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転生したら最強種だけどレベルが最弱でした。  作者: マッティー
第三章 魔族大陸

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第二百六十八話 聞いてません

グレイボア三体の討伐依頼を受けたユウトたち。


しかし、現れたのは三体どころか大量の群れ。


襲われた以上は仕方ない。


ということで――正当防衛開始です。


それでは、第268話をお楽しみください!

「ブオオオオオオオッ!!」


 森の静寂を打ち破るように、無数のグレイボアが一斉に咆哮を上げた。


 灰色の巨体が木々の間を駆け抜け、地面を蹴るたびに土や枯れ葉が舞い上がる。


 その数は数十体。


 ユウトたちを取り囲んでいた群れが、ついに一斉に襲い掛かってきたのだ。


「来たっす!」


「見れば分かる!」


 シアの声にリトが突っ込みながらも、すでに剣を構えていた。


 シエルも魔力を高め、迫り来る魔物たちへ視線を向ける。


「ユウト!」


「大丈夫!」


 ユウトは余裕のある表情で拳を構えた。


「三体だけ倒して帰るつもりだったんだけどなぁ!」


「完全に囲まれてるぞ!」


「じゃあ仕方ない!」


 リトに答えながら、ユウトは正面から迫るグレイボアを見据えた。


 先頭の一体が大きく牙を突き出し、勢いを緩めることなく突進してくる。


「ブオオオッ!」


「よっ!」


 ドゴッ!


 軽く踏み込んだユウトの拳が、グレイボアの頭部を捉えた。


 鈍い衝撃音とともに灰色の巨体が宙を舞い、後方から突進してきた別の個体を巻き込んで地面へ転がっていく。


「よし、次!」


「右耳忘れないでよ!」


 シエルの声が飛んでくる。


「分かってる!」


 先ほど一体目を丸ごと捕食してしまった失敗は、さすがに忘れていない。


 今回は討伐証明を残すことが最優先だ。


 もっとも、目の前には必要な数を遥かに超えるグレイボアが押し寄せているのだが。


「主! そっち行ったっす!」


「おう!」


 ユウトが振り返ると、横から別の個体が牙を突き出していた。


 しかし、避けるまでもない。


 その牙を片手で受け流し、反対の拳を叩き込む。勢いを失ったグレイボアは、そのまま地面を転がっていった。


 だが、群れの勢いは止まらない。


 仲間が倒されても怯む様子はなく、次々と新たな個体が飛び掛かってくる。


「まったく、元気な奴らだな!」


「感心してる場合じゃないわよ!」


 シエルが呆れたように言いながら、片手を前方へ突き出した。


「ふっ!」


 放たれた魔法が、迫っていたグレイボアを正面から捉える。


 衝撃を受けた巨体は地面から浮き上がり、そのまま後方の茂みへと吹き飛んでいった。


 その横では、リトが二体のグレイボアを相手にしていた。


「おらぁ!」


 迫る牙をかわしながら大きく踏み込み、剣を鋭く振り抜く。


 一体を斬り伏せると、返す刃で横から襲い掛かってきたもう一体を迎え撃った。


 その動きに迷いはなく、数の多さにも動じていない。


 そして――。


「あーしも行くっすぅ!」


 シアが勢いよく群れの中へ飛び込んでいった。


「ちょっ! シア!」


 あまりにも無造作に突っ込んでいく姿に、ユウトは思わず声を上げた。


 いくら相手がFランク指定の魔物とはいえ、囲まれれば危険なはずだ。


 しかし、シアは楽しそうに振り返った。


「大丈夫っす!」


 ドゴンッ!


「ブオッ!?」


 次の瞬間、シアの一撃を受けたグレイボアが派手に吹き飛んだ。


 さらに背後から迫っていた個体も軽々とかわし、その勢いを利用して地面へ叩き伏せる。


「ほら!」


 得意げに振り返るシアを見て、ユウトは苦笑した。


「……まあ、大丈夫か」


 考えてみれば、シアもこれまで数多くの戦いを経験してきたのだ。


 今更この程度の魔物に苦戦するはずもなかった。


 グレイボアは、Fランクの冒険者でも討伐を許される比較的危険度の低い魔物だ。


 もちろん、群れで襲われれば話は別だろう。経験の浅い冒険者なら、この数を見ただけで逃げ出してもおかしくない。


 しかし、ユウトたちにとっては事情が違った。


 帝国での騒動や数々の強敵との戦いを乗り越えてきた四人にとって、一体一体の動きを見切ることは難しくない。


 ユウトが正面から群れの勢いを止め、シエルが魔法で数を減らす。


 その隙をリトとシアが突き、次々と魔物を倒していく。


 圧倒的な数の差があるにもかかわらず、戦いの主導権は最初からユウトたちのものだった。


 そして、最後の一体が地面へ倒れる頃には、森の中に再び静けさが戻っていた。


 ◇


「…………」


 先ほどまで激しい足音と咆哮が響いていた森には、今は風に揺れる木々の音だけが聞こえていた。


 ユウトたちの周囲には、大量のグレイボアが倒れている。


 灰色の身体があちらこちらに転がり、地面には戦いの跡が残されていた。


「……何体?」


 ユウトが周囲を見回しながら尋ねる。


「知らねぇ」


 リトは剣を収めながら答えた。


「数えてないっす!」


 シアも元気よく返事をする。


 どうやら、誰も正確な数を把握していないらしい。


「……三十くらい?」


「もっといるんじゃない?」


 シエルが周囲を確認しながら言った。


 最初に姿を見せた群れだけでも相当な数だったが、戦闘中にも茂みの奥から何体か飛び出してきていた。


 実際には、ユウトが思っているよりも多くのグレイボアを倒しているのかもしれない。


「……まあいいか!」


「よくねぇだろ」


 リトが呆れたように言う。


「だって襲ってきたんだぞ!」


「それはそうだけどよ……」


「正当防衛!」


 ユウトが胸を張ると、シエルが少し考え込んだ。


「魔物相手に正当防衛って言うのかしら」


「知らん!」


 そもそも、この大陸の法律すら知らないのだ。


 今考えたところで答えが出るはずもない。


 ユウトは深く考えることをやめ、目の前に倒れているグレイボアへ歩み寄った。


「とりあえず、右耳を三つ――」


「待ちなさい」


「……ん?」


 しゃがみ込もうとしたところで、シエルが声を掛けてきた。


「全部持って帰った方がいいんじゃない?」


「……全部?」


 ユウトは思わず周囲を見渡した。


 地面には数十体ものグレイボアが倒れている。


 依頼で指定されているのは三体だけなのだから、残りまで持ち帰る必要はないと思っていた。


「依頼分を超えていても、討伐したことには変わりないでしょう?」


「……なるほど!」


 シエルの言葉に、ユウトは納得したように頷いた。


「素材として買い取ってもらえるかもしれねぇしな」


 リトも横から付け加える。


 確かに、依頼として受け付けてもらえなくても、素材として価値がある可能性は十分にある。


 人間界でも魔物の素材を売ることは珍しくなかった。


「よし! じゃあ全部持って帰ろう!」


「こんなにどうするっすか?」


 シアが首を傾げると、ユウトは得意げに笑った。


「ふっふっふ!実はこの前こっそりゲットしたスキルがあるのだよ! 収納! ストレージ!」


 ユウトが収納を開くと、周囲に倒れているグレイボアが次々と姿を消していった。


 一体、また一体と収納していくうちに、先ほどまで大量の魔物が転がっていた地面が少しずつ片付いていく。


「便利っす!」


 その様子を見ながら、ユウトはふと思い出したように呟いた。


「……最初の一体も残しとけばよかったなぁ」


「自分で全部食べたんでしょう」


 シエルがすかさず指摘する。


「スキル欲しかったんだから仕方ないじゃん!」


「討伐証明まで食べる必要はなかったけどな」


 リトまで追い打ちを掛けてきた。


「…………」


 ユウトは何か言い返そうとしたが、結局言葉が見つからなかった。


「……アニキ」


「過去は振り返らない主義なんだ」


「便利な言葉だな……」


 リトの呆れ声を聞き流しながら、ユウトは最後のグレイボアを収納した。


「よし! 帰ろうぜ!」


 こうして、予定よりも遥かに多くの魔物を討伐した一行は、アルヴェインへ戻ることになった。


 ◇


 森の中を通る帰り道。


 ユウトたちは先ほどの戦闘について話しながら、街へ向かって歩いていた。


 依頼は無事に達成できたはずだ。


 しかも、予想外の数を討伐したことで、素材としての収入も期待できるかもしれない。


 少なくとも、初めての依頼としては上出来だろう。


 そんなことを考えながら歩いていたユウトだったが、ふと足を止めた。


「……ん?」


「どうしたの?」


 シエルが振り返る。


「なんかいる」


「魔物っすか?」


「……たぶん」


 ユウトが視線を向けたのは、道から少し離れた木々の奥だった。


 そこから、何か重いものが地面を踏みしめるような音が聞こえてくる。


 ズシン。


「…………」


 足元の地面が、僅かに揺れた。


 続けて、同じような音が響く。


 ズシン。ズシン。


 音が近付くにつれ、周囲の茂みが不自然に揺れ始めた。


「……デカそうだな」


 リトが警戒しながら呟く。


「グレイボアじゃなさそうね」


 シエルも魔力を高め、木々の奥へ視線を向けた。


「分かってる」


 ユウトは目を凝らし、音のする方向を見つめた。


 そして、次の瞬間。


「グルルルル……」


 低い唸り声とともに、巨大な影が木々の間から姿を現した。


 太い腕が茂みを押し退け、黒い体毛に覆われた巨体がゆっくりと前へ進み出てくる。


「……熊?」


「みたいね」


 シエルが答える。


 目の前に現れたのは、ユウトの倍以上はありそうな巨体を持つ魔物だった。


 全身を覆う黒い体毛の間から、金属のような光沢を帯びた部分が覗いている。


 鋭い爪を備えた巨大な腕は、振り下ろされれば相当な威力がありそうだった。


「……なんか硬そう」


 ユウトが興味深そうに呟く。


 すると、頭の中に補佐機構の声が響いた。


『対象の解析を開始します』


(お!)


「ちょっと待って」


 ユウトは仲間たちへ声を掛け、そのまま魔物の動きを観察し始めた。


「……アニキ、さっきもやってたな」


 リトが不思議そうに呟く。


 しかし、ユウトは返事をせずに解析結果を待っていた。


『解析完了』


『対象名称――アーマードベア』


『危険度――C』


(……C?)


 ユウトは少しだけ目を見開いた。


 先ほどのグレイボアよりも、明らかに危険度が高い。


「……どうしたの?」


 シエルが尋ねる。


「こいつ、Cランク相当の魔物みたい」


「へぇ……」


 シエルも改めて魔物へ視線を向けた。


 なるほど、体格だけを見ても先ほどのグレイボアとは一線を画している。


 だが、ユウトが本当に気にしていたのはそこではなかった。


(……で、スキルは?)


 期待を込めて続きを待っていると、補佐機構から新たな報告が入る。


『固有スキル《鋼皮》を確認』


『暴食進化による獲得が可能です』


「…………」


 ユウトの口元に、自然と笑みが浮かんだ。


「……ユウト?」


 その表情を見たシエルが、嫌な予感を覚えたように声を掛ける。


「主?」


 シアも不思議そうに首を傾げた。


「……こいつ」


 ユウトはアーマードベアを指差した。


「食う」


「やっぱりかよ!」


 リトが即座に突っ込んだ。


「だってスキルあるんだもん!」


「主! どんなスキルっすか!?」


 シアが目を輝かせる。


「《鋼皮》!」


「硬そうっす!」


「だろ!?」


「名前そのままじゃねぇか!」


 リトが呆れたように叫んだ、その時だった。


「グオオオオオッ!!」


 アーマードベアが巨大な口を開き、森全体に響くような咆哮を上げた。


「うおっ!」


 突然の大声に、ユウトは思わず肩を揺らした。


「怒ったっす!」


「そりゃ目の前で食うとか言われたら怒るだろ」


 リトが呆れたように言う。


「言葉分かるの!?」


「知らねぇよ!」


 そんなやり取りをしている間にも、アーマードベアは四肢に力を込め、ユウトたちを威嚇していた。


 そして、次の瞬間巨大な腕が高々と持ち上げられた。


「ユウト!」


「大丈夫!」


 シエルの声に答えると同時に、ユウトは横へ飛んだ。


 直後、先ほどまで立っていた場所に巨大な腕が振り下ろされる。


 ドゴオオオン!


「うわっ!」


 凄まじい衝撃音が響き、地面が大きく抉れた。


 土砂が跳ね上がり、周囲の草木が激しく揺れる。


 もしまともに受けていれば、普通の冒険者ならひとたまりもなかっただろう。


「……結構強いな!」


 ユウトは着地すると、興味深そうにアーマードベアを見上げた。


「Cランクなんでしょう! さっきよりは当然強いわよ!」


「そうだった!」


「楽しそうにするな!」


 リトの突っ込みに、ユウトは笑みを浮かべたまま答えた。


「だって! こっち来て初めてまともに戦えそうな奴だし!」


 もちろん、今のユウトが本気で戦わなければならないほどの相手ではない。


 それでも、未知の魔物がどのような力を持っているのか確かめるのは、やはり楽しかった。


「グオオオッ!」


 アーマードベアが再び咆哮を上げる。


 そして、その巨体が一瞬、鈍い光を放った。


「……ん?」


 ユウトが目を凝らすと、黒い体毛の下にある皮膚が変化していくのが分かった。


 表面が金属のような光沢を帯び、まるで鋼の鎧をまとったかのように硬質化していく。


「あれが《鋼皮》か!」


「たぶんそうね!」


 シエルも魔物の変化を見つめながら答えた。


 ユウトは自分の手を見下ろし、それから再びアーマードベアへ視線を向けた。


 身体の表面を硬くする能力。


 単純な防御力の強化かもしれないが、使い方次第では十分に役立ちそうだった。


「……よし! より早く欲しくなった!」


「…………」


 リトは呆れたように肩をすくめた。


 どうやら、ユウトにとってこの戦いは、すっかり新しいスキルを手に入れるためのものになっているらしい。


「……行くぞ!」


 ユウトは拳を握り、勢いよく地面を蹴った。


 その姿が一気にアーマードベアへ迫る。


「グオッ!」


 魔物が巨大な腕を振り抜いた。


 しかし、ユウトはその下を潜り抜け、硬質化した胴体へ拳を叩き込む。


 ゴンッ!


 金属を殴ったような鈍い音が響いた。


「……おお!」


 ユウトは思わず感心した。


 先ほどのグレイボアとは明らかに違う手応えだった。


 強い衝撃を受けても、アーマードベアの硬質化した皮膚は簡単には崩れない。


「なるほど……本当に硬いな!」


 ユウトが嬉しそうに呟く。


 しかし、アーマードベアにとっては、それどころではなかった。


 巨体を揺らしながら再び腕を振り上げ、何度も攻撃を繰り出してくる。


 ユウトはその動きを見切り、軽々とかわしていった。


 これだけの硬さがあれば、今まで以上に攻撃を受け止められる場面も増えるかもしれない。


(……これは結構使えそうだな!)


 そう考えたユウトは、ようやく満足したように笑った。


「……よし、そろそろ終わりにするか!」


 次の攻撃をかわすと同時に、今度は先ほどよりも強く拳を握り込む。


 硬質化した身体へ、真正面から一撃を叩き込んだ。


 ドゴンッ!


「グオッ!?」


 鈍い衝撃音とともに、アーマードベアの巨体が大きく揺れた。


 そのまま数歩よろめき、ついには地面へ崩れ落ちる。


 重い身体が倒れた衝撃で、足元の土が僅かに震えた。


「……おお」


 ユウトは倒れた魔物を見下ろし、満足そうに頷いた。


 ようやく目的のスキルを手に入れる時が来たのだ。


 ◇


「いただきます」


『暴食を発動します』


 ユウトの前に黒い渦が生じ、倒れたアーマードベアの巨体を包み始めた。


 その光景を見た瞬間、シエルが慌てて声を上げる。


「待って!」


 しかし、黒い渦はすでにアーマードベアを飲み込んでいた。


『アーマードベアの捕食を確認』


『固有スキル《鋼皮》を獲得しました』


(よっしゃ!)


 補佐機構の報告に、ユウトは思わず拳を握った。


「取れたっすか!?」


「おう!」


「おおー!」


 シアも嬉しそうに声を上げた。


 これで《剛突》に続いて、魔族大陸で二つ目の固有スキルを手に入れたことになる。


 しかし、シエルは喜ぶどころか、何とも言えない表情で黒い渦が消えた場所を見つめていた。


「……ユウト」


「ん?」


「また全部食べてないでしょうね?」


「…………」


 ユウトは一瞬黙り込んだ。


 しかし、すぐに得意げな笑みを浮かべる。


「……大丈夫!」


 そう言って掲げた手には、一本の巨大な牙が握られていた。


「今回は残した!」


 どうやら、捕食する前に牙だけは取り分けておいたらしい。


 先ほどのグレイボアで失敗したことを、今度はきちんと覚えていたのだ。


「主が学習したっす!」


「俺をなんだと思ってんの!?」


 ユウトが思わず抗議すると、リトが平然と答えた。


「さっき討伐証明まで食べた奴」


「…………」


 ユウトは言葉に詰まった。


「……アニキ」


「なんだ」


「過去は?」


「振り返らない!」


「都合いいなぁ……」


 リトの呆れ声に、シエルも小さく笑った。


 ユウトはそんな仲間たちを見ながら、改めて手元の牙へ視線を落とした。


 人間界とは異なる魔物。


 初めて手に入れた《剛突》と《鋼皮》。


 そして、討伐した魔物から得られる素材。


 初めての依頼にしては、随分と多くの収穫があった。


「よし! 今度こそ帰ろうぜ!」


 ユウトが元気よく声を上げると、三人も頷いた。


 こうして一行は、再びアルヴェインへ向かって歩き始めた。


 ◇


「ただいま!」


 アルヴェインの冒険者ギルド。


 勢いよく扉を開けたユウトの声に、室内にいた何人かの冒険者が振り返った。


 朝と変わらずギルド内は賑わっており、依頼書を眺める者や、仲間と談笑する者たちの姿が見える。


 そんな中、受付カウンターにいたミレアが、ユウトたちに気付いて笑顔を向けた。


「お帰りなさい。無事に戻られたんですね」


「もちろん!」


 元気よく答えるユウトを見て、ミレアは内心ほっとしていた。


 初めて登録したばかりのFランク冒険者。


 しかも、依頼の説明を最後まで聞かずに飛び出そうとするような一行だった。


 何事もなく戻ってきたのなら、それだけでも喜ばしいことだ。


「それでは、討伐証明を確認いたします」


「おう!」


「グレイボア三体分の右耳ですね」


「そうそう」


「こちらへお願いします」


「分かった」


 ユウトはストレージへ手を伸ばした。


 しかし、そこでふと動きを止める。


「……ここで全部出していい?」


「……全部?」


 ミレアが首を傾げた。


「うん」


「討伐証明でしたら三つで――」


 ドサッ。


「…………」


 ミレアの言葉が止まった。


 カウンターの横に、灰色の巨体が一つ現れたからだ。


 しかし、それだけでは終わらなかった。


 ドサドサッ。


 続けて二体、三体とグレイボアが積み上げられていく。


「…………」


 ドサドサドサッ!


 ユウトが収納から取り出すたびに、新たなグレイボアが現れる。


 やがてカウンターの横には、次々と魔物の身体が積み重なり始めた。


 周囲にいた冒険者たちも、何事かと視線を向けてくる。


「……ユウトさん?」


 ミレアが恐る恐る声を掛けた。


「何?」


「……これは?」


「グレイボア」


「それは分かります」


 ミレアは笑顔を保ったまま答えた。


 問題は、魔物の種類ではない。


 なぜ三体の討伐依頼を受けたはずの冒険者が、これほど大量のグレイボアを持ち帰ってきたのかということだった。


「なんか成り行きでいっぱい倒した」


「…………」


 ミレアはゆっくりと目を閉じた。


 嫌な予感がしていた……何となく、この人たちは普通の依頼でも何かを起こしそうだと思っていた。


 しかし、まさか初日からこれほどの量の魔物を持ち帰ってくるとは想像していなかった。


「……ユウトさん」


「はい」


「私……」


「うん」


「三体と申し上げませんでしたか?」


「ちょっ!ちょっと聞いて!」


「……聞きます」


 ミレアが目を開けると、ユウトは勢いよく説明を始めた。


「群れに襲われた!」


「…………」


「俺たちは三体だけ倒して帰ろうとしたんだよ!」


「…………」


「本当に!」


 必死に訴えるユウトを見て、ミレアは言葉を探していた。


 確かに、グレイボアは群れで行動することがある。


 だからこそ、依頼を受ける際に注意するよう説明したのだ。


 しかし、目の前にある数を見る限り、相当大きな群れだったことが窺える。


 本当に襲われたのだとすれば、Fランクの冒険者が無事に帰還できたこと自体、驚くべきことだった。


「……アニキ」


 その時、リトが横から口を挟んだ。


「なんだ」


「最初の一体は自分から食ったけどな」


「今それ言う!?」


 ユウトが慌てて振り返る。


「……食った?」


 ミレアの表情が僅かに固まった。


「気にしないで!」


「…………」


 気にしないでと言われても、気にならないわけがない。


 魔物を食べたとは、一体どういう意味なのだろうか。


 しかし、今はそれよりも優先して確認しなければならないことがあった。


 ミレアはこめかみに指を当て、落ち着くように息を吐いた。


「……ですが、群れに襲われたのであれば仕方ありませんね」


「だろ!?」


「討伐数についてはこちらで確認します」


「よかったぁ……」


 ユウトが安堵したように肩を落とす。


 少なくとも、依頼を失敗扱いにされることはなさそうだった。


「ただし、今後も無理はしないでください」


「分かった!」


「……本当に?」


「本当!」


「…………」


 ミレアは少し疑わしそうな視線を向けた。


 本人は元気よく答えているが、先ほどからの様子を見る限り、どうにも不安が拭えない。


「……まあ、いいでしょう。依頼自体は達成です」


「よっしゃ!」


 ユウトが嬉しそうに拳を握った。


 シアも隣で喜んでいる。


 これで無事に、魔族大陸での初依頼を終えることができたのだ。


「討伐数によっては追加報酬も――」


「あ! もう一個あった」


 ミレアが説明を続けようとしたところで、ユウトが思い出したように声を上げた。


「……どうしました?」


 また途中で話を遮られたことに、ミレアは僅かに眉を動かした。


 しかし、ユウトは気付かないまま収納へ手を伸ばしている。


「帰りに襲われたんだけど」


「……はい」


「これ」


 ドンッ!


「…………」


 カウンターの上に、大きな牙が置かれた。


 先ほどまでのグレイボアとは、明らかに異なる形状をしている。


 太く、鋭く、普通の魔物から取れるものとは思えないほど立派な牙だった。


 その瞬間、ミレアの表情が変わった。


「…………」


「……ミレアさん?」


 ユウトが不思議そうに顔を覗き込む。


 しかし、ミレアは答えず、カウンターに置かれた牙をじっと見つめていた。


 見覚えがある。


 いや、正確には、ギルドに保管されている資料で何度も目にしてきたものだった。


 だが、実物を目の前にする機会はそう多くない。


「……ユウトさん、これはどこで?」


「帰り道」


「何に襲われたんですか?」


「アーマードベアって名前らしい」


「…………」


 ミレアはゆっくりと顔を上げた。


 目の前にいるのは、今日登録したばかりのFランク冒険者だ。


 受けていた依頼はグレイボア三体の討伐。


 それなのに、なぜアーマードベアの牙を持って帰ってきたのだろうか。


「あの……ミレアさん?」


「ユウトさん」


「はい」


「アーマードベアは……」


「うん」


 ミレアは一度言葉を区切った。


 そして、できる限り落ち着いた声で告げる。


「Cランク指定魔物です」


「知ってる」


「……知ってる!?」


 思わず声が大きくなった。


「あー、まあその……途中で分かった!」


 ユウトは少し気まずそうに答えた。


 しかし、それを聞いたミレアの表情がさらに厳しくなる。


「そういう問題ではありません!」


「うおっ!?」


 突然の大声に、ユウトは思わず身体を仰け反らせた。


 先ほどまで賑やかだったギルド内にも、一瞬だけ静けさが広がる。


「皆さんはFランクですよね!?」


「そう! 今日なったな!」


「なぜ初日にCランク指定魔物を討伐して帰ってくるんですか!」


「襲われたから!」


「またですか!?」


「本当だって!」


 ユウトが必死に説明する。


 もちろん、嘘を言っているわけではない。


 グレイボアの群れも、アーマードベアも、先に襲い掛かってきたのは向こうだった。


 ただし、アーマードベアに固有スキルがあると分かった瞬間、倒す気満々になっていたことについては、今は黙っておくことにした。


「…………」


 ミレアは再びこめかみを押さえた。


 グレイボアを大量に討伐してきただけでも、十分に驚かされた。


 そこへさらに、Cランク指定魔物の討伐まで報告してきたのだ。


 しかも本人たちに大きな怪我は見当たらず、まるで普通の依頼を終えたかのような顔をしている。


 いくら運が良かったとしても、そう簡単に説明できることではなかった。


「……少々お待ちください」


 ミレアは静かに口を開いた。


「どこ行くの?」


「確認してきます」


「何を?」


 ユウトが首を傾げる。


 ミレアは一度立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「……色々です!」


「…………」


 そのまま奥へ向かって歩いていくミレアの背中を、ユウトは不思議そうに見送った。


「……怒らせたかな?」


 ぽつりと呟く。


 すると、隣にいたリトが呆れたように口を開いた。


「……アニキ」


「なんだ?」


「たぶん、これから毎回あんな感じになるぞ」


「なんで!?」


「あなたが原因でしょう」


 シエルが当然のように言い切った。


「俺!?」


 ユウトが驚いたように振り返る。


 そんな彼へ、シアが元気よく声を掛けた。


「主!」


「シア!」


「あーしは主の味方っす!」


「シア!」


 ユウトは感動したようにシアを見つめた。


 しかし、次の一言でその表情が固まった。


「でも、ミレアさんは大変そうっす!」


「…………」


 ユウトは何も言い返せなかった。


 シエルは呆れたように笑い、リトも肩をすくめている。


 その一方で、ギルド内ではすでに小さなざわめきが広がり始めていた。


 カウンターの横に積み上げられた大量のグレイボア。


 さらに、Cランク指定魔物であるアーマードベアの牙。


 それらを持ち帰ってきたのが、今日登録したばかりのFランク冒険者だというのだから、周囲が気にしないはずもなかった。


「……おい、あいつらFランクなのか?」


「今日登録したばかりらしいぞ」


「それであの数かよ……」


 そんな囁き声が、少しずつ周囲へ広がっていく。


 しかし、当のユウトはまったく気付いていなかった。


「……なぁ、シア」


「なんすか?」


「これで少しはランク上がるかな?」


「上がるといいっすね!」


「だよな!」


 すっかり機嫌を直した二人が嬉しそうに顔を見合わせる。


 その様子を見て、リトは大きくため息を吐いた。


「……本当にこいつらは」


 シエルも苦笑しながら、奥へ消えたミレアの背中を思い浮かべた。


 どうやら、このギルドでもユウトたちは早速目立つ存在になってしまったらしい。


 こうしてその日、アルヴェインの冒険者ギルドでは、とんでもないFランク冒険者が現れたという噂が早くも広まり始めていたのだった。

第268話を読んでいただきありがとうございます!


三体の依頼だったはずが、大量のグレイボア。


さらに帰り道ではCランク指定魔物まで討伐してしまったユウト。


もちろん本人に悪気はありません。


全部、襲われただけです。


……たぶん。


早くも頭を抱えることになったミレア。


どうやら長い付き合いになりそうです。


次回もぜひお楽しみに!


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!

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