第二百六十九話 普通にしてください
Fランクになった初日に、大量のグレイボアとCランク指定魔物を討伐して帰ってきたユウトたち。
当然、ギルドとしても確認が必要なようで――。
果たしてこの実績は、ランクアップにつながるのでしょうか。
それでは、第269話をお楽しみください!
「お待たせしました」
しばらくして、ギルドの奥へ消えていたミレアが戻ってきた。
先ほどまで困惑していた表情は落ち着きを取り戻していたが、その手には何枚かの書類が握られている。
どうやら、ユウトたちが持ち帰った魔物について、確認が取れたらしい。
「お!」
ミレアの姿に気付いたユウトが、期待に満ちた表情で顔を上げた。
「確認が取れました」
「ランク上がる!?」
「まだ何も言ってません」
「…………」
即座に返ってきた言葉に、ユウトは口を閉じた。
その様子を見て、ミレアは小さく息を吐く。
「……まずは座ってください」
「はい」
先ほどまでの勢いはどこへやら、ユウトは素直に近くの椅子へ腰を下ろした。
その隣にシエル、シア、リトも並んで座る。
ミレアは四人が落ち着いたことを確認すると、手元の書類へ視線を落とした。
「まず、グレイボアについてですが」
「おう!」
「全部で三十六体確認されました」
「……そんなにいたのか」
ユウトは思わず目を丸くした。
確かに森では大量のグレイボアに囲まれたが、戦闘中は数を数える余裕もなかった。
終わってからも三十体くらいだろうと思っていたため、予想以上の数だったことに驚いてしまう。
「……倒した本人が把握してないんですか?」
ミレアが呆れたように尋ねる。
「数えてなかったから」
「…………はぁ」
あまりにもあっさりとした返答に、ミレアは小さくため息を吐いた。
普通なら、これほどの数のグレイボアに襲われた時点で逃げることを考えるはずだ。
それを四人だけで倒し、数すら把握せずに持ち帰ってくる。
どう考えても、一般的なFランク冒険者の行動ではなかった。
「……依頼分の三体を除く三十三体については、ギルドで買い取らせていただきます」
「おお!」
「やったっす!」
ユウトとシアが嬉しそうに顔を見合わせた。
討伐依頼を達成できただけでなく、余分に倒した魔物まで買い取ってもらえるらしい。
思わぬ収入に、二人の表情が明るくなる。
「ただし、状態によって査定額は変わりますので、ご了承ください」
「分かった!」
ユウトが元気よく頷くと、ミレアは続けて別の書類を手に取った。
「そして、アーマードベアについてです」
「うん」
ミレアはカウンターに置かれた巨大な牙へ視線を向けた。
「牙を確認したところ、間違いなくアーマードベアのものでした」
「だから言ったじゃん」
「疑っていたわけではありません!」
思わず声が大きくなったミレアに、ユウトが不思議そうな顔を向ける。
「そうなの?」
「Fランクになった初日に、Cランク指定魔物を討伐してきたので、確認が必要だったんです!」
「……なるほど」
ユウトは納得したように頷いた。
しかし、ミレアはまだ言い足りない様子だった。
「普通はありえませんからね?」
「そうなんだ」
「ありえません!」
念を押すように言われ、ユウトは思わず肩をすくめた。
自分たちにとってアーマードベアは、それほど苦戦する相手ではなかった。
だが、この大陸の冒険者ギルドでは、Cランク指定の魔物をFランク冒険者が討伐するということ自体、相当珍しいことらしい。
どうにも実感が湧かないが、ミレアの反応を見る限り、かなり驚かせてしまったようだった。
「……ミレアさん、大変そうっす」
隣でシアが心配そうに呟いた。
「誰のせいよ」
シエルが静かに尋ねる。
「主っす!」
「即答!?」
ユウトが驚いて振り返る。
シアは悪びれる様子もなく、にっこりと笑っていた。
「お前、俺の味方じゃないの!?」
「味方っすよ!」
「じゃあなんで!?」
「事実は事実っす!」
「ぐっ……!」
何とも言い返せない返答だった。
そんなやり取りを見ていたミレアは、こめかみに手を当てながら小さく息を吐く。
「……話を続けますね」
「お願いします」
ユウトが改めて姿勢を正すと、ミレアも気を取り直して説明を再開した。
「今回の討伐実績については、ギルド側でも正式に記録させていただきます」
「……じゃあ!」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトが勢いよく身を乗り出した。
「Cランク!?」
「なりません」
「なんで!?」
期待は一瞬で打ち砕かれた。
思わず立ち上がりそうになったユウトへ、ミレアがきっぱりと言い放つ。
「当然です!」
「Cランクを倒したのに!?」
「冒険者ランクは、単純な戦闘能力だけで決まるものではありません」
「……え? そうなの?」
ユウトは首を傾げた。
強い魔物を倒せるのなら、それだけ高いランクに相応しいのではないか。
少なくとも、今まではそういう感覚が強かった。
しかし、ミレアは真剣な表情で首を横に振った。
「そうです」
「じゃあ、何で決まるの?」
「依頼の達成実績、達成率、依頼主からの評価、そしてギルドからの信用などを総合的に判断します」
「…………」
ユウトは少し考え込んだ。
確かに、冒険者の仕事は魔物を倒すことだけではない。
採取や配達、調査など、様々な依頼が存在する。
力さえ強ければ、すべての仕事を任せられるというわけではないのだろう。
「つまり、どれほど強くても、依頼を無視したり、問題を起こしたりする冒険者を高ランクにすることはできません」
「……なるほど」
「高ランクになればなるほど、重要な依頼を任されることになりますからね」
「確かに」
ミレアの説明には納得できる部分があった。
考えてみれば、誰かに仕事を頼む時、実力があるという理由だけで相手を選ぶとは限らない。
約束を守るか、任せた仕事を最後までやり遂げるか。
そうした信用も、仕事を任せる上では欠かせないものだ。
「遺跡の調査などは特にそうです。戦闘能力だけでなく、正確な報告や状況判断も必要になります」
「…………」
その言葉を聞いたユウトの表情が、少しだけ真剣なものへ変わった。
自分たちが受けたかったのは、まさに遺跡の調査依頼だった。
強い魔物を倒せるからといって、遺跡の調査を任せてもらえるわけではない。
調査中に何を発見し、どのような状況だったのか。それを正確に報告することも仕事の一部なのだろう。
「……分かった」
ユウトは静かに頷いた。
「理解していただけましたか?」
「うん」
「よかった……」
ミレアはようやく安心したように息を吐いた。
どうやら、今度こそきちんと理解してもらえたらしい。
しかし――。
「つまり!」
「はい」
「いっぱい依頼をこなせばいいんだな!」
「…………」
ミレアの表情が止まった。
隣にいたシエルは、呆れたように額へ手を当てる。
「……ユウト」
「ん?」
「たぶん今の説明、半分くらいしか聞いてないわよ」
「聞いてたよ!」
ユウトが抗議すると、ミレアが静かに問い掛けた。
「では、何が重要だと言いました?」
「実績!」
「他には?」
「…………」
ユウトは少し考えた。
確か、依頼をたくさんこなすことが大切だという話だったはずだ。
「……いっぱい依頼をこなす!」
「同じです!」
ミレアの声が響いた。
ユウトが思わず身体を仰け反らせると、今度はシアが元気よく手を挙げた。
「主! あーしは分かったっす!」
「おお! シア!」
ようやく理解者が現れたとばかりに、ユウトが嬉しそうに振り返る。
「いっぱい依頼をこなして、いっぱい魔物を倒せばいいっす!」
「シア! お前も分かってねぇ!」
今度はリトが突っ込んだ。
「なんでっすか!?」
シアは本気で不思議そうな顔をしている。
その姿を見て、ミレアは静かに目を閉じた。
強さについては、今日の討伐結果を見れば疑う余地はない。
しかし、この二人に高ランクの依頼を任せることを想像すると、どうにも不安が拭えなかった。
「…………信用」
「……え?」
ユウトが首を傾げる。
ミレアはゆっくりと目を開いた。
「信用も重要だと申し上げました」
「あ、そうだった」
「それと依頼主からの評価です」
「なるほど」
「そして、規則や依頼内容を守ること」
ミレアはユウトの目を真っ直ぐに見つめた。
その表情は、先ほどまでとは違って真剣だった。
「…………守ったよ?」
ユウトは少し不満そうに答えた。
今回の討伐依頼については、確かに予定よりも多くの魔物を倒してしまった。
しかし、わざわざ探して数を増やしたわけではない。
向こうから襲ってきたのだから、どうしようもなかったのだ。
「今回については、です」
「だろ!?」
「三体の討伐依頼で三十六体を持って帰ってきた方に言われると、少々不安ですが」
「襲われたんだって!」
「それは理解しています!」
「じゃあ問題ないじゃん!」
「…………」
ミレアは再び言葉を失った。
確かに、今回の討伐についてはユウトたちに大きな落ち度があったわけではない。
だが、それと今後も安心して依頼を任せられるかどうかは、別の話だった。
どう説明すれば伝わるのだろうか。
ミレアが困り果てていると、シエルが静かに口を開いた。
「……ミレアさん」
「はい?」
「諦めた方がいいわ」
「シエル!?」
ユウトが思わず振り返る。
しかし、シエルは平然と続けた。
「ユウトに普通を求めるだけ無駄よ」
「ひどくない!?」
「アニキだからな」
リトも当然のように頷いた。
「リトまで!?」
ユウトは周囲を見回した。
シエルもリトも、まったく助けてくれる気配がない。
こうなったら、頼れるのはシアだけだった。
「シアだけは俺の味方だよな!?」
「もちろんっす!」
「シア!」
「でも、主に普通は無理っす!」
「味方がいねぇ!」
ユウトは思わず頭を抱えた。
シアは自分なりに褒めたつもりだったらしく、なぜユウトが落ち込んでいるのか分からない様子だった。
そんな四人を見つめていたミレアは、しばらく黙り込んでいた。
そして、何かを決意したように姿勢を正した。
「……ユウトさん」
「はい」
「一つお願いがあります」
「何?」
ミレアは、これまでで一番真剣な表情を浮かべた。
「次の依頼は、普通にこなしてください」
「…………」
ユウトは思わず瞬きをした。
「依頼書に書かれた内容をきちんと確認して、必要なことだけをして、無事に帰ってきてください」
「……分かった!」
ユウトは力強く頷いた。
しかし、ミレアの表情は晴れない。
「本当にお願いしますね?」
「任せろ!」
「……その返事が一番不安です」
「なんで!?」
ユウトは不満そうに声を上げた。
自分としては、きちんと依頼をこなすつもりなのだ。
もちろん、少しくらい予想外の出来事が起こる可能性はあるだろう。
だが、それは自分の責任ではないはずだった。
「……では、次に受ける依頼を選んできてください」
ミレアはようやく話を切り上げた。
「よし!」
ユウトが勢いよく立ち上がる。
「行くぞ、シア!」
「了解っす!」
二人は早速、掲示板へ向かって駆け出した。
「走らないでください!」
「はい!」
返事だけは元気だった。
しかし、二人の足はすでに掲示板の方へ向かっている。
「……返事だけはいいのよね」
シエルが呆れたように呟く。
「だな」
リトも苦笑しながら頷いた。
ミレアはそんな二人を見送り、深く息を吐いた。
今度こそ、何事もなく依頼を終えてくれればいいのだが。
「…………」
そこで、ふと嫌な予感がした。
先ほどから何度も繰り返されている光景が、頭をよぎったのだ。
依頼の説明を最後まで聞かずに飛び出そうとしたこと。
三体の討伐依頼で三十六体を持ち帰ってきたこと。
そして、Cランク指定魔物まで倒してきたこと。
どれも普通の冒険者なら、そう簡単には起こらない出来事だった。
「…………待ってください」
ミレアは小さく呟いた。
そして、慌ててカウンターから出る。
「ユウトさん!」
「何!?」
掲示板の前にいたユウトが振り返った。
「討伐依頼は、一つずつですからね!」
「…………」
ユウトの動きが止まった。
ミレアはその反応を見逃さなかった。
「……今、何枚持ってます?」
「…………」
ユウトはゆっくりと手元へ視線を落とした。
その手には、三枚の依頼書が握られていた。
「……ユウトさん?」
ミレアの声が少し低くなる。
「……効率的かなって」
「戻してください」
「でも……」
「戻してください」
「…………はい」
ユウトは大人しく二枚の依頼書を掲示板へ戻した。
どうやら、まとめて複数の討伐依頼を受けようとしていたらしい。
先ほどまでの説明が、早くも意味を失いかけていた。
「……一つです」
「はい」
「まず一つを確実に達成してください」
「分かった」
「普通にですよ?」
「分かったって!」
ユウトが少し不満そうに答える。
しかし、ミレアとしてはここで引き下がるわけにはいかなかった。
今日だけで、すでに十分すぎるほど驚かされているのだ。
次こそは、問題なく依頼を終えてほしい。
「……では、どの依頼にしますか?」
「これ!」
ユウトは最後に残した一枚を、嬉しそうに差し出した。
ミレアは受け取った依頼書を確認する。
「……フォレストリザード五体の討伐」
「Fランクだろ?」
「はい」
「五体倒せばいいんだな?」
「そうです!」
ミレアは念を押すように頷いた。
フォレストリザードの討伐は、Fランク冒険者でも受けられる依頼だ。
指定された数を倒し、必要な討伐証明を持ち帰ればいい。
何も難しいことはないはずだった。
「よし!」
ユウトが満足そうに拳を握る。
しかし、ミレアは念のため、もう一度確認することにした。
「……五体ですからね?」
「分かってる!」
「三十体ではありませんよ?」
「分かってるって!」
「Cランクの魔物も倒さなくていいですからね?」
「……それは俺に言われても」
「なぜですか!?」
ミレアが思わず身を乗り出した。
ユウトは当然のように答える。
「また襲われるかもしれないじゃん」
「…………」
ミレアは言葉を失った。
確かに、その可能性はある。冒険者が魔物に襲われることなど、決して珍しい話ではない。
しかし、なぜこの少年は、よりにもよってそんなことを平然と口にするのだろうか。
しかも、どうにも本当に起こりそうな気がしてしまう。
「…………」
ミレアは再びこめかみを押さえた。
「……ミレアさん?」
その様子を見ていたシアが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……何でしょう」
「頭痛いっすか?」
「…………少し」
ミレアは正直に答えた。
朝から何度も驚かされ、何度も説明を繰り返し、ようやく落ち着いたと思えばまた新しい問題が起こる。
まだ一日も経っていないというのに、随分と疲れてしまった気がする。
「大丈夫っす?」
シアが心配そうに尋ねる。
「……ありがとうございます」
その気遣いに、ミレアは少しだけ救われた気がした。
少なくとも、心配してくれる気持ちはあるらしい。
しかし、次の瞬間――。
「主! ミレアさん頭痛いみたいっす!」
「……大丈夫?」
ユウトが心配そうに声を掛けた。
その表情を見る限り、本気で心配しているようだった。
だが、ミレアの中で何かが限界を迎えた。
「……誰のせいだと思ってるんですか!」
「俺!?」
「あなたです!」
ミレアの声が、アルヴェインの冒険者ギルド中に響き渡った。
周囲にいた冒険者たちが一斉に振り返る。
ユウトは驚いたように目を丸くし、シアは不思議そうに首を傾げていた。
その横では、リトがとうとう笑いを堪えきれなくなり、シエルも呆れたように肩をすくめている。
どうやら、ミレアの苦労はまだまだ続きそうだった。
第269話を読んでいただきありがとうございます!
実力だけではなく、実績や信用も重要な冒険者ランク。
説明を受けたユウトも、しっかり理解した――はずです。
そしてミレアからの切実なお願い。
「次の依頼は普通にこなしてください」
果たしてユウトは普通に依頼をこなすことができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




