第二百六十一話 肉のために
美味しそうな肉を目の前にしながら、人間界のお金が使えるのか分からないという問題に直面したユウトたち。
しかし、ルゥから「交換所」の存在を教えてもらいます。
果たして人間界から持ってきたものを現地のお金へ交換することはできるのでしょうか。
すべては――。
肉を食べるために。
それでは、第261話をお楽しみください!
「交換所!」
「お肉!」
「交換所!」
「お肉っす!」
村の通りを歩きながら、ユウトとシアは妙な掛け声を繰り返していた。
二人ともすっかり目の前の目的に夢中で、周囲の住人たちが不思議そうに視線を向けていることにも気付いていない。
「……あなたたち、何やってんの?」
先を歩いていたルゥが、呆れたように振り返った。
「気合い入れてる」
「何の?」
「肉を食うために!」
「…………」
あまりにも堂々とした答えに、ルゥは返す言葉を失った。
その横では、シエルが額へ手を当て、リトも諦めたように肩をすくめている。
しかし、そんな反応など気にも留めず、シアが突然声を上げた。
「主! 見えたっす!」
「どれ!?」
「あれじゃないっすか!?」
シアが指差した先には、周囲の建物よりも少し大きな建物があった。
人々が出入りしている様子からも、何かの施設であることは分かる。
「交換所って書いてあるっす!」
「読めるの?」
ユウトが驚いて尋ねると、シアはぴたりと動きを止めた。
「…………」
「…………」
「……読めないっす!」
「なんで分かったんだよ!」
「ルゥがあっちって言ってたからっす!」
「なるほど!」
「なるほどじゃねぇよ」
リトが呆れたように呟いた。
すると、ルゥが二人の横を通り過ぎ、建物を指差した。
「ここだよ」
「やっぱり!」
「シアすげぇ!」
「えへへっす!」
ユウトに褒められ、シアは嬉しそうに胸を張った。
その様子を見ていたシエルが、小さくため息を吐く。
「何もすごくないわよ」
「シエル!?」
「ほら、入るんでしょう?」
ルゥに促され、ユウトたちはようやく建物の入口へ向かった。
魔族大陸へ来てから初めて利用する施設だ。
人間界とは通貨も異なるらしいが、交換所という名前からすれば、何かを金に換える場所なのだろう。
ユウトは期待を胸に、扉をくぐった。
◇
「いらっしゃい」
建物へ入ると、カウンターの奥から低い声が聞こえた。
「お?」
ユウトが顔を向けると、そこには額から二本の角を生やした大柄な男が立っていた。
がっしりとした体格に、堂々とした立ち姿。人間界でも角を持つ種族は見てきたが、目の前の男の姿はやはり新鮮だった。
「…………」
「なんだ?」
男が不思議そうに尋ねる。
「あ、いや……なんでもない!」
ユウトは慌てて首を振った。
しかし、隣にいたシアは我慢できなかったらしい。
「主」
彼女がそっと顔を寄せてくる。
「角っす」
「分かってる」
「立派っす」
「分かってるって!」
「聞こえてるぞ」
「すみません!」
男に指摘され、ユウトは反射的に頭を下げた。
だが、男は気を悪くした様子もなく、豪快に笑い出した。
「はっはっは! 見ない顔だな」
「今日来たばっかりなんだ」
「この村にか?」
「いや……」
ユウトはそこで言葉を止めた。
先ほどルゥに説明した時と同じように、どこまで話すべきか少し迷ってしまう。
「……ものすごく遠いところから」
「またそれ?」
ルゥが呆れた顔を向けてきた。
「いいだろ!」
ユウトが言い返していると、男は特に気にする様子もなくカウンターへ肘をついた。
「それで、何を交換する?」
「あ、それなんだけど……」
ユウトは腰に下げていた袋を取り出した。
中には人間界で使っていた硬貨が入っている。
この大陸でも使えれば話は早いのだが、先ほどルゥに見せた時の反応を思い返すと、あまり期待はできなかった。
「これって使える?」
ユウトが硬貨を一枚カウンターへ置くと、男はそれを手に取った。
表面の模様を確かめ、裏返してみる。
「……なんだこりゃ」
「やっぱりダメかぁ!」
「見たことねぇな」
「ですよねぇ……」
予想はしていたものの、改めて使えないと言われると少し落ち込んでしまう。
特に問題なのは、すぐ近くに美味しそうな肉が待っていることだった。
「主……」
「分かってる」
「お肉が遠ざかっていくっす……」
「言うな!」
シアの悲しそうな声に、ユウトまで肩を落とした。
そんな二人を見かねたのか、ルゥが横から口を挟む。
「だから、何か交換すればいいんだよ」
「……そうだった!」
ユウトはようやく本来の目的を思い出し、自分の荷物入れを覗き込んだ。
これまでの旅で手に入れたものが色々と入っているはずだが、正直なところ、何をしまっていたのか自分でもすべては把握していない。
「えーっと……」
「何持ってんだ?」
リトが横から覗き込む。
「色々」
「色々ってなんだよ」
「俺もよく覚えてない」
「…………」
リトはしばらくユウトを見つめ、それから深いため息を吐いた。
「アニキ、整理しろよ」
「今度やる!」
「絶対やらねぇ奴の言い方だな」
「うるさい!」
文句を言い返しながら荷物の中を探っていると、ユウトの手に硬いものが触れた。
「……これとか?」
取り出したのは、一本の角だった。
それを見た瞬間、カウンターの向こうにいた男の表情が変わった。
「……なんだ、それ」
「え?」
「見たことねぇな」
「ホーンウルフの角」
「ホーンウルフ?」
「うん」
「……知らんな」
「マジか」
ユウトは手にした角を見下ろした。
人間界では知っている魔物でも、こちらでは名前すら知られていないらしい。
空間そのものが隔てられているのだから、生息する魔物が違っていても不思議ではない。
「こっちにはいないのか?」
「少なくとも俺は聞いたことねぇ」
「へぇ……」
ユウトが興味深そうに頷くと、男がカウンター越しに手を伸ばした。
「ちょっと見せろ」
「どうぞ」
男は角を受け取ると、表面の状態を確かめ、手の中で重さを測るように持ち直した。
さらに軽く叩いてみるなど、素材の性質を慎重に調べている。
ユウトはその様子を、期待を込めて見守っていた。
「……どう?」
「悪くねぇ素材だ」
「お!」
「加工もしやすそうだな」
「じゃあ!」
ユウトの表情が明るくなった。
しかし、男はそこで少し考え込む。
「ただ、俺も初めて見るもんだからな」
「あ……」
「正確な値段は付けられねぇ」
「そっかぁ……」
期待が膨らんだ分、落胆も大きかった。
ユウトが肩を落とすと、シアも同じように俯いてしまう。
「主……」
「……肉」
「……お肉」
「だからなんでそんなに落ち込むんだよ」
リトが呆れたように声を掛ける。
二人にとっては、目の前の角が売れるかどうかが、そのまま食事の行方に関わっているのだ。
真剣にならないわけがなかった。
「でもな」
「……?」
男が角を見つめながら話を続けた。
「珍しい素材なのは間違いない」
「!」
「試しに一本、銀貨十枚でどうだ?」
「…………」
ユウトは思わず固まった。
銀貨十枚。
それが高いのか安いのか、この大陸へ来たばかりの自分には判断できない。
隣を見ると、シアも同じことを考えていたらしい。
「……主」
「うん」
「銀貨十枚って、どれくらいっすか?」
「知らん」
「…………」
二人は顔を見合わせた後、ほぼ同時にルゥへ視線を向けた。
「……なに?」
「ルゥ」
「うん?」
「肉」
「……?」
「何個食える?」
「そこ!?」
ルゥが思わず声を上げた。
「重要だ!」
「重要っす!」
二人が真剣な表情で迫ると、ルゥは困ったように首を傾げた。
「えっと……さっきのお肉なら、一つ銅貨三枚くらいかな」
「…………」
ユウトはしばらく考えた。
銀貨十枚と銅貨三枚。
どれほどの差があるのかは分からないが、少なくとも先ほどの肉を買うために必要なのは銅貨らしい。
そして、今なら銀貨が十枚も手に入るという。
「……交換します!」
「早ぇな!」
男が思わず笑った。
「お願いします!」
「主!」
「肉だ!」
「お肉っす!」
二人の喜びように、男はとうとう豪快に笑い出した。
「はっはっは! 随分腹減ってんだな」
「もう限界です!」
「そうっす!」
「分かった分かった」
男は笑いながら角を引き取り、カウンターの奥から硬貨を取り出した。
「ほら」
「おお……!」
差し出された銀貨を受け取り、ユウトは興味深そうに眺めた。
これが魔族大陸で使われている通貨らしい。
人間界のものとは違う硬貨を手にして、改めて別の世界にいるのだと実感する。
「これがこっちのお金か」
「ああ。銀貨一枚で銅貨百枚だ」
「なるほど……」
「銀貨より上もあるが、普段の買い物ならそれで十分だ」
その説明を聞き、ユウトはようやく銀貨十枚の価値を理解した。
銅貨に換算すれば千枚分。
さっきの串焼きが一本銅貨三枚なら、相当な数を買うことができる。
「……よし!」
「主!」
「行くぞ!」
「おーっす!」
ユウトとシアが勢いよく出口へ向かおうとした、その瞬間だった。
「待て」
「ぐえっ!」
背後からリトに襟を掴まれ、ユウトの足が止まった。
「なんだよ!」
「絶対にそれ使い切ったりするなよ」
「いくら俺でもそんなに肉は食えないよ」
「隣の間抜けがやらかしそうで怖いんだよ……」
「あーしだってそこまで大食いじゃないっす!」
シアが不満そうに頬を膨らませるが、リトの表情は真剣だった。
この大陸の通貨を手に入れたばかりなのだ。今後も買い物をすることを考えれば、無計画に使い切るわけにはいかない。
「それならいいが……半分はシエルが持っててくれ」
「いいわよ」
シエルはあっさり頷いた。
「……俺、どんだけ信用ないんだよ」
「日頃の行いだ!」
リトに即答され、ユウトはがっくりと肩を落とした。
もっとも、自分でも少し心当たりがあるため、強く言い返すことはできなかった。
「……早く行こうよ」
そんな一行を見ていたルゥが、呆れたように出口を指差した。
「肉食べたいんでしょ?」
「……ルゥ!」
「な、なに?」
ユウトは感動したように少女を見つめた。
「お前いい奴だな!」
「肉で!?」
ルゥの声が交換所に響き、カウンターの向こうでは男がまた豪快に笑っていた。
◇
「…………」
ユウトは両手で串焼きの肉を持ち、しばらく黙って見つめていた。
目の前には、先ほどまで食べたくても買えなかった肉がある。
表面には香ばしい焼き色が付き、今も温かな湯気が立ち上っていた。
隣ではシアも同じように肉を持ち、感慨深そうに目を細めている。
「……主」
「ああ」
「ついに……」
「ああ」
「ここまで長かったっす」
「ああ……」
二人はまるで長い旅を終えたかのような表情を浮かべていた。
その様子を見て、リトが呆れたように口を開く。
「たかが肉買うだけで大袈裟すぎるだろ」
「リトには分からないんだよ!」
「何がだよ!」
「食べたいのに食べられない苦しみが!」
「さっき見つけたばっかりだろ!」
「時間の問題じゃない!」
「なんなんだよ……」
リトはとうとう反論するのを諦めた。
そんな三人のやり取りを見ていたシエルが、静かに声を掛ける。
「……冷めるわよ」
「!」
その一言に、ユウトとシアが同時に肉へ視線を落とした。
せっかく手に入れた焼きたての肉。ここで冷ましてしまっては、あまりにももったいない。
「それはいかん!」
「食べるっす!」
「いただきます!」
「いただきますっす!」
二人は勢いよく串焼きへ齧りついた。
その瞬間、口の中に肉の旨味が広がった。表面は香ばしく焼き上げられ、中にはしっかりと肉汁が閉じ込められている。噛むたびに独特の風味が感じられ、人間界で食べてきた肉とは少し違う味わいだった。
「…………!」
ユウトの目が大きく見開かれる。
隣を見ると、シアも同じように驚いた表情を浮かべていた。
「うめぇぇぇぇ!」
「美味しいっすぅぅぅ!」
二人の歓声が、村の通りに響いた。
「そんなに!?」
ルゥが驚いたように目を丸くする。
「なんだこれ!」
ユウトは夢中になって肉を頬張った。
どんな調味料が使われているのかは分からないが、香ばしさと肉の旨味が絶妙に合わさっている。
「味付け全然分かんねぇけど、うまい!」
「主! これ!」
「なんだ!?」
「もう一本いけるっす!」
「俺は三本いける!」
「勝負っす!」
「おう!」
「……何の勝負よ」
シエルが呆れたように呟いた。
どうやら二人の食欲は、一本食べた程度では収まらないらしい。
そんな様子を見ていたルゥは、しばらく不思議そうに首を傾げていたが、やがて小さく笑った。
「……変なの」
「うまいぞ!」
「私も食べたことあるよ」
「じゃあ、もう一本食う?」
「……え?」
思いがけない言葉に、ルゥは目を瞬いた。
ユウトは串焼きを持ったまま、笑顔で続ける。
「案内してくれたお礼」
「…………」
ルゥは少し驚いたようにユウトを見つめた。
この村まで連れてきてくれたのはルゥだ。
交換所の場所を教えてくれたのも、通貨のことを説明してくれたのも彼女だった。
もしルゥに出会っていなければ、今頃まだ見知らぬ大地を当てもなく歩き続けていたかもしれない。
そう考えれば、串焼きの一本や二本では足りないくらいだった。
「……いいの?」
「もちろん!」
ユウトが笑って頷くと、ルゥの表情がぱっと明るくなった。
「食べる!」
「よし!」
ユウトは嬉しそうに頷き、屋台の方へ声を掛けた。
「おっちゃん! 追加!」
「はいよ!」
店主の威勢のいい返事が聞こえてくる。
ユウトはそのまま振り返り、シエルとリトにも声を掛けた。
「シエルとリトも食うだろ?」
「そうね」
「俺ももらう」
「よし!」
全員の返事を聞き、ユウトは満足そうに笑った。
魔族大陸へ来てから、まだそれほど時間は経っていない。
案内役だったはずのゴルダンには置いていかれ、現在地も分からないまま歩き続け、ようやく辿り着いた村では通貨が使えないという問題まで起きた。
しかし、こうして困った時に助けてくれる相手もいる。
ユウトは串焼きを片手に、改めて村の通りを見渡した。
狼族やオーク、鱗に覆われた者や角を持つ者など、様々な種族が当たり前のように行き交っている。
店先では住人たちが楽しそうに言葉を交わし、遠くからは子供たちの声も聞こえてきた。
見慣れない文化。
知らない食べ物。
そして、人間界とはまったく異なる住人たち。
魔族大陸という名前から、最初はもっと恐ろしい場所を想像していた。
だが、実際に来てみれば、ここにも人々の暮らしがあり、賑やかな日常が広がっている。
もちろん、この大陸についてはまだ何も知らないに等しい。
それでも、最初に訪れた村での出来事は、ユウトにとって十分に楽しいものだった。
「……主?」
黙って村を眺めていたユウトに、シアが不思議そうに声を掛けた。
「いや……」
ユウトは小さく笑うと、手に持った肉をもう一口頬張った。
「魔族大陸……」
「?」
そして、嬉しそうに言い放った。
「いいところだな!」
「肉だけで!?」
ルゥの呆れた声が、賑やかな村の中に響き渡った。
第261話を読んでいただきありがとうございます!
前回発見してから、まさかの二話に渡って追い求めることになった串焼き肉。
そのために交換所へ向かったユウトたちは、人間界から持ってきたホーンウルフの角を現地のお金へ交換することに成功しました。
どうやら人間界と魔族大陸では、生息する魔物や流通している素材にも違いがあるようです。
肉も食べたことですし――。
そろそろ本来の目的を思い出してもらいましょう。
ユウトたちの魔族大陸での旅は、まだ始まったばかりです!
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




