第二百六十話 初めての村
ルゥに案内され、魔族大陸で初めての村へと辿り着いたユウトたち。
そこには人間界ではほとんど目にすることのなかった、様々な種族の姿がありました。
見るもの全てが珍しいユウトとシアは、すっかり観光気分。
そして、どこからか漂ってきた美味しそうな匂いに誘われて……。
それでは、第260話をお楽しみください!
「おお……!」
村へ足を踏み入れたユウトは、目の前に広がる光景に思わず声を上げた。
先ほど遠くから眺めていた時には気付かなかったが、村の中には実に様々な姿をした住人たちが行き交っている。
人間界では滅多に見かけないような種族も、ここではごく当たり前に生活しているようだった。
「すげぇ……!」
「主!」
「なんだ!?」
「あっち! でっかい人がいるっす!」
シアが興奮した様子で指を差すと、リトが慌ててその腕を下ろさせた。
「指差すな! 失礼だろ!」
「でもでっかいっす!」
「確かにでかいな……」
「アニキも見るな!」
「いや、だって……」
ユウトは思わず視線を向けた。
そこにいたのは、二メートルを軽く超える巨体を持つ住人だった。太い腕にがっしりとした体格、口元からは大きな牙が覗いている。
人間界で見かけた者たちとは、明らかに異なる姿だった。
「あれ……オーク?」
「そうだよ?」
隣を歩いていたルゥが、不思議そうに答えた。
「普通にいるの?」
「いるよ?」
「おお……」
「何がそんなに珍しいの?」
「人間界じゃほとんど見たことない!」
ユウトが答えると、リトも小さく頷いた。
「俺もないな」
ルゥはそんな二人を見比べ、ますます不思議そうに首を傾げている。
その間にも、シアは次々と新しい発見をしているようだった。
「主! あっちにトカゲみたいな人がいるっす!」
「本当だ!」
「だから指差すなって!」
リトの注意も耳に入っていないのか、ユウトとシアは揃って目を輝かせていた。
ユウトは興奮を隠せないまま、真剣な顔でリトへ振り返る。
「リト、すげぇぞここ」
「見りゃ分かる」
「いろんな種族がいる!」
「だから魔族大陸なんだろ」
「なるほど!」
「今更!?」
あまりにも素直な反応に、リトは呆れたように声を上げた。
そんなやり取りを見ていたルゥも、首を傾げる。
「変なの」
「こっちじゃ普通なのか?」
「普通だよ?」
「へぇ……」
ユウトは改めて村の中を見回した。
ルゥと同じように獣耳を持つ者、巨大な身体のオーク、全身を鱗に覆われた者。さらに、小柄で耳の長い者や、額から立派な角を生やした者までいる。
その姿形はまるで違っていたが、誰も互いの容姿を珍しがっている様子はなかった。
店先では異なる種族同士が楽しそうに言葉を交わし、荷物を抱えた大柄な住人が通りを歩いている。
その脇を小さな子供たちが元気よく駆け抜けていった。
姿こそ見慣れないものの、そこにあるのはごく普通の村の日常だった。
「…………」
ユウトはしばらくその光景を眺めていたが、やがて小さく笑った。
「どうしたの?」
ルゥが不思議そうに尋ねる。
「いや、思ってたのと全然違うなって」
「何が?」
「魔族大陸」
「?」
ルゥには、何が違うのか分からないらしい。
ユウトは自分が想像していた魔族大陸の姿を思い浮かべながら、両手を広げた。
「もっとこう……暗くて!」
「うん」
「怖くて!」
「うん」
「そこら中で戦ってるような!」
「…………」
ルゥの表情が変わった。
それまで不思議そうに話を聞いていた少女の目が、ゆっくりと細くなっていく。
「……人間界の人って失礼なんだね」
「ごめんなさい!」
ユウトは反射的に頭を下げた。
「アニキ……」
「いや! だって魔族大陸って名前から!」
「名前?」
ルゥが首を傾げる。
その反応を見て、ユウトはふと疑問を覚えた。
「……あれ? こっちでも魔族大陸って呼ぶの?」
「呼ぶよ?」
「あ、そうなんだ」
「何だと思ったのよ……」
シエルが呆れたようにため息を吐いた。
「いや、人間側が勝手にそう呼んでるのかと」
「考えすぎね。ゴルダンだって魔族大陸って言ってたじゃない」
「あ……確かに」
言われてみればその通りだった。
この大陸の出身であるゴルダン自身が、魔族大陸という呼び名を使っていたではないか。
どうやら名前だけで勝手に恐ろしい場所を想像していたらしい。
ユウトは少し反省しながら、再び村の様子へ目を向けた。
すると――。
「主!」
「なんだ!?」
「いい匂いするっす!」
「なに!?」
ユウトとシアが同時に振り返った。
確かに、どこからか食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきている。
「どこ!?」
「あっちっす!」
「行くぞ!」
ユウトが勢いよく駆け出そうとした、その瞬間。
「待ちなさい」
「ぐえっ!」
背後からシエルに服を掴まれ、ユウトの足が止まった。
「なんだよ!」
「ルゥを置いていくつもり?」
「あ」
振り返ると、案内してくれているルゥが呆れたようにこちらを見ていた。
「……ごめん」
「あなた、本当に子供みたい」
「九歳に言われた!」
ユウトが思わず肩を落とすと、シアが隣から声を掛けてきた。
「主!」
「シアまで言うな!」
「あーし何も言ってないっす!」
「顔が言ってる!」
「さっきもそれ言われたっす!」
ルゥが思わず笑い、リトも呆れたように首を振った。
どうやら、この大陸へ来ても自分たちの賑やかさだけは変わらないらしい。
ユウトは気を取り直し、今度こそルゥと一緒に匂いのする方へ歩き始めた。
◇
「おお……!」
辿り着いた屋台の前で、ユウトは再び目を輝かせた。
大きな鉄板の上では、分厚い肉が豪快に焼かれている。
表面には焼き色が付き、ジュウジュウと音を立てながら脂が弾けていた。
香ばしい匂いが辺り一帯に漂い、先ほどから空腹を訴えていたユウトの食欲を容赦なく刺激してくる。
「……肉!」
「肉っす!」
ユウトとシアは揃って鉄板を見つめた。
そのあまりにも真剣な様子に、ルゥが不思議そうに首を傾げる。
「そんなに珍しい?」
「肉は珍しくない!」
「じゃあなんで?」
「美味そうだから!」
「そうっす!」
二人が勢いよく答えると、ルゥはしばらく顔を見比べていた。
「……似てるね」
「誰と誰が!?」
「あなたたち」
「主と似てるっす!」
シアはなぜか嬉しそうに笑った。
「なんで嬉しそうなんだよ!」
ユウトは突っ込みながらも、すでに意識の大半を目の前の肉に奪われていた。
「食べよう!」
「おう!」
シアも元気よく頷く。
しかし、二人が屋台へ近付こうとしたところで、シエルが静かに口を開いた。
「……あなたたち、何か忘れてない?」
「?」
「なんだ?」
二人が揃って振り返ると、シエルは呆れたように腰へ手を当てた。
「お金あるの?」
「…………」
ユウトとシアの動きがぴたりと止まった。
美味しそうな肉に気を取られ、肝心なことを考えていなかった。
「……あるぞ?」
ユウトは恐る恐る腰の袋を取り出した。
中には旅の途中で使っていた硬貨が入っている。
「人間界のお金が」
「…………」
シエルは何も言わなかった。
その沈黙だけで、ユウトにも何が問題なのか分かってしまった。
ここは人間界ではない。
空間そのものが隔てられた、別の世界なのだ。
当然、通貨まで同じとは限らない。
「…………」
ユウトたちの視線が、一斉にルゥへ向けられた。
「な、なに?」
「ルゥ」
「うん?」
ユウトは袋から硬貨を一枚取り出し、少女へ差し出した。
「これ、使える?」
「……?」
ルゥは硬貨を受け取ると、不思議そうに眺め始めた。
表を見て、裏返し、もう一度表へ戻す。
何か思い当たるものがないか考えているようだったが、やがて首を横に振った。
「……知らない」
「…………」
ユウトはゆっくりと硬貨を受け取った。
そして、視線を屋台へ戻す。
目の前では、相変わらず大きな肉が美味しそうな音を立てながら焼かれていた。
香ばしい匂いも、先ほどからまったく変わらない。
むしろ、食べられないかもしれないと思った途端、余計に美味しそうに感じられる。
「…………」
「主……」
「言うな」
「お肉……」
「言うな!」
「食べられないっす……」
「言うなって!」
シアは悲しそうに鉄板を見つめていた。
そして、ユウトもまったく同じ表情で肉を見つめている。
せっかく魔族大陸へ来たのだから、最初の食事くらい楽しみたかった。
しかし、目の前に食べ物があるというのに、支払うための金が使えないのではどうしようもない。
「……ゴルダン」
「いないわよ」
「知ってる!」
ユウトが恨めしそうに呟くと、シアも何かを思い付いたように拳を握った。
「主!」
「なんだ!」
「あいつ……お金くらい置いていくべきだったっす!」
「その通りだ!」
「責任転嫁するなよ、アニキ」
リトが呆れたように言う。
「じゃあどうすんだよ!」
「知らねぇよ」
「腹減った!」
「俺に言うな!」
ユウトが頭を抱える横で、シアも今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな一行を、ルゥは不思議そうに見つめている。
「……お金ないの?」
「ある!」
「使えないだけっす!」
二人が揃って答えると、ルゥはあっさりと言い放った。
「それ、ないのと同じじゃない?」
「…………」
ユウトは言葉を失った。
言い返そうにも、何一つ反論できない。
「……九歳に正論言われた」
「主……」
「泣くな、シア」
「泣いてないっす」
「俺が泣きそう」
「肉くらいで泣かないでよ!」
とうとうルゥにまで呆れられてしまった。
ユウトは肩を落とし、もう一度鉄板へ視線を向ける。
肉は相変わらず美味しそうだった。
その事実が、今は何よりも辛い。
すると、隣にいたルゥが何かを思い出したように顔を上げた。
「あ!」
「……ん?」
「そうだ!」
ルゥは小さく手を叩いた。
「お金が欲しいなら、交換所に行けばいいよ」
「……交換所?」
聞き慣れない言葉に、ユウトは顔を上げた。
「うん」
「何それ?」
「知らないの?」
「知らない!」
「…………」
ルゥは信じられないという顔で、ユウトたちを見回した。
「本当に何も知らないんだね」
「さっき来たばっかりだから!」
「そうだった」
あっさり納得すると、ルゥは村の奥を指差した。
「あっち」
「……行けばお金手に入る?」
「交換できるものがあればね」
「…………」
ユウトはその言葉を聞き、少し考え込んだ。
交換所という名前からすれば、何かを渡して金に換える場所なのだろう。
少なくとも、ここで肉を眺めているだけよりは可能性がありそうだった。
隣を見ると、シアも同じことを考えていたらしい。
「……主」
「ああ」
「肉」
「ああ」
「食べたいっす」
「俺もだ」
二人は真剣な表情で顔を見合わせた。
魔族大陸へ来てから、まだそれほど時間は経っていない。
知らない土地、知らない種族、そして使えない通貨。
分からないことだらけの世界だったが、少なくとも今やるべきことは決まった。
ユウトは力強く頷いた。
「……行くぞ」
「おーっす!」
シアも勢いよく腕を上げる。
そのまま二人は、迷うことなく村の奥へ歩き始めた。
「……目的変わってない?」
背後から聞こえてきたシエルの呆れ声に、ユウトは振り返らずに答えた。
「まずは腹ごしらえだ!」
「そうっす!」
リトのため息とルゥの笑い声が、その後ろから聞こえてくる。
こうしてユウトたちは、魔族大陸での最初の食事を手に入れるため、交換所へ向かうことになったのだった。
第260話を読んでいただきありがとうございます!
魔族大陸で初めての村へやって来たユウトたち。
狼族にオーク、鱗を持つ者や角を生やした者など、様々な種族が当たり前のように暮らしていました。
人間界とはまったく違う光景に、ユウトとシアは大興奮。
そして、そんな二人が次に興味を示したのは――。
肉でした。
しかし、美味しそうな肉を目の前にして思わぬ問題が発生。
人間界のお金が使えるのか分かりません。
お金はある。
でも使えない。
ルゥ曰く、それはないのと同じです。
九歳児の正論が突き刺さります。
そんなユウトたちに、ルゥが教えてくれた「交換所」。
果たしてユウトとシアは現地のお金を手に入れ、無事に肉へと辿り着けるのでしょうか。
魔族大陸での最初の目的がこれでいいのかはさておき……。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




