第二百五十六話 馴染みある文字
研究院で発見された、どの文字とも一致しない謎の文献。
しかし、その文字を目にしたユウトは言葉を失います。
解析する必要すらない。
なぜならそれは、ユウトにとってよく知る文字でした。
なぜ、この世界の古代遺跡にこのような文献が存在するのでしょうか。
それでは、第256話をお楽しみください!
「……日本語だ」
古びた文献を見つめたまま、ユウトは思わず呟いた。
「ニホンゴ?」
聞き慣れない言葉に、シアが首を傾げる。
「ああ……俺が前にいた世界で使ってた文字だ」
「前にいた世界……?」
傍らにいた研究員が、怪訝そうな表情を浮かべた。
「どういう意味でしょうか?」
「あ」
自分が何を口にしたのか、ユウトはそこでようやく気付いた。
恐る恐る顔を上げると、シエルとリトが揃ってこちらを見ている。
「主、やっちまったっす」
「うるさい!」
「あの……ユウト様?」
「あー……」
ユウトは困ったように頭を掻いた。
「色々ありまして」
「色々……?」
「色々です!」
「は、はぁ……」
研究員は曖昧に頷いたものの、納得した様子はまったくなかった。
これ以上追及されても困るため、ユウトは強引に話題を変えることにした。
「それより! これ、本当に遺跡にあったんですよね?」
「はい。それは間違いありません」
「……そうですか」
研究員の返答を聞き、ユウトは再び文献へ視線を落とした。
見間違えるはずがない。
そこに並んでいる文字は、間違いなく日本語だった。
(なんで……)
ユウトの頭に、一つの疑問が浮かぶ。
(なんでこの世界に日本語があるんだ?)
『不明』
(だよな……)
『ただし、当該文字について、マスターの記憶情報との一致を確認しています』
(じゃあ、やっぱり……)
『肯定。マスターが日本語と呼称する文字で間違いありません』
補佐機構の解析でも、日本語であることは確認された。
だが、それで疑問が解決したわけではない。
むしろ、なぜ帝国の地下遺跡に日本語の文献が残されているのか、余計に分からなくなってしまった。
「……何が書いてあるの?」
黙り込んでしまったユウトを見て、シエルが尋ねた。
「ちょっと待って。読んでみる」
ユウトは文献を持ち直し、最初の一文へ視線を向けた。
読み慣れた文字。
意味を考えるまでもなく、そこに書かれている言葉が頭に入ってくる。
しかし、内容を理解した瞬間、ユウトの表情が変わった。
「……どうしたっすか?」
「いや……」
ユウトは僅かに眉をひそめ、ゆっくりと文章を読み上げた。
「『このままでは、世界が滅んでしまう』」
「…………!」
それまで賑やかだった研究室が、一瞬にして静まり返った。
「……世界が?」
リトが眉をひそめる。
シエルも表情を引き締め、ユウトの手元にある文献へ視線を向けた。
「続きは?」
「……ちょっと待って」
ユウトは次の行へ目を移した。
「『もう時間がない』」
そのまま、慎重に文章を追っていく。
「『正しい選択なのかは、今でも分からない』」
「『それでも、何もしなければ全てが失われる』」
誰も口を挟まなかった。
研究員も含め、その場にいる全員がユウトの言葉に耳を傾けている。
「『だから俺は――』」
そこで、ユウトの声が止まった。
「……ユウト?」
シエルが心配そうに声を掛ける。
しかし、ユウトは文献に視線を落としたまま動かなかった。
今の文章を読んで、ある記録を思い出したのだ。
つい最近、図書館で見つけた文献。
そこに記されていた、不可解な一文。
(……まさか)
ユウトは小さく息を呑み、続きを読み上げた。
「『世界を三つに分けようと思う』」
「…………!」
その言葉に、全員の表情が変わった。
「……三つ?」
シアが呟き、何かに気付いたように顔を上げる。
「それって……」
「ああ」
ユウトはゆっくりと頷いた。
「図書館で見つけた文献と同じだ」
――その日、世界は三つに分けられた。
あの記録を見つけた時は、何を意味しているのか分からなかった。
しかし、空間転換を調べる中で、世界とは別の空間に魔族大陸が存在していることを知った。
そして今、目の前には世界を三つに分けようとした人物の言葉が残されている。
「でも……」
リトがユウトの手元を見ながら口を開いた。
「あっちに書かれてたのは、世界が三つに分けられたってことだけだったよな?」
「うん」
「じゃあ、これは……」
「その前に書かれたもの……」
シエルが静かに呟いた。
「かもしれない」
「…………」
ユウトは再び文献へ視線を落とした。
もし、この文章が世界を分ける前に書かれたものなのだとしたら。
世界は、ただ何となく三つに分けられたわけではない。
その前に、何かが起きていたことになる。
何もしなければ、世界そのものが滅んでしまうほどの何かが。
「……なんなんだよ」
思わず声が漏れた。
「何があったんだ?」
当然ながら、文献が答えてくれることはない。
ユウトはしばらく文章を見つめていたが、シエルの声で顔を上げた。
「……続きはないの?」
「ある……と思う」
ユウトは慎重にページをめくった。
しかし、そこで手が止まる。
「……あれ?」
「どうしたっすか?」
「これ……」
次のページには、何も書かれていなかった。
「白紙?」
シアが覗き込む。
「いや……」
ユウトはさらにページをめくった。
一枚、もう一枚。
だが、どこまで進めても、先ほどの文章の続きは見つからなかった。
「……ない」
「何が?」
シエルの問いに、ユウトは顔を上げた。
「続き」
「……え?」
その言葉を聞いた研究員が、文献を覗き込んだ。
「やはり、そうでしたか」
「……やはり?」
「その文献を発見した時から、気になっていたのですが……」
研究員はユウトの隣へ歩み寄り、文献の一部を指差した。
「ここをご覧ください」
「…………」
指し示された場所には、紙が僅かに残ったような跡があった。
「恐らく、何枚か失われています」
「……破られた?」
「それは分かりません」
研究員は静かに首を振った。
「経年によるものなのか、意図的なものなのか……現段階では判断できないのです」
「…………」
ユウトは残念そうに文献を見下ろした。
せっかく重要な記録を見つけたというのに、肝心なところで途切れてしまっている。
もう一度、残された文章を読み返す。
『このままでは、世界が滅んでしまう』
『だから俺は――』
『世界を三つに分けようと思う』
短い文章だった。
それでも、この記録を書いた人物が何か重大な決断を迫られていたことは伝わってくる。
世界が滅びるとは、どういうことなのか。
なぜ、世界を三つに分けるという選択に至ったのか。
そして何より――。
「……誰なんだ?」
ユウトは小さく呟いた。
この文章を書いた人物。
日本語を知り、世界を三つに分けようとしていた人物。
もし、本当にこの人物が世界を三つに分けたのだとしたら、一体何者なのだろうか。
ユウトは文献の文字を、もう一度確かめるように見つめた。
日本語。
前世で当たり前のように使っていた言葉が、今は遠い時代の遺跡から発見されている。
それが意味することに気付き、ユウトは小さく息を呑んだ。
この世界には、かつて自分と同じ世界を知る者がいたのかもしれない。
その可能性が、初めてユウトの前に現れたのだった。
第256話を読んでいただきありがとうございます!
謎の文献に使われていた文字。
その正体は、まさかの日本語でした。
そして、そこに記されていたのは――。
『このままでは、世界が滅んでしまう』
『だから俺は――』
『世界を三つに分けようと思う』
以前の文献で明らかになった「世界が三つに分けられた」という事実。
今回は、その裏に世界の滅亡を避けるという目的があったことが明らかになりました。
しかし、新たな疑問も残ります。
この世界で何が起きていたのか。
なぜ日本語で書かれているのか。
そして――。
この文献を書いた人物は、一体何者なのでしょうか。
失われたページには、何が記されていたのでしょう。
ユウトたちはまた一つ、この世界に隠された大きな謎へと足を踏み入れました。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




