第二百七十一話 偶然です
遺跡の調査依頼は受けられない。
それなら、偶然見つけてしまえば問題ない?
そんな謎理論を引っ提げ、ユウトたちは遺跡へ向かいます。
果たして、その奥に待っているものとは――。
それでは、第271話をお楽しみください!
「……こっちで合ってるんだよな?」
アルヴェインを出てしばらく。
ユウトたちは街の北東に広がる森の中を歩いていた。
周囲には背の高い木々が生い茂り、枝葉の隙間から差し込む日差しが地面にまだらな模様を作っている。街から続いていた道は次第に細くなり、辺りには人の気配もほとんど感じられなくなっていた。
「ミレアの話だと、北東って言ってたからな」
ユウトが自信ありげに答えると、シエルが呆れたように振り返った。
「……それだけで来たの?」
「大丈夫だろ!」
「何が大丈夫なのよ……」
シエルは小さくため息を吐いた。
確かに、ミレアはアルヴェインの北東にある森の中だと説明していた。しかし、正確な道順までは聞いていない。
そもそも、遺跡へ行かないよう何度も注意されていたのだから、詳しい場所を尋ねることもできなかったのだ。
「でも主!」
隣を歩いていたシアが、何かに気付いたように声を上げた。
「ん?」
「あーしたち、遺跡の正確な場所知らないっすよ?」
「…………」
ユウトは一瞬黙り込んだ。
言われてみれば、その通りだった。
北東にあるという情報だけで森へ入ってきたものの、このまま歩き続けて辿り着ける保証などない。
しかし、ユウトには一つ考えがあった。
「……ふっ、任せなさい」
得意げに笑い、頭の中で補佐機構へ呼び掛ける。
(補佐機構、遺跡の場所って分かるか?)
『検索します……』
返答を待ちながら、ユウトは周囲を見渡した。
目に入るのは木々と草むらばかりで、遺跡らしい建物はどこにも見当たらない。
だが、しばらくすると補佐機構から報告が届いた。
『現在地周辺を検索。この道を進んだ先に高濃度魔力反応を検知しました』
(お?)
『目標の遺跡であると推定されます』
『距離、およそ二キロメートル』
(……よし!)
「見つけた!」
ユウトが嬉しそうに声を上げると、シエルが苦笑した。
「結局、補佐機構頼みね」
「使えるものは使わないとな!」
「威張ることじゃねぇだろ……」
リトが呆れたように呟く。
しかし、ユウトとしては便利な能力があるのだから、使わない手はないと思っていた。
道に迷って時間を無駄にするよりも、よほど効率的だろう。
「主! 早く行くっす!」
「おう!」
目的地の方向が分かった途端、ユウトとシアは勢いよく駆け出した。
「ちょっと! ユウト!」
「待てって、アニキ!」
シエルとリトの声が背後から聞こえてきたが、二人は止まる様子もない。
結局、残された二人も慌てて後を追い掛けることになった。
◇
「……おお」
しばらく森の中を進んだ先で、ユウトたちは足を止めた。
木々が途切れた場所に、巨大な石造りの建物が姿を現したのだ。
高い壁はところどころ崩れ落ち、表面には蔦や苔が広がっている。周囲には石材の破片が散乱し、かつて建物の一部だったと思われる柱も、今では半ば地面に埋もれていた。
長い年月、誰にも使われることなく放置されてきたのだろう。
それでもなお、残された建物は十分な存在感を放っていた。
「これが遺跡か……」
「結構でかいっすね!」
シアが感心したように建物を見上げる。
その隣では、シエルが壁の造りを興味深そうに観察していた。
「人間界で見つけた遺跡とは、造りが違うわね」
「そうなの?」
「ええ。石材の組み方も、建物の形も少し違うわ。でも、相当古いものなのは間違いなさそうね」
「へぇ……」
ユウトも近くの壁へ歩み寄り、表面を眺めてみた。
何か文字が刻まれていないかと探してみたものの、目に入るのは風化した石の表面や、ところどころに残る細かな傷ばかりだった。
「……文字はないな」
「例の石板は中でしょうね」
「だよな!」
ユウトはすぐに入口らしき場所へ視線を向けた。
「よし、行こう!」
「待て待て待て!」
歩き出そうとしたところで、リトに肩を掴まれた。
「……何?」
「一応聞くけどよ……俺たち、ここに来て大丈夫なのか?」
「…………」
ユウトは少し考えた。
確か、ミレアには絶対に行かないよう注意されていたはずだ。
しかも、自分は行かないと何度も答えている。
だが、それについてはすでに対策を考えていた。
「……偶然だよ」
「どこがだよ!」
「森を歩いてたら、偶然遺跡を見つけたんだ」
「補佐機構に探させただろ!」
「細かいこと気にするなって!」
「アニキが雑すぎるんだよ!」
リトのもっともな突っ込みに、ユウトは聞こえないふりをした。
そもそも、ここまで来て引き返すつもりはない。
誰にも読めない文字が刻まれた石板。
それが人間界で見つけた文献と関係しているのか、どうしても確かめたかったのだ。
「主!」
そんなやり取りをしていると、遺跡の入口からシアが顔を覗かせた。
「もう入ってるっす!」
「早いな!」
「お前も止めろよ!」
リトが思わず叫んだが、シアは楽しそうに笑っている。
「よし、俺たちも行こう!」
「……まったく」
ユウトが入口へ向かうと、リトは諦めたようにため息を吐いた。
シエルも呆れた表情を浮かべていたが、結局は二人の後へ続いた。
◇
遺跡の内部は、外から想像していた以上に薄暗かった。
ところどころ天井が崩れており、そこから差し込む光が石造りの廊下を僅かに照らしている。床には大小様々な瓦礫が散乱し、壁にも長い年月を感じさせる亀裂が走っていた。
足を踏み出すたびに、靴底が細かな石を踏む音が響く。
「……何もないな」
ユウトは周囲を見回しながら呟いた。
「長い間調査されていたんだから、当然でしょうね」
シエルが答える。
ミレアの話では、この遺跡は以前から何度も調査されていたという。
価値のあるものがほとんど見つからず、長い間放置されていたというのだから、すでに持ち出せるものは調べ尽くされているのだろう。
「宝箱とかないっすか?」
シアが瓦礫の陰を覗き込みながら尋ねた。
「あるわけないだろ」
リトが呆れたように答える。
「分かんないっすよ! 金貨とか落ちてるかもしれないっす!」
「落ちてたら、とっくに誰か拾ってるわよ」
シエルが冷静に指摘した。
「夢がないっす!」
「現実を言ってるだけよ」
シアは少し不満そうに頬を膨らませたが、それでも諦めきれないらしく、近くの崩れた棚を覗き込んでいた。
ユウトはそんなシアに苦笑しながら、廊下の奥へ目を向ける。
しばらく進むと、いくつもの部屋が見つかった。
しかし、そのどれもが似たような状態だった。
棚は空になり、箱の中にも何も残っていない。かつて何かが置かれていたと思われる台座もあったが、その上にあるはずのものはすでに失われていた。
「……ほんとに何もないな」
ユウトが呟くと、リトも空の棚を覗き込んだ。
「調査済みってのは本当みたいだな」
「じゃあ、新しい通路を探すか!」
ユウトが元気よく声を上げた。
「……場所分かるの?」
シエルが尋ねる。
「…………」
ユウトは一瞬黙り込んだ。
遺跡までは補佐機構の力で辿り着くことができた。
しかし、内部のどこに新しい通路があるのかまでは調べていなかったのだ。
「……主?」
シアが不思議そうに首を傾げる。
ユウトは気を取り直すように咳払いをすると、頭の中で呼び掛けた。
(……補佐機構)
『はい、マスター』
(新しく見つかった通路、探せる?)
『周辺構造の解析を開始します』
(よろしく!)
ユウトが満足そうに頷いたところで、リトが呆れた声を上げた。
「……またそれかよ!」
「便利なんだからいいだろ!」
「少しは自分で探そうとしろよ!」
「その方が時間かかるじゃん!」
「そういう問題じゃねぇ!」
言い合いながらも、ユウトたちは遺跡の奥へ進んでいった。
補佐機構の解析結果を待つ間、ユウトは周囲の壁や床を観察していたが、やはり目立ったものは見つからない。
どの通路も似たような造りで、初めて訪れた者が目的の場所を探すには、かなり時間がかかりそうだった。
そんな時、頭の中に報告が響いた。
『前方に崩落した壁面を確認』
(お?)
『その先に、未探索と推定される空間が存在します』
「……そこだ!」
ユウトが声を上げ、廊下の先を指差した。
仲間たちもその方向へ視線を向ける。
少し進むと、そこには大きく崩れた壁があった。
床には石材の破片が散乱し、壁の一部が崩れたことで、その向こう側へ通じる空間が露わになっている。
そして何より、崩れた壁の先には、それまで歩いてきた場所とは明らかに異なる通路が続いていた。
「……ここね」
シエルが崩れた壁へ歩み寄り、石材の表面に触れた。
「確かに、この部分だけ比較的新しい崩れ方をしているわ」
「じゃあ、この先が新しく見つかった場所か」
「たぶんそうね」
「よし!」
ユウトは期待に満ちた表情で、壁の向こうへ足を踏み入れた。
その瞬間だった。
「……ん?」
思わず足が止まった。
「どうしたの?」
シエルが不思議そうに尋ねる。
「いや……なんか雰囲気変わった気がして」
ユウトは周囲を見回した。
崩れた壁を越えた途端、空気が僅かに変わったように感じられたのだ。
先ほどまでの通路とは違い、どこか重苦しいものが漂っている。
「……主も感じたっすか?」
シアも周囲を警戒するように視線を巡らせた。
「こっちは空気が重いっす」
「……俺にはよく分かんねぇけど」
リトは通路の奥を見つめながら、表情を引き締めた。
「なんか嫌な感じはするな」
ユウトも改めて周囲を観察する。
まず気付いたのは、壁や床の状態だった。
長い間放置されていた外側の区画とは異なり、こちらは石材の保存状態が比較的良い。
床に大きな亀裂はなく、壁には細かな模様が刻まれている。通路の両側には一定の間隔で石柱が並び、奥へと続いていた。
まるで、この区画だけが外側とは異なる時間を過ごしてきたかのようだった。
「……これ」
シエルが壁に刻まれた模様を見つめる。
「何かの施設だったのかもしれないわね」
「研究所とか?」
「可能性はあるけど、まだ分からないわ」
シエルは慎重に答えた。
造りが違うことは確かだが、それだけで何の施設だったのかを判断することはできない。
ユウトも壁へ顔を近付け、刻まれた模様を確認してみた。
「……文字は?」
「見当たらないわね」
「じゃあ、石板はもっと奥か」
ユウトたちは警戒しながら、さらに通路を進んでいった。
先ほどまでの賑やかな会話は自然と少なくなり、石造りの廊下には四人の足音が静かに響いている。
そんな中、先頭を歩いていたシアが不意に声を上げた。
「あ!」
「どうした?」
「主! あれじゃないっすか?」
シアが指差した先には、一枚の石板が立て掛けられていた。
通路の壁際に置かれたそれは、周囲の石材とは少し色合いが異なり、表面には何かが細かく刻まれているようだった。
「……これか!」
ユウトの目が輝いた。
ミレアから聞いていた、誰にも読めない文字が刻まれた石板。
ようやく目的のものを見つけたのかもしれない。
「待ちなさい!」
シエルが声を掛けた時には、ユウトはすでに石板の前へ駆け寄っていた。
「……おお」
近付いてみると、確かに表面には文字と思われるものが刻まれている。
長い年月を経ているはずなのに、刻まれた線は思いのほか鮮明だった。
「……読める?」
隣へ来たシエルが、小さな声で尋ねた。
「ちょっと待って」
ユウトは石板へ顔を近付け、一文字ずつ目で追っていった。
「…………」
見覚えのある文字だった。
少なくとも、まったく理解できないというわけではない。
刻まれた文章の意味が、少しずつ頭の中に浮かび上がってくる。
「……主?」
シアが不思議そうに呼び掛ける。
「……これ」
「どうしたの?」
ユウトは石板から目を離さずに答えた。
「読める」
「……!」
その一言に、シエルの表情が変わった。
「古代文字?」
「……たぶん」
ユウトは小さく頷き、改めて石板に刻まれた文章へ視線を向けた。
そして、ゆっくりと読み上げる。
「――この先……」
「うん」
「立入禁止区域」
「……立入禁止?」
シエルが僅かに眉をひそめた。
「その先に何かあるってことか?」
リトも通路の奥へ視線を向ける。
ユウトは答えず、もう一度石板を確認した。
「……まだ続きがある」
刻まれている文字を順番に追っていく。
そして、最後の一文を読み上げた。
「許可なき者の侵入を禁ずる」
「…………」
四人の間に、短い沈黙が流れた。
立入禁止区域。
許可なき者の侵入を禁ずる。
どうやら、この先は誰でも自由に出入りできる場所ではなかったらしい。
「……主」
シアが不思議そうに首を傾げた。
「あーしたち、許可あるっすか?」
「…………」
ユウトは答えず、ゆっくりとシエルへ視線を向けた。
「……ないわね」
シエルが即答する。
「ないな」
リトも当然のように頷いた。
「…………」
ユウトはしばらく石板を見つめていた。
そもそも、ここへ来ること自体、ミレアから止められていたのだ。
その上、遺跡の中でも立入禁止と言われてしまっている。
しかし、せっかくここまで来たというのに、今更引き返すわけにもいかない。
「……見なかったことにしよう」
「するな!」
リトの声が、静かな通路に響いた。
「だってさ!」
「だってじゃねぇよ!」
「主らしいっす!」
「褒めるところじゃないわよ!」
再び賑やかになりかけた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
ユウトは口を閉じた。
通路の奥から、低く重い音が聞こえてきたのだ。
最初は遠くで何かが崩れたのかと思ったが、それにしては音が規則的だった。
さらに、足元の床が僅かに揺れている。
「……なんだ?」
ユウトが奥へ視線を向ける。
「噂のゴーレムじゃねぇか!?」
リトが剣へ手を掛けながら叫んだ。
「分かってる!」
ユウトも表情を引き締めた。
通路の奥は薄暗く、その先がどうなっているのかまでは見えない。
しかし、確かに何かが動いている。
ズン。
重い音が響いた。
続けて、もう一度。
ズン。
一歩進むたびに床が震え、壁に積もっていた細かな埃がぱらぱらと落ちてくる。
その音は、確実に近付いていた。
「……来るわよ」
シエルが低い声で告げた。
その言葉に、四人の視線が通路の奥へ集まる。
やがて、暗闇の中から巨大な影が姿を現した。
「……でか」
ユウトが思わず呟いた。
現れたのは、人の数倍はありそうな巨体を持つゴーレムだった。
全身は黒い石のような物質で造られており、太い腕や脚には重厚な装甲を思わせる凹凸がある。
そして何より目を引いたのは、その身体に刻まれた無数の文字だった。
壁の模様とは異なり、ゴーレムの表面に刻まれた文字は淡い光を放っている。
まるで何かの力が、その内部を巡っているかのようだった。
「……ゴーレム」
リトが呟く。
「こいつがミレアの言ってた奴か」
ユウトもゴーレムを見上げながら頷いた。
Cランクの冒険者たちが攻撃を通すこともできず、奥へ進むのを諦めたという魔物。
確かに、見た目だけでもアーマードベアとは比べものにならないほどの迫力があった。
その時、ゴーレムの頭部にある二つの目が、不意に光を灯した。
「……!」
ユウトの表情が変わる。
同時に、頭の中へ補佐機構の声が響いた。
『対象から高密度の魔力反応を確認』
『解析を開始します』
(……来たな)
ユウトは一歩前へ踏み出した。
「主!」
シアが声を掛ける。
「ユウト」
シエルも警戒を促すように呼び掛けた。
「大丈夫。分かってる」
ユウトは短く答え、改めてゴーレムを見据えた。
その巨大な身体から感じられる圧力は、先日戦ったアーマードベアとは明らかに違っている。
ただ立っているだけでも、周囲の空気が押し潰されるような重苦しさがあった。
そして、ゴーレムは侵入者を認識したかのように、ゆっくりと右腕を持ち上げ始めた。
「……なるほど」
ユウトは拳を構える。
「こいつがいるから、誰も先に進めなかったのか」
目の前には、誰にも読めなかった文字が刻まれた石板。
その先には立入禁止区域が広がり、さらに巨大なゴーレムが立ちはだかっている。
まるで、この先へ進もうとする者を拒んでいるかのようだった。
だが、ユウトは怯むことなくゴーレムを見上げた。
(……何を守ってるんだ?)
そんな疑問が頭をよぎった、次の瞬間。
巨大な拳が、ユウト目掛けて振り下ろされた。
第271話を読んでいただきありがとうございます!
偶然ということにして、ついに遺跡へ足を踏み入れたユウトたち。
誰にも読めなかった石板の文字、そして奥から現れた巨大なゴーレム。
どうやら簡単には先へ進ませてくれないようです。
次回、遺跡を塞ぐゴーレムとの戦いへ!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




