第二百六十六話 再び最下級から
魔族大陸についてもっと知ることにしたユウトたち。
情報を集めるために向かった先は、アルヴェインの冒険者ギルドでした。
人間界でも冒険者として活動していたユウトたちですが、どうやらこちらでは事情が違うようで――。
それでは、第266話をお楽しみください!
「この世界について、もっと知ろう」
そう決意したユウトだったが、いざ行動に移そうとしたところで、早速問題に直面していた。
「…………」
アルヴェインの大通り。
多くの種族が行き交う賑やかな街の真ん中で、ユウトたちは立ち止まっていた。
「……で? どうやって調べるんだ、アニキ」
リトが隣から問い掛ける。
「…………」
「アニキ?」
「……今考えてる」
「考えてなかったのかよ!」
「知ろうと思ったところまでは考えた!」
「その先が重要だろ!」
「うるさいなぁ!」
ユウトが不満そうに言い返すと、リトは呆れたように額へ手を当てた。
確かに、情報を集めようと決めたのはいいものの、具体的にどこへ行けばいいのかはまったく考えていなかった。
この街には多くの人々が暮らしている。誰かに尋ねれば、何かしらの情報は得られるだろう。
だが、何をどこから聞けばいいのか分からない。
「主!」
そんなユウトの隣で、シアが勢いよく手を挙げた。
「なんだ?」
「聞き込みするっす!」
「……誰に?」
「…………」
シアは少し考え込み、周囲を見回した。
「……その辺の人?」
「雑!」
あまりにも大雑把な答えに、ユウトは思わず突っ込んだ。
しかし、意外にもシエルは否定しなかった。
「でも、間違ってはいないわね」
「シエル!?」
「この街について知っている人に聞く。それが一番早いでしょう」
「……なるほど」
言われてみればその通りだった。
自分たちはこの大陸へ来たばかりだが、ここで暮らしている人々にとっては、街のことも周辺の事情も当たり前の知識なのだろう。
ならば、詳しい人に直接尋ねるのが手っ取り早い。
「よし! じゃあ誰に――」
「待て」
ユウトが周囲を見回したところで、リトがその肩を掴んだ。
「聞き込みするなら、もっといい場所があるだろ」
「……どこ?」
「ギルド」
「…………あ!」
ユウトは思わず手を叩いた。
「そうじゃん!」
「忘れてたのかよ!」
「人間界でも色んな情報あったもんな!」
冒険者ギルド。
人間界では何度も利用してきた、今となっては馴染み深い場所だった。
依頼の受注や報告だけでなく、街や周辺地域に関する様々な情報が集まる場所でもある。
「依頼も集まる場所だしな」
リトが続けると、ユウトは大きく頷いた。
「なら、この大陸にもギルドがあれば……」
「色々分かるかもしれないわね」
シエルも賛成するように微笑んだ。
この大陸にはまだ知らない魔物や遺跡が存在している。
もし人間界と同じような仕組みがあるのなら、そうした場所について調べる手掛かりも得られるかもしれない。
「よし! ギルドを探そう!」
ユウトが勢いよく拳を握る。
「主! ところでどっちっすか!?」
「知らん!」
迷いのない即答だった。
「そういうのこそ、その辺の誰かに聞くんだよ! 勢いだけで歩き出すな!」
リトの突っ込みが、賑やかな大通りに響いた。
◇
「……ここか」
「でかいっすねぇ」
通りを歩く住人たちに場所を尋ねながら進み、ユウトたちは一軒の大きな建物の前へ辿り着いた。
入口の上には、剣と盾を模した紋章が掲げられている。
建物の造りは人間界で見慣れたギルドとは少し違っていたが、出入りしている者たちの装備を見れば、ここがどのような場所なのかは何となく想像できた。
「やっぱり人間界とちょっと違うんだな」
「でも、ギルドで間違いないみたいね」
「よし、入ろうぜ!」
ユウトが扉を開けると、室内から大勢の話し声が聞こえてきた。
「おお……」
中は思っていた以上に広く、多くの冒険者らしき者たちで賑わっていた。
武器を背負った狼族や、巨大な斧を傍らに置いたオーク。ローブをまとい、杖を手にした者たちもいる。
それぞれが仲間と話し込んだり、壁に貼られた依頼書を眺めたりしていた。
武器や装備の種類こそ様々だったが、その光景は人間界の冒険者ギルドとよく似ている。
しかし、ユウトの目はその中にいる一部の冒険者たちへ向けられていた。
「……人間もいるな」
「そうね」
シエルも視線を向ける。
数は多くないものの、人間の冒険者らしき姿も確認できた。
先ほど街を歩いていた時には、人間の扱われ方に少し違和感を覚えた。
だが、ここでは同じように装備を身に着け、冒険者として活動している者もいるらしい。
(……やっぱり、まだ分からないことだらけだな)
ユウトがそんなことを考えていると、隣にいたシアが突然声を上げた。
「主! あれっす!」
「どれ!?」
シアが指差した先には、大量の紙が貼られた掲示板があった。
様々な依頼が並んでいるらしく、数人の冒険者がその前で相談している。
「依頼っす!」
「おお!」
ユウトも目を輝かせ、早速掲示板へ向かおうとした。
しかし、その肩をリトが掴む。
「先に受付行けよ」
「あ、そうだった」
「お前ら、本当に変わらねぇな……」
呆れたように呟くリトに連れられ、ユウトたちは受付のカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ」
声を掛けてきたのは、頭から小さな二本の角を生やした女性だった。
にこやかな表情を浮かべ、ユウトたちへ丁寧に頭を下げる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「はい」
「俺たち、冒険者なんだけど」
「そうでしたか」
「このギルドって初めてでさ」
「それでは、ギルドカードを確認させていただけますか?」
「もちろん!」
ユウトは腰の袋からカードを取り出し、カウンターへ差し出した。
「はい、これ」
「…………?」
カードを受け取った女性は、しばらく表面を見つめていた。
しかし、次第にその表情が困惑したものへ変わっていく。
「……これは?」
「ギルドカード」
「……ですか?」
「です」
「…………」
ユウトは女性の反応を見て、嫌な予感を覚えた。
思い返せば、街へ入る時も同じようなことがあった。
人間界で使っていたギルドカードは、この大陸では見慣れない形式らしい。
「……主」
シアが小声で呼び掛けてくる。
「言うな」
「何も言ってないっす」
ユウトが先回りして答えていると、受付の女性が遠慮がちに尋ねてきた。
「あの……どちらのギルドで発行されたものでしょうか?」
「…………」
ユウトは言葉に詰まった。
隣を見ると、リトがこちらを見ている。
シエルも、シアも同じだった。
「……なんで全員俺を見るんだよ」
「ほら、言えよ。いつもの」
リトが面白そうに笑う。
「いつの間に俺の担当になったんだよ!」
「あの……どちらでしょう?」
受付の女性に重ねて尋ねられ、ユウトは小さく息を吸った。
そして、できる限り自然な表情を作る。
「……ものすごく遠いところです」
「…………」
受付の女性が困ったように瞬きをした。
「また言ったっす」
隣でシアが呟く。
「他に言い方ないだろ!」
「それでよく門通れたな」
リトが呆れたように肩をすくめた。
「通れたんだからいいだろ!」
ユウトが言い返す間にも、受付の女性はカードを確認していたが、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんが、この形式のギルドカードはこちらでは使用できません」
「やっぱりかぁ……」
ユウトはがっくりと肩を落とした。
「ここアルヴェインのギルドとは、登録体系が異なるものと思われます」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「新規登録をしていただければ」
「できるの?」
「もちろんです」
「おお!」
どうやら、冒険者として活動できなくなるわけではないらしい。
ユウトが安心していると、受付の女性は続けて説明を始めた。
「ただし、新規登録となりますので、皆様一番下のランクからとなります」
「…………」
ユウトたちは顔を見合わせた。
人間界では色々な依頼を受け、危険な魔物とも戦ってきた。
しかし、ここではその実績が引き継がれないということらしい。
「……主」
「うん」
「また一番下っす」
「……そうかそうか。懐かしいな」
ユウトは少し遠い目をした。
初めて冒険者として登録した頃のことを思い出す。
あの時も、何も分からないところから始まった。
そう考えれば、今回も似たようなものなのかもしれない。
「そこ喜ぶところなのか?」
リトが不思議そうに尋ねる。
「喜んじゃいないけど……まあいいじゃん!」
ユウトは笑って肩をすくめた。
「どうせ依頼受けながら情報集めるんだし」
「それもそうね」
シエルも納得したように頷く。
そもそも、ここへ来た一番の目的は情報収集だ。
ギルドを利用できるのなら、今はそれだけでも十分だった。
「では、登録されますか?」
「お願いします!」
ユウトが元気よく答えると、受付の女性はにこやかに頷いた。
こうして四人は、魔族大陸の冒険者ギルドへ新たに登録することになった。
◇
「こちらが皆様のギルドカードになります」
「おお!」
登録の手続きを終え、ユウトたちは新しいカードを受け取った。
人間界で使っていたものとは形も異なり、表面に刻まれた文字や模様も違っている。
ユウトは興味深そうにカードを裏返し、しばらく眺めていた。
「……ランクは」
そして、カードに記された文字を確認する。
「F」
「はい」
受付の女性が頷いた。
「Fランクが最下級となります」
「なるほど」
ユウトが納得していると、隣のシアが嬉しそうにカードを掲げた。
「主!」
「なんだ?」
「あーしたち全員Fっす!」
「お揃いだな!」
「嬉しそうに言うなよ」
リトが呆れたように突っ込む。
「いいだろ別に!」
ユウトは笑って言い返した。
最下級からの再出発とはいえ、何も冒険者としての実力まで失ったわけではない。
それに、ここで経験を積み直すのも悪くないと思っていた。
そんなユウトたちへ、受付の女性が説明を続ける。
「なお、Fランクで受注できる依頼には制限があります」
「……制限?」
「はい。採取や配達、一部の簡単な討伐などが中心となります。危険度の高い討伐や調査依頼については、一定以上のランクが必要です」
「へぇ……」
人間界のギルドでも依頼にはランクによる制限があったため、その仕組み自体に違和感はない。
ただ、自分たちが今受けられる依頼は、かなり限られているようだった。
「分かった」
「では、依頼を受ける際はこちらの掲示板から――」
「見てくる!」
「主! あーしも!」
説明が終わるのを待ちきれず、ユウトとシアは掲示板へ向かって駆け出した。
「おい! 最後まで聞け!」
リトの怒鳴り声が背後から聞こえてきたが、二人はすでに掲示板の前へ辿り着いていた。
「いっぱいあるなぁ」
ユウトは壁一面に貼られた依頼書を見上げた。
紙の大きさも内容も様々で、街の中で済ませられそうな仕事から、外へ出る必要がありそうなものまで並んでいる。
それぞれの依頼を眺めていると、人間界で初めて冒険者ギルドを訪れた頃のことを思い出した。
「……薬草採取」
「懐かしいっす!」
隣でシアが目を輝かせる。
「言うと思った」
ユウトは苦笑しながら、次の依頼書へ視線を移した。
「荷物の配達」
「それは情報集めにも使えそうね」
いつの間にか隣へ来ていたシエルが、内容を確認しながら呟いた。
確かに、街の中を移動する依頼なら、仕事をしながら土地勘を得ることもできるだろう。
さらに別の紙へ目を向ける。
「……街道の清掃」
「アニキは余計汚しちまうからダメだな」
背後からリトの声が聞こえた。
「お前、俺を何だと思ってるの?」
ユウトが不満そうに振り返ると、リトは平然と答えた。
「自分の部屋ですら、ろくに掃除したことないだろうが」
「…………」
ユウトは口を開きかけ、そのまま閉じた。
否定したかった。
しかし、残念ながら思い当たる節があった。
「……アニキ?」
「……次の依頼見ようか」
「逃げたな」
「うるさい!」
リトが笑い、シアも楽しそうに声を上げた。
そんなやり取りをしながら、ユウトは次々と依頼書を確認していった。
採取、配達、清掃。
どれも冒険者としては基本的な仕事なのだろう。
しかし、今の自分たちが探している情報に直接繋がりそうなものは、なかなか見つからなかった。
そんな時だった。
「……ん?」
ユウトの視線が、一枚の依頼書で止まった。
他の依頼とは少し違う内容が、そこに記されていたのだ。
「……シエル」
「何?」
「これ」
ユウトが指差した依頼書を、シエルが覗き込む。
「……遺跡?」
「ああ」
そこには、アルヴェインから離れた場所に存在する古い遺跡周辺の調査について書かれていた。
その文字を読んだ瞬間、ユウトの胸が僅かに高鳴った。
帝国の地下遺跡で見つけた、日本語の文献。
世界が三つに分けられたという記録と、その前に何かが起きていたことを示す文章。
あの文献の続きを探すためにも、古い遺跡は調べておきたい場所だった。
「主!」
シアも何かに気付いたように顔を上げた。
「うん」
「これっす!」
「だよな!」
二人が嬉しそうに顔を見合わせる横で、シエルも依頼書の内容を確認していた。
「人間界で見つけた文献のことを考えれば、何か情報が得られる可能性はあるわね」
「よし!」
ユウトは迷わず依頼書を掲示板から剥がした。
「これ受けよう!」
「……待て」
その瞬間、リトが静かに声を掛けた。
「なんだよ、リト」
「そこ」
リトが依頼書の端を指差す。
「……?」
ユウトは言われた場所へ目を向けた。
そこには、小さく一つの文字が記されている。
「……C?」
「たぶんランクだろ……」
「…………」
ユウトの表情が固まった。
先ほど受付で説明されたばかりだ。
危険度の高い調査依頼については、一定以上のランクが必要になる。
そして、自分たちのランクは――。
「……主」
シアが残念そうに声を掛けた。
「まだ分からない!」
「現実を見るっす!」
「受付に聞けばいいだろ!」
ユウトは諦めきれない様子で依頼書を持ち、再びカウンターへ向かった。
「これ受けたい!」
「はい、確認いたします」
受付の女性は差し出された依頼書を受け取り、内容を確認した。
「…………」
「……どう?」
ユウトが期待を込めて尋ねる。
しかし、女性は申し訳なさそうな表情で首を振った。
「申し訳ありません。こちらはCランク以上の冒険者を対象とした依頼です」
「…………」
「皆様はFランクですので、受注できません」
「…………」
予想していた答えではあった。
しかし、実際にはっきり断られると、やはり残念だった。
「……主」
「言うな」
「まだ何も言ってないっす」
シアの言葉を遮ったユウトは、もう一度依頼書を見つめた。
せっかく遺跡を調べるきっかけが見つかったというのに、ランクが足りないという理由で受けられない。
どうにかならないものだろうか。
少し考えた後、ユウトは再びカウンターへ身を乗り出した。
「……じゃあ!」
「はい?」
「Cランクになるにはどうすればいい?」
「依頼をこなし、実績を積んでいただく必要があります」
「……どれくらい?」
「まずはFランクの依頼を――」
「……アニキ」
リトが横から声を掛けた。
「なんだ」
「すげぇ嫌そうな顔してるぞ」
「だって……」
ユウトは手元の遺跡調査の依頼書を見下ろした。
そして、背後の掲示板へ視線を向ける。
そこには、薬草採取や荷物の配達といったFランク向けの依頼が並んでいた。
人間界では様々な依頼をこなし、強力な魔物とも戦ってきた。
その経験があるだけに、今更一番下からやり直すというのは、正直少し面倒だった。
だが、ここで文句を言っても仕方がない。
このギルドにはこのギルドの決まりがあるのだ。
「…………はぁ」
ユウトは大きくため息を吐いた。
そして、気持ちを切り替えるように顔を上げる。
「……仕方ない! やるぞ!」
「何をっすか?」
シアが首を傾げる。
「ランク上げ!」
「おお!」
「受けたい依頼を受けるためだ!」
ユウトが力強く宣言すると、シアも嬉しそうに拳を握った。
リトはそんな二人を見て苦笑し、シエルも小さく頷いていた。
「あなたなら勝手に行っちゃうかと思ってたけど、成長したのね」
「……シエルさん、ひどくない?」
ユウトが不満そうに振り返ると、シエルは何食わぬ顔で微笑んだ。
確かに、今までの自分なら興味のある場所へすぐに向かっていたかもしれない。
しかし、今回は情報を集めるためにギルドへ来たのだ。
この大陸について何も知らない以上、まずはここで活動しながら、少しずつ知識を増やしていくのも悪くないだろう。
ユウトは改めて、新しく受け取ったギルドカードへ視線を落とした。
そこに刻まれた文字は、F。
一番下のランク。
人間界で冒険者として活動し始めた頃を思い出し、思わず小さく笑ってしまう。
(……また最初からか)
面倒だと思う反面、少しだけ懐かしくもあった。
もっとも、今回はあの頃と違って、頼れる仲間たちがいる。
「……よし! まずはFランクの依頼からだな!」
「おーっす!」
シアの元気な返事に、ユウトも笑顔で頷いた。
こうして、終焉竜ユウトの魔族大陸での冒険者生活は、再び最下級ランクから始まることになったのだった。
第266話を読んでいただきありがとうございます!
魔族大陸でも始まった冒険者生活。
しかし、まさかの全員Fランクから再スタートです。
受けたい依頼はCランク。
ならば、やることは一つ――仕方なくランク上げ!
果たしてユウトたちは大人しくFランクの依頼をこなせるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




