第二百四十二話 聖国ルミナス
ついに辿り着いた、人間界最後の大国――聖国ルミナス。
王国とも帝国とも異なる雰囲気を持つこの国で、ユウトたちは空間転換の手掛かりを探します。
遥か遠くからでもその姿を確認できる、巨大な聖塔ルクシア。
どうやらこの国、ただ歴史が古いだけではないようで――。
それでは、第242話をお楽しみください!
「……近くで見ると、もっとでかいな」
ユウトは街道の遥か先にそびえる白い塔を見上げた。
聖塔ルクシア。
聖国ルミナスの象徴だというその塔は、国境を越えたばかりの場所からでも、はっきりと確認できるほど巨大だった。
陽光を受けて輝く白い外壁は、遠くからでも圧倒的な存在感を放っている。
「頂上、見えないっす!」
シアが額に手を当て、首を大きく反らして空を見上げる。
「雲より高いんじゃねぇか?」
「さすがにそこまでは……」
ユウトも改めて塔の先端へ目を凝らした。
しかし、あまりの高さに距離感が掴めない。
「…………あるかも」
「アニキひとっ飛びしてみてきてくれよ」
「お前自分だけ飛べないのちょっと根に持ってるだろ」
「根には持ってねぇって! ちょっと羨ましいだけだ!」
「さすがにここで竜化するわけにはいかないだろ!」
ユウトが呆れたように返すと、リトは肩をすくめた。
そんなやり取りをしていたが、彼も塔そのものには興味があるらしい。再びシエルへ顔を向ける。
「まぁそれはともかく、頂上には女神がいるんだろ?」
「いると言われているだけよ」
「誰も確認してないのか?」
「聖塔は誰でも入れる場所じゃないの」
「そうなのか」
「ええ。特に上層は、聖国でも限られた者しか立ち入れないはずよ」
「へぇ……」
ユウトは再び白い塔へ視線を向けた。
女神という存在が本当にいるのか、少し気にはなる。しかし、今は別に調べなければならないことがあった。
「……主?」
黙って塔を見つめるユウトに、シアが声を掛ける。
「いや、今はクロノシフトだな」
「そうね」
シエルも頷いた。
自分たちが聖国ルミナスへ来た理由は、観光でも女神の伝説を確かめるためでもない。
空間転換。
この国で研究されていたという古代の時空魔法について、手掛かりを探すためだった。
「とりあえず、どこに行けばいいんだ?」
「まずは街へ入らないと」
「そりゃそうか」
ユウトは頷き、ふと隣へ視線を向けた。
「……ゴルダン」
「断る!」
「だよね……」
まだ何も言っていないというのに、ゴルダンは即座に拒絶した。
以前、城内で透明化させられたことが、よほど嫌だったらしい。
ユウトは少し考えてから、手持ちのローブを差し出した。
「仕方ない! これでも被っててくれ!」
「……仕方あるまい。透明よりは幾分かましだ」
ゴルダンは渋々ローブを羽織り、頭まですっぽりと覆った。
少なくとも、特徴的な外見をそのまま晒して歩くよりは目立たないはずだ。
そう考えたユウトたちは、国境から続く街道を進んでいった。
◇
「……なんか」
街へ入ったユウトは、周囲を見回しながら呟いた。
「白いな」
「感想それだけかよ」
「だって白いじゃん!」
リトに言い返しながらも、ユウトは物珍しそうに視線を動かしていた。
街に並ぶ建物の多くは白い石材で造られ、屋根や柱には金色の装飾が施されている。
石畳の道は綺麗に整えられ、行き交う人々の服装にも、これまで訪れた王国や帝国とは違う雰囲気が感じられた。
そして、街の至るところには、見慣れない紋章が掲げられている。
中央に円を描き、その周囲から六枚の翼が広がる独特の意匠だった。
「これ、何の紋章?」
「ルミナスで信仰されている女神を表したものよ」
「女神……聖塔の頂上にいるっていう?」
「そう」
シエルは建物に掲げられた紋章を見上げながら頷いた。
「名前は?」
「ルミナ」
「国の名前と似てるな」
「女神ルミナを信仰する者たちによって建国されたのが、この国だと言われているわ」
「なるほど」
ユウトが納得する隣で、リトが感心したように声を漏らした。
「詳しいな」
「リト……一般常識よ」
「俺知らねぇけど」
「勉強しなさい」
「はい……」
シエルの一言に、リトが素直に肩を落とす。
その姿を見たシアが、楽しそうに笑った。
「リト怒られてるっす!」
「お前も知らなかっただろ!」
「あーしは知らなくてもいいっす!」
「なんでだよ!」
いつもの調子で騒ぎながら、街道を進んでいく。
しかし、その中でゴルダンだけは、先ほどからほとんど口を開いていなかった。
「……どうした?」
ユウトが声を掛けると、ローブの奥から低い声が返ってきた。
「……何がだ」
「いや、お前静かだから」
「我は元々騒がしくない」
「確かに」
「お前らが騒がしすぎるのだ」
「それも確かに」
「納得すんなよアニキ!」
リトの抗議を無視し、ゴルダンはゆっくりと周囲を見渡した。
その視線は建物や人々の間を行き来し、やがて小さく息を吐く。
「……奇妙な場所だ」
「初めて見る?」
「当然だ。我はこちら側の世界について詳しいわけではない」
「あ、そっか」
ユウトは改めてゴルダンの立場を思い出した。
彼にとっては、聖国どころか、この世界そのものが異郷なのだ。
「しかし……」
ゴルダンが僅かに眉を寄せる。
「先ほどから妙な視線を感じる」
「……視線?」
ユウトは周囲を見回した。
街道には買い物をする人々や、道端で祈りを捧げる者、楽しそうに駆け回る子供たちの姿がある。
一見すると、誰もこちらを気にしていないように思えた。
しかし、よく見ると何人かがすれ違いざまにゴルダンへ目を向けている。
「……ほんとだ」
ユウトは少し考えてから、ゴルダンの姿を改めて眺めた。
「やっぱ見た目じゃね?」
「何だと?」
「だってお前、どう見ても普通の人間じゃないし」
「なっ!? ローブでごまかしているだろう」
「なんかゴツゴツしてるし」
確かに頭や身体は隠れているものの、あれほど大きな身体を持つゴルダンでは、どうしても不自然な部分が目立ってしまう。
ユウトがそう指摘すると、ゴルダンは露骨に顔をしかめた。
「また透明になれというのか!?」
「いやそう言ったじゃん。でも嫌なんだろ?」
ユウトはからかうような笑みを浮かべた。
「ならちょっとくらい見られても文句は言わないことだね」
「貴様……覚えておれ!」
ゴルダンが低く唸った、その時だった。
「――失礼」
「……ん?」
突然声を掛けられ、ユウトは振り返った。
そこには、白い法衣を纏った二人の男が立っていた。
胸元には、先ほど街中で見掛けた六枚翼の紋章が刻まれている。
「何でしょう?」
「旅の方々とお見受けします」
「はい」
「入国されたばかりですか?」
「そうですけど……」
「やはり」
男は小さく頷いた。
穏やかな口調だったが、その視線はユウトたちの間をゆっくりと移動している。
そして、ゴルダンのところで止まった。
「……そちらの方について、少々お尋ねしても?」
「我か?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「何だ」
ゴルダンが不機嫌そうに答えると、男は少し困ったような表情を浮かべた。
「いえ……」
男の目が僅かに細められる。
その視線はローブの奥にある姿というよりも、ゴルダンの身体から発せられる魔力を探っているようだった。
「先ほどすれ違った際、少々気になる魔力を感じたもので」
「気になる魔力?」
「はい」
男は少し言いづらそうに口を閉じた後、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「……魔族に似た魔力を感じましたので」
「…………」
ユウトたちの間に、一瞬の沈黙が流れた。
「……え?」
最初に声を漏らしたのはユウトだった。
「今……何て?」
「魔族に似た魔力、と」
「魔族……知ってるんですか!?」
「え?」
今度は男の方が驚いた。
ユウトがそこに食いついてくるとは思っていなかったらしい。
「ええ。もちろん存在を直接確認したことはありませんが……」
男は胸元の紋章へ一度視線を落とし、静かに続けた。
「古い文献には、その特徴が記されておりますので」
「…………」
ユウトとシエルが顔を見合わせた。
帝国図書館にも、確かに古代の記録は数多く残されていた。
しかし、この国では違う。
目の前にいる男は、文献に記された魔族の特徴を知っているだけでなく、その魔力まで見分けようとしているのだ。
「……マジか」
「やっぱりこの国……」
「ええ」
シエルも小さく頷いた。
どうやら聖国では、古代から伝わる知識が今も受け継がれているらしい。
「……ちなみに」
男が再びゴルダンへ視線を向けた。
「そちらの方は――」
「…………」
今度はユウトたちの視線まで、ゴルダンへ集まった。
「なぜ我を見る」
「いや……」
ユウトは言葉に詰まった。
「主、どうするっすか?」
「どうするって……」
ここまで気付かれている以上、下手に嘘をつけば余計に怪しまれるだろう。
ユウトは少し考えてから、ゴルダンへ声を掛けた。
「……ゴルダン」
「何だ」
「もういいんじゃない?」
「我は最初から隠す必要などないと言っている」
「お前、さっきローブ被ったじゃん!」
「貴様が被れと言ったのだ!」
「あ、そうだった!」
「…………」
二人の言い争いを前に、白い法衣の男たちは困惑した様子で顔を見合わせていた。
「あの……?」
「すみません!」
ユウトは慌てて咳払いし、姿勢を正した。
「えっと……」
どう説明したものかと考えながら、ゴルダンへ視線を向ける。
ゴルダンは小さく息を吐くと、ゆっくりと被っていたローブを外した。
「……貴様らの推測通りだ」
「…………!」
姿を現したゴルダンを見て、二人の男が息を呑む。
「我は――魔族だ」
「本当に……」
「魔族……」
二人は目を見開いたまま、ゴルダンを見つめていた。
しかし、その表情に恐怖の色はなかった。
あるのは純粋な驚きと、僅かな興味。
まるで古い文献の中にしか存在しなかったものを、初めて目の当たりにしたかのようだった。
「……なるほど」
男の一人がゴルダンの姿を確かめながら、静かに呟いた。
「文献に残されていた記述と……一致する」
「…………」
その言葉に、ユウトの表情が変わった。
やはり、この国には残っているのだ。
今の時代には失われたはずの、古い世界に関する知識が。
(……だったら)
クロノシフトについても、何か分かるかもしれない。
「すみません!」
「は、はい?」
突然一歩前へ出たユウトに、男が驚いたように顔を上げた。
「この国で古代魔法について研究してる場所ってありませんか?」
「古代魔法……ですか?」
「はい!」
ユウトが勢いよく頷く。
男は少し考えた後、何かを思い出したように遠くへ視線を向けた。
「それでしたら……」
その先には、街のどこからでも見えるほど巨大な白い塔がそびえている。
「聖塔ルクシアに」
「…………」
「古代より受け継がれている魔術研究機関がございます」
「……聖塔」
ユウトも男の視線を追い、遥か遠くにそびえる塔を見上げた。
聖国ルミナスの象徴。
頂上には女神がいるとも言われ、限られた者しか立ち入ることのできない場所。
先ほどまでは、その大きさに驚き、ただ興味を引かれていただけだった。
しかし今は違う。
あの塔には、古代魔法を研究する機関が存在するという。
ならば、探している魔法についても何らかの情報が残されているかもしれない。
「そこなら……」
ユウトは白い塔を見据えながら、小さく呟いた。
「クロノシフトのことも分かるかもしれない」
ようやく、次に目指す場所が決まった。
第242話を読んでいただきありがとうございます!
ついに聖国ルミナスへと足を踏み入れたユウトたち。
そして早々に驚かされたのは、遥か昔の存在であるはずの魔族について、その知識が今なお受け継がれていたことでした。
実物を見たことがなくとも、その魔力の特徴まで文献から把握しているルミナス。
これならば、失われた古代魔法についても期待できそうです。
次なる目的地は――聖塔ルクシア。
果たしてそこで、空間転換を習得するための手掛かりを見つけることはできるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




