第二百五十五話 知らない文字
帝国へ戻ったユウトたちは、遺跡から回収された文献の解析が進んだことを知らされます。
以前訪れた時には、ほとんど読み解くことのできなかった古代文字。
しかし、成体へと進化した今のユウトなら、その内容を読むことができます。
果たして、遺跡に残された文献には何が記されているのでしょうか。
それでは、第255話をお楽しみください!
皇城を後にしたユウトたちは、そのまま帝国魔導研究院へ向かっていた。
大通りには相変わらず多くの人々が行き交い、店先からは客を呼び込む声が響いている。
しかし、ユウトの頭の中には、先ほど謁見の間で起きた出来事が引っ掛かっていた。
「それにしても……」
歩きながら後ろを振り返る。
「さっきの、なんだったんだ?」
「さっきの?」
隣を歩いていたリトが首を傾げた。
「ルシアンだよ。絶対ゴルダンのことだよな?」
「そうとしか思えないわね」
シエルも同意するように頷いた。
ルシアンが最後に向けた視線は、明らかにユウトの隣だった。そこにいるのは、擬態スキルによって姿を消したゴルダンだけのはずだ。
「でも、姿は見えてないんだろ?」
リトが何もない空間へ問い掛けると、すぐに低い声が返ってきた。
「ああ。我の姿は消えたままだ」
「じゃあ、なんで分かったんだ?」
「知らん」
「使えねぇなぁ」
ユウトが呆れたように言うと、即座にゴルダンの声が荒くなった。
「貴様!」
「声!」
「……っ!」
慌てて黙り込むゴルダンに、シアが興味津々といった様子で顔を向ける。
「主、今どんな顔してるっすかね?」
「多分めっちゃ怒ってる」
「見たいっす!」
「我で遊ぶな!」
「だから声!」
「貴様が!」
「静かにしなさい」
その一言で、ユウトはぴたりと口を閉じた。
「……はい」
シエルに睨まれ、渋々前を向く。
しばらく歩いてから、ユウトは納得できない様子で小さく呟いた。
「……なんで俺まで怒られた?」
「あなたが原因でしょう」
「解せぬ」
「それは我の台詞だ!」
「だから喋るなって!」
再び言い争いを始めた二人を見て、リトが呆れたように肩をすくめた。
「アニキ……何しに研究院行くのか忘れてねぇよな?」
「…………」
「おい」
「文献!」
「今思い出しただろ」
「忘れてない!」
ユウトは慌てて否定したが、リトの疑わしそうな視線は変わらなかった。
そんなやり取りを続けているうちに、見覚えのある建物が視界に入ってきた。
「着いた!」
帝国魔導研究院。
以前、地下遺跡から回収された大量の文献を運び込んだ場所だった。
ユウトは建物を見上げ、自然と表情を引き締める。
「さて……何が分かったのかな」
聖国へ向かっている間にも解析は続けられていたという。
どのような情報が見つかったのか、期待を胸に研究院の扉をくぐった。
◇
「お待ちしておりました!」
研究院へ入るなり、一人の研究員が慌ただしく駆け寄ってきた。
「皇帝陛下から、こちらへ向かわれたと連絡をいただいております」
「文献の解析が進んだって聞いたんですけど」
「はい!」
研究員は嬉しそうに頷いた。
「皆様が聖国へ向かわれている間にも、解析を続けておりました」
「おお!」
「どうぞ、こちらへ」
案内されたのは、以前にも訪れた研究室だった。
しかし、室内の様子は少し変わっている。
机の上には大量の文献が積み上げられ、棚にも古びた書物や資料が所狭しと並べられていた。
「うわぁ……」
ユウトが思わず声を漏らすと、シアも部屋の中を見渡した。
「増えてないっすか?」
「整理した結果、このようになりました」
「整理して増えることある?」
「ありません」
「だよな?」
研究員の即答に、ユウトは思わず頷いた。
「それだけ遺跡から回収された文献が多かったということです」
「あ、なるほど」
研究員の説明を聞きながら、ユウトは近くの机に置かれていた一冊を手に取った。
かなり古いものらしく、表紙には傷みが目立つ。
慎重に開くと、そこには見覚えのある古代文字が並んでいた。
「…………」
「どう?」
シエルが隣から覗き込む。
ユウトは数行ほど目で追い、頷いた。
「読める」
「そう」
「前は全然だったのにな」
「進化したからでしょう?」
「多分」
『肯定』
(やっぱり)
補佐機構の返答に納得しながら、ユウトはページをめくった。
以前は意味の分からない記号の羅列にしか見えなかった文字が、今では自然と理解できる。
初めて遺跡の文献を見た時のことを思えば、随分と変わったものだ。
「すごいな……」
「何が書いてあるっすか?」
シアが興味深そうに顔を近付けてくる。
「ちょっと待って」
ユウトはさらに数ページめくり、内容を確認した。
「これは……地理?」
「地理?」
「昔の地形とか、集落の場所とか……そんな感じ」
「ほう」
リトも横から文献を覗き込んだ。
「本当に読めるんだな」
「読めるぞ!」
「なんで得意げなんだよ」
「いいだろ!」
ユウトが胸を張って言い返したところで、隣から遠慮がちな声が掛かった。
「あの……」
「はい?」
振り返ると、案内してくれた研究員が信じられないものを見るような表情を浮かべていた。
「本当に……読めるのですか?」
「うん」
「…………」
「どうしました?」
研究員はユウトの手元にある文献を見つめながら、力なく答えた。
「我々が数日かけても、数行しか解析できなかったのですが……」
「…………」
ユウトは何と言えばいいのか分からず、しばらく考え込んだ。
そして、思い付いたように口を開く。
「……頑張ってください!」
「なぜ励ますのですか!?」
「いや、なんとなく!」
思わぬ返答だったのか、研究員は両手で頭を抱えてしまった。
「我々の苦労は一体……」
「ほら! 俺も前は読めなかったから!」
「慰めになっていません!」
ますます落ち込んでいく研究員を見て、シエルが小さく笑った。
「ユウト、もうやめてあげなさい」
「俺悪くなくない!?」
「主は悪くないっす!」
「シア……!」
ようやく味方が現れたと思ったユウトだったが、シアは満面の笑みで続けた。
「補佐機構さんがすごいだけっす!」
「俺じゃなかった!」
思わず天井を仰ぐ。
『…………』
(お前も黙るなよ!)
補佐機構からも返答はなかった。
研究員はそんなユウトの様子を不思議そうに見ていたが、やがて咳払いをして話を戻した。
「……ところで、ユウト様」
「はい?」
「古代文字を読むことができるのでしたら、ちょうどよかったかもしれません」
「どういうことです?」
研究員の表情が、それまでとは少し変わった。
「実は、解析を進める中で、一つだけ奇妙な文献が見つかったのです」
「……奇妙?」
「はい」
研究員はそう答えると、部屋の奥にある机へ向かった。
そこには他の書物とは分けて置かれた、一冊の古びた文献があった。
研究員はそれを慎重に持ち上げ、ユウトたちの前へ戻ってくる。
「これです」
「これが?」
見た目は他の文献と大きく変わらない。
長い年月を経たものらしく、表紙もページもかなり傷んでいた。
「遺跡から回収されたことは間違いありません」
研究員はそう説明しながら、ゆっくりと文献を開いた。
「ですが……この文献に使われている文字が、他のどれとも一致しないのです」
「一致しない?」
「はい。これまで確認された古代文字とも、現代で使われている文字とも異なります」
その言葉に、シエルも興味を示したようだった。
彼女が研究員の手元へ視線を向けると、研究員は困り果てたように説明を続ける。
「文字の形状から比較を試みましたが、手掛かりがなく……我々では一文字たりとも解析することができませんでした」
「一文字も?」
「はい」
そこまで言われると、ユウトも気になってくる。
古代文字については、成体へ進化したことで読めるようになった。
しかし、それとは異なる文字だという。
研究員は文献を差し出し、期待を込めた眼差しを向けた。
「古代文字を読むことのできるユウト様なら、何か分かるのではないかと」
「なるほど……」
ユウトは頷き、文献を受け取った。
「どれどれ……」
特に深く考えることもなく、開かれたページへ視線を落とす。
そして――。
「…………」
ユウトの動きが止まった。
ページに並んでいる文字を、ただじっと見つめる。
「主?」
シアが不思議そうに声を掛けた。
しかし、返事はない。
「……ユウト?」
シエルも異変に気付いたらしく、隣から顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「…………」
ユウトは答えなかった。
「おい、アニキ?」
リトの声も、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
ユウトの意識は、目の前の文献に釘付けになっていた。
読める。
確かに、そこに書かれていることが理解できる。
だが、これまでの古代文字とは違った。
補佐機構の解析によって意味が分かるようになった、あの感覚ではない。
ユウトは戸惑いながら、頭の中で呼び掛けた。
(……補佐機構)
『はい』
(これ……)
そこまで考えたところで、言葉が止まる。
解析してもらう必要などなかった。
そもそも、読み方を教えてもらう必要すらない。
目の前に並ぶ文字を見た瞬間から、その意味が分かっていたのだから。
「……嘘だろ」
ユウトの口から、小さく声が漏れた。
「何か分かったの?」
シエルが心配そうに尋ねる。
しかし、ユウトは返事をすることができなかった。
分かった。
分かってしまった。
研究院の者たちが一文字も解析できなかったという、その文字。
今まで見てきたどの古代文字とも違う、奇妙な文献。
そこに書かれている言葉を、ユウトは理解できる。
なぜなら、その文字をユウトは、ずっと昔から知っていた。
第255話を読んでいただきありがとうございます!
成体へ進化したことで、以前は読むことのできなかった古代文字を読み解けるようになったユウト。
研究員たちが苦労して解析している文献も、今のユウトなら普通に読むことができます。
補佐機構、相変わらず優秀です。
しかし、そんな研究員たちでも全く解析できなかった一冊の文献。
他の古代文字とも、現代の文字とも一致しない謎の文字で書かれているようですが――。
なぜかユウトには見覚えがあるようです。
果たして、この文字の正体とは?
そして、なぜそんな文献が遺跡に残されていたのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




