第二百六十二話 まずは知ることから
念願の肉を食べ、すっかり満足したユウトとシア。
しかし、そもそも彼らは肉を食べるために魔族大陸へやって来たわけではありません。
知らない土地、知らない種族、知らない文化。
まずは自分たちがやって来たこの場所について知ることから。
ようやく本来の目的へ戻ります。
それでは、第262話をお楽しみください!
「ふぅ……食った食った」
ユウトは満足そうに腹をさすりながら、大きく息を吐いた。
あれほど食べたかった串焼きの肉を存分に味わい、すっかり上機嫌になっている。
隣にいたシアも、幸せそうな表情で頷いていた。
「美味しかったっす!」
魔族大陸へ到着してから、まだそれほど時間は経っていない。
しかし、見知らぬ土地を歩き回り、ようやく食事にありつけたこともあってか、二人の満足感は相当なものだった。
そんな二人を見ていたルゥが、不思議そうに首を傾げた。
「……で?」
「ん?」
「これからどうするの?」
「…………」
その問いに、ユウトの動きが止まった。
シアも同じように固まり、二人は顔を見合わせる。
そういえば、肉を食べることばかり考えていて、その後の予定をまったく決めていなかった。
「主!」
シアが何かを言おうとした瞬間、リトがすかさず口を挟んだ。
「待て、アニキ、シア!」
「まだ何も言ってないっす!」
「次の肉を探すとか言おうとしただろ」
「なんで分かったんすか!?」
「やっぱりかよ! いい加減にしろ!」
リトが呆れたようにため息を吐いた。
そして、今度はユウトへ視線を向ける。
「アニキも! 肉食うためにここまで来たんじゃねぇだろ」
「分かってるよ!」
「本当か?」
「……たぶん」
「おい」
即座に疑わしい返事をしたユウトに、リトは額へ手を当てた。
確かに、ここへ来た目的は観光でも食べ歩きでもない。
ゴルダンを故郷へ帰すことはできたが、帝国の遺跡で見つけた日本語の文献についても、まだ調べなければならないことが残っている。
その手掛かりを探すためにも、まずは魔族大陸について知る必要があった。
「ユウト」
そんなことを考えていると、シエルが静かに口を開いた。
「まずは情報を集めた方がいいんじゃない?」
「……情報?」
「ええ」
シエルは周囲へ視線を向けた。
村の通りでは、様々な種族の住人たちが行き交っている。店先で会話を交わす者や、荷物を運ぶ者など、その暮らしぶりは人間界の村と大きく変わらない。
しかし、ここで暮らす人々にとって当たり前のことでも、ユウトたちには分からないことばかりだった。
「私たちは、この大陸について何も知らないわ。どんな場所なのか、どんな種族が暮らしているのか、それにどんな街があるのかも」
「……確かに」
「それに、ゴルダンの野郎もどっか行っちまったからな」
リトが思い出したように付け加えた。
「そうだった!」
「忘れてたのかよ!」
「肉が……」
「肉のせいにすんな!」
ユウトが苦し紛れに言い訳すると、リトが容赦なく突っ込んだ。
魔族大陸へ到着した直後、ゴルダンは何かの報告があると言って飛び去ってしまった。
用事が済めば探すと言っていたが、いつ戻ってくるのかも分からない。
今のところ、自分たちだけで行動するしかなかった。
「……でも、シエルの言う通りだな」
「でしょう?」
「俺たち、ここがどこなのかすら知らないし」
ユウトは改めて村の様子を見渡した。
目の前にあるのは、ごく普通の村だ。
だが、それが魔族大陸のどの辺りに位置しているのか、近くにどんな街があるのかも分かっていない。
そもそも、この大陸がどれほど広いのかさえ知らないのだ。
「…………」
そこで、ユウトたちの視線が自然と一人の少女へ集まった。
「……何?」
突然全員から見つめられ、ルゥが不思議そうに首を傾げる。
「なぁ、ルゥ」
「なに?」
「ここって、魔族大陸のどの辺なんだ?」
「……どの辺?」
「そう」
ルゥは少し考え込んだ。
しかし、やがて困ったように首を横へ振った。
「……分かんない」
「知らないの!?」
「だって!」
ルゥが不満そうに頬を膨らませる。
「私、村からほとんど出たことないもん!」
「あ……」
言われてみれば当然だった。
ルゥはまだ九歳の少女なのだ。
自分が暮らしている村のことは知っていても、大陸全体の地理まで把握しているとは限らない。
「……そういや九歳だった」
「もう九歳!」
「だから九歳なんだろ!」
「子供扱いしないで!」
「無茶言うな!」
ユウトが思わず声を上げると、シエルが呆れたようにため息を吐いた。
「ユウト」
「……はい」
「九歳の子に大陸の地理を聞こうとする方が悪いわ」
「ごもっともです」
あまりにも正論だったため、ユウトは素直に頭を下げた。
すると、隣からシアが勢いよく手を挙げた。
「主!」
「なんだ?」
「あーしなら九歳でも分かったっす!」
「そんなわけあるはずないだろ」
「酷いっす!」
「今でも怪しいわよ」
「シエルまで!?」
思わぬ追い打ちに、シアが不満そうな声を上げる。
そんなやり取りを見ていたリトは、とうとう痺れを切らしたらしい。
「アニキ」
「なんだ?」
「話進めろ」
「俺!?」
「お前しかいねぇだろ」
「…………」
どうやら、こういう時だけ自分がまとめ役になるらしい。
ユウトは少し納得できない気持ちを抱えながらも、改めてルゥへ向き直った。
「じゃあさ、この辺に大きな街とかない?」
「あるよ」
「あるの!?」
「うん」
「どこ!?」
ユウトが勢いよく尋ねると、ルゥは村の外へ続く道を指差した。
「向こう。この道をずっと行ったところ」
「……どれくらい?」
「うーん……」
ルゥは少し考えてから答えた。
「歩いたら結構かかる」
「ざっくり!」
「行ったことないんだもん!」
「じゃあ、なんで知ってるんだ?」
「村の人が行くから」
「ああ、なるほど」
どうやら、この村の住人たちが普段から利用している街らしい。
ルゥは思い出すように話を続けた。
「この村じゃ売ってないものを買いに行ったりするよ。おっきなお店もいっぱいあるって!」
「へぇ……」
ユウトは興味深そうに頷いた。
村では手に入らないものを買いに行くというのなら、それなりに規模の大きな街なのだろう。
ここよりも多くの人々が集まる場所なら、魔族大陸についての情報も得られるかもしれない。
「主!」
その時、シアが期待に満ちた表情で声を掛けてきた。
「肉の話じゃないぞ」
「まだ何も言ってないっす!」
「二回目だぞ!」
ユウトがすかさず釘を刺すと、シアは不満そうに頬を膨らませた。
そんな二人を見ていたルゥが、再び首を傾げる。
「街に行くの?」
「そうだなぁ……」
ユウトは腕を組み、少し考え込んだ。
この大陸について、まだ何も分かっていない。
人間界とは異なる種族や文化が存在していることは、村を歩いただけでも十分に理解できた。
だが、それだけではない。
ユウトたちが探しているのは、世界が三つに分けられた理由に関する手掛かりだった。
帝国の遺跡で見つけた、日本語で書かれた文献。
あの記録を書いた人物が何者なのか、なぜ世界を三つに分けようと考えたのか。
その答えがこの大陸に残されているかもしれない。
しかし、手掛かりを探そうにも、今の自分たちはどこに何があるのかさえ知らないのだ。
(……まずは知らないとな)
ユウトは顔を上げ、ルゥへ頷いた。
「行ってみよう」
「街に?」
「ああ」
そして、仲間たちへ視線を向ける。
「まずは、この魔族大陸がどんな場所なのか知らないとな!」
「そうね」
シエルが満足そうに頷いた。
「賛成っす!」
シアも元気よく腕を上げる。
「俺も異論はねぇ」
リトも特に反対する様子はなかった。
「よし、決まりだな!」
全員の意見が揃ったところで、ユウトは勢いよく立ち上がった。
「じゃあ早速――」
「今日行くの?」
「……え?」
ルゥの言葉に、ユウトの動きが止まった。
「ダメなの?」
「もうすぐ暗くなるよ?」
「…………」
ユウトはゆっくりと空を見上げた。
言われてみれば、先ほどまでとは空の様子が変わっている。
この大陸特有の色をした空の下、辺りには少しずつ夕暮れの気配が漂い始めていた。
村に到着してから、見知らぬ種族に驚き、交換所で騒ぎ、肉を食べることに夢中になっていた。
すっかり時間のことを忘れていたのだ。
「……主」
「うん」
「全然気付かなかったっす」
「俺も」
「肉しか見てなかったからね」
「ルゥさん!?」
九歳の少女から容赦なく指摘され、ユウトは思わず声を上げた。
「九歳に呆れられてるんじゃねーよ」
「うるさい!」
リトにまで突っ込まれ、ユウトはますます肩を落とした。
しかし、ルゥの話はまだ終わっていなかった。
「それに、今から出たら途中で夜になるよ」
「夜になるとまずいの?」
「魔物が出る」
「……魔物?」
「うん。夜は危ないよ」
ルゥは当たり前のことのように頷いた。
その様子を見る限り、夜間に村の外を出歩くことは、この辺りでは避けるべきことらしい。
ユウトたちは思わず顔を見合わせた。
もちろん、これまでにも数多くの魔物と戦ってきた。
だが、ここは魔族大陸だ。
どのような魔物が生息しているのかも分からない以上、無理に夜道を進む必要はないだろう。
「……まあ、今日はここに泊まった方がよさそうだな」
リトが落ち着いた様子で口を開いた。
「そうね」
シエルも同意する。
ユウトは少し考えてから、ルゥへ尋ねた。
「宿ってある?」
「あるよ!」
「よし!」
ようやく今夜の予定が決まり、ユウトは安堵した。
ところが、その隣では早速シアが何かを考えていたらしい。
「主!」
「だから肉はもう食った!」
「肉じゃないっす! 宿にご飯あるっすかね?」
「結局食いもんの話じゃねぇか!」
リトの突っ込みに、ユウトも思わず笑ってしまった。
こうして一行は、ルゥの案内で村の宿へ向かうことになった。
◇
宿へ向かう途中も、ユウトの好奇心は収まらなかった。
通りには様々な種族の住人が行き交い、それぞれがごく当たり前に日常を送っている。
店先で商品を眺める者や、仕事を終えて帰るらしい者たちの姿もあった。
見慣れない姿の住人を見つけるたびに、ユウトはつい視線を向けてしまう。
「ほんと、色んな種族がいるなぁ」
「まだ見てるの?」
ルゥが呆れたように尋ねた。
「だって珍しいんだよ」
「変なの」
「ルゥには普通でも、俺には珍しいの!」
「ふーん」
少女は納得したのかしていないのか分からない返事をすると、再び前を向いた。
ユウトもその後に続きながら、村の様子を眺めていた。
狼族やオーク、全身を鱗に覆われた種族。
人間界では滅多に見かけなかった姿の者たちが、ここでは当たり前のように暮らしている。
最初は驚いてばかりだったが、少しずつその光景にも慣れてきた気がした。
しかし、その時だった。
「……ん?」
ユウトの足が止まった。
「どうしたの?」
ルゥが振り返る。
「いや……」
ユウトは答えず、通りの向こうへ視線を向けていた。
そこには、一人の男が大きな荷物を抱えながら歩いていた。
特に変わった行動をしているわけではない。
ただ、村の住人たちと同じように、通りを歩いているだけだった。
だが、ユウトの目はその姿に釘付けになっていた。
「…………」
獣耳はない。
角も生えていない。
身体が鱗に覆われているわけでもなければ、口元から大きな牙が覗いているわけでもない。
外見だけなら、ユウトが人間界で何度も目にしてきた姿と変わらなかった。
「……人間?」
思わず呟くと、隣にいたルゥが当然のように答えた。
「そうだよ?」
「…………」
あまりにもあっさりとした返事だった。
ルゥにとっては、何も不思議なことではないらしい。
「……どうしたの?」
「いや……」
ユウトは改めて男の姿を見つめた。
魔族大陸。
その名前から、ここには魔族や獣人のような種族ばかりが暮らしているものだと、勝手に思い込んでいた。
だが、実際に訪れてみれば、様々な種族が当たり前のように共存している。
そして今、目の前を歩いているのは、自分がよく知る姿をした人間だった。
男はユウトたちを気に留める様子もなく、そのまま通りを歩いていく。
周囲の住人たちも、彼を珍しがることはなかった。
どうやら、この村に人間がいることも、ごく普通の光景らしい。
「……魔族大陸にも……」
ユウトは遠ざかっていく男の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「人間っているんだな」
この大陸には、一体どれほど多くの種族が暮らしているのだろうか。
そして、自分がまだ知らないことは、どれほどあるのだろう。
ユウトは改めて周囲を見渡した。
魔族大陸へ足を踏み入れてから、まだ一日も経っていない。
知らない文化に驚き、初めて見る種族に目を奪われ、食べ物一つ買うにも苦労した。
それでも、こうして少しずつ、この世界の姿が見えてきている。
そして今、ユウトはまた一つ、自分の思い込みが間違っていたことを知った。
魔族大陸。
その名前の向こう側には、自分が想像していたよりも、ずっと多様な世界が広がっているらしい。
ユウトの知らない世界は、まだほんの少ししか見えていなかった。
第262話を読んでいただきありがとうございます!
ようやく魔族大陸について知ろうと動き始めたユウトたち。
……ここまで長かったですね。
教えてもらったのが、この村から行けるという大きな街。
まずはそこを目指すことになりました。
しかし、出発するには少し遅い時間。
今日は村に泊まり、明日から改めて魔族大陸の探索を始めることになりそうです。
そして宿へ向かう途中、ユウトが見つけたのは――人間。
様々な種族が暮らす魔族大陸。
どうやらユウトが知らないことは、まだまだたくさんありそうです。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




