第二百四十七話 空間の境界
失われた古代魔法――空間転換。
長年研究を続けてきたルミナでさえ、未だ使うことのできない高難度の魔法でした。
しかし、ユウトには頼れる相棒――補佐機構がいます。
まず目指すのは、クロノシフト発動に必要となる「空間の境界」の認識。
果たしてユウトは、その感覚を掴むことができるのでしょうか。
それでは、第247話をお楽しみください!
「……で」
ユウトは改めてルミナを見つめた。
「結局、使えるんですか?」
「まだ聞くの!?」
隣にいたシエルが、呆れたように声を上げる。
「だって気になるんだって!」
「少しは落ち着きなさい!」
二人のやり取りを見て、ルミナは口元に手を添えながら小さく笑った。
「ふふっ。残念ながら、私はクロノシフトを使うことはできません」
「……え?」
ユウトは思わず目を丸くした。
「使えないんですか?」
「はい」
「でも……めちゃくちゃ詳しかったですよね?」
先ほど聞いた説明は、大司教から教わったものよりも遥かに具体的だった。
空間の境界を認識し、そこへ魔力を接続する。
失われたはずの魔法について、それほど詳しく知っている人物が使えないというのは意外だった。
「長い間、研究してきましたから」
「どれくらい?」
「…………」
ルミナは一瞬だけ黙り込み、やがて悪戯っぽく微笑んだ。
「女性に年齢を尋ねるものではありませんよ?」
「年齢……? 聞いてないよ!?」
「主、最低っす」
「えっ! なんで!?」
「アニキ、そういうとこだぞ」
「リトまで!?」
まるで自分が悪いことになっている状況に、ユウトは納得できずにいた。
しかし、当のルミナは楽しそうに笑っている。
「冗談です」
「この女神、絶対俺で遊んでる!」
「ユウト!」
「はい!」
シエルに睨まれ、ユウトは慌てて姿勢を正した。
その様子にルミナが再び笑みを零す。
初めは神聖で近寄りがたい存在を想像していたが、実際の彼女は随分と気さくな女性だった。
「それで……」
シエルが話を戻すように口を開いた。
「長い間研究してきたのに、なぜ使えないの?」
「適性です」
「適性?」
「クロノシフトは、術式を理解すれば誰でも使える魔法ではありません」
ルミナは足元に広がる巨大な魔法陣へ視線を落とした。
「空間そのものへ干渉できるほどの適性。そして、膨大な魔力。それらが必要になります」
「…………」
ユウトは自分の手を見つめた。
膨大な魔力という点では、成体へ進化したことで以前よりも扱える力が増えている。
しかし、空間へ干渉する適性があるかどうかは分からない。
「……俺にできるかな」
「できるのではありませんか?」
「え?」
あまりにも自然な返答に、ユウトは顔を上げた。
「なんで分かるんです?」
「…………」
ルミナはしばらくユウトを見つめていた。
その眼差しは、どこか自分ではない誰かを見ているようにも感じられる。
「何となく、です」
「女神様が何となくって……」
ユウトが何とも言えない顔をすると、ルミナは首を傾げた。
「いけませんか?」
「いや……いいですけど。……いいのか?」
「主、負けてるっす」
「何に!?」
シアの指摘に思わず振り返る。
そんなユウトを見て、シエルは小さくため息を吐いた。
「それより、ユウト。解析するんでしょう?」
「あ、そうだった!」
「忘れてたの!?」
「わ、忘れてないよ!」
「今の間は絶対忘れてたわよ!」
「忘れてません!」
慌てて否定すると、ユウトは床に描かれた巨大な魔法陣へ向かった。
複雑な線が幾重にも重なり、円の中心へ向かって精密な紋様が描かれている。
研究区画で見た資料にも様々な魔法陣が記されていたが、これほど大きなものはなかなか見掛けなかった。
「ここでいいのかな……」
『肯定』
頭の中に補佐機構の声が響く。
『現在地において、空間境界への接触が可能です』
(……よし)
ユウトは一度深呼吸をすると、ルミナへ向き直った。
「ルミナ様」
「はい」
「ちょっとやってみます」
「どうぞ」
ルミナは静かに頷いた。
ユウトは魔法陣の中央へ進み、ゆっくりと目を閉じる。
(補佐機構)
『はい』
(何すればいい?)
『周囲の魔力を遮断してください』
(……遮断?)
『肯定。自身の魔力のみを認識し、外部から流入する魔力情報を排除します』
(…………難しくない?)
『補助します』
(頼もしすぎる!)
『開始します』
その瞬間だった。
「…………!」
ユウトの感じていた世界が、静かに変わり始めた。
耳に届いていた音が遠ざかり、周囲に満ちていた魔力の気配が少しずつ薄れていく。
シエルたちの存在も、ルミナから感じられる魔力も、聖塔を満たしていた様々な気配も。
何もかもが、意識の外へ押し流されていった。
(……なんだ、これ)
目を閉じているはずなのに、ただ暗闇の中にいるのとは違う。
周囲の感覚そのものが失われ、自分だけが何もない場所へ取り残されたようだった。
『集中してください』
(はい)
補佐機構に注意され、ユウトは慌てて意識を引き締めた。
普段なら何か言い返すところだが、今はそんな余裕もない。
自分の魔力だけを意識しながら、周囲へ感覚を広げていく。
すると――。
(……ん?)
何かがあった。
目に見えるわけではない。手を伸ばしたところで触れられるものでもない。
それでも、確かにそこに何かが存在している。
(……なんだ、これ)
『対象を検知』
『空間境界の解析を開始します』
補佐機構の声とともに、ユウトの意識がその存在へと向けられた。
そして、触れたと感じた瞬間――。
(――っ!?)
身体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われた。
いや、それだけではない。
上下の区別が曖昧になり、前後も左右も分からなくなる。
自分がどこにいるのか。何を基準に立っているのか。
距離という概念さえ、一瞬だけ失われたようだった。
(なんだこれ!?)
『警告。集中を維持してください』
(無茶言うな!)
ユウトは必死に意識を保とうとした。
今まで経験したことのない感覚に、頭が追いつかない。
しかし、その混乱の中で、ふと気付いた。
(……あれ?)
暗闇の奥に、一本の細い光のようなものが浮かんでいる。
初めはただの線に見えた。
だが、意識を向けるにつれて、それが単なる光ではないことが分かってくる。
何かと何かを隔てている境目。
こちら側と、その向こう側。
目では捉えられないはずの区切りが、今は確かなものとして感じられた。
(これが……)
『肯定』
『空間境界を確認』
「…………!」
ユウトは息を呑んだ。
ついに見つけた。
大司教ですら認識する方法が分からないと語っていた、空間の境界。
クロノシフトを発動するために必要な、最初の一歩だった。
(……これに魔力を繋げれば)
『現段階では推奨しません』
(……え?)
『空間境界への魔力接続は極めて危険です』
(先に言ってよ!)
『現在、説明しました』
(そういう意味じゃない!)
思わず言い返した瞬間、集中が乱れた。
「――うわっ!」
突然、周囲の感覚が戻ってくる。
遠ざかっていた音が一気に耳へ流れ込み、身体に重力を感じたかと思うと、ユウトはその場で尻餅をついた。
「ユウト!」
「主!」
「アニキ!」
仲間たちの声が重なる。
目を開けると、心配そうに覗き込むシエルたちの姿があった。
「いってぇ……」
「大丈夫!?」
シエルが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫……」
「何があったの?」
ユウトはすぐには答えられなかった。
つい先ほどまで感じていた、上下も左右も存在しない奇妙な感覚。
そして、暗闇の中に浮かんでいた細い光。
あれが何だったのかを思い返しながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……見えた」
「え?」
「空間の境界」
「…………!」
その言葉に、ルミナの表情が変わった。
「……本当に?」
「はい」
先ほどまで穏やかに微笑んでいた彼女が、初めて明確な驚きを見せていた。
ルミナは一歩近付くと、確かめるように尋ねる。
「……どのように見えました?」
「暗いところに……細い光みたいなのがあって」
ユウトは記憶を辿りながら説明した。
「それが何かと何かを隔ててるような……」
「…………」
ルミナはしばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐く。
「間違いありません」
その声は、僅かに震えていた。
「それこそが――空間の境界です」
「……よっしゃ!」
ユウトは勢いよく立ち上がった。
ここまで調べてきたことが、ようやく形になったのだ。
これならクロノシフトの習得も、決して不可能ではないかもしれない。
「じゃあ次は魔力を繋げれば――」
「待ってください」
「……え?」
ルミナの声に、ユウトは動きを止めた。
振り返ると、彼女の表情が先ほどまでとは明らかに違っていた。
穏やかな笑みは消え、真剣な眼差しがユウトへ向けられている。
「絶対に、今は接続してはいけません」
「…………」
その口調に、ユウトも思わず息を呑んだ。
ルミナは一度言葉を区切ると、静かに続けた。
「失敗すれば――」
僅かな沈黙。
「あなたという存在そのものが、空間の狭間へ消えます」
「…………」
部屋が静まり返った。
ユウトは魔法陣を見下ろす。
先ほど感じた、上下も左右も分からなくなる奇妙な感覚が脳裏をよぎった。
もし、あの状態で魔力を接続していたら。
考えただけで背筋が寒くなる。
「…………」
ユウトはゆっくりと魔法陣から一歩下がった。
「……今日はここまでにしようかな」
「判断早ぇな!」
リトが思わず突っ込む。
ユウトは勢いよく振り返り、声を張り上げた。
「消えるのは嫌だよ!!」
第247話を読んでいただきありがとうございます!
いよいよ始まった、空間転換習得への挑戦。
補佐機構の助けもあり、ユウトは初めての挑戦で空間の境界を認識することに成功しました!
次なる段階は、自らの魔力を空間の境界へ接続すること。
どうやら一歩間違えれば、とんでもないことになりそうですが……。
果たしてユウトは、失われた魔法を自らのものにすることができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




