第二百五十四話 帝国へ
空間転換を習得し、聖国ルミナスを後にしたユウトたち。
次に向かうのは、再び帝国。
しかし当然、ゴルダンをそのまま連れて入るわけにはいきません。
そこで今回も、あの方法で潜入することに。
そして皇帝たちには、これまで明かしていなかったある事実を伝えることになります。
それでは、第254話をお楽しみください!
聖塔ルクシアを後にしてから数日後。
ユウトたちは長い道のりを経て、再びグランヴァルト帝国の領土を目前にしていた。
空間転換の習得という大きな目的は果たしたものの、帝国にはまだ調べなければならないことが残っている。
城の地下遺跡から回収された文献も、その一つだった。
そんなことを考えながら歩いていたユウトが、ふと足を止めた。
「……そういえば」
「なんだ?」
先を歩いていたリトが振り返る。
ユウトは仲間たちの顔を順番に見渡し、最後にゴルダンへ視線を向けた。
「ゴルダンどうしよう」
「…………」
その一言に、ゴルダンの眉がぴくりと動いた。
「……貴様」
「な、なんだよ」
「今気付いたのか?」
「違うって!」
「では何故、ここまで何も言わなかった」
「帝国に着くまでは必要ないだろ!」
もっともな言い分のつもりだったが、ゴルダンの表情は険しいままだった。
そんな二人を見て、シエルが呆れたようにため息を吐く。
「前と同じでいいんじゃない?」
「だよな!」
「……前と同じ?」
リトが不思議そうに首を傾げた。
「ほら、前に帝国へ入った時も、俺の擬態スキルでゴルダンを透明にしただろ?」
「ああ、あれか」
「今回もそれで行こう」
ユウトは簡単に言ったが、当のゴルダンは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「……なんだよ」
「好き好んで姿を消されたい者がいると思うか?」
「仕方ないだろ! その姿で帝国に入ったら大騒ぎになるぞ!」
「それは分かっている」
「じゃあ決まり!」
ゴルダンは不満そうだったが、反論することはなかった。
彼自身も、人間の国で魔族としての姿を晒す危険性は理解しているのだろう。
すると、隣から勢いよく手が挙がった。
「主!」
「なんだよ?」
「あーしも透明になってみたいっす!」
「なんで!?」
「楽しそうっす!」
「遊びじゃねぇんだよ!」
「一回だけ!」
「ダメ!」
「ケチっす!」
「ケチとかじゃない!」
シアは頬を膨らませたが、ユウトが考えを変える様子はなかった。
その横で、ゴルダンが深いため息を吐く。
「……早くしろ」
「はいはい」
ユウトはゴルダンへ手を向け、擬態スキルを発動した。
すると、ゴルダンの姿が徐々に薄くなり、やがて完全に見えなくなった。
「おお!」
シアが目を輝かせる。
「やっぱりすごいっす!」
彼女はゴルダンが立っていた場所を覗き込むようにして、何度も首を傾げた。
「……ゴルダン?」
「いる」
「おおっ!」
「だからなんだ」
「見えないっす!」
「透明なのだから当然だろう」
「声だけするっす!」
何度も驚くシアに、ユウトは思わず笑ってしまった。
「シア」
「なんっすか?」
「たぶん今、ゴルダンめちゃくちゃ嫌そうな顔してるぞ」
「見えないっす!」
「……貴様ら」
低い声だけが聞こえてくる。
どうやら本当に機嫌が悪いらしい。
「よし!」
ユウトは帝国へ続く道へ向き直った。
「これで入れるな!」
「我はいつまでこのままなのだ」
「帝国を出るまで?」
「…………」
「そんな嫌そうな声出すなよ!」
「顔が見えないから声で判断するしかないっす!」
「黙れ!」
「怒ったっす!」
ゴルダンの声が一段と低くなる。
これ以上からかうと本気で怒りそうだったため、ユウトは慌てて歩き始めた。
「ほら、行くぞ!」
こうして、姿の見えない魔族を一人加えたまま、ユウトたちは再び帝国へと足を踏み入れた。
◇
「相変わらず人多いなぁ」
帝都へ戻ると、大通りには以前と変わらず多くの人々が行き交っていた。
通り沿いには商店が立ち並び、客を呼び込む声や荷車の音が賑やかに響いている。
その光景を眺めながら歩いていると、シアが早速何かを見つけたらしい。
「主! あのお肉――」
「今日はダメ」
「まだ何も言ってないっす!」
「どうせ食べたいって言うんだろ?」
「なんで分かったっすか!?」
「分かるわ!」
ユウトが呆れたように答えると、リトが横で笑った。
シアは名残惜しそうに店の方を振り返っていたが、今日は寄り道している場合ではない。
一行はそのまま大通りを進み、やがて皇城へと辿り着いた。
「……ゴルダン」
ユウトは隣へ顔を向けた。
もちろん、そこには誰の姿も見えない。
「いる」
「絶対喋るなよ?」
「分かっている」
「皇帝の前で喋ったら大変なことになるからな?」
「分かっていると言っている」
「絶対だぞ?」
「しつこい!」
「声!」
「…………」
思わず声を荒らげたゴルダンが、慌てたように黙り込んだ。
「もう喋るな!」
「お前のせいだろ」
「だから喋るなって!」
「ユウト」
シエルが冷たい視線を向けてきた。
「あなたも静かにしなさい」
「……はい」
自分が騒ぎの原因になっていることを指摘され、ユウトは大人しく口を閉じた。
そのまま一行は城内へ入り、皇帝の待つ謁見の間へと向かった。
◇
「よく戻った!」
謁見の間へ入ると、皇帝はユウトたちの姿を認め、嬉しそうに笑った。
「無事だったようだな」
「はい!」
「聖国ではどうだった?」
その問いに、ユウトは待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせた。
「それなんですけど……覚えました」
「……何をだ?」
「空間転換」
「…………」
皇帝の表情がぴたりと止まった。
隣に控えていたルシアンも、驚いたようにユウトを見つめている。
「……今、なんと言った?」
「だから、クロノシフトです」
「…………」
皇帝はしばらく黙り込み、やがて確認するように口を開いた。
「……本当に?」
「本当です!」
「失われた魔法だぞ?」
「俺もそう聞きました」
「それを……」
皇帝は額へ手を当てた。
「何日で覚えた?」
「えーっと……」
ユウトが指を折って数えようとしたところで、シアが勢いよく答えた。
「三日もかかってないっす!」
「シア!」
「…………」
皇帝は再びユウトへ視線を向けた。
「お前は……」
「なんです?」
「いや……もう驚くのも疲れてきた」
「酷くない!?」
「褒めているんだ」
「絶対違う!」
ユウトが抗議すると、傍らにいたルシアンが小さく笑った。
「ですが、ユウトさん」
「ん?」
「なぜ空間転換を?」
「あ」
ユウトは思い出したように声を上げた。
「そうか。まだ話してなかった」
「何をだ?」
皇帝が不思議そうに眉をひそめる。
「実は……」
ユウトは少し考え、どこから説明するべきか迷った。
空間転換について知るために聖国へ向かったことは話していたが、そもそも何のためにその魔法を探していたのか、詳しく説明していなかったのだ。
「俺たちがいるこの世界とは別に、もう一つ大陸があるみたいなんです」
「……もう一つ?」
「はい」
「海の向こうに、ということか?」
「いや、それが違うんです」
ユウトは首を振った。
「同じ世界にはないんです」
「…………?」
皇帝の眉間に皺が寄る。
当然の反応だった。
普通なら、別の大陸と聞けば海を隔てた遠い場所を想像するだろう。しかし、ユウトが言っているのはそういう話ではない。
「空間そのものが分かれてるっていうか……」
「待て」
皇帝が片手を上げた。
「話が見えん」
「俺も最初そうでした」
「でしょうね」
「シエル!」
ユウトが振り返ると、シエルは小さくため息を吐いた。
「簡単に言えば、私たちがいるこの世界とは異なる空間に、別の大陸が存在しているということです」
「異なる空間……」
ルシアンが考え込むように呟いた。
「それって……」
「異世界ってことっす!」
シアが胸を張って答える。
「なんでお前が得意げなんだよ」
「分かりやすく説明したっす!」
「まあ、間違ってないけど」
ユウトが苦笑する一方で、皇帝は腕を組んだまま考え込んでいた。
これまでにも数々の不可解な出来事を経験してきた帝国だったが、世界そのものが分かれているという話は、簡単に受け入れられるものではないらしい。
「……にわかには信じ難い話だな」
「ですよね」
「その大陸を、お前たちはどうやって知った?」
「それは……」
ユウトは一瞬言葉に詰まった。
グランヴァルト城の地下遺跡。そこに残されていた古代の記録。
そして、空間転換について調べるうちに判明した事実。
すべてを説明することもできたが、今はどこまで話すべきか判断がつかなかった。
「遺跡で調べていくうちに分かったんです」
嘘ではない。
ただ、すべてを話しているわけでもなかった。
皇帝はその答えを聞き、しばらく考えてから問いを重ねた。
「その大陸の名前は?」
「魔族大陸」
「…………」
その瞬間、皇帝の表情が変わった。
「……魔族」
「はい」
「では、あの者は……」
「多分、そこから来たんだと思います」
ユウトも、誰のことを指しているのかはすぐに分かった。
かつて帝国で騒動を引き起こした魔族、ゴルダン。
今はまさに、この謁見の間に姿を隠して立っているのだが、それを口にするつもりはなかった。
皇帝は腕を組み直し、しばらく考え込んでいた。
「……それで空間転換か」
「はい」
「普通の方法では行けない場所だから、空間そのものを越える必要があった……」
「そういうことです」
ようやく話が繋がったらしい。
しかし、皇帝はそこで一つの疑問に行き着いたようだった。
「そして?」
「?」
「空間転換を習得したということは……その魔族大陸とやらへ、行けるのか?」
「はい!」
ユウトは自信を持って頷いた。
「実際に道を開いて、向こう側まで確認できました」
「…………」
再び、謁見の間が静まり返った。
皇帝だけでなく、ルシアンも驚いたように目を見開いている。
「本当に……別の世界があるんですね」
「みたいだな」
ユウトが答えると、皇帝は深く息を吐いた。
「空間転換を習得したという話だけでも十分だったのだがな」
「いやぁ、それはそれは頑張りましたから」
「お前と話していると、常識がいくつあっても足りんな」
「それ褒めてます?」
「今回は褒めていない」
「今回は!?」
ユウトが思わず声を上げると、とうとうルシアンが吹き出した。
皇帝も呆れたように笑っていたが、やがて表情を改めた。
「それで、今後はどうするつもりだ?」
「準備が整えば、魔族大陸へ向かうつもりです」
「そうか……」
皇帝は静かに頷いた。
「それならば、ちょうどよかった。お前たちが聖国へ向かっている間に、研究院から報告が届いている」
「研究院?」
「遺跡から回収した文献についてだ」
その言葉に、ユウトの表情が変わった。
まさに、帝国へ戻ってきた理由の一つだった。
「解析が進んだんですか?」
「ああ」
「どれくらい?」
「それについては、直接聞いた方がいいだろう」
皇帝は落ち着いた様子で頷いた。
「研究院の者がお前たちを待っている」
「分かりました!」
「魔族大陸へ向かう前に、確認しておくといい」
「はい!」
ユウトたちは礼を告げ、謁見の間を後にしようとした。
「では、失礼します」
「ああ」
皇帝に背を向け、扉へ歩き始めたその時だった。
「ユウトさん」
「ん?」
ルシアンに呼び止められ、ユウトは振り返った。
「どうした?」
「いえ……」
ルシアンは穏やかに微笑んでいた。
しかし、その視線はユウト本人ではなく、彼のすぐ隣に向けられている。
そこには、誰の姿も見えないはずだった。
「…………」
ルシアンは僅かに目を細めると、静かに口を開いた。
「そちらの方にも、よろしくお伝えください」
「…………?」
ユウトの足が止まった。
「……え?」
「それでは」
ルシアンはそれ以上何も言わず、何事もなかったかのように頭を下げた。
ユウトは思わず隣を見た。
シエル、シア、リトも同じ方向へ視線を向けている。
だが、そこには当然何も見えない。
ただ一人、姿を消したゴルダンが立っているはずだった。
◇
謁見の間を出て、扉が閉じられた直後。
ユウトは足を止め、隣へ顔を向けた。
「……ゴルダン」
「なんだ」
「お前、見えてた?」
「馬鹿を言え」
「だよな?」
「ああ」
ゴルダン自身にも、姿を現した覚えはないらしい。
ユウトは振り返り、閉じたばかりの扉を見つめた。
「じゃあ……あいつ、なんで分かったんだ?」
「さあな」
ゴルダンの返答は素っ気なかったが、その声には僅かな疑問が混じっているようにも聞こえた。
「やっぱりルシアンって変わってるっすね!」
「お前には言われたくないと思うぞ」
「なんでっすか!?」
リトの言葉に、シアが不満そうな声を上げる。
しかし、その横でシエルだけは黙って謁見の間の扉を見つめていた。
先ほどのルシアンの視線。
そして、あの意味深な言葉。
何かが気になっている様子だったが、今のところ確かめようもなかった。
「……シエル?」
ユウトが声を掛けると、シエルは小さく首を振った。
「……なんでもないわ。それより、研究院へ行くんでしょう?」
「あ、そうだった!」
ユウトは思い出したように手を叩いた。
「行こう!」
シエルが歩き始めると、ユウトたちもその後へ続いた。
研究院では、地下遺跡から回収された文献の解析が進められているという。
聖国へ向かう前には解読できなかった記録も、今なら何か新しいことが分かるかもしれない。
ユウトはそんな期待を胸に、研究院へと足を向けた。
第254話を読んでいただきありがとうございます!
再び帝国へ戻ってきたユウトたち。
空間転換の習得だけでも驚きの報告でしたが、今回はついに皇帝とルシアンにも「魔族大陸」の存在が明かされました。
そしてユウトたちが聖国へ向かっている間にも、遺跡から回収された文献の解析は進んでいたようです。
魔族大陸へ向かう前に、まずは研究院へ。
以前はほとんど読み解くことのできなかった文献から、今度は何が明らかになるのでしょうか。
そして――。
姿を消していたはずのゴルダンに、なぜルシアンは気付いたのか。
相変わらず謎の多い皇太子です。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




