第二百七十三話 もう一つの領域
ガーディアンゴーレムによって開かれた新たな道。
その先には、これまでの遺跡とは明らかに異なる空間が広がっていました。
それでは、第273話をお楽しみください!
「……行くか」
開かれた巨大な扉の前で、ユウトは静かに呟いた。
その向こうには、薄暗い通路が奥へと続いている。
先ほどまで何もなかったはずの場所に、突然現れた新たな道。どこまで続いているのか、そしてその先に何が待っているのかも分からない。
しかし、ここまで来て引き返すつもりはなかった。
「行くっす!」
シアが元気よく返事をする。
「まあ、ここまで来たら行くしかねぇよな」
リトも諦めたように肩をすくめた。
「そうね。資格者だの帰還だの、気になることも増えたし」
シエルの言葉に、ユウトは大きく頷いた。
「俺が一番気になってるよ」
そう答えながら、ユウトは背後を振り返った。
そこには、片膝をついたまま動かないガーディアンゴーレムの姿があった。
先ほどまで激しい攻撃を繰り返していた巨大な魔導兵器は、今ではまるで彫像のように静まり返っている。
「……こいつ、もう襲ってこないよな?」
ユウトは念のため、補佐機構へ確認した。
『対象から敵対反応は確認できません』
(なら大丈夫か)
どうやら、今のところ再び攻撃してくる気配はないらしい。
「主! 急に動いたりしないっすか?」
「やめろよシア! 怖くなるだろ!」
ユウトが思わず振り返ると、シアは不思議そうに首を傾げた。
確かに敵対反応は消えているが、それだけで完全に安全だと断言できるわけではない。何しろ、相手は危険度B+の古代魔導兵器なのだ。
「……B+だもんな」
リトも警戒した様子でゴーレムを見つめていた。
しかし、いくら待っても動き出す気配はない。
「……とにかく、行きましょう」
シエルが静かに促した。
「おう!」
ユウトは頷き、開かれた扉へ向き直る。
そして四人は、これまで誰も足を踏み入れることのできなかった遺跡の奥へと進んでいった。
◇
「……なんか」
新たな通路をしばらく進んだところで、ユウトはふと足を止めた。
「どうしたの?」
シエルが振り返る。
「いや……」
ユウトは答えを探すように周囲を見回した。
扉の向こうに広がっていたのは、それまで歩いてきた遺跡とは明らかに異なる空間だった。
崩落した箇所はほとんど見当たらず、壁や床も驚くほど綺麗な状態を保っている。一定の間隔で並ぶ石柱や、壁一面に刻まれた細かな模様。天井には何かの通り道のような細い溝が幾筋も走っていた。
長い間閉ざされていた場所とは思えないほど、建物の造りがはっきりと残されている。
しかし、ユウトが気になったのは、その保存状態だけではなかった。
「……なんだろ」
「何か気になるの?」
「うん。なんか……見たことあるような気がするんだよな」
ユウトは首を傾げた。
初めて訪れる場所のはずなのに、壁の模様や柱の配置を眺めていると、どこかで似たような光景を見たことがある気がする。
だが、それがいつ、どこだったのかまでは思い出せない。
「ここに来たことあるんすか?」
シアが不思議そうに尋ねた。
「あるわけないだろ」
「じゃあ、気のせいじゃねぇか?」
リトも周囲を見渡しながら言う。
「そうなのかなぁ……」
ユウトは納得しきれないまま歩き出した。
しかし、進めば進むほど、妙な感覚は強くなっていく。
見知らぬ場所であることは間違いない。
それなのに、どこか懐かしい。
まるで、以前訪れた場所の面影を別の場所で見つけたような、不思議な感覚だった。
「…………」
「……ユウト?」
「ん?」
「さっきからずっと周りを見ているけど、そんなに気になるの?」
シエルが隣から声を掛けてきた。
「やっぱり何か引っかかるんだよな。どこかで似たような場所を見た気がするんだけど……」
「……そうね」
シエルも改めて通路を見渡した。
そして、壁際へ歩み寄ると、刻まれた模様を指先でなぞった。
「私も少し気になるわ」
「シエルも?」
「ええ。造りそのものは違うけれど……確かに、何か似ている気がするのよね」
「……何に?」
「…………」
シエルはすぐには答えなかった。
壁の模様から石柱へ、そして天井へと視線を移しながら、記憶を辿っているようだった。
ユウトも一緒になって考えてみたが、なかなか答えは出てこない。
そんな時だった。
「主!」
少し先を歩いていたシアの声が響いた。
「どうした?」
「こっちに何かあるっす!」
シアが通路の壁際から手招きしている。
ユウトたちは顔を見合わせ、急いでその場所へ向かった。
「……これは」
壁に刻まれていたのは、大きな円形の紋様だった。
中心から外側へ向かって幾本もの線が伸び、それらを取り囲むように複雑な模様が配置されている。
そして、その周囲には細かな文字が刻まれていた。
「……また文字か」
ユウトは興味深そうに顔を近付けた。
「読める?」
シエルが隣から尋ねる。
「ちょっと待って」
ユウトは壁に刻まれた文字を、一つずつ目で追い始めた。
先ほどの石板と同じように、見覚えのある文字が並んでいる。
やはり、普通の古代文字とはどこか違う。
少なくとも、この文字を読み取ることは今のユウトにとって難しくなかった。
「……なんて書いてあるっす?」
シアが期待に満ちた表情で尋ねる。
「えっと……」
ユウトは文字を確認しながら、ゆっくりと読み上げた。
「管理領域……」
「管理?」
「ああ。まだ続いてる」
さらに視線を動かす。
「許可された者以外の立ち入りを禁ず……」
「さっきと同じような内容ね」
シエルが呟いた。
「みたいだな」
先ほど見つけた石板にも、許可のない者の侵入を禁じる内容が書かれていた。
どうやら、この区画全体が厳重に管理されていた場所らしい。
しかし、ユウトが次の文字へ視線を移したところで、その動きが止まった。
「…………」
最初は見間違いかと思った。
だが、何度確認しても、そこに刻まれた文字は変わらない。
「……アニキ?」
リトが不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたっす?」
シアも首を傾げた。
「いや……」
ユウトは思わず目を細めた。
文字の意味は理解できる。
しかし、まさかこの場所で、その名前を目にするとは思っていなかった。
「……ユウト?」
シエルの声に、ユウトはゆっくりと振り返った。
「これ……」
「何て書いてあるの?」
ユウトはもう一度壁の文字を確認し、静かに読み上げた。
「……終焉竜管理領域」
「…………」
一瞬、通路が静まり返った。
そして、最初に反応したのはリトだった。
「……終焉竜!?」
「主のことっす!」
シアも勢いよく声を上げる。
「声でかい!」
「だって主!」
シアは壁に刻まれた文字とユウトを交互に見つめた。
「ここ、主の場所なんすか!?」
「知らないよ!」
ユウトは慌てて首を振った。
確かに、自分は終焉竜だ。
だが、この遺跡の存在を知ったのはつい最近のことであり、ここへ来たのも今日が初めてだった。
「でも、終焉竜って書いてあるんだろ?」
リトが壁を指差す。
「書いてある!」
「じゃあ、アニキと関係あるじゃねぇか!」
「だから俺も今知ったんだって!」
ユウトとリトが言い合いを始めると、シアまで加わってきた。
「主! やっぱり主の家っすか!?」
「なんでそうなるんだよ!」
「終焉竜の場所だからっす!」
「そうだけど違うだろ!」
「……落ち着きなさい」
シエルの声に、三人はようやく口を閉じた。
シエルは改めて壁の紋様を眺め、少し考え込む。
「でも、これでさっきのゴーレムの行動にも説明がつくわね」
「……ゴーレム?」
ユウトが首を傾げる。
「ええ。あのゴーレムは、あなたを資格者として認識したのよね?」
「あ……」
「そして、帰還を確認した」
「…………」
ユウトは再び壁へ視線を向けた。
――終焉竜管理領域。
そこには確かに、そう刻まれている。
「……じゃあ、あいつ」
「この場所を守っていたんでしょうね」
「なるほど……」
ユウトは腕を組み、先ほどの出来事を思い返した。
最初は侵入者として襲い掛かってきたガーディアンゴーレム。
しかし、ユウトが魔力を使った途端に動きを止め、何かを照合し始めた。
そして、資格者の存在を確認したという表示とともに跪き、奥へ続く扉を開いたのだ。
もし、この場所が終焉竜の管理領域なのだとすれば、あの一連の行動にも筋が通る。
だが、一つだけ納得できないことがあった。
「……でも俺、ここ来たことないぞ?」
「ユウト個人を認識したわけじゃないのかもしれないわ」
「……どういうこと?」
ユウトが尋ねると、シエルは壁に刻まれた文字を見つめたまま答えた。
「終焉竜そのものを、この場所の管理者として認識している可能性があるってことよ」
「……終焉竜そのもの?」
「ええ。もし、この遺跡が終焉竜を管理者として認める仕組みになっているのなら、あなたが初めてここを訪れたとしても不思議ではないわ」
「なるほど……」
ユウトは少し考え込んだ。
確かに、あのゴーレムは自分の魔力を識別したらしい。
それが終焉竜の魔力だと判断されたことで、侵入者ではなく資格者として認められたのだとすれば、説明はつく。
「だから俺を見て、帰還って言ったのか」
「おそらくね。ただ、あくまで推測よ」
「……だよな」
何となく事情は見えてきたものの、まだ確かなことは分からない。
そもそも、終焉竜のための管理領域が、なぜ魔族大陸に存在しているのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、ユウトは改めて周囲を見渡した。
一定の間隔で並ぶ石柱。
壁に刻まれた模様。
そして、天井を走る細い溝。
「…………」
その時、頭の中で何かが繋がった。
「あっ!」
突然声を上げたユウトに、三人の視線が集まる。
「……何?」
シエルが驚いたように尋ねた。
「思い出した!」
「……何を?」
「さっき、見たことある気がするって言っただろ?」
「ええ」
ユウトは壁の模様を指差した。
「人間界だ!」
「……人間界?」
「ほら、最初に行った遺跡!」
「…………あ」
その瞬間、シエルの目が僅かに見開かれた。
「……終焉竜領域」
「そう!」
ユウトは大きく頷いた。
人間界で訪れた、あの遺跡。
そこで見た通路や石柱、壁に刻まれた模様。
もちろん、造りがまったく同じというわけではない。
だが、どこか共通する特徴があった。
ユウトが先ほどから感じていた既視感は、あの場所を思い出させるものだったのだ。
「……なるほどね」
シエルも納得したように頷いた。
「確かに、あの遺跡と似ている部分があるわ」
「だろ!?」
ユウトは嬉しそうに声を上げた。
ようやく、ずっと引っかかっていたものの正体が分かったのだ。
「あーしが主たちと会った遺跡っすか?」
シアが思い出したように尋ねる。
「うん、あそこだよ」
「おお! 懐かしいっす!」
シアも嬉しそうに頷いた。
あの遺跡は、ユウトたちにとっても思い出深い場所だった。
しかし、今は懐かしさ以上に気になることがある。
「……じゃあ」
リトが周囲を見渡しながら口を開いた。
「終焉竜の領域って、一つじゃねぇのか?」
「……みたいだな」
ユウトは静かに答えた。
人間界に存在していた終焉竜の領域。
そして今、魔族大陸で発見した、もう一つの終焉竜の管理領域。
これまで、自分が知らなかっただけなのかもしれない。
だが、少なくとも二つの異なる場所に、終焉竜と関係のある遺跡が存在していることになる。
「……なんでこんなところに」
ユウトは思わず呟いた。
人間界で発見した文献には、世界が三つに分けられたという記述が残されていた。
そして、今回訪れた魔族大陸にも、終焉竜の名を冠する施設がある。
この二つに関係があるのかは分からない。
しかし、偶然だと片付けるには、あまりにも気になる一致だった。
「……それを調べるために来たんでしょう?」
シエルが静かに声を掛けた。
「……それもそうだな」
ユウトは小さく笑った。
この遺跡が何のために造られたのか。
なぜ終焉竜を管理者として認識するのか。
その答えを知るためにも、さらに奥へ進む必要がありそうだった。
「……依頼は受けてないけどな」
そこで、リトがぼそりと呟いた。
「…………」
ユウトの表情が僅かに固まる。
確かに、そもそもここへ来ること自体、ミレアから止められていた。
しかも、依頼を受けずに勝手に調査しているのだから、知られたら相当怒られるだろう。
だが、その件についてはすでに答えが決まっている。
「主! 偶然っす!」
シアが得意げに声を上げた。
「そう! 偶然迷い込んだだけだから!」
ユウトも勢いよく頷く。
「……まだ言うのね」
シエルは呆れたようにため息を吐いた。
「いや、でも本当に偶然の可能性も――」
「補佐機構に場所を探させたんだろ?」
リトが即座に突っ込む。
「……過去は振り返らない主義なんだ」
「またそれかよ!」
リトの声が通路に響き、シアが楽しそうに笑った。
シエルも頭を抱えかけたが、結局は小さく苦笑するだけだった。
そんな仲間たちを見ながら、ユウトも笑みを浮かべる。
しかし、やがてその視線は、通路のさらに奥へと向けられた。
「……とにかく、ここが終焉竜の領域なら」
ユウトは静かに口を開いた。
「もっと何か残ってるかもしれない」
「そうね」
シエルも頷いた。
目の前にある文字だけでは、まだ分からないことが多すぎる。
だが、この遺跡が終焉竜と関係していることは、ほぼ間違いなさそうだった。
先ほどのガーディアンゴーレムも、ユウトを資格者として認識した。
ならば、その先には何があるのだろうか。
「……行ってみよう」
ユウトは改めて通路の奥へ向き直った。
「主! 了解っす!」
シアが元気よく続き、シエルとリトも後を追う。
再び静かな通路に、四人の足音が響き始めた。
人間界で発見した終焉竜領域。
そして、魔族大陸に残された、もう一つの終焉竜管理領域。
二つの場所が何を意味するのか。
なぜ、離れた世界に同じ名を持つ領域が存在しているのか。
その答えは、まだ見つかっていない。
ただ、ユウトたちは確かに、世界の謎へと繋がる新たな手掛かりを見つけたのだった。
そして、この遺跡の最奥に何が眠っているのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。
第273話を読んでいただきありがとうございます!
魔族大陸で発見された、もう一つの終焉竜領域。
なぜこの場所に存在しているのか。
そして、その奥には何が残されているのか。
ユウトたちはさらに遺跡の奥へと進みます。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




