第二百四十八話 第一段階
空間転換習得への第一歩として、空間の境界を認識することに成功したユウト。
しかし、一度見えたからといって、すぐに次へ進めるわけではありません。
まず必要なのは、空間の境界を安定して認識し続けること。
焦らず、慎重に――。
ユウトの本格的な訓練が始まります!
それでは、第248話をお楽しみください!
「……消える」
ユウトは床に描かれた魔法陣から距離を取り、先ほどの警告を思い返していた。
空間の境界への魔力接続に失敗すれば、存在そのものが空間の狭間へ消えてしまう。
そう聞かされた以上、簡単には近付く気になれなかった。
「そんなに離れなくても大丈夫ですよ」
ルミナが穏やかに声を掛ける。
「いや、なんか怖くなってきたんで……」
「境界に魔力を接続しなければ問題ありません」
「……本当に?」
「はい」
「絶対?」
「絶対です」
ユウトはしばらくルミナを見つめた。
「……疑ってます?」
「ちょっとだけ」
「ユウト!」
シエルが呆れたように声を上げる。
「だって消えるんだぞ!?」
「さっきまで何も考えず接続しようとしてたのは誰よ」
「知らなかったからだよ!」
「知らないって怖いっすね!」
「本当にな!」
妙なところで意気投合するユウトとシアを、リトが呆れたように見ていた。
「そこで意気投合すんな」
そんな仲間たちの反応をよそに、ユウトは改めてルミナへ向き直った。
「それで……どうすればいいんです?」
「まずは先ほどと同じことを繰り返してください」
「同じこと?」
「空間の境界を認識するのです」
「……それだけ?」
「それだけです」
ユウトは首を傾げた。
「もう見えましたけど?」
「一度だけでしょう?」
「はい」
「では、もう一度」
「…………」
あまりにも地味な答えに、ユウトは少し拍子抜けしてしまった。
「どうしました?」
「いや……もっとこう……」
ユウトは拳を握り、大きく振りかぶるような仕草を見せた。
「魔力をドーン! みたいなのを想像してたんですけど」
「消えたいのですか?」
「やめておきます」
「判断早ぇな」
「命かかってんだぞ!」
即座に考えを改めたユウトを見て、ルミナが小さく笑った。
「クロノシフトに限らず、空間へ干渉する魔法には精密な魔力操作が求められます。強い魔力をぶつければいいわけではありません」
「……精密な魔力操作か」
ユウトは握った拳を見下ろした。
「俺、そっちの方が得意なんだけどな」
「知ってるわ」
「主、基本ぶっ飛ばして解決するっすからね!」
「お前ら俺を何だと思ってるの!?」
「終焉竜」
ゴルダンが即答した。
「そういう意味じゃない!」
「違うのか?」
「違わないけど!」
「どっちだよ」
リトが笑うと、ルミナも楽しそうに口元を緩めた。
「ふふっ。では、始めましょうか」
「はい!」
ユウトは気持ちを切り替え、再び魔法陣の中央へ向かった。
先ほどは偶然のように境界を捉えることができたが、今度は意識して同じ状態を作らなければならない。
ゆっくりと目を閉じ、頭の中で補佐機構へ呼び掛ける。
(補佐機構)
『はい』
(もう一回頼む)
『承知しました』
直後、周囲の音がゆっくりと遠ざかり始めた。
仲間たちの気配も、聖塔を満たす魔力も、少しずつ意識の外へ押し流されていく。
やがて何もない暗闇のような感覚だけが残り、ユウトはその中で意識を研ぎ澄ませた。
(……さっきのやつ)
探すのは、何かと何かを隔てる境目。
先ほど確かに感じた、細い光のような存在だった。
しかし、どれだけ意識を向けても、それらしいものが見つからない。
(……ない)
『集中してください』
(してるって!)
『会話は集中を阻害します』
(そっちから話しかけたんだろ!?)
『…………』
(黙るな!)
当然、境界は見えないままだった。
ユウトは自分でも集中できていないことに気付き、小さく息を吐く。
『集中してください』
(……はい)
今度こそ余計なことを考えず、自分の魔力だけに意識を向けた。
どれほど時間が経ったのだろうか。
何もない暗闇を探り続けていると、ふと、その奥に細い光が浮かび上がった。
(……あった!)
『空間境界を確認』
(よし!)
しかし、喜んだ瞬間に光が揺らぎ、そのまま消えてしまった。
(……あ)
『集中が途切れました』
(…………)
『再試行を推奨します』
(……はい)
ユウトは気を取り直し、再び境界を探し始めた。
◇
「……まだやってるっすね」
「ああ」
魔法陣の中央では、ユウトが目を閉じたまま立ち続けていた。
時折、眉をひそめたり口元を緩めたりしているが、それ以外に目立った動きはない。
「もう結構経ったわね」
シエルが呟くと、リトも退屈そうに腕を組んだ。
「そんなに難しいものなのか?」
「本来なら、認識するだけでも長い年月を必要とします」
答えたのはルミナだった。
その言葉に、シエルが驚いたように顔を向ける。
「……長い年月?」
「はい」
「じゃあユウトは……」
「異常ですね」
「やっぱり」
「……おい」
突然、魔法陣の中央から声がした。
見ると、ユウトが目を閉じたまま不満そうに口を開いている。
「聞こえてるぞ」
「集中しなさい」
「はい……」
シエルに一言で黙らされ、ユウトは再び動かなくなった。
その様子にルミナは僅かに笑みを浮かべたが、すぐに真剣な眼差しへ戻った。
最初の認識は偶然ではない。ユウトはすでに何度も境界を捉え始めている。
その速度は、ルミナの知る常識からすれば考えられないものだった。
しかし、彼女は何も言わず、静かにユウトを見守り続けた。
◇
(……見えた)
暗闇の中に、再び細い光が現れた。先ほどと同じ、空間の境界。
だが、今回は喜びそうになる気持ちを抑え、その存在だけに意識を向ける。
見つけたからといって騒がない。
ただ、そこにあるものとして認識する。
一秒、二秒、三秒。
少しずつ時間が過ぎていくが、今度は光が消えなかった。
『空間境界の安定認識を確認』
(……よし)
『集中を維持してください』
(分かってる)
光が僅かに揺れる。
それでもユウトは慌てず、意識を一定に保ち続けた。
『十秒経過』
『二十秒経過』
『三十秒経過』
補佐機構の声だけが、一定の間隔で響いていく。
ユウトは何も答えず、目の前の境界を捉え続けた。
そして――。
『一分経過』
『空間境界の認識状態が安定しました』
(……できた!)
その報告を聞いた瞬間、ユウトは目を開いた。
「できた!」
「ユウト?」
突然声を上げたユウトに、シエルが顔を向ける。
「一分!」
「え?」
「一分間、ずっと見えてた!」
嬉しそうに報告するユウトだったが、ルミナは思わず目を見開いていた。
「……一分?」
「はい!」
「…………」
その反応を見て、ユウトは少し不安になった。
「……短い?」
「いいえ」
ルミナはゆっくりと首を振った。
「十分です」
「じゃあ!」
ユウトの表情がぱっと明るくなる。
「次いけます!?」
ルミナはしばらくユウトを見つめ、それから床の魔法陣へ視線を落とした。
「……そうですね。次の段階へ進みましょう」
「よっしゃ!」
「ただし」
「はい!」
喜ぶユウトを制するように、ルミナが続けた。
「私の指示なく、絶対に魔力を接続しないこと」
「はい!」
「絶対に、ですよ?」
「はい!」
あまりにも素直な返事だったためか、ルミナは少しだけ疑わしそうな表情を浮かべた。
「……なんでそんな疑うんです?」
「あなたならやりそうなので」
「やらないよ!」
「主ならやるっす」
「やるな」
「やるわね」
「貴様ならやるだろう」
シア、リト、シエル、ゴルダンの順に即答された。
「お前らなぁ!!」
誰一人として信用してくれないことに、ユウトは思わず声を上げた。
ルミナはそんな一行を見て楽しそうに笑っていたが、やがてその表情を引き締めた。
「では、次へ進みましょう」
先ほどまでとは違う、落ち着いた声だった。
その変化に気付いたユウトも、自然と笑みを消して姿勢を正す。
「次は――」
ルミナは魔法陣の中央に立つユウトを見つめ、静かに告げた。
「空間の境界へ、あなたの魔力を接続します」
「…………」
ユウトは息を呑んだ。
境界を認識することには成功した。
しかし、その先には、失敗すれば存在そのものが消えてしまうという危険が待っている。
空間転換の習得へ向けた、第二段階が始まろうとしていた。
第248話を読んでいただきありがとうございます!
空間の境界を安定して認識するため、ひたすら訓練を繰り返したユウト。
補佐機構の助けもあり、ついに一分間の安定認識に成功しました!
本人は「短い?」なんて言っていますが、ルミナからすれば驚異的な習得速度。
どうやらユウトには、空間へ干渉する魔法への高い適性があるようです。
そしていよいよ次なる段階――。
空間の境界へ、自らの魔力を接続します。
一歩間違えれば危険を伴うクロノシフトの習得。
果たして第二段階も無事に突破することができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




