第二百六十三話 魔族大陸の人間
魔族大陸で見かけた一人の人間。
様々な種族が暮らすこの大陸では、人間もまた珍しくはあるものの、普通に存在しているようです。
人間界と魔族大陸。
それぞれの「当たり前」は、どうやら大きく違う様子。
そしてユウトたちは、明日から向かう大きな街に備えて宿へ向かいます。
それでは、第263話をお楽しみください!
「……人間っているんだな」
先ほど通り過ぎていった男の背中を見送りながら、ユウトは感心したように呟いた。
魔族大陸に来てからというもの、目にするのは獣耳や角を持つ者、鱗に覆われた者など、人間界では滅多に見かけなかった種族ばかりだった。
そのため、ごく普通の人間が当たり前のように歩いていることが、かえって新鮮に感じられたのだ。
「いるよ?」
隣にいたルゥは、不思議そうに首を傾げた。
「珍しくないの?」
「珍しいよ?」
「どっちだよ!」
「いるけど少ないもん」
「ああ、そういうことか」
ユウトは納得したように頷き、もう一度男が歩いていった方向へ目を向けた。
「人間界じゃ人間ばっかりだったからなぁ」
「そうなの?」
「うん」
「狼族は?」
「見たことない」
「えっ!?」
ルゥが驚いたように目を丸くした。
「一人も!?」
「少なくとも俺はないな」
「こんなにいるのに!?」
「こっちではな」
ユウトが苦笑すると、ルゥは信じられないといった様子で周囲を見渡した。
この村では、ルゥと同じ狼族の姿も珍しくない。しかし、人間界では少なくともユウトが旅してきた範囲で見かけたことはなかった。
逆に、人間界では当たり前だった人間の姿が、この大陸では少数なのだという。
「……変なの」
ルゥがぽつりと呟く。
「お互い様だよ」
「どういうこと?」
「こっちじゃ普通のことが向こうじゃ珍しくて、向こうじゃ普通のことがこっちじゃ珍しいってこと」
「ふーん……」
ルゥは少し考え込んだ後、何かを理解したように頷いた。
「人間界って変なところなんだね」
「魔族大陸も十分変だぞ」
「変じゃない!」
「俺たちからしたら変なの!」
「変じゃないもん!」
お互いに一歩も譲る気配のない二人を見て、シエルが小さくため息を吐いた。
「まあまあ。どちらも自分たちの常識で考えているだけでしょう」
「……常識?」
ルゥが首を傾げると、シエルは周囲へ視線を向けた。
「ここでは様々な種族が暮らしていることが当たり前。でも、人間界では人間が多く暮らしていることが当たり前なのよ」
「なるほど……」
「どちらがおかしいという話ではないわ」
シエルの説明を聞き、ルゥは納得したように頷いた。
ユウトも改めて村の様子を見渡す。
姿形の異なる者たちが、同じ通りを歩き、同じ店で買い物をしている。
ここで暮らす人々にとっては何でもない日常でも、自分たちには驚きの連続だった。
逆に、ルゥが人間界を訪れれば、今の自分と同じような反応をするのかもしれない。
「さすがシエル」
ユウトが感心したように言うと、シエルは呆れた表情を浮かべた。
「それくらいあなたも考えなさい。子どもじゃないんだから……」
「そうだよな!」
「……子どもだったかしら」
「シエルーー!?」
途中で考え直されたことに、ユウトは思わず声を上げた。
そんなやり取りを見ていたシアも、元気よく手を挙げる。
「主!」
「なんだ?」
「あーしも分かったっす!」
「じゃあ説明してみろ」
「…………」
シアはしばらく考え込んだ。
しかし、どう説明すればいいのか思い付かなかったらしく、最後には自信満々に胸を張った。
「シエルの言った通りっす!」
「分かってねぇだろ!」
「分かったっす!」
「絶対分かってないねぇ!」
ユウトが突っ込んでも、シアは満足そうに頷いている。
それを見ていたリトは、とうとう呆れたようにため息を吐いた。
「あーもう、うるせぇぞ。宿行くんじゃなかったのか?」
「……そうでした」
ユウトが素直に答えると、ルゥまで呆れた顔を向けてきた。
「忘れてたの?」
「忘れてない!」
「主は忘れてたっす」
「お前は裏切らないでくれよ!」
どうやら、この一行の中で自分の味方になってくれる者は少ないらしい。
ユウトは少しばかり肩を落としながらも、ルゥの案内に従って歩き始めた。
◇
「ここだよ!」
ルゥが足を止めたのは、木と石で造られた二階建ての建物の前だった。
周囲の家々と比べても特に奇抜な造りではなく、人間界で見かけた宿と大きな違いはなさそうだった。
「おぉ! ……普通だな」
思わず漏れた感想に、ルゥが首を傾げる。
「何が?」
「いや、もっとこう……」
ユウトは建物を見上げながら、言葉を探した。
しかし、その続きを口にする前に、ルゥの目がゆっくりと細くなった。
「……また変なの想像してた?」
「してません」
「今したでしょ!」
「してません!」
「してたわね」
シエルが当然のように言い切った。
「シエル!?」
「アニキだからな」
「リトまで!?」
さらに追い打ちを掛けられ、ユウトは思わず頭を抱えた。
すると、隣にいたシアが何かを言いたそうに顔を近付けてくる。
「主」
「お前は黙ってろ!」
「まだ何も言ってないっす!」
「どうせ同じこと言うだろ!」
「なんで分かったんすか!?」
「分かるようになってきたよ!」
長い間一緒に旅をしてきたせいか、最近ではシアが何を言い出すのか、ある程度予想できるようになっていた。
もっとも、それが嬉しい成長なのかどうかは微妙なところだった。
「……変な人たち」
ルゥが呆れたようにため息を吐く。
「九歳にずっと言われてる……」
ユウトはがっくりと肩を落とした。
どうやら、この村にいる間はずっと変な人扱いされそうだった。
そんなことを考えながら、一行は宿の中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
入ってすぐ、穏やかな女性の声が聞こえてきた。
声のした方を見ると、そこには猫のような耳を持つ女性が立っていた。
「…………」
ユウトの視線が、思わずその耳へ向かう。
「主」
隣から小さな声が聞こえた。
「……言うな」
「猫っす」
「言うなって!」
「聞こえてますよ?」
「すみません!」
ユウトは慌てて頭を下げた。
しかし、女性は気を悪くした様子もなく、くすくすと楽しそうに笑っていた。
「旅の方ですか?」
「そんなところです」
「お泊まりで?」
「はい」
「何名様でしょう?」
「四人です」
ユウトが答えたところで、ふと隣にいるルゥへ視線を向けた。
「……ルゥは?」
「案内しただけだし、家帰るよ?」
「あ、そりゃそうか」
「変なの」
「今日何回目!?」
思わず声を上げるユウトに、ルゥは平然と答えた。
「数えてない」
「俺も数えてない!」
「じゃあ聞かないでよ!」
「ごもっとも!」
またもや九歳の少女に言い返され、ユウトは苦笑するしかなかった。
そんな二人を見ていた宿の女性が、楽しそうに微笑む。
「仲がいいんですね」
「今日会ったばかりです」
「え?」
「俺たち迷子だったんで」
ユウトが何気なく答えると、リトが思わず振り返った。
「アニキ!」
「なんだよ」
「自分から言うのかよ」
「もういいだろ!」
今更隠しても仕方ない。
ルゥに案内してもらわなければ、この宿にも辿り着けなかったのだから。
しかし、そんなユウトの説明を聞いた女性は、驚いたように目を丸くした。
「……迷子?」
「はい」
「大人なのに?」
「…………」
ユウトは言葉を失った。
つい先ほど、ルゥにもまったく同じことを言われたばかりだ。
まさか宿に着いてまで言われるとは思っていなかった。
「……ルゥ」
「なに?」
「この人にも言われた」
「大人なのに迷子になるからでしょ?」
「ぐっ……!」
容赦ない追撃に、ユウトは胸を押さえた。
その横では、シアが楽しそうに笑っている。
「九歳に追撃されてるっす」
「シアはどっちの味方なんだよ!」
「主の味方っす!」
「お前はもう黙っててくれ……」
あまりにも頼りない味方に、ユウトは深いため息を吐いた。
宿の女性はそんな一行を楽しそうに眺めていたが、やがて宿泊の手続きへと話を戻した。
こうしてユウトたちは、無事に今夜の宿を確保することができたのだった。
◇
宿泊の手続きを終えたユウトたちは、ルゥを見送るために再び外へ出た。
村には少しずつ夕暮れの気配が広がり、通りを歩く住人たちの姿も、先ほどより落ち着いて見える。
「じゃあ私、帰るね」
ルゥが元気よく声を掛けてきた。
「おう! 気を付けて帰るんだぞ」
ユウトが笑って答えると、シエルも穏やかに頷いた。
「今日はありがとうね」
「うん!」
「ルゥがいなかったら、まだ彷徨ってたかもしれないっす!」
シアの言葉に、ユウトも苦笑しながら同意した。
実際、魔族大陸へ到着した直後にゴルダンと別れ、右も左も分からないまま歩き続けていたのだ。
偶然ルゥに出会わなければ、村の存在にすら気付けなかったかもしれない。
「感謝してよね」
「ああ、助かったよ……」
ユウトが改めて礼を告げると、ルゥは少し得意そうに笑った。
「明日、街に行くんだよね?」
「ああ」
「魔物に気を付けてね」
「大丈夫だって」
ユウトは安心させるように笑った。
「俺たち、こう見えて結構強いから」
「…………」
ルゥはしばらくユウトを見つめた。
それからシエル、シア、リトへと順番に視線を向け、再びユウトへ顔を戻す。
「……なんだよ」
「強そうに見えない」
「えっ!? なんで!?」
あまりにも率直な感想に、ユウトは思わず声を上げた。
確かに、自分たちは見た目だけで強さを判断しにくい一行なのかもしれない。
しかし、こうもはっきり言われると少し傷付く。
「アニキは特にな」
リトが横から追い打ちを掛けてきた。
「リト!?」
「主はちっちゃいっすからね!」
「お前もだろ!」
ユウトが反論すると、シアは悪びれる様子もなく笑っていた。
そんな三人のやり取りを見て、ルゥもつられるように笑った。
「でも、気を付けてね!」
「おう!」
ユウトは笑顔で頷いた。
すると、ルゥが少しだけ首を傾げた。
「……また来る?」
「もちろん」
「本当?」
「ああ」
ユウトは迷うことなく答えた。
この村では、初めての魔族大陸で分からないことばかりだった自分たちを、ルゥが色々と助けてくれた。
またこの辺りを訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄りたいと思っている。
「今度来たら、また肉食おうぜ!」
「結局肉!?」
「いいだろ!」
ユウトが笑うと、ルゥも思わず吹き出した。
「ふふっ。じゃあね!」
「またな!」
ルゥは小さく手を振ると、村の通りを元気よく駆けていった。
その小さな背中が遠ざかっていくのを、ユウトたちはしばらく見送っていた。
「……いい子だったな」
ユウトがぽつりと呟く。
「そうね」
シエルも穏やかに頷いた。
初めて出会った時は随分と警戒されていたが、最後にはこうして笑顔で別れることができた。
魔族大陸へ来る前は、もっと恐ろしい場所なのではないかと考えていた。
しかし、今のところ出会った人々は親切で、村には穏やかな日常が広がっている。
そんなことを考えていたユウトの隣で、シアが残念そうに呟いた。
「……尻尾触れなかったっす」
「まだ言ってんの!?」
「次は触らせてもらうっす!」
「やめてあげなさい」
シエルに注意されても、シアは諦めきれない様子だった。
ユウトは思わず苦笑しながら、もう一度ルゥの走っていった方向へ目を向けた。
魔族大陸にはまだ到着したばかりだというのに、来る前に想像していた場所とは何もかもが違っていた。
多種多様な種族が暮らす村。
人間界とは異なる通貨や食べ物。
そして、見知らぬ自分たちを助けてくれた小さな少女。
ほんの一日足らずで、これほど多くの発見があるとは思っていなかった。
(……まだまだ知らないことだらけだな)
ユウトは小さく笑い、宿へと振り返った。
「さて、今日は休もう」
「そうね」
シエルが頷くと、ユウトは村の外へ続く道へ目を向けた。
ルゥの話では、この道を進んだ先に大きな街があるという。
どれほどの距離があるのかは分からないが、そこへ行けば今より多くの情報を集められるかもしれない。
「明日は大きな街だ」
「楽しみっす!」
シアが嬉しそうに声を上げる。
「今度はちゃんと情報集めろよ」
リトが念を押すように言った。
「分かってるって!」
「本当か?」
「信用ねぇなぁ!」
ユウトが不満そうに答えると、リトは呆れたように笑った。
そんな仲間たちの様子を見て、ユウトもつられるように笑みを浮かべる。
明日はどんな景色が見られるのだろうか。
どんな種族に出会い、どんな文化に触れることになるのだろう。
そして、この大陸のどこかには、世界が三つに分けられた理由を知る手掛かりが残されているのかもしれない。
分からないことは山ほどある。
それでも、未知の世界を歩いていくことへの期待は、少しずつ大きくなっていた。
しかし、ユウトたちはまだ知らない。
この大陸がどれほど広く、どれほど多くのものを抱えているのかを。
魔族大陸での旅は、まだ始まったばかりだった。
第263話を読んでいただきありがとうございます!
ユウトたちは少しずつ、魔族大陸と人間界の違いに触れ始めています。
そして、最初に出会った狼族の少女ルゥとはここで一旦お別れ。
迷子になったユウトたちを村まで案内してくれた、頼もしい九歳でした。
次に会った時、シアは尻尾を触らせてもらえるのでしょうか。
明日は村を出発し、いよいよ大きな街へ。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




