第二百六十五話 異世界の違和感
ついに大きな街へと辿り着いたユウトたち。
村とは比べものにならないほど多くの種族が行き交う光景に、ユウトとシアは大興奮。
魔族大陸について知るため、まずは街を見て回ることにします。
そこでユウトは、ある小さな違和感に気付き――。
それでは、第265話をお楽しみください!
「でっけぇ……なになに? アルヴェインっていうのか、この街」
ようやく街の入口へ辿り着いたユウトは、高くそびえる外壁を見上げながら感嘆の声を漏らした。
遠くからでも十分に大きく見えていたが、実際に目の前に立つと、その迫力は比べものにならなかった。
頑丈そうな石造りの外壁が左右へ長く続き、巨大な門の向こうには多くの人々が行き交っている。
「近くで見るともっと大きいっすね!」
「そうだな!」
シアも隣で嬉しそうに見上げていたが、そんな二人をシエルが呆れたように呼び止めた。
「二人とも、入口で止まってると邪魔よ」
「あ」
振り返ってみると、いつの間にか後ろには街へ入ろうとする者たちが並んでいた。
どうやら自分たちは、通行の邪魔になっていたらしい。
「すみません!」
ユウトが慌てて頭を下げると、シアも急いで道を空けた。
「主! 行くっす!」
「おう!」
その様子を見ていたリトが、呆れたように笑った。
「完全に観光客だな」
「観光客みたいなもんだろ!」
「情報集めに来たんじゃなかったのか?」
「それもする!」
「それもって……」
あまりにも堂々とした返答に、リトは深いため息を吐いた。
もっとも、ユウトとしては情報収集を忘れたつもりはない。
ただ、初めて訪れる大きな街なのだから、少しくらい見て回りたいと思うのも当然だろう。
そんなことを考えながら、四人は街へ入るための列の最後尾へと並んだ。
「……すげぇな」
ユウトは前に並ぶ者たちを見渡し、改めて感心したように呟いた。
狼族や角を生やした者、全身を鱗に覆われた者に、大きな身体を持つオーク。
昨日の村でも様々な種族を見かけたが、ここではその数がまるで違っていた。
街へ入る者も、外へ出ていく者も、それぞれ姿形が異なっている。
「昨日も見たでしょう?」
シエルが不思議そうに尋ねる。
「数が違う!」
ユウトは興奮した様子で答えた。
小さな村でも十分に驚かされたというのに、これほど多くの種族が集まる場所では、一体どんな光景が見られるのだろうか。
そんな期待を膨らませていると、隣のシアが突然声を上げた。
「主! あれ!」
「どれ!?」
「あの人、羽生えてるっす!」
「おお!」
シアが指差した先には、背中に大きな翼を持つ男が並んでいた。
ユウトも思わず目を奪われたが、すぐにリトの注意が飛んでくる。
「指差すな! 昨日も言ったぞ、シア!」
「ごめんっす!」
慌てて腕を下ろしたものの、どうやら遅かったらしい。
前に並んでいた翼のある男が、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「…………」
シアは気まずそうに目を逸らし、ユウトの背後へ少し身を寄せた。
「……見られたっすか? あとで謝った方がいいっすか?」
「もうやめとけ」
「はいっす……」
リトに言われ、シアは大人しく頷いた。
ユウトも少し反省しながら、改めて列の先へ目を向ける。
これほど多くの種族が暮らす街では、自分たちにとって珍しい姿も、きっと当たり前のものなのだろう。
昨日ルゥに教えられたことを、もう少し意識した方がよさそうだった。
やがて列が進み、ユウトたちの順番が回ってきた。
「次」
門の前に立つ衛兵が、ユウトへ視線を向けた。
「身分証は?」
「……え?」
予想していなかった質問に、ユウトは思わず固まった。
身分証と言われても、この大陸で発行されたものなど持っていない。
「主、持ってるっすか?」
「人間界のギルドカードなら……」
ユウトは小声で答えた。
しかし、それが魔族大陸でも通用するのかは分からない。
「何か問題でも?」
「い、いや!」
門番に不審そうな顔をされ、ユウトは慌てて腰の袋を探った。
そして、取り出したギルドカードを差し出す。
「これでいい?」
「…………」
門番は受け取ったカードをしばらく眺めていたが、やがて眉をひそめた。
「なんだ、これは?」
「ですよねぇ!」
ユウトは思わず天を仰いだ。
薄々予想していたことではある。
そもそも、人間界と魔族大陸では通貨すら違ったのだ。ギルドカードの形式まで同じだと考える方が無理があるだろう。
「知らない形式だな」
「遠いところから来たんで!」
「どこだ?」
「…………」
ユウトは一瞬考え込み、笑顔で答えた。
「……ものすごく遠いところです!」
「またそれかよ」
隣でリトが小さく呟く。
「何か言った?」
「何も」
ユウトが睨むと、リトは素知らぬ顔で視線を逸らした。
その間にも門番はカードを確かめ、ユウトたち四人を順番に見回していた。
少しばかり落ち着かない時間が流れたが、やがて門番はカードを返してきた。
「……まあいい」
「いいの!?」
「入街料を払えば入れる」
「おお!」
身分証が使えないと分かった時はどうなることかと思ったが、どうやら入る方法はあるらしい。
ユウトが安心していると、門番が続けた。
「一人銅貨五枚だ」
「払える!」
ユウトは即座に腰の袋へ手を伸ばした。
昨日、村の交換所でホーンウルフの角を換金しておいたおかげで、この大陸の通貨は持っている。
「よかったわね」
シエルが小さく笑う。
「昨日交換してなかったら詰んでたな」
リトの言葉に、ユウトは力強く頷いた。
「肉に感謝だ!」
「違うだろ」
「主! 肉のおかげっす!」
「だよな!」
「お前ら……」
リトが再びため息を吐く。
そもそも、昨日の換金は肉を買うためだったはずだ。
しかし結果的には、こうして街へ入るためにも役立っている。
ユウトとシアにとっては、それだけで十分に肉へ感謝する理由になるのだった。
◇
「うおおおおお!」
「すごいっすぅぅぅ!」
門をくぐった瞬間、ユウトとシアの歓声が響いた。
「うるさい!」
リトが即座に注意するが、二人の耳にはほとんど届いていない。
それほどまでに、目の前に広がる街の光景は圧倒的だった。
「広っ!」
「人いっぱいっす!」
門の先には大きな通りが真っ直ぐに伸び、その両側には数え切れないほどの建物が立ち並んでいた。
店先には様々な商品が並び、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。
商人たちの呼び声や荷車の音、人々の話し声が混ざり合い、街全体が活気に満ちていた。
その中を行き交っているのは、昨日の村でも見かけたような多種多様な種族たちだ。
「……だから、人って言い方でいいのか?」
リトが少し考えるように呟いた。
「リト」
「なんだ?」
「細かいこと気にすんな!」
「アニキが何も考えてねぇだけだろ!」
ユウトは悪びれる様子もなく笑い、再び街へ視線を向けた。
昨日の村とは違い、どこを見ても人々の姿がある。
立ち並ぶ店の種類も多く、通りの向こうにはさらに大きな建物が見えていた。
「なんだあれ!」
「主! あっちも!」
「おお!」
二人は次から次へと目に入るものに反応し、そのたびに足を止めそうになっていた。
そんな様子を見かねたリトが、二人の肩を掴む。
「お前ら、目的を忘れるな」
「忘れてない!」
「本当か?」
「魔族大陸について知る!」
「……ならいい」
ユウトの答えに、リトはひとまず納得したようだった。
しかし、すぐに続いた言葉でその表情が変わる。
「その前にちょっと見て回ろう!」
「忘れてんじゃねぇか!」
「ちょっとだけ!」
「絶対長くなるだろ!」
リトが頭を抱える横で、シエルは小さくため息を吐いた。
「……リト、諦めなさい」
「シエル!?」
「この二人を止める方が疲れるわ」
「分かってるじゃん!」
ユウトが嬉しそうに振り返る。
「褒めてないわよ」
「知ってるよ!」
シエルは呆れたように首を振ったが、結局、二人の好奇心を止めようとはしなかった。
こうしてユウトたちは、情報を集めることも兼ねながら、アルヴェインの街を見て回ることにした。
◇
「へぇ……人間界とそんなに変わらないところもあるんだな」
街の大通りを歩きながら、ユウトは忙しなく周囲を見回していた。
住人たちの姿は人間界とは大きく異なるが、街そのものの雰囲気には見覚えがある。
道沿いには商店や宿が立ち並び、屋台では食べ物が売られている。
人々が買い物をし、商人が商品を運び、子供たちが楽しそうに歩いている光景は、人間界の街とそれほど変わらなかった。
「そうね」
シエルも周囲を眺めながら頷いた。
「店もあるし、宿もあるっす!」
シアが楽しそうに声を上げる。
「飯屋もたくさんあるな!」
ユウトも負けじと声を上げた。
「主! 何から食べるっすか?」
「やっぱ肉は欠かせないよな!」
「結局そこかよ」
リトが呆れたように言う。
「見るだけ!」
「信用できねぇ……」
昨日のこともあり、リトは二人をまったく信用していないらしい。
ユウトは苦笑しながらも、再び通りへ視線を戻した。
これだけ大きな街なら、村では見かけなかったものも数多くあるだろう。
そんな期待を膨らませながら歩いていた時だった。
「おい、それ、こっちに運んでくれ」
近くの店先から、低い声が聞こえてきた。
「はい」
何気なく足を止めたユウトの目に、一人の男の姿が映った。
大きな木箱を抱えているのは、人間の男だった。
その前には、額に角を生やした商人らしき男が立っている。
「終わったら裏の荷物も頼む。今日中だからな」
「分かりました」
人間の男は短く返事をすると、言われた通りに木箱を運び始めた。
「…………」
ユウトはその様子をしばらく眺めていた。特別おかしなことをしているわけではない。
店の仕事を手伝っているだけにも見えるし、人間界でも似たような光景は何度も見てきた。
それなのに、なぜか少し気になった。
「……どうしたの?」
シエルに声を掛けられ、ユウトは我に返った。
「いや、なんでもない」
そう答えて再び歩き始めたものの、先ほどの光景が頭から離れなかった。
しばらく進んだところで、また別の人間の姿が目に入った。
道端を掃除している者。
荷車を引いている者。
店の前で荷物を積み上げている者。
そのいずれもが、人間だった。
「…………」
もちろん、働いているのは人間だけではない。
店を手伝う狼族もいれば、荷物を運ぶオークや、道を掃除している小柄な種族の姿も見える。
様々な種族が、それぞれの仕事をしている。
そう考えれば、何も不思議なことではないはずだった。
しかし、ユウトはどうしても気になってしまった。
「……なんか」
「何?」
シエルが振り返る。
「人間って、こういう仕事してる奴、多くない?」
「…………」
シエルも改めて周囲へ視線を向けた。
行き交う人々の姿を確認しながら、少し考える。
「そう言われると……そうね」
「気のせいかな」
「分からないわ」
「だよな」
ユウトは小さく頷いた。
まだこの街へ来たばかりなのだ。
たまたま目に入った人間たちが、似たような仕事をしていただけかもしれない。
それだけで、この街の事情を知ったつもりになるのは早すぎる。
そう自分に言い聞かせ、ユウトは再び歩き始めた。
しかし、少し進んだところで、今度はリトが声を掛けてきた。
「……アニキ」
「ん?」
「あれ」
リトが顎で前方を示した。
そこでは、一人の人間の男が店員と話していた。
「これを一つ」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「はい」
どうやら、店で何かを買おうとしているらしい。
ごく普通のやり取りだったが、その直後、後ろから別の男が近付いてきた。
大柄で、額には角が生えている。
「おい、こっちを先に頼む」
「あいよ」
店員は当然のように返事をすると、先ほどの人間を待たせたまま、後から来た男の注文を受け始めた。
「…………」
人間の男は何も言わなかった。
ただ、一歩後ろへ下がり、そのまま静かに待っている。
「…………」
ユウトは思わず足を止めた。
「……今」
「ええ」
隣にいたシエルも、その一部始終を見ていたらしい。
「あの人の方が先だったよな?」
「そうね」
ユウトはもう一度店の方へ視線を向けた。
店員も、後から来た男も、特に気にしている様子はない。
そして、順番を後回しにされた人間の男も、抗議することなく待っていた。
まるで、それが当たり前であるかのように。
「…………」
昨日、初めて訪れた村では、様々な種族が当たり前のように暮らしていた。
人間もいれば、狼族やオーク、角を持つ者や鱗に覆われた者もいる。
姿形の違いを誰も気にしていないように見えたからこそ、ユウトは魔族大陸に対して良い印象を抱いていた。
だが、今目の前で起きたことには、どうにも納得できないものがあった。
「……主?」
シアが不思議そうに声を掛けてきた。
ユウトは答えず、少しだけ眉をひそめる。
「なんか……変じゃね?」
「何がっすか?」
「上手く言えないけど……」
もう一度、人間の男へ視線を向けた。
男は今も、店の前で大人しく順番を待っている。
その姿を見ていると、先ほどから感じていた違和感が、少しずつ大きくなっていくようだった。
「同じようにここで暮らしてるのにな」
「…………」
シエルは何も答えなかった。
彼女も何かを感じているのかもしれないが、今のところ確かなことは何も分からない。
ユウトはしばらくその場に立ち止まっていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……まあ、まだ何も知らないしな」
「そうね」
シエルが静かに頷く。
目にした光景だけで、すべてを判断することはできない。
偶然だったのかもしれないし、この街には自分たちの知らない事情があるのかもしれない。
だからこそ、今は決めつけずに知ることが大切なのだろう。
ユウトは再び歩き始め、アルヴェインの大通りへ視線を向けた。
「……だからこそ、もっと知ろう」
シエルもそれ以上は何も言わず、ユウトの後に続いた。
通りには相変わらず大勢の人々が行き交い、店先からは賑やかな声が聞こえてくる。
様々な種族が共に暮らす、大きな街。
その光景は、先ほどまでと何も変わっていなかった。
しかし、ユウトの目には少しだけ違って映っていた。
昨日まで、見るものすべてが珍しく、ただ楽しいだけだった世界。
その中に、ユウトは初めて小さな違和感を覚えたのだった。
第265話を読んでいただきありがとうございます!
大きな街へやって来たユウトたち。
様々な種族が当たり前のように暮らす中、ユウトは人間たちの様子に小さな違和感を覚えました。
まだこの大陸について何も知らないユウト。
だからこそ、まずは知ることから。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




