第二百三十七話 世界の外側
ゴルダンとの戦いに勝利したユウトたち。
しかし、戦いが終わっても疑問は残っています。
魔王とは何者なのか。
そしてゴルダンは、一体どこからやって来たのか――。
それでは、第237話をお楽しみください!
「お前は、一体どこから来た?」
ユウトの問い掛けに、ゴルダンはしばらく答えなかった。
激しい戦闘によって荒れ果てた岩場には、砕けた岩や深く抉られた地面が広がっている。先ほどまで舞い上がっていた土煙もようやく薄れ、山々の間を吹き抜ける乾いた風が、細かな砂を運んでいた。
その中で、ゴルダンは岩壁に背中を預けたまま、黙ってユウトを見つめていた。
「……約束だったよな?」
「分かっている」
ゴルダンは小さく息を吐いた。
「敗者が約束を違えるつもりはない」
先ほどまでの威圧的な態度は影を潜めていたが、その声には依然として力があった。
少なくとも、負けたからといって卑屈になるような男ではないらしい。
「なら教えてくれ」
ユウトはゴルダンの前に腰を下ろした。
聞きたいことは山ほどある。何から尋ねるべきか少し考えた末、まずは最も気になっていたことを口にした。
「まず……魔王って何だ?」
「……何、だと?」
「ああ」
ゴルダンの眉が怪訝そうに寄った。
「貴様……魔王様を知らぬのか?」
「知らないから聞いてるんだけど」
「…………」
ゴルダンはしばらくユウトを見つめていた。
その表情は、まるで信じられないものを目の当たりにしたかのようだった。
「終焉竜でありながら……何も知らぬのだな」
「悪かったな! 久しぶりに言われたよ」
「別に責めてはいない」
「その顔が責めてるんだよ!」
「顔は関係ないだろう」
「お前顔が怖いんだよ!」
ユウトが思わず言い返すと、ゴルダンはますます眉間に皺を寄せた。
どうやら本人には、責めているつもりも怖がらせているつもりもないらしい。
もっとも、その表情では説得力がまるでなかった。
「……何をやっているのよ」
背後から、呆れたような声が聞こえた。
振り返ると、シエルが腕を組んでこちらを見ていた。その隣ではシアが苦笑し、リトも何とも言えない顔をしている。
「話を進めて」
「……はい」
ユウトは素直に座り直した。
命懸けで戦った相手と、いつの間にか顔の怖さについて言い争っている場合ではない。
「それで、魔王って?」
「我らを統べる御方だ」
「……魔族をか?」
「そうだ」
ゴルダンは静かに頷いた。
「強大な力を持ち、我ら魔族の頂点に立つ存在。それが魔王様だ」
「魔族の……頂点」
ユウトはその言葉を小さく繰り返した。
目の前にいるゴルダンは、四人が力を合わせてようやく打ち破った相手だ。
その力は凄まじく、成体へ進化した自分でさえ、竜化するまではまともに太刀打ちできなかった。
そんな男が、敬意を込めて仕えている存在。
(……どんだけ強いんだよ)
想像するだけで、何とも言えない気分になる。
ゴルダンを相手にあれほど苦労したというのに、さらにその上がいるというのだから、気が遠くなりそうだった。
「その魔王が、なんでお前をこっちに?」
「それは話せぬ」
「……おい」
ユウトが思わず身を乗り出す。
しかし、ゴルダンは表情一つ変えなかった。
「約束したのは、我が何者であり、どこから来たかを話すことだ」
「急に契約書みたいなこと言い出したな!?」
「何だ、それは」
「あー……こっちの話」
ユウトは頭を掻きながら、軽く息を吐いた。
どうやら、質問すれば何でも答えてくれるわけではないらしい。
敗北を認めて約束を守るつもりはあっても、話せることと話せないことは明確に区別しているようだった。
(……まぁ、仕方ないか)
無理に聞き出そうとしても、今の様子では口を開きそうにない。
ユウトはひとまず、その話題を脇へ置くことにした。
「じゃあ……どこから来た?」
今度の問いに、ゴルダンは僅かに沈黙した。
遠くで風が岩肌を擦る音が聞こえる。
やがて、ゴルダンはゆっくりと口を開いた。
「我ら魔族が暮らす地だ」
「魔族が暮らす地?」
「そうだ」
「どこにあるんだ?」
「…………」
ゴルダンは眉を寄せ、何かを考えるように視線を落とした。
「それをどう説明すればよいものか」
「……なんで?」
「我にも分からぬからだ」
「……は?」
あまりにも予想外の返答に、ユウトは間の抜けた声を漏らした。
どうやら驚いたのは自分だけではないらしい。
後ろにいたシエル、シア、リトの三人も、揃って表情を変えていた。
「分からないってどういうこと?」
シエルが一歩前へ出る。
その表情には、先ほどまでの呆れた様子はなくなっていた。
「貴方はそこから来たのでしょう?」
「そうだ」
「なら場所くらい分かるはずよ」
「そういう意味ではない」
ゴルダンはゆっくりと首を横へ振った。
そして、四人の顔を順番に見渡してから、静かに告げた。
「我らの地と、この地は――繋がっていない」
「…………」
一瞬、風の音だけがその場を通り抜けた。
ユウトは目を瞬かせ、隣のシエルへ視線を向ける。
シエルもまた、何を言われたのか理解しかねているようだった。
「…………は?」
四人の声が、ほとんど同時に重なった。
最初に口を開いたのはシエルだった。
「繋がってない? では、どうやってこちらへ?」
「魔王様の力だ」
「魔王の?」
「詳しい術理など我には分からぬ。ただ我は命を受け――」
ゴルダンはそこで言葉を区切り、ユウトへ視線を向けた。
「境界を越え、この地へ渡ってきた」
「……境界?」
ユウトは眉を寄せた。
何とも妙な言い方だった。
国境を越えたとか、海を渡ってきたとか、そういう話ではないらしい。
わざわざ境界という言葉を使うことに、何か特別な意味があるように感じられた。
「じゃあさ」
考え込んでいたユウトの横から、リトが口を挟んだ。
「船とかで行ける場所じゃねぇのか?」
「船?」
ゴルダンが鼻で笑う。
「不可能だ」
「なんでだよ」
「海の向こうに我らの地があるわけではない」
「じゃあ、どこにあるんだ?」
「だから言っているだろ」
ゴルダンは少しばかり苛立った様子で答えた。
「この地とは隔てられている」
「…………」
今度こそ、誰もすぐには言葉を返せなかった。
ユウトは腕を組み、頭の中でゴルダンの説明を整理しようとした。
(……どういうことだ?)
てっきり、魔族が暮らす別の大陸があるのだと思っていた。
海を渡った先か、あるいは自分たちが知らない遠い土地。そんな場所から来たのだろうと考えていたのだ。
しかし、ゴルダンの説明はそれとは違っていた。
遠すぎて行けないわけではない。
道が険しくて辿り着けないわけでもない。
そもそも、こちらの土地とは繋がっていないという。
(……繋がってない?)
考えれば考えるほど、疑問ばかりが増えていく。
その時だった。
「……待って」
シエルが小さく呟いた。
「どうした?」
ユウトが顔を上げる。
シエルは何かを思い出したように、遠くへ視線を向けていた。
「遺跡よ」
「……遺跡?」
「あそこに書かれていた文字」
「……!」
その言葉に、ユウトも思い出した。
以前訪れた遺跡には、壁一面に古代文字が刻まれていた。
当時はその意味を十分に読み取ることができず、結局、分からないことを多く残したままになっていたのだ。
しかし、今は事情が違う。
成体への進化条件を満たすため、補佐機構は古代文字の解析を続けてきた。
そして、その解析はすでに完了している。
(……そうか!)
「……読める」
ユウトは思わず呟いた。
「今なら……全部読めるぞ」
「そういうこと」
シエルが頷く。
彼女の目には、先ほどまでの困惑とは違う光が宿っていた。
「もしかしたら、何か書かれているかもしれない」
「確かに……!」
ユウトは勢いよく立ち上がった。
ゴルダンの言う境界が何なのか、今はまだ分からない。
だが、あの遺跡に刻まれた文字を読めば、何か手掛かりを得られる可能性はある。
そう考えた途端、じっとしていられなくなった。
しかし、すぐにゴルダンの声が飛んできた。
「待て」
「……ん?」
ユウトが振り返る。
「何だよ」
「貴様らが何を探しているのかは知らぬ」
ゴルダンは岩壁に背を預けたまま、真っ直ぐにユウトを見つめた。
「だが、一つ忠告しておく」
「……忠告?」
「ああ」
ゴルダンの赤い瞳が、静かに細められる。
「知らぬ方が幸せなこともある」
「…………」
ユウトは思わず口を閉じた。
先ほどまでの皮肉めいた口調とは明らかに違っていた。
ゴルダンの声には、冗談や挑発の響きが一切含まれていなかったのだ。
「我らの地がなぜこの地と隔てられているのか」
「……知ってるのか?」
「いや」
ゴルダンは首を振った。
「我も知らぬ」
「じゃあなんで――」
「知らされていないのだ」
「……!」
ユウトが息を呑む。
知らないのではなく、知らされていない。
その言い方が妙に引っ掛かった。
「魔族の中でも、その理由を知る者は極めて少ない」
ゴルダンはそう告げると、しばらく口を閉ざした。
険しい岩山に囲まれた窪地には、相変わらず乾いた風が吹いている。
つい先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた場所とは思えないほど、辺りは静まり返っていた。
ユウトも、シエルたちも、ゴルダンの次の言葉を待っていた。
「ただ――」
やがて、ゴルダンが口を開いた。
「一つだけ、我らの間に伝わっている話がある」
「……どんな?」
ユウトが尋ねると、ゴルダンは僅かに目を伏せた。
短い沈黙の後、静かな声が響いた。
「遥か昔、世界に、何かが起きた」
「…………」
「それ以降――我らの地と、この地は隔てられた」
ユウトの目が僅かに見開かれた。
遥か昔、世界に何かが起きた。
それによって、二つの地が隔てられたという。
あまりにも漠然とした話だったが、ゴルダンの言葉には妙な重みがあった。
「……何かって?」
「知らぬ」
「またそれかよ」
「知らぬものは知らぬ」
「……まぁ、そうだよな」
ユウトは苦笑したが、それ以上は追及しなかった。
ゴルダンが知っていることを隠しているのか、それとも本当に何も知らないのか。
すべてを判断することはできない。
ただ、今の話が何らかの手掛かりになるかもしれないことだけは確かだった。
ユウトはゆっくりと顔を上げ、遺跡がある方角へ視線を向ける。
(……世界に何かが起きた、か)
そして、その出来事を境に、魔族の暮らす地とこちらの地が隔てられた。
もし、それが本当なのだとしたら。
(……あの遺跡なら)
何か分かるかもしれない。
ユウトは仲間たちへ振り返った。
「行こう」
「ええ」
シエルは迷わず頷いた。
「了解っす!」
シアも元気よく応じる。
一方、リトだけは遠い目をしていた。
「またあそこまで戻んのかぁ……」
「仕方ないだろ」
「分かってるよ」
リトは肩をすくめた。
もっとも、その表情に本気で嫌がっている様子はない。
何も分からなかった頃に比べれば、ようやく次に調べるべきものが見つかったのだ。
再び遺跡へ足を運ぶ意味は、十分にあった。
その時、ユウトはふと、まだ岩壁にもたれたままのゴルダンへ視線を戻した。
「……お前はどうする?」
「……動けぬと言っただろう」
「あ」
ゴルダンの眉間に皺が寄る。
「忘れていたのか?」
「いや、その……」
ユウトは気まずそうに視線を逸らした。
戦いが終わってからというもの、知らなかった話が次々と飛び出してきたせいで、すっかりそちらに気を取られていた。
しかし、ゴルダンが負った傷は、何も変わっていない。
今も自力で動けないほど消耗しているのだ。
「……主」
横からシアが声を掛けてきた。
「置いてったら死ぬんじゃないっすか?」
「…………」
その一言で、全員の視線がゴルダンへ集まった。
ゴルダン自身も黙り込み、何とも言えない表情で四人を見返している。
「……連れてく?」
ユウトがぽつりと呟く。
すると、シエルがすぐに眉を寄せた。
「敵よ?」
「でも約束守ってくれたし」
「だからといって……」
シエルは困ったように言葉を詰まらせた。
ゴルダンは、皇帝を長い間操っていた張本人だ。
自分たちとも命懸けで戦った相手であり、簡単に信用していい存在ではない。
それはユウトも分かっていた。
「敵に情けなどかけるな」
ゴルダンが低い声で告げる。
しかし、ユウトはその言葉を聞いても、表情を変えなかった。
「そういうわけじゃねーよ。動けない奴にとどめを刺したり、見殺しにするのが嫌なだけだ」
「…………」
ゴルダンは何も言い返さなかった。
代わりに、深いため息を一つ吐く。
「……好きにしろ」
その返答を聞き、ユウトはようやく笑みを浮かべた。
「じゃあ――」
少しだけ身を乗り出し、まるで気軽な旅に誘うような調子で声を掛ける。
「とりあえず一緒に来る?」
「……なぜそうなる」
ゴルダンの呆れた声が、静かな岩場に響いた。
こうして、長く続いた戦いはひとまず終わりを迎えた。
だが、ユウトたちの前には新たな謎が残されていた。
魔王という存在。
この地とは繋がっていない、魔族の暮らす場所。
そして、遥か昔に世界へ起きたという、何らかの出来事。
そのどれもが、今のユウトたちにはまだ理解できないものばかりだった。
四人はまだ知らない……自分たちが暮らしている、この世界の成り立ちそのものに――。
大きな秘密が隠されていることを。
第237話を読んでいただきありがとうございます!
ゴルダンの口から語られた、ユウトたちの知らない場所の存在。
海の向こうにあるわけでもなく、そもそもこの地とは繋がっていない。
そして遥か昔、世界には何かが起きた――。
一体、過去に何があったのでしょうか。
以前は読むことのできなかった遺跡の古代文字も、今のユウトなら読むことができます。
そこには何が遺されているのか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




