つに分けるという内容が記されていた。
それが事実なら、分けられる以前の世界は一つだったことになる。
しかし、その時点では他に裏付けとなる情報もなく、あくまで文献の内容から推測するしかなかった。
「こっちにも同じことが残ってるなら……」
「世界が三つに分けられたという話も、かなり信憑性が高くなったわね」
「……だな」
ユウトは再び石板へ目を向けた。
そして、続きをゆっくりと読み上げる。
「人間族、魔族……その他、多くの種族が同じ世界に存在していた……」
「……人間と魔族も?」
リトが驚いたように尋ねる。
「ああ。そう書いてある」
「じゃあ昔は、あーしたちがいたところと、ここも繋がってたってことっすか?」
シアが首を傾げた。
「そういうことになるな」
今でこそ人間界と魔族大陸は別々の世界として存在している。
しかし、かつては人間も魔族も、同じ大地で暮らしていたらしい。
その事実だけでも、ユウトたちにとっては十分に驚くべきことだった。
「……でも、なんでわざわざ三つに分けたんだ?」
リトが腕を組みながら呟いた。
確かに、元々一つだった世界を三つに分けるなど、普通では考えられない。
それほど大きなことをするには、何か理由があったはずだ。
「……それが書いてあるかもしれない」
ユウトは期待を込めて、石板の続きを読み進めた。
「…………長きにわたる争い」
「……争い?」
シエルが聞き返す。
「ああ」
ユウトは頷き、さらに視線を動かした。
「争いは終わることなく続き……」
そこで、ユウトの声が止まった。
「……どうしたの?」
「ここ、読めない」
「また?」
「いや、文字が削れてるんだよ」
ユウトは石板の一部を指差した。
そこは大きく欠けており、本来刻まれていたはずの文章が失われていた。
文字を読む能力があっても、存在しない文章までは読み取れない。
「……肝心なところで」
ユウトは思わずため息を吐いた。
「他には?」
シエルが尋ねる。
「待って。まだ続きがある」
ユウトは残された文字を探し、欠けた部分の先へ視線を移した。
そこにも損傷はあったが、いくつかの文章は読み取ることができた。
「……あった」
ユウトは指先で文字を追う。
「このまま争いが続けば……世界そのものの存続が……」
「……世界そのもの?」
シエルの表情が変わった。
「世界が滅びるってことか?」
リトが尋ねる。
「……たぶん」
ユウトは石板を見つめたまま答えた。
文章が途切れているため、正確な内容までは分からない。
だが、少なくとも当時の争いが、世界そのものの存続に関わるほど深刻なものだったことは読み取れた。
「どんな争いをしたら、世界が滅びるんすか……」
シアが困惑したように呟く。
「分からない」
ユウトは首を横に振った。
誰と誰が争っていたのか。
何を目的として戦っていたのか。
そして、なぜ世界そのものが滅びるほどの事態になったのか。
その説明があったと思われる部分は、残念ながら大きく欠けていた。
分からないことは多い。
それでも、ユウトにはどうしても気になる部分があった。
「……まだ続きがある」
石板の下部に目を向ける。
そこには、比較的はっきりと残された文章が刻まれていた。
「……なんて?」
シエルが静かに尋ねる。
ユウトは慎重に文字を読み取った。
「このままでは……世界が滅びる」
「…………」
その場にいた三人が、揃って口を閉じた。
そして、ユウトが次の一文へ視線を移した瞬間だった。
「…………」
思わず息を呑んだ。
その言葉には、覚えがあった。
人間界で見つけた、あの古い記録。
そこにも、よく似た内容が書かれていたのだ。
――このままでは世界が滅んでしまう。
――それを避けるため、世界を三つに分けようと思う。
ユウトは記憶の中に残る文章を思い返しながら、石板の文字をもう一度確認した。
「……世界を」
「……ユウト?」
シエルが声を掛ける。
ユウトはゆっくりと続きを読み上げた。
「三つに分ける」
「……!」
シエルが息を呑んだ。
「それって……」
「ああ」
ユウトは顔を上げ、シエルへ視線を向けた。
「あの記録と同じだ」
人間界で見つけた文献。
そして今、魔族大陸に残されていた石板。
異なる場所に存在する二つの記録が、同じ出来事を示していた。
「……じゃあ」
シエルが改めて石板を見つめる。
「世界を三つに分けた理由は……」
「たぶん、この争いだ」
ユウトは静かに答えた。
元々一つだった世界には、人間族も魔族も、その他多くの種族も存在していた。
しかし、長きにわたる争いが続き、やがて世界そのものの存続が危ぶまれる事態となった。
そして、その破滅を避けるために世界を三つに分けた。
少なくとも、二つの記録を照らし合わせれば、そのような流れが浮かび上がってくる。
「……世界を三つに分けたのか」
リトが低い声で呟いた。
「そういうことみたいだな」
ユウトも頷く。
ただし、それが誰の判断によるものだったのかは分からない。
まして、どうやって世界を分けたのかなど、想像すらできなかった。
「……でも」
シアが石板を覗き込みながら首を傾げた。
「誰と誰が争ってたんすか?」
「それが分からないんだよな」
「人間と魔族とか?」
「その可能性もあるけど……」
ユウトは欠けた部分へ視線を向けた。
「ここが読めない以上、何とも言えないな」
人間と魔族が同じ世界で暮らしていたという記述はある。
だが、それだけで両者が争っていたと決めつけることはできない。
他にも多くの種族が存在していたというのだから、争いの当事者が誰だったのかは、今のところ不明だった。
「他の石板には書いてないの?」
シエルが室内を見渡した。
「探せばあるかもしれないけど……」
ユウトも振り返る。
壁際には、数え切れないほどの石板が並んでいた。
それぞれに細かな文字が刻まれ、どこまで読めば目的の情報に辿り着けるのかも分からない。
「…………」
しばらく考えた後、ユウトは静かに口を開いた。
「……今日はやめよう」
「またそれっすか!」
シアが思わず声を上げた。
「無理だろ、この量!」
「補佐機構に探してもらえばいいじゃない」
シエルが冷静に指摘した。
「…………あ」
「二回目よ」
「…………」
ユウトは何も言い返せなかった。
(……補佐機構、関連する記録を探してくれる?)
『関連記録の検索を開始します』
(……頼む)
すっかり補佐機構任せになっている気もするが、膨大な石板を一枚ずつ確認するよりも効率的なのは間違いない。
「補佐機構が一番働いてるっす」
「うるさい!」
ユウトが言い返すと、シアは楽しそうに笑った。
そんなやり取りをしている間にも検索は進み、やがて補佐機構から報告が入った。
『検索完了』
『該当する記録を複数確認』
(お!)
『ただし、いずれも著しい欠損を確認』
「…………」
『現時点で、争いの当事者を特定することは困難です』
「……ですよね!」
ユウトは思わずため息を吐いた。
これだけ多くの記録が残されていても、重要な部分が欠けているのではどうしようもない。
「……簡単には分からないか」
残念そうに呟くユウトへ、シエルが声を掛けた。
「でも、十分大きなことが分かったんじゃない?」
「……え?」
「世界が三つに分けられた理由よ」
「……ああ」
ユウトは改めて石板へ視線を向けた。
確かに、ここで得られた情報は大きい。
人間界で見つけた文献からは、世界が三つに分けられたという出来事を知ることができた。
だが、なぜそこまでしなければならなかったのか、その理由までは分かっていなかった。
そして今、魔族大陸で見つけた記録には、世界の存続を脅かすほどの争いがあったことが記されている。
「……何かの争いによって、世界が滅びそうだったから」
「それを防ぐために、三つに分けた」
シエルが言葉を引き継いだ。
「……そういうことになるわね」
「…………」
ユウトは静かに頷いた。
もちろん、これですべての謎が解けたわけではない。
記録が正しいという保証もなければ、争いの当事者や世界を分けた人物も分かっていない。
それでも、これまで断片的にしか見えていなかった出来事の背景が、少しずつ明らかになり始めていた。
そんな時、ユウトの中で一つの疑問が浮かんだ。
「…………」
何かが引っかかる。
世界が滅びそうになったから、三つに分けた。
それによって、今も世界は存在している。
だとすれば……。
「……どうしたの?」
黙り込んだユウトを見て、シエルが尋ねた。
「いや……」
ユウトはすぐには答えられなかった。
今まで、自分が何度も耳にしてきた言葉を思い出していたのだ。
終焉竜。
世界に終焉をもたらす存在。
厄災。
災いの象徴。
人々から恐れられ、忌み嫌われてきた存在。
自分自身が、その終焉竜であることを知ってからも、ユウトはそうした話を何度も耳にしてきた。
しかし、今目の前にある記録が正しいのだとすれば、少し違う見方もできるのではないだろうか。
「……待てよ」
「……何?」
ユウトはゆっくりと顔を上げた。
「世界が滅びそうだったから、三つに分けたんだよな?」
「この記録を信じるなら、そうなるわね」
「それで、世界は残ったんだよな」
「……そうね」
シエルも少し考えながら頷いた。
ユウトは再び石板へ視線を戻した。
世界を三つに分ける。
それがどれほどの力を必要とする行為なのか、今の自分には分からない。
だが、その目的が世界の滅亡を防ぐことだったのなら。
そして、実際に世界が今も存在しているのなら。
それは単なる破壊とは、まったく違う意味を持つのではないだろうか。
ユウトの脳裏に、これまでの出来事が浮かんでくる。
人間界に残されていた終焉竜領域。
魔族大陸に存在する、もう一つの管理領域。
自分の魔力に反応して跪いたガーディアンゴーレム。
そして、世界が三つに分けられたという記録。
これらがどのように繋がっているのかは、まだ分からない。
そもそも、世界を分けたのが終焉竜だという確かな証拠すらない。
それでも、ユウトにはどうしても一つの疑問が拭えなかった。
「……なあ、シエル」
「何?」
ユウトは石板から目を離さず、静かに口を開いた。
「もし、世界を三つに分けたことで、滅亡を防げたんだとしたらさ……」
「…………」
シエルは何も言わず、続きを待った。
ユウトは少しだけ言葉を探した。今まで信じられてきた話が、すべて間違っているとは思わない。
世界に終焉をもたらすほどの力があれば、人々がそれを恐れるのも無理はないだろう。
だが、力の大きさと、その力が何のために使われたのかは別の話だ。
もし、世界を滅ぼすほどの力が、世界を守るために使われていたのなら。
「……終焉竜ってさ」
ユウトは小さく呟いた。
「本当に厄災なのか?」
第274話を読んでいただきありがとうございます!
魔族大陸に残された記録によって、少しずつ繋がり始めた世界の過去。
世界はなぜ三つに分けられたのか。
そして、終焉竜は本当に「厄災」だったのか。
まだまだ分からないことだらけですが、その真実に一歩近づいたユウトたちでした。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




