第二百四十五話 最上層
空間転換の解析に必要なのは、空間の境界への接触。
そして補佐機構が示した場所は――聖塔ルクシア最上層。
しかし、そこは限られた者しか立ち入ることのできない場所。
果たしてユウトたちは、最上層へ辿り着くことができるのでしょうか。
それでは、第245話をお楽しみください!
「……最上層」
ユウトは聖塔ルクシアの天井を見上げた。
古代魔術研究区画で見つかった、空間転換の研究記録。そこには術式や魔法の理論が記されていたものの、発動に必要な空間の境界を認識する方法までは分かっていなかった。
しかし、補佐機構によれば、その解析に必要な条件を満たす場所が、この聖塔の最上層に存在するらしい。
「……どうしたの?」
突然天井を見上げたユウトに、シエルが不思議そうに声を掛ける。
「いや……」
ユウトは視線を戻すと、先ほど告げられた内容を思い返した。
「どうやら、クロノシフトを解析するには最上層まで行く必要があるみたいだ」
「最上層?」
「ああ」
「なんで?」
「空間の境界ってやつに接触する必要があるらしくて」
シエルは少し考え込むように口元へ手を当てた。
先ほど大司教から聞いた説明では、クロノシフトを発動するには、通常では認識できない空間の境界を捉えなければならないという。
その境界が実際にどのようなものなのか、シエルにも見当はつかなかった。
「それが最上層にあるの?」
「ある……らしい」
「随分曖昧だな、アニキ」
「俺だって詳しくは分かんないんだよ!」
リトに突っ込まれ、ユウトは困ったように頭を掻いた。
補佐機構がそう告げている以上、何らかの根拠があるのだろう。
問題は、その場所へ行けるかどうかだった。
「……最上層って行けるんですか?」
ユウトが大司教へ尋ねると、老人はすぐには答えず、少し困ったように眉を下げた。
「…………」
「なんで黙るんですか」
「いえ……通常であれば、不可能です」
「やっぱり!?」
「そもそも聖塔の上層は、限られた者しか立ち入ることを許されておりません」
大司教は申し訳なさそうに説明した。
研究区画へ入るだけでも特別な許可が必要だったのだ。さらにその上となれば、簡単には立ち入れないのも当然なのだろう。
「そういやシエルも言ってたな……」
「ええ」
シエルも小さく頷いた。
すると、隣で話を聞いていたリトが肩をすくめる。
「じゃあ無理じゃねぇか」
「リト!」
「今度こそ詰んだな」
「嬉しそうに言うな!」
ユウトが抗議すると、リトは悪びれる様子もなく笑った。
だが、その時だった。
「しかし……」
「……え?」
大司教が、何かを考えるようにユウトへ視線を向けた。
「あなた方の場合は、少々事情が異なるかもしれません」
「……事情?」
「少々お待ちください」
大司教は近くにいた司祭を呼び寄せると、その耳元で何かを囁いた。
内容までは聞こえなかったが、司祭が一瞬驚いたように目を見開いたのが分かった。
「……承知いたしました」
司祭は深く頭を下げると、足早に研究区画を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、ユウトは首を傾げる。
「……何したんです?」
「確認をお願いしただけですよ」
「誰に?」
「…………」
「また教えてくれないやつ!?」
大司教は穏やかに微笑むだけだった。
その表情からは、何を考えているのかまるで読み取れない。
聖塔への入場を許可された時もそうだった。自分たちが今日この国へ来たばかりだと知っていながら、誰かの指示で招き入れられたという。
そして今度は、最上層への立ち入りについて確認すると言うのだ。
(……誰が俺たちを通そうとしてるんだ?)
ユウトは釈然としないまま、大司教を見つめた。
「この国の人、秘密多くない!?」
「主も人のこと言えないっす!」
「俺!?」
シアに指摘され、ユウトは思わず振り返る。
「そうだ! アニキも大概だぞ」
「リトまで!」
「……否定はできないわね」
「シエルまで!?」
次々と賛同され、ユウトは助けを求めるように仲間たちを見回した。
しかし、最後に残ったゴルダンまで、呆れたように口を開いた。
「貴様など秘密の塊だろう」
「ゴルダン! お前は黙ってろ!」
「なぜ我だけ扱いが違う」
「つい最近まで敵だったからだよ!」
勢いよく言い返したユウトだったが、その直後、自分の言葉に少し違和感を覚えた。
「…………」
目の前のゴルダンは、確かに命懸けで戦った相手だった。
帝国の皇帝を操り、自分たちを何度も窮地へ追い込んだ魔族。
それなのに、今はこうして同じ場所で言い争いをしている。
「……あれ?」
ユウトは首を傾げた。
「なんか最近、その感覚も薄れてきたな」
「……貴様」
ゴルダンが何とも言えない表情を浮かべる。
「アニキ、それ本人の前で言う?」
「だって本当だし」
ユウトが平然と答えると、ゴルダンは深いため息を吐いた。
「……やはり変な奴だ」
「また言った!」
そんなやり取りを続けているうちに、先ほど研究区画を出ていった司祭が戻ってきた。
その姿に気付いた大司教が、静かに顔を上げる。
「大司教様」
「どうでしたか?」
「……許可が下りました」
「……え?」
ユウトの動きが止まった。
司祭は一度ユウトたちへ視線を向けると、改めて告げた。
「最上層への立ち入りを許可するとのことです」
「…………」
数秒の沈黙が流れた。
そして――。
「また!?」
ユウトの声が研究区画に響き渡った。
「なんで!?」
「私に聞かれましても……」
「だって普通は入れないんですよね!?」
「はい」
「俺たち今日この国に来たばっかりですよ!?」
「存じております」
「じゃあなんで!?」
「さぁ……」
「怖い怖い怖い!」
ユウトは思わず頭を抱えた。
入れないと言われた場所に、なぜか次々と入場許可が下りている。
ありがたい話ではあるのだが、理由が分からないだけに素直に喜べなかった。
「入れるならいいじゃねぇか」
そんなユウトを見て、リトが呑気に言った。
「リトは気にならないの!?」
「考えても分かんねぇし」
「強いな、お前!」
リトは肩をすくめるだけだった。
その隣で、シアが何かを思い付いたように手を挙げる。
「主! きっと歓迎されてるんすよ!」
「誰に!?」
「……女神様とか?」
「なんで疑問形なんだよ」
ユウトは呆れたように笑い、すぐに手を振った。
「大体あり得ないだろ。ないない」
「なんでっすか?」
「だって女神だぞ? 俺たちが来たことなんて知るわけないだろ」
「そうっすかね?」
「そうだって」
自信満々に答えるユウトだったが、その隣でシエルが何とも言えない表情を浮かべていた。
「……何?」
「いえ……何でもないわ」
「?」
ユウトは不思議そうに首を傾げたものの、シエルはそれ以上何も言わなかった。
そこで大司教が小さく咳払いをする。
「では、ご案内しましょう」
「大司教様が?」
「ここから先は私が」
老人は穏やかに頷くと、研究区画の奥へ続く通路を示した。
どうやら、本当に最上層まで案内してもらえるらしい。
ユウトは仲間たちと顔を見合わせ、ゆっくりと歩き始めた。
ただ、その胸には期待と同じくらいの不安があった。
(……結局、誰が俺たちを呼んでるんだ?)
その答えは、まだ分からなかった。
◇
「……まだ!?」
「もう少しです」
大司教の落ち着いた返答に、ユウトは大きく肩を落とした。
「さっきも聞いたぞアニキ」
「だって何階上がったんだよ!」
聖塔ルクシアの上層へと続く道のりは、想像以上に長かった。
途中までは魔法で動く昇降機のようなものが利用できたものの、上層へ近付くにつれて階段を使う区間が増えていった。
白い石壁に囲まれた階段は緩やかに曲がりながら上へと続き、窓から差し込む光が段差に淡い影を落としている。
どれほど上ったのか分からなくなる頃には、さすがのユウトも疲れを感じ始めていた。
「主! あーしがおぶるっすか?」
「お前小さいから大丈夫!」
「なっ! 失礼っす!」
シアが頬を膨らませる。
しかし、そんな彼女も少し息を弾ませていた。
「シアだってもう息切れてんぞ」
「リトもうるさいっす!」
「この程度も辛抱できんのか……」
後ろから呆れたようなゴルダンの声が響いた。
「ゴルダンにも言われたくないっす!」
シアが振り返って抗議する。
そんな騒がしい一行を、大司教は時折微笑みながら先導していた。
そして、さらに階段を上り続けたところで、ようやくその足が止まった。
「到着しました」
「……やっと」
ユウトは安堵の息を吐き、顔を上げた。
その瞬間、目の前の光景に思わず足を止める。
そこには、これまで見てきたものとは明らかに異なる巨大な扉があった。
白銀の装飾が施された扉には、聖国の象徴である六枚の翼が大きく刻まれている。
そして、その中央には女性を象った紋章があった。
「……女の人?」
ユウトは扉を見上げながら呟いた。
「この先が最上層です」
大司教の言葉に、ユウトの表情が引き締まる。
補佐機構が告げた場所。
空間転換の解析に必要な、空間の境界へ接触できるという場所が、この扉の向こうにあるはずだった。
「ここに空間の境界が……」
ユウトが期待を込めて一歩踏み出そうとした、その時だった。
「お待ちください」
「……え?」
大司教が静かに呼び止めた。
振り返ると、先ほどまで穏やかな表情を浮かべていた老人が、改めて姿勢を正していた。
「ここから先へ入る前に、あなた方にお伝えしておかなければならないことがあります」
「……何ですか?」
ユウトも思わず背筋を伸ばした。
研究区画への入場許可に続き、最上層への立ち入りまで認められた理由。
もしかしたら、その答えを聞けるのかもしれない。
そんな期待を抱きながら、大司教の言葉を待った。
「この先には――」
老人は一度言葉を区切り、静かに告げた。
「ルミナ様がおられます」
「…………」
一行の間に沈黙が流れた。
ユウトはその名前を頭の中で繰り返し、少し考えてから首を傾げる。
「……誰?」
「アニキ!」
リトが思わず声を上げた。
「だって知らないもん!」
ユウトは慌てて言い返す。
そんな二人を見て、シエルが呆れたようにため息を吐いた。
「この国で信仰されている女神よ」
「…………」
ユウトの動きが止まった。
ゆっくりと目の前の扉へ視線を向ける。
そこには、六枚の翼に囲まれた女性の姿が刻まれていた。
聖国ルミナスを建国した者たちが信仰していたという女神。
そして、この聖塔の頂上にいるとも言われている存在。
(……いや、まさか)
ユウトはもう一度、大司教へ顔を向けた。
「…………本物?」
「はい」
大司教は何でもないことのように頷いた。
「…………」
ユウトは目を見開いたまま固まった。
伝説や信仰の中に存在しているものだと思っていた女神が、この扉の向こうにいるという。
しかも、自分たちは今からその女神に会おうとしているらしい。
ようやく状況を理解したユウトは、大きく息を吸い込んだ。
「えええええええええええええっ!?」
その叫び声が、静かな最上層に響き渡った。
◇
巨大な扉の向こう。
聖塔ルクシアの最上層にある静かな部屋で、一人の女性がその声を聞いていた。
「ふふっ……」
思わず小さな笑みが零れる。
「随分と……賑やかな子ね」
先ほどまで静寂に包まれていた部屋に、僅かばかりの温かさが生まれた。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
先ほど聖塔へ入ってきた時よりも、遥かに近く感じられる。
あの懐かしい気配が、今は扉のすぐ向こうまで迫っているのだ。
「…………」
女性は静かに目を閉じた。
間違えるはずがない。どれほど長い時が流れようとも、忘れられるはずのない魔力。
遥か昔に失ったはずの、決して忘れることのできない気配だった。
けれど、そこにいるのは記憶の中のあの人ではない。
それだけは分かっている。
だからこそ、理解できなかった。
「……あなた」
誰にも聞こえないほど小さな声で、女性は呟いた。
その胸に浮かぶのは、懐かしさと、どうしようもない戸惑い。
今感じている気配が何を意味するのか、確かめずにはいられなかった。
「この子は……いったい何者なの?」
女性はゆっくりと目を開け、扉へ視線を向けた。
やがて、静まり返った部屋に重厚な音が響き始める。
巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。
第245話を読んでいただきありがとうございます!
本来なら立ち入ることのできない聖塔ルクシア最上層。
しかし今回も、なぜかユウトたちには特別な許可が下りました。
そして最上層で待っていたのは――この国で女神として信仰されているルミナ。
どうやらユウトたちをここまで導いたのも、彼女の意思だったようです。
なぜルミナはユウトたちを招いたのか。
ついに開かれる最上層の扉。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




