第二百五十一話 目印
空間の狭間から、現在いる世界とは異なる魔力情報を発見したユウト。
しかし、見つけただけでは目的の空間なのか判断することができません。
そこで必要になるのが、目的地を知る者の魔力情報。
……となれば、もちろん目印になってもらうのはあの男です。
それでは、第251話をお楽しみください!
「さて」
ルミナは床に描かれた巨大な魔法陣へ視線を向けた。
「次は、先ほどユウトが見つけた空間が何なのかを特定します」
「はい!」
ユウトが元気よく返事をすると、ルミナは穏やかに頷いた。
「そのためには、目的地となる空間の魔力情報が必要です」
「魔力情報?」
「先ほど説明した通り、異なる空間にはそれぞれ異なる魔力の流れがあります。その特徴を照合することで、目的地かどうかを判断するのです」
「なるほど……でも、俺は魔族大陸に行ったことないですよ?」
ユウトは少し考えてから首を傾げた。
そもそも、自分たちは魔族大陸がどのような場所なのかさえ知らない。
そんな状態で魔力の特徴を調べようにも、比較するための情報がないはずだった。
「そうですね」
「じゃあどうするんです?」
「簡単です。目的地の魔力を知る者を利用します」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトはある人物の存在を思い出した。
そして、シエルもシアもリトも、まったく同じことを考えたらしい。
四人の視線が、一斉に同じ方向へ向けられた。
「…………」
そこにいたゴルダンが、不機嫌そうに眉をひそめる。
「……なぜ我を見る」
「いや、お前だろ」
ユウトが当然のように答えた。
「ゴルダンしかいないわね」
「ゴルダンっす!」
「お前以外に誰がいるんだよ」
全員から指名され、ゴルダンは深いため息を吐いた。
「……断る」
「なんで!?」
「なぜ我が実験台にならねばならん」
「実験台じゃないよ!」
「似たようなものだろう」
「違うって!」
ユウトが必死に否定していると、ルミナが静かに口を挟んだ。
「ではユウト。ゴルダンに何をしてもらうのか、説明してあげてください」
「分かりました!」
ユウトは自信満々にゴルダンへ向き直った。
「あのな、ゴルダン…………」
「…………?」
しかし、そこで言葉が止まる。
そもそも、自分も具体的に何をするのか聞いていなかった。
「……ルミナ様、何するんです?」
「知らねぇのに頼んでたのかよ!」
リトが思わず吹き出した。
「だってゴルダンしかいないって言うから!」
「ふふっ。心配ありません」
ルミナは楽しそうに微笑んでから、ゴルダンへ視線を向けた。
「魔力を少し解析させてもらうだけです」
「……解析?」
「はい。あなたの魔力には、生まれ育った空間の影響が残っているはずです。その情報と、ユウトが見つけた空間の魔力を照合します」
ゴルダンは腕を組んだまま、黙って話を聞いていた。
自分の魔力を調べるだけなら、特に危険なこともなさそうだ。
その隣では、ようやく理解したユウトが手を叩いている。
「なるほど! つまりゴルダンが目印になるってことか!」
「……目印」
ゴルダンの眉間に皺が寄った。
「主! ゴルダンを置いておけば迷子にならないっす!」
「そういう目印じゃない!」
「我を何だと思っている」
「目印」
「……貴様」
「冗談だよ!」
「顔が本気だったぞ」
「気のせいだって!」
ゴルダンはしばらくユウトを睨んでいたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……好きにしろ」
「よっしゃ!」
「ただし、妙なことをすれば殺す」
「なんで俺!?」
「お前がやるのだろう」
「解析するの補佐機構だから!」
「知らん」
「理不尽!」
相変わらずのやり取りに、シエルが小さくため息を吐いた。
しかし、ゴルダンも本気で拒むつもりはないらしく、すでに片手を差し出している。
ユウトはその前へ歩み寄った。
「じゃあ……魔力、出せる?」
「どの程度だ」
「…………」
ユウトは少し考え、ルミナを振り返る。
「……ルミナ様?」
「僅かで構いません」
「僅かだって」
「貴様は何のためにそこにいる」
「仲介!」
「いらん」
「ひどくない!?」
ゴルダンは呆れたように首を振ると、片手を持ち上げた。その掌に、ゆっくりと魔力が集まり始める。
人間とも竜族とも異なる、独特な魔力。
ユウトはその感覚を確かめながら、頭の中で補佐機構へ呼び掛けた。
(補佐機構)
『解析を開始します』
(頼む)
『対象――ゴルダン』
『魔力情報を取得。解析中』
補佐機構が解析を進める間、ユウトはゴルダンの掌へ視線を向け続けた。
「……何だ」
「いや……」
「見るな」
「見るだろ! 解析してるんだから!」
そんなやり取りをしているうちに、補佐機構から報告が届いた。
『解析完了』
(早っ!)
『ゴルダンの個体情報は以前解析済みですので、対象の魔力情報を記録しました』
(じゃあ、さっき見つけた空間と比べられる?)
『可能です』
「よし!」
思わず声を上げたユウトに、シアがすかさず反応した。
「また一人で喋ってるっす!」
「今はいいだろ!」
ユウトが言い返すと、ルミナが魔法陣を示した。
「ユウト。先ほどと同じ空間を探してください」
「はい!」
ようやく準備が整った。
ユウトは魔法陣の中央へ戻ると、ゆっくりと目を閉じた。
◇
周囲の音と魔力の気配が、少しずつ意識から遠ざかっていく。
空間の境界を認識し、そこへ細く魔力を伸ばす。
以前は何度も失敗した工程だったが、今ではほとんど迷うことなく進められるようになっていた。
『空間境界への接続完了』
『状態――安定』
(……慣れてきたな)
『肯定』
(よし)
接続を維持したまま、ユウトは意識を広げていく。
探すのは、先ほど見つけた異なる魔力の気配だった。
(……さっきの場所)
『魔力情報を検索します』
何もない空間の狭間で、僅かな違いを探り続ける。
方角も距離も存在しない場所だが、一度捉えた感覚を思い出すと、以前よりも探しやすく感じられた。
そして――。
『対象を検知』
(あった!)
先ほど感じたものと同じ、異なる魔力の気配。
『対象空間の魔力情報を取得。照合を開始します』
ユウトはその存在を見失わないよう、意識を集中させた。
補佐機構が、記録したゴルダンの魔力情報と、見つけた空間の情報を比較していく。
『照合中』
(…………)
僅かな間を置いて、結果が告げられた。
『一致率――九十一・八パーセント』
(高い!)
『対象ゴルダンの魔力情報と高い類似性を確認』
(ってことは……)
『推測。対象空間がゴルダンの出身空間である可能性――極めて高』
(…………!)
ユウトの胸が高鳴った。
まだ完全に特定できたわけではない。
しかし、九割を超える一致率が示された以上、期待せずにはいられなかった。
(……魔族大陸!)
『対象空間の座標解析を開始します』
(できるの!?)
『可能です』
(頼む!)
ユウトは喜びを抑え、さらに集中した。
ここで境界との接続が途切れてしまえば、またやり直しになってしまう。
意識を一定に保ちながら、補佐機構の解析結果を待った。
『解析中』
魔力が少しずつ消費されていく。
先ほどの探索では維持限界に近付いてしまったが、今はまだ接続を保てていた。
(……まだ?)
『解析進行率――六十八パーセント』
(結構かかるな……)
『七十四パーセント』
ユウトは返事をせず、対象の気配だけを追い続けた。
『八十三パーセント』
『九十二パーセント』
(もう少し……!)
そして、ついに待ち望んでいた報告が届いた。
『解析完了』
『対象空間座標を取得しました』
(よっしゃ!)
『座標情報を固定します』
ユウトは集中を維持したまま、次の報告を待つ。
『固定完了』
『対象空間を登録しました』
(……登録?)
『名称設定が可能です』
(そんな機能あるの!?)
『名称を指定してください』
思いがけない要求に、ユウトは少し考えた。
登録した空間は、まだ実際に足を踏み入れたわけではない。
それでも、今のところ一番分かりやすい呼び名は決まっている。
(……魔族大陸)
『登録しました』
(そのまんま!)
『指定された名称です』
(そうだけど!)
『問題がありますか?』
(……ないです)
自分で名前を付けておきながら突っ込むのもおかしな話だ。
ユウトはそれ以上考えるのをやめ、慎重に魔力を切断した。
◇
「――ふぅ」
周囲の感覚が戻り、ユウトはゆっくりと目を開いた。
先ほどまでとは違い、魔力の消耗もそこまで大きくはない。
魔法陣の外では、シエルたちが結果を待っていた。
「どうだった?」
シエルの問いに、ユウトは笑みを浮かべた。
「……見つけたぞ」
「!」
その言葉に、ゴルダンの表情が変わった。
「……本当か?」
「ああ。ゴルダンの魔力と九割以上一致した」
「…………!」
「ほぼ間違いないと思う」
ユウトはそう答えると、さらに続けた。
「それに、座標も固定できた」
「……もう?」
今度はルミナが僅かに目を見開いた。
「はい!」
ユウトは嬉しそうに頷く。
これまでの苦労を思えば、目的地の座標を固定できたことは大きな前進だった。
「これで行ける?」
「いいえ」
「まだ!?」
即答され、ユウトは思わず頭を抱えた。
「まだあるの!?」
「言ったでしょう? 座標を見つけただけでは、移動することはできません」
「…………」
確かに、そんな説明を聞いた覚えはある。
だが、ここまで来たのだから、そろそろ終わりにしてほしいというのが正直な気持ちだった。
そんなユウトを見て、ルミナは穏やかに微笑んだ。
「次が最後です」
「……最後!?」
ユウトの顔が一気に明るくなる。
「本当に!?」
「はい」
「絶対!?」
「ユウト」
シエルが呆れたように名前を呼んだ。
「だって長かったんだよ!」
「三日も経ってないわよ」
「体感では一ヶ月!」
「大袈裟っす!」
「うるさい!」
シアの突っ込みに言い返しながらも、ユウトの表情は明るかった。
何度も失敗を繰り返し、ようやく空間の境界を認識できるようになった。
さらに魔力を接続し、異なる空間の気配を探し出して、その座標まで固定したのだ。
残る工程は、あと一つ。
ルミナは魔法陣の中央へ歩み寄ると、静かに振り返った。
「最後に、現在いる空間と、今固定した魔族大陸の空間座標。その二つを繋ぎます」
「…………」
ユウトの表情から笑みが消えた。
ここまで進んできたからこそ、最後の工程が持つ意味を理解できる。
成功すれば、今まで行くことのできなかった世界へ道を開けるかもしれない。
「……成功すれば?」
「道が開きます」
「…………!」
ユウトは思わず息を呑んだ。
ルミナはその反応を見つめながら、静かに続けた。
「それが、空間転換の完成です」
「…………」
ようやく終わりが見えた。
古代の記録を頼りに帝国から聖国へ向かい、聖塔で何度も失敗を繰り返しながら、少しずつ習得へ近付いてきた。
そして今、最後の一歩を踏み出そうとしている。
「……よし」
ユウトは拳を握り締めた。
「やってやる!」
失われた魔法――空間転換。
その習得まで、あと一歩だった。
第251話を読んでいただきありがとうございます!
まさかのゴルダン、目印になる。
本人はかなり不服そうでしたが、そのおかげでユウトが見つけた空間が魔族大陸である可能性は極めて高くなりました!
さらに補佐機構の解析によって、魔族大陸の空間座標の固定にも成功。
長かった空間転換の習得も、いよいよ残すところあと一段階です。
二つの空間を繋ぎ、「道」を作ることができれば――クロノシフトは完成。
果たしてユウトは、失われた魔法を習得することができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




