第二百三十八話 三つの世界
ゴルダンから聞かされた、遥か昔に世界で何かが起きたという話。
その手掛かりを求め、ユウトたちは再び遺跡へと戻ります。
以前は読むことのできなかった古代文字。
しかし、今のユウトなら――。
それでは、第238話をお楽しみください!
グランヴァルト城へ戻ってきたユウトたちは、城の地下に広がる遺跡へと向かっていた。
もっとも、今回は以前訪れた時とは事情が違う。四人の他に、皇帝を長い間操っていた張本人であるゴルダンが同行しているのだ。
そんな男を堂々と城内へ連れ込めば、騒ぎになるのは目に見えていた。
そこでユウトは、ゴルダンに《擬態》を使用し、その姿を透明化させていた。
「……また来ることになるとはなぁ」
地下へ続く階段を下りながら、リトが大きく息を吐いた。
「仕方ないだろ。ここに何か書いてあるかもしれないんだから」
「分かってるって」
リトは肩をすくめた。
ゴルダンから聞いた、魔族の暮らす地とこちらの世界が繋がっていないという話。その意味を知る手掛かりがあるとすれば、今のところ思い当たるのは、この地下遺跡に残された古代文字くらいだった。
「主、ゴルダンはどうするっすか?」
「あー……」
シアに尋ねられ、ユウトは後ろを振り返った。
そこには、少し不自然な姿勢で歩くシエルの姿があった。
彼女は片腕を肩の高さに上げ、まるで誰かを支えているように身体を傾けている。
実際、その隣にはゴルダンがいた。ただし、透明になっているため、ユウトたちにもその姿は見えない。
「……屈辱だ」
何もない空間から、低い声が響いた。
「文句があるなら自分で歩きなさい」
「歩けるならそうしている」
「なら黙って」
「…………」
ゴルダンが黙った。
あれほど圧倒的な力を見せつけていた男が、シエルの一言で大人しくなる。
姿が見えないだけに、余計に妙な光景だった。
「シエル強ぇ……」
「アニキ、あれは逆らっちゃダメなやつだ」
「ああ、お前も気をつけろよ」
「聞こえてるわよ」
「「すみません」」
二人の声が見事に重なった。
シエルは呆れたようにため息を吐いたが、それ以上は何も言わず、ゴルダンへ肩を貸したまま階段を下りていく。
ユウトとリトは顔を見合わせると、大人しくその後に続いた。
◇
長い階段を下り、城の地下深くへ進むにつれて、周囲の空気は次第に冷たくなっていった。
やがて辿り着いたのは、以前にも足を踏み入れた古い石造りの通路だった。
崩れかけた壁に、奥へと続く薄暗い通路。足元には細かな石片が散らばり、歩くたびに靴音が静かな空間へ反響する。
ここまで来れば、城内の兵士たちと遭遇する心配も少ない。
ユウトは周囲に人の気配がないことを確認すると、ゴルダンの《擬態》を解除した。
「……ようやくか」
姿を現したゴルダンは、疲れたように息を吐いた。
「仕方ないだろ。お前、そのまま城に入れると思ってんのか?」
「…………」
ゴルダンは答えなかった。
自分がこの国の皇帝を操っていた張本人であることは、さすがに理解しているらしい。
もっとも、その表情には納得よりも不満の方が色濃く浮かんでいた。
「さて……」
ユウトは改めて通路の奥へ視線を向けた。
壁面には、以前と変わらず無数の古代文字が刻まれている。
かつてここを訪れた時、それらは意味の分からない記号の集まりでしかなかった。
しかし、今は違うはずだった。
ユウトは壁へ近付き、刻まれた文字をじっと見つめた。
「…………」
(……読める)
思わず息を呑んだ。
以前はどれだけ目を凝らしても、その意味を理解することができなかった。規則的に並んでいることは分かっても、奇妙な記号にしか見えなかったのだ。
ところが今は、一文字、また一文字と視線を動かすたびに、その意味が自然と頭へ入ってくる。
(……本当に解析できてるんだな)
補佐機構から古代文字の解析完了を告げられてはいたものの、実際にこうして読めるようになった文字を見ると、不思議な感覚があった。
今まで意味を持たなかったものが、突然、言葉として理解できるようになっている。
「……どう?」
隣へ来たシエルが、壁を見つめるユウトへ声を掛けた。
「ああ」
ユウトはゆっくりと頷いた。
「読める」
「本当に?」
「ああ……全部」
その返答に、シエルの表情が僅かに明るくなった。
彼女も古代文字の解析が進んでいたことは知っているが、実際に内容を読み取れるようになったと聞き、期待が高まったようだった。
「すごいっす!」
シアが目を輝かせながら壁へ顔を近付ける。
しかし、刻まれた文字を眺めても内容までは理解できないらしく、すぐにユウトへ視線を戻した。
「じゃあ早速読んでくれよ」
リトも期待したように声を掛けてくる。
「待てって。いっぱいあるんだから」
ユウトは苦笑しながら壁へ向き直った。
古代文字は一箇所だけではなく、通路のあちこちに刻まれている。何か重要なことが書かれているとしても、まずは全体を確認する必要がありそうだった。
「……これは」
ユウトは目の前の文字をゆっくりと追った。
そこに記されていたのは、古い研究記録だった。
この遺跡についての記述をはじめ、かつてここで行われていた研究や、魔法、魔力に関する内容が刻まれている。
専門的な部分も多く、すぐには理解できないものもあったが、少なくとも何について書かれているのかは分かった。
これまでただ眺めることしかできなかった記録を、今は実際に読み進めることができる。
その事実に、ユウトは僅かな興奮を覚えていた。
そんな記録を確認していた時だった。
「……ん?」
ユウトの視線が、ある一文で止まった。
「どうしたの?」
「いや、これ……」
他の文章とは、どこか雰囲気が違っていた。
これまでの記録は、研究の内容や結果を残したものが中心だった。しかし、今目にしている文章には、それとは異なる意図が感じられる。
何かを後世へ伝えるために残された記述。
そんな印象を受けたのだ。
「……読んでみる」
ユウトがそう告げると、シエルたちも自然と口を閉じた。
静まり返った地下遺跡の中で、壁に刻まれた文字を読み上げる声だけが響く。
「――遥か昔」
ユウトは一度言葉を区切り、続きを目で追った。
「この世界には、多くの種族が共に暮らしていた」
「……共に?」
シエルが僅かに眉を寄せる。
「ああ」
ユウトは頷き、さらに読み進めた。
「人間」
そこには、確かにそう記されていた。
続く文字へ視線を移す。
「魔族」
「…………」
その言葉に、ゴルダンの眉が僅かに動いた。
ユウトは一瞬だけ彼へ視線を向けたが、すぐに壁へと戻す。
「そして――」
しかし、そこで言葉が止まった。
「どうした?」
不思議そうにリトが尋ねる。
「……もう一つあるみたいなんだが……」
「もう一つ?」
「ああ、でも掠れてて読めないな」
ユウトは壁に顔を近付け、文字の形を確かめようとした。
だが、その部分は他と比べても損傷が激しく、いくつかの文字がほとんど失われてしまっている。
意味を読み取ろうにも、肝心な部分が残っていなかった。
「……ゴルダン」
ユウトは振り返った。
「何か知ってるか?」
「……いや」
「魔族なのに?」
「魔族が全てを知っていると思うな」
「それもそうか」
ユウトが納得すると、ゴルダンは僅かに顔を上げ、壁へ視線を向けた。
「少なくとも我は、他の種族を聞いたことがない」
「私も聞いたことないわね」
シエルも考え込むように腕を組んだ。
「人間と魔族以外の種族が存在するという記録は見たことがない。魔族の存在だってゴルダンが現れるまでは疑ってたほどなのに」
その言葉を聞き、リトも改めて壁を見上げた。
「じゃあ……」
少し考えてから、ぽつりと呟く。
「昔はいたけど、今はいないってことか?」
「……分からない」
ユウトは首を横へ振った。
この文章だけでは、もう一つの種族が何者なのかも、今どうなっているのかも判断できない。
ただ、遥か昔には複数の種族が共に暮らしていたと記されている。
その事実だけでも、今まで知っていた世界の姿とは大きく異なっていた。
(……一体、何があったんだ?)
ユウトはその答えを探すように、再び文字を追い始めた。
そして――。
「…………!」
ある一文を目にした瞬間、その視線が止まった。
「……ユウト?」
シエルが声を掛ける。
しかし、ユウトはすぐには返事をしなかった。
刻まれた文字をもう一度、最初から確認する。
(……これって)
見間違いではない。
先ほどゴルダンから聞いた話と、明らかに繋がる内容だった。
「……あった」
「何が?」
「ゴルダンが言ってた話」
「……!」
その一言で、全員の視線がユウトへ集まった。
ゴルダン自身も顔を上げ、壁に向かうユウトをじっと見つめている。
ユウトはゆっくりと息を吸った。
そして、壁に刻まれた一文を声に出して読み上げた。
「その日――」
奇妙な感覚だった。
文字の意味は理解できる。それなのに、その続きを口にしようとした瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。
「世界は――」
一瞬、息が詰まる。
理由は分からない。ただ、その言葉が妙に重く感じられた。
「三つに分けられた」
「…………」
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
遺跡の中に沈黙が広がり、遠くから聞こえる微かな物音だけが響いている。
「……三つ?」
ようやく口を開いたのはリトだった。
「ああ」
ユウトは壁に向き直ったまま頷く。
「じゃあゴルダンのいる場所だけじゃなくて……」
「もう一つある」
ユウトはそう答えると、ゆっくりと仲間たちへ振り返った。
「俺たちのいる世界」
次にゴルダンを見る。
「魔族が暮らす世界」
そして、先ほど読めなかった文字を思い出しながら続けた。
「もう一つの種族が暮らす……もう一つの世界」
「…………」
再び静寂が訪れた。
シエルは口元へ手を当て、何かを考え込むように目を細めている。
シアは壁とユウトを交互に見つめ、リトも驚いた表情を隠せずにいた。
ゴルダンだけは黙ったまま、どこか複雑そうな眼差しで古い文字を見つめている。
ユウト自身も、まだ頭の中を整理し切れていなかった。
これまで世界とは、自分たちが暮らしているこの大地のことだと思っていた。
海の向こうには、まだ知らない国や土地があるかもしれない。だが、それも同じ一つの世界の中に存在するものだ。
ところが、今ここに刻まれている文章は、そういう話ではないらしい。
かつて共に暮らしていた種族が、何らかの出来事によって三つに隔てられた。
ゴルダンが語った、こちらとは繋がっていない魔族の地。その話とも一致している。
(……じゃあ、本当に)
自分たちが知っている世界は、かつて存在していたものの一部にすぎないということなのか。
「……なんで」
ユウトは思わず呟いた。
「なんで三つに分けたんだ?」
共に暮らしていたというのなら、なぜわざわざ隔てる必要があったのか。
何か理由があったはずだ。
ユウトはその答えを求めるように、さらに先の文字へ視線を移した。
しかし、しばらく読み進めても、求めていた内容は見つからなかった。
「……書いてない」
「え?」
シエルが顔を上げる。
「少なくとも、ここには理由までは書かれてない」
「……そう」
シエルは少し残念そうに息を吐き、再び壁へ視線を向けた。
ゴルダンも黙ったままだった。
彼自身、なぜ二つの地が隔てられたのかは知らされていないと言っていた。
今のところ、その理由を知る手掛かりは見つかっていない。
「……でも」
ユウトは諦めず、別の場所に刻まれた文字へ目を移した。
「何かある」
「何が?」
「世界を分けた時の記録……みたいだ」
シエルが僅かに身を乗り出した。
ユウトは文字を一つずつ確認していく。
そこには、巨大な魔力についての記述があった。
さらに、空間や時間、境界といった言葉が続いている。
専門的な内容も多く、すぐには理解できない部分もあったが、少なくとも世界を分けるという出来事に、何らかの魔法が関わっていたことは読み取れた。
(……魔法で、世界を?)
ユウトは眉をひそめた。
そんなことが本当に可能なのだろうか。
普通の魔法とは、あまりにも規模が違いすぎる。
しかし、そこからさらに文字を追った瞬間――。
「…………え?」
思わず声が漏れた。
「今度は何?」
シエルが尋ねる。
だが、ユウトは答えなかった。
今、自分が読んだ文字をもう一度確認する。
一文字ずつ、慎重に目で追っていく。
どこにも読み違いはない。
(……嘘だろ?)
以前、シエルから聞いたことのある名前。
その文字が、目の前の壁にはっきりと刻まれていたのだ。
「……シエル」
ユウトは壁から目を離さないまま、静かに呼び掛けた。
「何?」
「前に言ってたよな」
「……何を?」
「魔族が使うっていう……時空魔法」
「……ええ」
その言葉に、シエルの表情が変わった。
彼女も何かに気付いたように、ゆっくりとユウトへ顔を向ける。
「空間転換?」
「…………」
ユウトは黙って頷いた。
シエルはその反応を見て、僅かに目を見開く。
「……まさか」
「ここに書いてある」
「……え?」
ユウトは壁に刻まれた文字へ、そっと手を伸ばした。
「世界を三つに分けた時――」
指先で古い文字をなぞりながら、その続きを口にする。
「使われた魔法の名前」
シエルも、シアも、リトも。
そしてゴルダンまでもが、ユウトの次の言葉を待っていた。
静まり返った地下遺跡の中で、ユウトはゆっくりとその名を読み上げる。
「――空間転換」
シエルの目が大きく見開かれた。
第238話を読んでいただきありがとうございます!
ついに明らかになった、世界に隠されていた大きな秘密。
ユウトたちが知る世界、魔族が暮らす世界、そして正体すら分からないもう一つの世界。
遥か昔、この三つは一つの世界だったようです。
そして、それらを三つに分けた際に使われた魔法――空間転換。
一体なぜ世界は分けられたのか。
そして、クロノシフトとは本来どれほどの力を持つ魔法なのか。
ユウトたちは、世界の成り立ちそのものに足を踏み入れ始めました。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




