第二百四十四話 失われた魔法
特別な許可を得て、ついに聖塔ルクシアへと足を踏み入れたユウトたち。
その内部には、古代より受け継がれてきた数多くの知識が残されていました。
果たしてここで、空間転換を習得するための手掛かりを見つけることはできるのでしょうか。
それでは、第244話をお楽しみください!
「……すげぇな」
聖塔ルクシアの内部を歩きながら、ユウトは何度目か分からない感想を口にした。
白い石造りの柱が並ぶ広い通路には、柔らかな光が差し込んでいる。磨き上げられた床には一行の姿が淡く映り、壁面には至るところに古代文字が刻まれていた。
「さっきからそれしか言ってねぇぞ」
「仕方ないだろ!」
リトに言い返しながらも、ユウトの視線は壁から離れなかった。
そこには祈りや魔法、歴史に関する記述など、様々な内容が残されている。
以前なら意味の分からない記号にしか見えなかったものが、今では一つ一つの言葉として理解できるのだ。
「前だったら何が書いてあるのか全然分からなかったんだろうなぁ」
「今は?」
「普通に読める」
「便利になったな、アニキ」
「他人事みたいに言うなよ!」
ユウトが苦笑したところで、先頭を歩いていた司祭が振り返った。
「古代文字をお読みになれるのですか?」
「え? あ、はい」
「…………」
司祭が僅かに目を見開いた。
その反応が気になり、ユウトは首を傾げる。
「なんですか?」
「いえ……現在、古代文字を完全に読み解ける者は、この国でも決して多くありませんので」
「そうなんですか?」
「はい」
司祭は頷き、改めてユウトを見つめた。
古代魔法の研究が盛んな聖国でさえ、完全に読解できる者は少ないらしい。
そんな話を聞いていると、横からリトが余計な一言を挟んできた。
「こいつ最近まで全然読めなかったぞ」
「リト!」
「事実だろ」
「そうだけど!」
ユウトが抗議すると、司祭は小さく笑った。
「興味深い方ですね」
「よく言われます……へへっ」
思わず照れ笑いを浮かべるユウトだったが、隣のリトは呆れたように眉を寄せている。
「それ褒められてんのか?」
「違うの?」
「多分違うと思うぞ」
「…………」
ユウトは何とも言えない顔をした。
そんなやり取りを続けながら、一行は聖塔のさらに奥へと進んでいく。
やがて通路の突き当たりに差し掛かったところで、司祭が一つの扉の前に立ち止まった。
「こちらです」
目の前の扉には、複雑な模様を描く魔法陣が刻まれていた。
「ここが?」
「古代魔術研究区画です」
「おお……!」
ユウトが期待に目を輝かせる。
司祭が扉へ手をかざすと、刻まれた魔法陣が淡い光を放ち始めた。
低い音とともに扉がゆっくりと開き、その向こうに広い空間が現れる。
「…………」
ユウトは思わず息を呑んだ。
室内には大量の本や巻物が所狭しと並び、机の上には見たこともない道具が置かれている。
その間では何人もの研究者が書物を読み込んだり、資料を広げて議論したりしていた。
紙をめくる音や小さな話し声が重なり、静かな通路とは違った活気が感じられる。
「……また本か」
その光景を見たリトが、ぼそりと呟いた。
「なんだよその反応!」
「帝国図書館で散々見ただろ」
「こっちは古代魔法専門だぞ!」
「アニキ、楽しそうだな。古代文字が読めるからって」
「そりゃそうだろ!」
ユウトは嬉しそうに室内を見渡した。
帝国図書館では、古代魔法について調べるだけでも大量の書物を確認する必要があった。
しかし、ここは最初から古代魔法を専門に扱う研究機関だ。
クロノシフトについても、より詳しい情報が残されているかもしれない。
そんな期待が表情に出ていたのだろう。シエルが隣で小さく笑った。
「目的を忘れないでね」
「あ」
「忘れてたの!?」
「いや! 忘れてない!」
「今絶対忘れてたっす!」
「忘れてないって!」
シアまで楽しそうに指摘してくる。
ユウトが慌てて否定していた、その時だった。
「――賑やかですね」
「……ん?」
落ち着いた声に振り返ると、一人の老人が立っていた。
白髪に長い髭を蓄え、他の研究者とは異なる、青い縁取りの入った白いローブを纏っている。
その姿を見た司祭が、すぐに頭を下げた。
「大司教様」
「…………」
ユウトの動きが止まった。
(……また偉そうな人出てきた)
「顔に出てるぞ」
「ゴルダン!」
小声で指摘され、ユウトは慌てて表情を取り繕った。
しかし、老人は気にするどころか、愉快そうに笑っている。
「構いませんよ」
「すみません……」
ユウトが頭を下げると、老人は穏やかに頷いた。
「話は聞いております」
「話?」
「古代魔法について調べているとか」
「あ、はい!」
ユウトは一歩前へ出た。
ここまで来た目的を思い出し、真剣な表情で老人へ向き直る。
「空間転換っていう魔法を探してます」
「…………」
その名前を聞いた瞬間、老人の表情が僅かに変わった。
「……クロノシフト」
確かめるように呟く。
「知ってるんですか!?」
「ええ」
「……!」
ユウトたちの表情が一斉に明るくなった。
「本当に!?」
「名前だけなら、という話ではありませんが……」
老人はそう答えると、近くの机へ向かって歩き始めた。
「こちらへ」
ユウトたちも慌てて後を追う。
老人は棚から一冊の古びた本を取り出し、机の上へ静かに置いた。
「これは?」
「クロノシフトに関する研究記録です」
「いきなりあった!」
ユウトが思わず声を上げる。
「騒ぐな」
「だって帝国からここまで来たんだぞ!」
「話を聞け、アニキ」
「はい……」
リトにまで注意され、ユウトは大人しく口を閉じた。
老人はそんな一行を見て小さく笑うと、古びた本を開いた。
紙面に並んでいたのは、当然ながら古代文字だった。
「読めますか?」
「はい」
ユウトは身を乗り出し、ページを覗き込んだ。
「空間……座標……魔力……」
指先で文字を追いながら、内容を確認していく。
そこには空間転換の理論をはじめ、空間へ干渉する方法や術式、必要となる魔力について、様々な情報が記されていた。
これまで断片的にしか見つからなかった記録とは違い、魔法そのものを研究した内容が残されている。
「あるじゃん!」
「ええ」
「これなら覚えられるんじゃ――」
「いいえ」
「…………え?」
期待に胸を膨らませたユウトだったが、老人は静かに首を振った。
「クロノシフトは、現代では失われた魔法です」
「でもここに術式が……」
「術式だけでは足りないのです」
ユウトが困惑していると、隣からシエルが口を開いた。
「どういうこと?」
「クロノシフトは、通常の空間魔法とは根本的に異なります」
老人は本の一節を指差した。
「術者自身が、空間の境界を認識しなければならない」
「……境界?」
ユウトは眉を寄せた。
グランヴァルト城の地下遺跡でも、同じ言葉を目にしている。
しかし、魔法を発動するために境界を認識するとは、どういうことなのだろうか。
「我々が存在している空間。その外側。そして異なる空間との境界」
老人はゆっくりと説明を続けた。
「それを認識できなければ、どれほど術式を理解しようとも発動することはできません」
「…………」
ユウトは考え込んだ。
目の前の空間を見ることはできる。
だが、その外側や境界と言われても、何をどう認識すればいいのか見当もつかない。
「そんなの……」
リトも難しい顔で腕を組んだ。
「どうやって認識すんだ?」
「分かりません」
「分からないの!?」
「だからこそ」
老人は困ったように苦笑した。
「失われた魔法なのです」
「…………」
ユウトは開かれた本へ視線を落とした。
ようやくクロノシフトについて詳しく記された資料に辿り着いたというのに、肝心の発動条件を満たす方法が分からない。
これでは、術式を覚えたところで意味がなかった。
「……また詰んだな」
「お前はすぐ詰ませるな!」
ユウトが思わずリトへ振り返る。
「でも分かんねぇんだろ?」
「そうだけど!」
「主なら何とかなるっす!」
今度はシアが励ますように声を上げた。
「根拠は!?」
「主だからっす!」
「それ根拠になってる!?」
シアは自信満々だったが、ユウトにはどうにも納得できなかった。
もっとも、こうして励ましてくれること自体はありがたい。
それでも、何か具体的な手掛かりがなければ状況は変わらない。
そう考えた時だった。
『解析を推奨します』
「…………」
ユウトの動きが止まった。
頭の中に、聞き慣れた補佐機構の声が響いたのだ。
『空間境界の認識方法について、解析を開始することが可能です』
(……マジで?)
『肯定』
思わず目を見開く。
たった今、どうすればいいか分からないと言われたばかりの問題だ。
それを補佐機構なら解析できるという。
(……そうだよな)
古代文字を解読した時も、未知の魔力を解析した時も、補佐機構の力には何度も助けられてきた。
今回も同じように、解決するための糸口が見つかるかもしれない。
そう考えると、自然と口元が緩んでいた。
「……ユウト?」
シエルが怪訝そうに顔を覗き込んだ。
「何ニヤニヤしてんの?」
「いや」
ユウトは机の上に置かれた本を手に取った。
「まだ詰んでないみたいだ」
「……?」
「何か分かったの?」
「まだ何も」
「じゃあなんでそんな自信満々なんだよ」
リトが呆れたように尋ねる。
「俺には――」
ユウトはそこまで言い掛けて、口を閉じた。
補佐機構について詳しく説明したところで、リトたちには理解しにくいだろう。
「……まぁ、色々あるんだよ」
「……ああ、なるほど」
シエルは何かを察したように頷いた。
ユウトは改めて、古代文字で記された術式へ視線を落とす。
(……補佐機構)
『はい』
(頼めるか?)
『肯定』
『空間転換解析を開始します』
その瞬間、ユウトの視界に無数の情報が流れ始めた。
「…………!」
空間、座標、境界、魔力。
これまで理解できていなかった概念が、次々と繋がり、複雑な構造を形作っていく。
文字を読んでいるだけでは掴めなかった術式の仕組みが、少しずつ整理され始めていた。
(……すげぇ)
ユウトは流れ込んでくる情報を追いながら、期待を膨らませた。
しかし、その直後だった。
『警告』
(……え?)
『解析には実際の空間境界への接触が必要です』
(……接触?)
『肯定』
ユウトの眉が寄った。
空間の境界を認識するだけでも難しいというのに、今度はそこへ接触する必要があるらしい。
だが、そんな場所がどこにあるというのだろうか。
そう考えたユウトへ、補佐機構が続けた。
『現在地において、条件を満たす場所が存在します』
「…………」
(……どこ?)
ユウトは思わず問い返した。
ほんの僅かな間を置き、補佐機構が回答する。
『――聖塔ルクシア、最上層』
「…………は?」
ユウトは思わず天井を見上げた。
つい先ほどまで、研究区画に辿り着いたことを喜んでいたばかりだ。
しかし、どうやら本当に必要な場所は、さらにその上にあるらしい。
第244話を読んでいただきありがとうございます!
ついに発見した、空間転換の研究記録。
しかし術式を理解するだけでは発動できず、必要なのは「空間の境界」を認識すること。
失われた魔法と呼ばれるだけあって、一筋縄ではいかないようです。
……が。
ここで頼りになるのが、成長を続けてきた補佐機構。
解析のために必要な条件を満たす場所は――聖塔ルクシア最上層。
果たして、その場所には何が待っているのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




