第二百四十三話 特別な許可
空間転換の手掛かりを求め、聖塔ルクシアへとやって来たユウトたち。
しかし、古代魔法を研究する区画は外部の者が簡単に立ち入れる場所ではありません。
ここまで来て、まさかの門前払い――?
それでは、第243話をお楽しみください!
「……でかい」
聖塔ルクシアの真下までやって来たユウトは、もう一度同じ感想を口にした。
街のどこからでも見えていた白亜の塔は、こうして間近に立ってみると、その大きさがさらに際立っていた。
陽光を受けて輝く白い外壁が遥か上空へ伸び、塔の先端は見上げるほどに小さくなっていく。
「それさっきも言ってたぞ」
「だって近づいたらもっとでかいんだもん!」
「主! 首が痛くなるっす!」
シアが額に手を当てながら、思い切り顔を上げていた。
「そこまで見上げなくていいだろ!」
ユウトは思わず笑ったが、自分も似たような姿勢になっていることに気付いて口を閉じた。
それほどまでに、目の前の塔は巨大だった。
「……これ、何階あるんだ?」
「知らないわ」
「シエルでも知らないの?」
「私だって何でも知ってるわけじゃないわよ」
「一般常識じゃないのか?」
リトがニヤリと笑う。
以前、シエルに一般常識を知らないと指摘されたことを、まだ覚えていたらしい。
「…………」
シエルが無言でリトへ視線を向けた。
「ごめんなさい」
「折れるの早いな!」
あまりにも素早い謝罪に、ユウトが思わず突っ込んだ。
そんなやり取りをしながら、五人は聖塔の入口へ向かって歩き始めた。
巨大な扉の前には、白い法衣を纏った者たちが立っている。胸元に刻まれているのは、先ほど街で見掛けたものと同じ、六枚の翼を象った紋章だった。
扉には細かな装飾が施され、近付くにつれて、この場所が特別な施設であることを感じさせる。
「とりあえず聞いてみるか」
ユウトは一度仲間たちを振り返ると、入口に立つ男へ声を掛けた。
「失礼します」
「はい」
「古代魔法について調べたいんですけど……」
「古代魔法を?」
男は少し意外そうな表情を浮かべた。
「はい。ここに研究機関があるって聞いて」
「なるほど」
男は頷き、ユウトたちを一度見渡した。
「では、研究機関への面会をご希望ということでしょうか」
「そんな感じです!」
「そんな感じって……」
隣でシエルが呆れたように呟く。
しかし、男は特に気にした様子もなく、丁寧に頭を下げた。
「少々お待ちください」
「はい」
男は入口の奥にいる別の者へ声を掛け、何やら小声で相談を始めた。
ユウトは期待を込めてその様子を見守っていたが、しばらくして戻ってきた男の表情を見て、嫌な予感がした。
「申し訳ありません」
「…………」
男が深く頭を下げる。
「現在、外部の方が研究区画へ立ち入ることは原則として許可されておりません」
「やっぱり!?」
「当然でしょ」
シエルがため息を吐いた。
「いや、もしかしたらいけるかなって!」
「そんな簡単に入れるなら、限られた者しか入れないなんて言わないわよ」
「それもそうか……」
ユウトは頭を掻きながら、改めて巨大な扉を見上げた。
ようやく古代魔法を研究している場所まで辿り着いたというのに、入口で断られてしまうとは思わなかった。
「……どうする?」
「別の方法を探すしかないわね」
「せっかくここまで来たのに……とはいえ、他にあてなんか無いもんなぁ」
ユウトは困ったように腕を組んだ。
クロノシフトに関する情報が残されている可能性がある以上、簡単には諦めたくない。
しかし、だからといって無理やり中へ入るわけにもいかなかった。
「アニキ、詰んだな」
「だから諦めるの早いって!」
リトに言い返した、その時だった。
「――少々お待ちください」
「……ん?」
入口の奥から、別の男が姿を現した。
白を基調とした法衣を纏っている点は同じだが、こちらの衣装には金色の装飾が施されている。
その男が近付くと、入口に立っていた者たちは揃って頭を下げた。
「司祭様」
(……偉い人っぽいな)
ユウトは思わず姿勢を正した。
司祭と呼ばれた男は、穏やかな表情で一行を見渡していく。
シエル、シア、リト。
そして、ローブを纏ったゴルダン。
「…………」
その視線が、ほんの一瞬だけ止まった。
「あなた方ですね」
「え?」
「古代魔法について調べたいという旅の方々は」
「はい、そうですけど」
ユウトが答えると、司祭はしばらくその顔を見つめていた。
まるで何かを確かめているような視線だったが、ユウトには理由が分からない。
「……何か?」
「いえ」
司祭は静かに首を振った。
「失礼いたしました」
「はぁ……」
何とも釈然としない返答だったが、ユウトはそれ以上追及しなかった。
すると、入口に立っていた男が司祭へ声を掛けた。
「司祭様。研究区画への立ち入りを希望されておりますが、規則では――」
「構いません」
「…………え?」
思わず声を漏らしたのはユウトだった。
先ほどまで入れないと言われていたのに、司祭は何でもないことのように答えたのだ。
「よろしいのですか?」
「はい」
「しかし、外部の者を入れるには――」
「許可が出ています」
「…………」
入口の男たちが顔を見合わせた。
どうやら、彼らにとっても予想外の話だったらしい。
「……許可?」
ユウトも首を傾げる。
「誰の?」
「それは申し上げられません」
「えぇ……」
ますます分からなくなった。
自分たちは今日、この国へ入ったばかりだ。聖塔に知り合いがいるわけでもなく、事前に連絡した覚えもない。
それなのに、どうして立ち入りの許可が出ているのだろうか。
「ですが」
司祭は穏やかに微笑んだ。
「あなた方を聖塔へお通しするよう、仰せつかっております」
「…………」
ユウトは思わず仲間たちと顔を見合わせた。
「俺たち、今日来たばっかりなんだけど?」
「存じております」
「知り合いなんていないぞ?」
「それも存じております」
「怖っ!」
あまりにも平然と答えられ、ユウトは思わず一歩引いた。
自分たちの事情を知っているような口ぶりなのに、その理由だけは明かしてくれない。
気味が悪いというより、どう反応していいのか分からなかった。
「アニキ、またなんかやったんじゃねぇの?」
「またって言うな! 来たばっかりだって言ってんだろ!」
「主なら知らないうちに何かやってても不思議じゃないっす!」
「俺を何だと思ってんの!?」
ユウトが抗議すると、司祭はそのやり取りを見て僅かに笑みを浮かべた。
「詳しいことは、私からは申し上げられません」
「…………」
どうやら、これ以上尋ねても答えは得られそうにない。
ユウトは困ったようにシエルへ視線を向けた。
「……どうする?」
「入れてもらえるなら、いいんじゃない?」
「怪しくない?」
「少しは」
「少し!?」
シエルは平然とした様子で肩をすくめた。
「でもクロノシフトについて調べるには、入るしかないでしょう?」
「……まぁ、そうなんだけど」
確かに、目的の研究機関はこの塔の中にある。
ここで引き返せば、また別の手掛かりを探さなければならない。
そう考えると、せっかくの機会を逃すのも惜しかった。
「何を警戒している」
それまで黙っていたゴルダンが、呆れたように口を開いた。
「我と戦った時は何も考えず突っ込んできただろう」
「あの時とは違うだろ!」
「どう違う」
「……なんとなく!」
「何も考えていないではないか」
「うるさいなぁ!」
ゴルダンの指摘に、ユウトは思わず顔をしかめた。
そんな二人を見ていたリトが、大きくため息を吐く。
「結局入るんだろ?」
「…………」
ユウトはもう一度、巨大な扉を見上げた。
誰が許可を出したのかは分からない。
どうして自分たちを招き入れようとしているのかも不明だ。
だが、少なくとも今のところ、目の前の司祭から敵意は感じられなかった。
「……行くか」
ユウトが小さく頷く。
「最初からそうしろ」
「ゴルダン、お前最近俺に当たり強くない!?」
「気のせいだ」
「絶対違う!」
ゴルダンは何食わぬ顔で視線を逸らした。
司祭はそんな一行を見て、再び小さく笑った。
「では、ご案内いたします」
その言葉を合図に、入口に立っていた者たちが巨大な扉へ手を掛けた。
重厚な音を響かせながら、白亜の扉がゆっくりと開いていく。
「おお……」
ユウトは思わず声を漏らした。
扉の向こうには、高い天井を持つ広大な空間が広がっていた。
白い石造りの柱が整然と並び、磨き上げられた床には柱や壁の輪郭が淡く映り込んでいる。
そして、その壁面には無数の古い文字が刻まれていた。
「…………!」
ユウトの目が見開かれる。
(……古代文字)
グランヴァルト城の地下遺跡にも、同じような文字が残されていた。
だが、目の前のものは、それよりも遥かに保存状態が良さそうだった。
ユウトは思わず近くの壁へ視線を向ける。
すると、刻まれた文字の意味が、自然と頭へ入ってきた。
(……やっぱり読める)
古代文字の解析を終えた今、その文字はもはや意味不明な記号ではなかった。
ここにも、過去の知識が確かに残されている。
「すげぇ……」
ユウトは壁面を見つめながら、小さく呟いた。
聖塔ルクシア。
古代より受け継がれてきた、失われた知識の眠る場所。
その内部へ、ユウトたちはついに足を踏み入れた。
◇
同じ頃。
聖塔ルクシアの最上層。
地上の喧騒が届くことのない静かな部屋で、一人の女性が窓辺に立っていた。
大きな窓の向こうには、聖国ルミナスの街並みが遥か彼方まで広がっている。
白い建物が整然と並び、その間を縫うように伸びる街道には、小さな人影が行き交っていた。
女性はその景色を眺めていたが、やがて視線を真下へと落とした。
聖塔の入口。
そこでは、先ほどまで扉の前に立っていた一行が、建物の中へ姿を消そうとしていた。
「…………」
女性は静かに目を閉じた。
視界から人影が消えても、その気配を感じ取ることができた。
懐かしい魔力。
あまりにも懐かしい、遠い記憶を呼び起こすような感覚だった。
そのうちの一つは、確かに覚えのあるものだった。
「……まさか」
思わず、小さな声が漏れる。
「この地で再び……あちらの者の魔力を感じるなんて」
長い時を生きてきた。
その間、様々なものが変わり、かつて当たり前だったことさえ、今では遠い昔の出来事になっている。
それでも、忘れたことなど一度もなかった。
あの魔力の感覚も、その一つだった。
しかし――。
「…………」
女性の意識は、もう一つの気配へと向いていた。
先ほどから感じている、もう一つの魔力。
それは懐かしいという言葉だけでは片付けられないものだった。
本来ならば、ここに存在するはずのない気配。
もう二度と感じることはないと思っていたもの。
「……どうして」
女性の瞳が僅かに揺れた。
窓辺に立ったまま、震える指をそっと胸元へ添える。
遥か昔。
失ったはずの、決して忘れることのできない気配。
長い年月を経てもなお、その記憶は少しも色褪せていなかった。
だからこそ、分かってしまう。
今、聖塔へ足を踏み入れた者たちの中に、その気配とよく似た魔力を持つ存在がいることを。
「……どうして――」
女性は目を伏せ、誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
「あなたと……同じ気配がするの……?」
その問いに答える者はいなかった。
静まり返った部屋には、ただ女性の声だけが、微かに残っていた。
第243話を読んでいただきありがとうございます!
本来なら外部の者が立ち入ることのできない聖塔ルクシア。
しかし、なぜかユウトたちには特別な許可が出されていました。
一体、誰が。
そして、何のために――。
さらに聖塔の最上層では、謎の女性がユウトたちの存在を感じ取っていました。
ゴルダンから感じた懐かしい魔力。
そしてその他に感じた、決して忘れることのできない「誰か」と同じ気配。
彼女は何者なのか。
聖塔ルクシアには、クロノシフト以外にも何かが隠されているようです。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




