第二百五十八話 魔族大陸
第二章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回から第三章、開幕です!
空間転換によって世界の境界を越え、ついに魔族大陸へと足を踏み入れたユウトたち。
人間界とは異なる空、植物、そして濃密な魔力。
未知の世界を前に、新たな冒険が始まります!
それでは、第三章第1話をお楽しみください!
「…………」
ユウトは目の前に広がる景色を、しばらく黙って見つめていた。
人間界とは明らかに異なる空の色。辺りには見たことのない植物が生い茂り、遠くには巨大な山々が連なっている。そのさらに向こうには薄紫色の雲が広がり、どこか現実離れした光景を作り出していた。
空気にも僅かな違いがあり、この大陸には人間界よりも濃い魔力が漂っている。
「ここが……魔族大陸……」
思わず漏れた言葉に、シアが嬉しそうに両手を広げた。
「ついに来たっす! 主! 異世界っすよ!」
「俺からしたら元いた世界もここも異世界だけどな」
「そうだったっす!」
「忘れてたのかよ!」
ユウトが呆れたように突っ込む横で、シエルは周囲の魔力を確かめるように目を細めていた。
「確かに、人間界とは魔力の濃度が違うわね」
「そうなの?」
「あなた、何も感じないの?」
「うん」
「でしょうね」
「なんで聞いた!?」
あっさり納得され、ユウトは思わず声を上げた。
「アニキ、来て早々うるせぇぞ」
リトが呆れたように口を挟む。
「俺のせい!?」
「大体そうっす!」
「シアまで!?」
そんなやり取りが始まる中、ゴルダンだけは少し離れた場所から一行を眺めていた。
故郷へ戻ったというのに、喜んでいる様子は特にない。むしろ、何かを考えているようにも見えた。
やがてゴルダンはユウトたちへ歩み寄り、静かに口を開いた。
「では、我はここで一度離れる」
「……え?」
あまりにも突然の言葉に、ユウトは固まった。
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたけど……」
「ならば問題なかろう」
「あるわ!」
ユウトは慌ててゴルダンへ詰め寄った。
「どこ行くんだよ!?」
「報告だ」
「報告? 誰に?」
「それを貴様に話す必要はない」
「なんでだよ!」
「我にも事情がある」
それ以上説明するつもりはないらしく、ゴルダンは素っ気なく答えるだけだった。
ユウトは嫌な予感を覚え、恐る恐る尋ねた。
「ちょっと待て。お前……魔族大陸を案内してくれるんじゃなかったの?」
「…………」
ゴルダンは一瞬黙り込み、不思議そうに眉をひそめた。
「いつ我がそのようなことを言った?」
「…………」
ユウトは記憶を辿った。
帝国から聖国へ向かい、空間転換を習得して、この大陸へ渡るまでのやり取りを思い返す。
確かに自分は案内を頼んだ。
しかし、ゴルダンがそれを引き受けたかというと……。
「……言ってない?」
「言っていない」
「マジかよ!」
「勝手に期待した貴様が悪い」
「普通案内してくれると思うだろ!」
「何故だ」
「お前しか魔族大陸知らないからだよ!」
「それは我には関係ない」
「冷てぇ!」
あまりにも容赦のない返答に、ユウトは頭を抱えた。
これから向かう先も分からないというのに、唯一の案内役だと思っていた人物が、到着早々いなくなろうとしているのだ。
「用が済めば探す」
「探すって……どうやって?」
ユウトは思わず周囲を見渡した。
見渡す限りの知らない景色。目印になるものもなければ、街や集落がどこにあるのかさえ分からない。
そんな場所でどうやって再会するというのだろうか。
「貴様らなら目立つだろう」
「理由が雑!」
「ではな」
「……おい!」
ユウトの抗議など気にも留めず、ゴルダンは地面を蹴った。
その身体が勢いよく宙へ浮かび、あっという間に空高く舞い上がっていく。
「ちょっ! 待てって!」
慌てて手を伸ばすユウトだったが、ゴルダンは振り返ることなく飛び去ってしまった。
やがてその姿は遠くの空へ消え、後にはユウトたち四人だけが残された。
「…………」
誰もすぐには口を開かなかった。
しばらくして、ユウトがぽつりと呟く。
「……結局あいつ、案内してくれないのな……」
「言ってなかったらしいからな」
「リトまで!」
リトが肩をすくめると、今度はシアが不思議そうに周囲を見回した。
「主!」
「……なんだ?」
「あーしたち、どこにいるんすか?」
「…………」
ユウトは改めて辺りを見渡した。
知らない植物、見慣れない山々、そして人間界とは異なる空。
どこを見ても、現在地を判断できそうなものはない。
「……知らん」
「迷子っす!」
「到着して数分で!?」
自分で言っておきながら、ユウトは信じられないという顔をした。
そんな二人を見て、シエルが深いため息を吐く。
「ユウト、とりあえず歩きましょう」
「どっちに?」
「…………」
「ほら!」
「あなたが決めなさい」
「なんで俺!?」
「主だからっす!」
「こういう時だけ主扱いすんな!」
「アニキ」
「なんだよ!」
「うるせぇ」
「俺だけ!?」
結局、明確な目的地も決まらないまま、ユウトたちは歩き始めることになった。
◇
「……何もねぇ」
「何もないっすねぇ」
しばらく歩いてみたものの、周囲の景色はほとんど変わらなかった。
遠くに見えていた山々も、まだ随分と先にあるように見える。人が通った痕跡すら見当たらず、街や集落が近くにあるのかも分からない。
「腹減ったなぁ」
「あーしもっす」
「さっきからそればっかりね」
シエルが呆れたように言うと、ユウトは不満そうに周囲を指差した。
「だってシエル、街どころか人すらいないぞ?」
「歩き始めてそれほど経っていないでしょう」
「そうだけどさぁ……」
どこまで歩けば何か見つかるのか分からないというのは、思った以上に落ち着かないものだった。
そんなユウトの隣で、シアが突然声を上げた。
「主!」
「今度はなんだ?」
「お肉!」
「どこ!?」
ユウトが勢いよく振り返る。
しかし、シアが見ている方向には、見慣れない植物が生い茂っているだけだった。
「……ないっす!」
「期待させんなよ!」
「お前ら元気だな……」
リトが呆れたように呟いた、その時だった。
ガサッ。
少し離れた場所で、茂みが揺れる音がした。
「……!」
それまで騒いでいたユウトたちの動きが止まる。
「今、なんかいた?」
「ああ。気配がする」
リトはすぐに表情を引き締め、音のした方向へ視線を向けた。
再び茂みが揺れる。
何かがこちらの様子を窺っているようだった。
「魔物?」
「分からないわ」
シエルも警戒しながら答える。
「主!」
「分かってる」
ユウトは身構えると、茂みの奥へ向かって声を上げた。
「出てこい!」
しかし、返事はない。
僅かな沈黙の後、同じ茂みが再び揺れた。
「そこ!」
「ひっ!」
「……え?」
思いがけず聞こえてきた小さな悲鳴に、ユウトは目を瞬いた。
今のは、どう考えても魔物の唸り声ではない。
茂みの奥では何かが迷うように動いていたが、やがて一つの小さな影が、恐る恐る姿を現した。
「…………」
そこにいたのは、一人の女の子だった。
年齢は十歳にも満たないだろう。少しくすんだ服を身にまとい、大きな瞳でユウトたちを警戒するように見つめている。
そして何より目を引いたのは、その頭に生えた二つの獣耳だった。
少女の背後では、ふさふさとした尻尾が僅かに揺れている。
「……子供?」
ユウトは思わず呟いた。
てっきり魔物が潜んでいるものだと思っていたため、予想外の相手に少し拍子抜けしてしまった。
少女は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
ユウトはその耳と尻尾を見比べ、首を傾げた。
「……犬?」
「狼!」
「うおっ!?」
少女が即座に怒鳴った。
「犬じゃない! 狼!」
「ご、ごめん!」
あまりの勢いに、ユウトは反射的に謝った。
しかし、そんなやり取りを見ていたシアは、別の意味で目を輝かせていた。
「主! ワンちゃんっす!」
「狼だって言ってるでしょ!」
「シア! 怒らせるな!」
「可愛いっす!」
シアは少女へ近付こうとするが、当の少女は露骨に警戒を強めた。
「近寄るな!」
「触りたいっす!」
「来ないで!」
「お前が一番警戒されてるじゃねぇか!」
「なんでっすか!?」
「今の流れで分からないの!?」
ユウトが必死に止めるものの、シアは不満そうに頬を膨らませている。
その隣で、シエルが額へ手を当てた。
「到着して早々……」
「?」
「……いえ、なんでもないわ」
シエルは小さく息を吐いた。
魔族大陸へ足を踏み入れてから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに、案内役だったはずのゴルダンには置いていかれ、現在地も分からないまま歩き続け、ようやく出会った相手には警戒されている。
先が思いやられる状況だった。
そんな一行を、獣耳の少女は怪訝そうに見つめていた。
◇
一方、その頃。
ユウトたちと別れたゴルダンは、巨大な城の中を歩いていた。
先ほどまでユウトと軽口を叩き合っていた時とは違い、その表情には一切の緩みがない。
長い廊下を進み、やがて一つの巨大な扉の前へ辿り着くと、ゴルダンは静かに足を止めた。
そして、その場に片膝をつく。
「ゴルダン。ただいま戻りました」
しばらくの沈黙の後、扉の向こうから低い声が響いた。
「入れ」
「はっ」
ゴルダンが短く返事をすると、巨大な扉がゆっくりと開かれた。
その先に広がっていたのは、荘厳な玉座の間だった。
高い天井と広大な空間。その最奥に置かれた玉座には、一人の男が腰を下ろしている。
「よく戻ったな、ゴルダン」
「はっ」
「随分と長かったではないか」
「申し訳ございません」
「構わん」
男は玉座に腰掛けたまま頬杖をつき、目の前に跪くゴルダンを見下ろした。
その態度には余裕が感じられる一方、向けられる視線は鋭かった。
「それで? 向こうでの成果は?」
「はっ。一部の文献を回収いたしました」
「ほう」
男が僅かに興味を示す。
ゴルダンは頭を下げたまま、言葉を続けた。
「それと……」
「…………」
「…………」
続きがすぐに出てこないことを不思議に思ったのか、男の目が細められた。
「それと?」
ゴルダンは僅かに顔を上げた。
そして、はっきりと告げる。
「終焉竜を――」
「…………」
「こちらの世界へ連れてまいりました」
その瞬間、玉座の間が静まり返った。
男は頬杖をついたまま動かず、しばらくゴルダンを見つめていた。
「……終焉竜」
「はい」
「…………」
沈黙が続く。
やがて、男の口元がゆっくりと吊り上がった。
「ほう……」
その表情に浮かんでいたのは、驚きというよりも、強い興味だった。
魔族大陸を統べる者。
魔王。
その瞳が静かに細められる。
「これは面白い……」
第258話を読んでいただきありがとうございます!
第三章、魔族大陸編が始まりました!
ようやく辿り着いた未知の世界。
到着早々まさかの迷子です。
そして、魔族大陸で初めて出会ったのは獣耳と尻尾を持つ小さな少女。
犬ではありません。
狼です。
一方、ユウトたちと別れたゴルダンは魔王のもとへ。
魔族大陸へやって来た終焉竜の存在を知り、
「これは面白い……」
と口にした魔王。
果たして、魔王は終焉竜に何を思うのでしょうか。
ユウトたちの新たな冒険を、第三章でもぜひお楽しみください!
「面白い!」「第三章も楽しみ!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




