第二百五十七話 まだ見ぬ世界へ
日本語で書かれた謎の文献。
そこから明らかになったのは、世界が三つに分けられた理由の一端でした。
しかし、文献は途中から失われており、書いた人物の正体も分からないまま。
さらなる手掛かりを求め、ユウトたちはついに新たな世界へと足を踏み出します。
それでは、第257話をお楽しみください!
「……これだけ?」
ユウトは古びた文献を見つめたまま、研究員へ尋ねた。
「はい。同じ文字で書かれた文献は、今のところそれ以外には確認されておりません」
「そっか……」
申し訳なさそうに答える研究員を見て、ユウトは小さく息を吐いた。
もう一度ページをめくってみるが、何度確認しても結果は変わらない。
途中から失われた記録。その先に何が書かれていたのか、残された部分だけでは知ることができなかった。
「結局……誰が書いたのかも分からないのか」
「そうね。でも、一つ分かったことはあるわ」
隣にいたシエルが、文献へ視線を向けながら口を開いた。
「世界が三つに分けられた理由よ」
「……あ」
「『このままでは、世界が滅んでしまう』。少なくとも、この文献を書いた人物はそう考えていた」
「……うん」
「そして、実際に世界は三つに分けられた」
シエルの言葉に、ユウトは改めて文献を見下ろした。
単なる偶然とは考えにくい。
この文章を書いた人物が、世界を三つに分けた張本人なのか。それとも、その事情を知っていただけなのか。
今のところ、どちらなのかさえ分からなかった。
それでも、世界が滅びかねない何かが起きていたというのなら、どうしても気になってしまう。
「気になるなぁ……」
「主!」
「ん?」
考え込んでいたユウトに、シアが元気よく声を掛けた。
「だったら探せばいいっす!」
「簡単に言うなぁ」
「でも、ここになければ別の場所にあるかもしれないっすよ?」
「……別の場所」
ユウトはその言葉を繰り返した。
確かに、帝国の遺跡だけが古代の記録を残しているとは限らない。
しかし、ほかにどこを探せばいいのだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「可能性はある」
「うおっ!?」
突然聞こえた低い声に、ユウトが飛び上がった。
「びっくりした!」
「何故だ」
「急に喋るからだよ!」
「我はずっとここにいたぞ」
「姿が見えないから忘れてた!」
「……貴様」
「主! あーしも忘れてたっす!」
「貴様らぁ!」
怒りを露わにしたゴルダンの声が、研究室に響きそうになる。
ユウトは慌てて口元へ指を立てた。
「しっ! ここ帝国だから!」
「誰のせいだ!」
「静かにしなさい」
シエルが鋭く注意すると、ゴルダンはようやく黙り込んだ。
姿が見えないため表情は分からないが、相当怒っているのだろう。
「……なんかごめん」
「遅い」
低い声だけが返ってくる。
そのやり取りを見ていたリトが、呆れたように口を挟んだ。
「で? 可能性があるって何の話だ?」
「文献だ」
ゴルダンの声が少し落ち着いたものに変わる。
「魔族大陸にも古い遺跡は存在する」
「……!」
ユウトは思わず顔を上げた。
「本当か?」
「ああ」
「古い文献も?」
「残っている場所はあるだろう」
「…………」
ユウトとシエルは、顔を見合わせた。
その可能性は、考えてもいなかった。
「……それだ!」
「可能性はあるわね」
シエルも小さく頷いた。
ユウトは手元の文献へ視線を戻す。
「世界が三つに分けられたのなら、分けられる前の記録が向こう側にも残ってるかもしれない」
「そうね」
「それに……」
ユウトは日本語で書かれた文章を見つめ、僅かに笑みを浮かべた。
「この文字を書いた奴のことも、何か分かるかもしれない」
日本語。
この世界には存在しないはずの、前世で使っていた文字。
なぜ、その文字が帝国の地下遺跡に残されていたのか。
文章を書いた人物は、一体何者なのか。
もし魔族大陸にも古い記録が残されているのなら、その手掛かりを見つけられる可能性がある。
もちろん、何も分からないかもしれない。それでも、調べる価値は十分にあった。
「……よし!」
ユウトは文献をそっと閉じた。
「決めた!」
「何を?」
シエルが尋ねる。
「魔族大陸で調べよう!」
「元々行く予定だったでしょう」
「目的追加!」
「軽いわね……」
「いいだろ!」
ユウトが笑って言い返すと、シアが待ってましたと言わんばかりに手を挙げた。
「主!」
「なんだ?」
「魔族大陸の料理も目的に追加するっす!」
「それは俺も気になる!」
「アニキ……」
リトが額に手を当てた。
「なんだよ」
「お前ら、何しに行くんだよ」
「調査!」
「料理っす!」
「揃えろよ!」
まったく違う答えが返ってきたことに、リトは思わず声を上げた。
シエルが呆れたように笑う中、誰もいないはずの場所から大きなため息が聞こえてくる。
ゴルダンだった。
そんな仲間たちの反応を見て、ユウトもつられるように笑った。
魔族大陸。
これまでは、ゴルダンを故郷へ帰すために目指していた場所だった。
しかし今は、それだけではない。
自分が知るはずのないこの世界の歴史と、前世の記憶を結び付ける手掛かりが、そこに眠っているかもしれないのだ。
ユウトはもう一度、閉じた文献へ目を向けた。
(……絶対、何かあるよな)
答えはまだ分からない。
だが、それを確かめたいという気持ちは、先ほどよりもずっと強くなっていた。
◇
翌日。
帝都から少し離れた場所にある、開けた平原。
ユウトたちは人目のない場所を選び、そこへ集まっていた。
見渡す限りの草原が広がり、遠くには緩やかな丘陵が続いている。
周囲に人の姿がないことを確認すると、ユウトはようやく足を止めた。
「この辺なら大丈夫だろ」
そして、隣にいるはずのゴルダンへ顔を向ける。
「ゴルダン」
「ああ」
「もういいよな」
「早く戻せ!」
「はいはい」
待ちかねていたような声に苦笑しながら、ユウトは擬態スキルを解除した。
すると、何もなかった空間にゴルダンの姿が徐々に浮かび上がり、やがて完全に元の姿へ戻った。
「ふぅ……」
ゴルダンは自分の両手を見下ろし、確かめるように身体を動かした。
「やはり姿があるというのは素晴らしい」
「大袈裟だなぁ」
「一度数日間姿を消されてみろ!」
不機嫌そうに睨まれ、ユウトは思わず肩をすくめた。
「シアがやりたがってたぞ?」
「主! 今からでも!」
その言葉を聞いたシアが、すかさず身を乗り出してきた。
「やらない!」
「なんでっすか!」
「今から別の魔法使うから!」
ユウトがきっぱりと断ると、シアは残念そうに頬を膨らませた。
しかし、すぐにこれから何をするのか思い出したらしく、その表情を輝かせる。
ユウトは改めて仲間たちを見渡した。
シエル、シア、リト。
そして、ようやく姿を取り戻したゴルダン。
帝国へやって来た時とは、随分と状況が変わっていた。
古代の遺跡を調べ、失われた魔法を習得し、世界が三つに分けられたという記録まで見つけた。
それでも、知りたいことはまだ山ほど残っている。
「……準備は?」
「問題ないわ」
シエルが落ち着いた様子で頷く。
「いつでもいいっす!」
シアも元気よく答えた。
「誰に聞いてんだ」
リトが笑いながら肩をすくめる。
「我も問題ない」
最後にゴルダンが短く答えた。
「……よし」
全員の返事を聞き、ユウトは大きく息を吸った。
少しだけ緊張している。
それも当然だった。
これから向かうのは、これまで旅をしてきた人間界とは異なる場所。
ただ海や山を越えれば辿り着けるような大陸ではない。
空間そのものが隔てられ、長い間行き来することのできなかった、もう一つの世界なのだ。
空間転換を習得し、道を開くことにも成功した。
それでも、実際にその向こうへ足を踏み入れるとなると、胸の奥に奇妙な緊張が生まれる。
(……いよいよか)
ユウトは前方へ視線を向け、頭の中で補佐機構へ呼び掛けた。
(補佐機構)
『はい』
(頼む)
『承知しました』
ユウトは右手を前へ伸ばした。
「空間転換」
その言葉とともに、体内の魔力が動き始める。
意識を研ぎ澄ませ、空間の境界を認識する。
そこへ魔力を接続し、登録されている座標を指定した。
目的地は、魔族大陸。
『座標情報を確認』
『接続を開始します』
補佐機構の声に合わせるように、ユウトの目の前の空間が僅かに歪み始めた。
何もないはずの場所に揺らぎが生まれ、やがて一本の細い亀裂が走る。
「…………!」
その亀裂は少しずつ広がり、向こう側の景色を映し出していった。
「おお……」
リトが思わず息を呑む。
「何度見てもすごいっす!」
シアも目を輝かせながら、その光景を見つめていた。
「あなたは二回目でしょう」
シエルが小さく笑う。
「二回目でもすごいものはすごいっす!」
「それもそうね」
やがて空間の亀裂が十分に広がり、一行の目の前に異なる世界へと通じる道が開かれた。
その向こうに見えるのは、人間界とはまるで違う風景だった。
赤黒い空の下に広がる大地。
荒々しい岩山が連なり、こちら側とは異なる空気が流れ込んでくる。
聖塔で一度目にした光景。
しかし今度は、ただ眺めるだけではない。
あの向こうへ、実際に足を踏み入れるのだ。
「…………」
ゴルダンは何も言わず、目の前に広がる故郷の景色を見つめていた。
いつもなら何かと文句を言ってくる男が、今は静かに立ち尽くしている。
その姿を見て、ユウトはふと笑みを浮かべた。
「……ゴルダン」
「なんだ」
「やっと帰れるな」
「…………」
ゴルダンはすぐには答えなかった。
失われた帰還の手段。
長い間、戻ることのできなかった故郷。
そして、その向こうには帰りを待つ家族がいる。
ユウトも、ゴルダンがどれほどこの時を待ち望んでいたのか、少しは理解しているつもりだった。
やがて、ゴルダンは静かに頷いた。
「ああ」
その声は、いつもより少しだけ穏やかだった。
「ようやくな」
「…………」
ユウトはそれ以上何も言わず、ただ笑った。
最初に出会った時は、こんな形で一緒に旅をすることになるとは思ってもいなかった。
それでも、こうして故郷への道を開くことができた。
それだけで、空間転換を習得した意味は十分にあったように思える。
「……じゃあ」
ユウトは開かれた空間の亀裂へ向き直った。
向こう側に何が待っているのかは分からない。
人間界とは異なる文化や価値観。
見たことのない土地に、まだ知らない人々。
そして、古い文献に残されていた不可解な記録の謎。
考え始めれば不安もある。
だが、それ以上に、これから始まる旅への期待が大きかった。
「行こうか」
ユウトは一歩前へ踏み出した。
誰も迷わなかった。
開かれた道へ向かうユウトの後を、シエルが続く。
その隣ではシアが楽しそうに笑い、リトも未知の大陸を興味深そうに見つめていた。
そして最後に、ゴルダンが歩き出す。
その足取りに、迷いはなかった。
ユウトはゆっくりと空間の境界を越えた。
足元の感覚が変わる。
目の前には、これまで一度も見たことのない大地が広がっていた。
続いてシエル、シア、リトが境界を越え、最後にゴルダンが故郷の土を踏みしめる。
こうして、五人全員が新たな世界へと足を踏み入れた。
「…………」
ユウトはしばらく、その場で立ち尽くしていた。
見上げた空の色も、肌に感じる空気も、これまでとは違う。
ここが、本当に別の世界なのだという実感が少しずつ湧いてくる。
そして、ふと思い出した。
帝国の地下遺跡で見つけた、日本語の文献。
そこに書かれていた言葉。
――このままでは、世界が滅んでしまう。
――だから俺は、世界を三つに分けようと思う。
(……何があったんだろうな)
その答えは、まだ分からない。
だが、この大陸には何か手掛かりが残されているかもしれない。
そう思うと、自然と胸が高鳴った。
ユウトは大きく息を吸い、仲間たちへ振り返った。
「よし!」
そして、いつものように笑った。
「行くぞ!」
その声に、シアが元気よく応え、シエルとリトも笑みを浮かべた。
ゴルダンは呆れたように息を吐きながらも、彼らとともに歩き始める。
ユウトはまだ知らない。
この大陸で待ち受けているものを。
人間界とは異なる文化や価値観。そして、この世界に隠されたさらなる真実を。
ただ一つ確かなのは、ここからまた新しい旅が始まるということだった。
世界を隔てていた境界を越え、ユウトたちは未知の大地へと歩き出した。
終焉竜ユウトの物語は、まだ終わらない。
むしろ、ここからが新たな始まりなのだ。
【第二章 完】
第257話を読んでいただきありがとうございます!
そして――。
ここまで第二章を読んでいただき、本当にありがとうございました!
ついにユウトたちは、人間界を離れ魔族大陸へ。
第二章では新たな出会いや戦いを経て、ユウト自身も成体へと進化。
さらに、世界が三つに分けられていることや魔族大陸の存在、そして日本語で書かれた謎の文献など、この世界に隠された様々な謎も明らかになってきました。
しかし、分かったこと以上に新たな謎も増えたような……?
世界はなぜ滅びかけていたのか。
日本語の文献を書いた人物は何者なのか。
そして、三つに分けられた世界には何が隠されているのか。
その答えは、まだずっと先のお話。
まずは――。
新たな大地、魔族大陸。
人間界とは異なる世界で、ユウトたちを待ち受けているものとは?
ユウトたちの新たな旅を、これからも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです!
次回――第三章、開幕!
「面白い!」「第三章も楽しみ!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、第三章でまたお会いしましょう!




