第二百五十三話 旅立ちの前に
ついに空間転換を習得したユウト。
これで魔族大陸へ渡るための手段は整いました。
しかし、その前にまだやるべきことが残っています。
帝国の遺跡――そして、そこで発見された大量の文献。
魔族大陸へ向かう前に、もう一度帝国へ戻ります。
それでは、第253話をお楽しみください!
「いやぁ……疲れた」
ユウトは魔法陣の上で大きく伸びをした。
空間転換の習得に成功したものの、何度も空間の境界へ接続したせいか、身体にはまだ疲労が残っている。
「でも、覚えられたじゃない」
「ああ!」
シエルの言葉に、ユウトは満面の笑みで頷いた。
苦労はしたが、その成果は十分すぎるものだった。
「これで魔族大陸へ行ける!」
「主! いよいよっすね!」
シアも嬉しそうに両手を上げる。
その姿を見て、ユウトは少し呆れたように笑った。
「楽しそうに言うけど、観光じゃないからな?」
「美味しいものあるっすかね?」
「人の話聞いてた!?」
「あるにはある」
突然、ゴルダンが口を開いた。
「マジで!?」
「主!?」
思わず食いついたユウトに、今度はシアが驚いたように声を上げる。
その隣では、リトが呆れたように肩をすくめていた。
「お前も同じじゃねぇか」
「いや、異世界の料理って気になるだろ!」
ユウトは悪びれる様子もなく答えた。
もちろん、魔族大陸へ向かう目的を忘れたわけではない。しかし、これまで誰も訪れることのできなかった世界なのだ。どのような食べ物があるのか、気にならないはずがなかった。
そんなことを考えていると、ふと、ここまで協力してくれた人物の存在を思い出した。
「それで……」
ユウトは改めてルミナへ向き直った。
「本当にありがとうございました」
深く頭を下げる。
「ルミナ様のおかげで、空間転換を覚えることができました」
「私は方法をお伝えしただけです」
ルミナは穏やかに微笑んだ。
「成し遂げたのは、あなた自身ですよ」
「いや……」
そう言われると、少し複雑だった。
確かに自分も頑張ったとは思う。だが、実際には補佐機構の助けがなければ、ここまで辿り着くことはできなかっただろう。
「……補佐機構がほとんどやった気がする」
『否定』
「え?」
突然、頭の中に声が響いた。
『マスター自身の適性と努力による結果です』
「…………」
思いがけない返答に、ユウトは一瞬言葉を失った。
(お前……)
『事実を述べたまでです』
(たまには良いこと言うじゃん)
『たまには、とは?』
(なんでもない)
いつもの調子に戻った補佐機構に、ユウトは思わず苦笑した。
「また一人で喋ってるわね」
「ほっといて!」
すかさずシエルに指摘され、ユウトが振り返る。
そのやり取りを見ていたルミナも、楽しそうに小さく笑った。
「ふふっ。ですが、ユウト」
「はい?」
「一つだけ覚えておいてください」
先ほどまでの柔らかな声に、僅かな真剣さが混じった。
その変化に気付いたユウトは、自然と姿勢を正す。
「空間転換は、とても強力な魔法です」
「……はい」
「世界と世界を繋ぐことができる」
ルミナは一度言葉を区切ると、ユウトを真っ直ぐに見つめた。
「だからこそ、その力で何を繋ぐのか。それを決めるのは、あなた自身です」
「…………」
ユウトは少し首を傾げた。
「……何を繋ぐか」
言葉を繰り返してみても、すぐには意味を理解できなかった。
空間転換は、離れた世界を繋ぐ魔法だ。
そして今の自分にとっては、ゴルダンを故郷へ帰すために必要な力でもある。
それ以外に何を繋ぐというのだろうか。
疑問を浮かべるユウトに、ルミナは静かに微笑んだ。
「今は分からなくても構いません。いつか、分かる時が来るでしょう」
「……はい」
ユウトは小さく頷いた。
正直なところ、まだその言葉の意味はよく分からない。
それでも、ルミナが真剣に伝えようとしていることだけは感じられた。
だからこそ、今はその言葉を覚えておこうと思った。
「さて!」
ユウトは気持ちを切り替えるように両手を叩いた。
「じゃあ帝国に戻るか!」
「もう行くの?」
シエルが尋ねると、ユウトは頷いた。
「やること残ってるしな」
グランヴァルト城の地下遺跡。
そして、そこで見つかった大量の文献。
空間転換の習得を優先して聖国まで来たが、帝国にはまだ調べなければならないものが残っている。
「解析も進んでるだろうし」
「そうね」
シエルも納得したように頷いた。
「それが終わったら、いよいよ魔族大陸っすね!」
「ああ」
ユウトはそう答えると、隣に立つゴルダンへ顔を向けた。
「案内頼むぞ」
「……我に選択肢はあるのか?」
「あるよ?」
「ほう」
意外そうな反応を見せるゴルダンに、ユウトは指を一本立てた。
「案内するか」
「…………」
続けて、もう一本指を立てる。
「めちゃくちゃ案内するか」
「一つしかないではないか!」
「二つあるだろ!」
「同じだ!」
ゴルダンが声を荒らげる横で、リトが呆れたように首を振った。
「アニキ……」
「なんだよ」
「酷ぇな」
「なんで!?」
思わず言い返したユウトにつられるように、シアが笑い出した。
やがて、その笑い声はシエルやリトにも広がっていく。
先ほどまで失われた古代魔法の習得に挑んでいたとは思えないほど、賑やかな声が聖塔の最上層に響いていた。
ルミナはそんな一行を、穏やかな表情で見つめていた。
「……じゃあ」
ひとしきり笑ったところで、ユウトは改めて彼女へ向き直った。
「ルミナ様」
「はい」
「また来てもいいですか?」
「…………」
その問いに、ルミナの瞳が僅かに見開かれた。
しかし、それもほんの一瞬のことだった。
「もちろんです」
彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「いつでも、お待ちしております」
「よし! また来ます!」
嬉しそうに答えると、ユウトは仲間たちとともに扉へ向かった。
シエルたちもそれぞれルミナへ礼を告げ、聖塔の最上層を後にする。
ルミナはその背中を、何も言わずに見送っていた。
やがて巨大な扉が閉じられ、重厚な音が部屋に響く。
それまで賑やかだった空間に、再び静寂が戻った。
「…………」
ルミナは一人、床に描かれた巨大な魔法陣を見つめていた。
つい先ほどまで、そこには異なる世界へと通じる道が開かれていた。
失われたはずの古代魔法。
その術式を、あの少年は本当に完成させてしまったのだ。
「……まさか」
小さく声が漏れる。
「本当に成功させるなんて」
ルミナはしばらく魔法陣を見つめていたが、やがて僅かに口元を緩めた。
「不思議な方ですね」
静かな部屋に、その声だけが響いた。
それ以上、ルミナは何も語らなかった。
◇
「さて!」
聖塔ルクシアを出たユウトは、広がる空を見上げながら大きく伸びをした。
塔の最上層で過ごした時間は、それほど長いものではなかったはずだ。
しかし、失われた魔法を習得するまでの苦労を思えば、随分と長く滞在していたように感じられる。
「帝国へ戻るぞ!」
「おーっす!」
シアが元気よく腕を上げた。
「元気ね……」
シエルは苦笑しながらも、その後に続く。
「魔族大陸行く前に、調べるもん全部調べとかないとな!」
「そうね」
ユウトは頷き、歩き始めた。
空間転換を習得したことで、魔族大陸へ渡るための手段は手に入った。
あとは帝国へ戻り、残された文献の解析を進めるだけだ。
そう考えるユウトの足取りは軽かった。
しかし、ユウトはまだ知らない。
帝国で待っているものが、自分自身に関わる大きな謎へと繋がっていることを。
第253話を読んでいただきありがとうございます!
無事に空間転換を習得し、ルミナへ別れを告げたユウトたち。
「その力で何を繋ぐのか」
ルミナが残した言葉の意味を、今のユウトはまだ理解していません。
今はただ、魔族大陸へ渡るために手に入れた力。
しかし、世界と世界を繋ぐことのできる空間転換が、この先どのような役割を果たしていくのでしょうか。
そしてユウトたちが次に向かうのは、再び帝国。
以前訪れた遺跡では、解析途中の文献が数多く残されています。
果たしてそこから、新たに何が明らかになるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




