第二百三十三話 初めての空中戦
成体となり、本来の姿へと戻ったユウト。
圧倒的に向上した力と速さを武器に、ゴルダンとの戦いはついに空へ。
ユウト、初めての空中戦です!
それでは、第233話をお楽しみください!
ドォンッ!!
遥か上空で、二つの影が激突した。
『おおおおっ!』
「ぬぅっ!」
ユウトの巨大な爪とゴルダンの拳が真正面からぶつかり合い、その衝撃が周囲の空気を震わせる。
まるで空中で爆発が起きたかのような轟音が、山岳地帯へ響き渡った。
「ぐっ……!」
互いの力が拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
しかし、押し負けたのはゴルダンの方だった。
「……っ!」
衝撃に耐え切れず、ゴルダンの身体が後方へ弾かれる。
それでもすぐに翼を大きく広げると、空気を受け止めながら後退する勢いを殺し、数十メートル先で体勢を立て直した。
『……いける!』
ユウトは確かな手応えを感じていた。
力負けしていないどころではない。真正面からぶつかり合うのであれば、むしろ自分の方が上回っている。
竜化によって得られた力は、想像していた以上のものだった。
『このまま!』
ユウトはその隙を逃さず、すぐさま追撃へ移った。
巨大な翼を一度、強く羽ばたかせる。
ドンッ!!
『うおっ!?』
次の瞬間、周囲の景色が一気に後方へ流れた。
(……やっぱ速ぇ!)
先ほど初めて空へ飛び上がった時と同じだった。
僅かに翼へ力を込めるだけで、巨大な身体が信じられないほどの速度まで加速していく。
ただし、今回はもう慌てない。
『ゴルダン!』
ユウトは一直線に距離を詰めると、右腕を引き、巨大な爪を振り抜こうとした。
しかし、ゴルダンは迫るユウトを前にしても、冷静さを失っていなかった。
「力任せに飛ぶだけか」
『なに!?』
ゴルダンの翼が僅かに傾く。
それだけで飛行する軌道が変わり、真正面にいたはずの身体が急激に上昇した。
『うおっ!』
ユウトの振り抜いた爪が、何もない空間を切り裂く。
(……上!?)
慌てて顔を上げた、その瞬間だった。
「遅い」
『っ!』
真上へ移動していたゴルダンが空中で身体を反転させ、頭から急降下してきた。
ユウトが回避しようと翼を動かすよりも早く、その拳が背中へ迫る。
ドガッ!!
『ぐおっ!』
強烈な一撃が黒鱗に叩き込まれ、ユウトの巨体が一気に高度を失った。
『くそっ!』
視界の中で地面が急速に近付いてくる。
ユウトは慌てて両翼を広げ、全身へ意識を集中させた。
『止まれっ!』
バサァッ!!
広げた翼が一気に空気を掴み、落下していた身体へ強烈な抵抗が掛かる。
その衝撃に巨体が揺れたものの、どうにか速度を落とし、地面へ叩きつけられる寸前で停止することができた。
『危な……!』
ユウトはすぐに顔を上げた。
ゴルダンは遥か上空で静止したまま、こちらを見下ろしている。
「力も速度も、先ほどまでとは比較にならんな」
『そりゃどうも!』
「だが――」
ゴルダンの翼が僅かに動いた。
「それだけだ」
『何だと?』
次の瞬間、ゴルダンの姿が視界から消えた。
『――っ!?』
ユウトは慌てて周囲を見回す。
(……どこだ!?)
「飛び方がまるで素人だ」
『後ろ!?』
背後から聞こえた声に振り返るが、すでにそこには誰もいなかった。
『また!?』
今度は左側から気配を感じる。
しかし、ユウトが顔を向けた瞬間には下へ移動し、そちらを追えば右へ、さらに上へと位置を変えていく。
『ちょこまかと!』
ゴルダンの姿は見えていた。
動きそのものを捉えられないわけではないし、速度に関しても、もはや大きな差は感じられない。
それなのに、まったく捕まえられないのだ。
「空で戦うとは、こういうことだ」
ゴルダンの声だけが、次々と異なる方向から聞こえてくる。
『くっそ……!』
ユウトは翼を強く打ち、一気に前へ飛び出した。
しかし、ゴルダンは身体を僅かに傾けるだけで軌道を変え、横へと逃れてしまう。
『だったら!』
ユウトも追い掛けるように身体を傾けた。
『うおっ!?』
ところが、思ったようには曲がれなかった。
巨大な身体が外側へ大きく膨らみ、ゴルダンのいた場所を通り過ぎてしまう。
「…………」
ゴルダンはそんなユウトを冷静に見つめながら、すぐ横を通り抜けていった。
『今の顔ムカつく!』
「事実を見ていただけだ」
『絶対馬鹿にしてただろ!』
「戦闘中だぞ」
『お前に言われたくねぇ!』
思わず言い返したユウトだったが、自分でも問題には気付いていた。
(……速さじゃない)
ただ真っ直ぐ飛ぶだけなら、今の自分の方が速い可能性すらある。
だが、急旋回や急上昇、急降下といった動きでは、ゴルダンの方が圧倒的に上手かった。
空中で静止することも、速度を落とさずに進む方向だけを変えることも、まるで呼吸をするようにこなしている。
(……地上と全然違う!)
地面があれば足を踏み込み、その反動を使って身体の向きを変えられる。
しかし、空中には身体を支えるものがない。
翼や尾の動き、身体の角度、そして周囲を流れる空気。それらすべてを上手く利用しなければ、思い通りに動くことはできないのだ。
「どうした?」
ゴルダンはユウトの周囲を旋回しながら、余裕のある声を向けてくる。
「その程度では、この身体を捉えることなどできんぞ」
『言ってろ!』
ユウトは再び追い掛けた。
しかし、急いで方向を変えようとしたことで、またしても軌道が大きく膨らんでしまった。
◇
「……ユウト」
地上では、シエルが上空を駆け回る二つの影を見上げていた。
黒い巨体がゴルダンを追い、凄まじい速度で空を移動している。
しかし、追い付きそうになるたびに、ゴルダンはするりと軌道を外し、ユウトの攻撃を回避していた。
「主、大丈夫っすかね?」
シアが不安そうに空を見上げる。
「力では負けてないわ」
シエルは落ち着いた声で答えた。
「確かにアニキの方が強そうだけどよ」
リトも目を細めながら、上空の動きを追っていた。
「なんか……」
少し言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「遊ばれてないか?」
「…………」
シエルは数秒ほど空を見つめたまま黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「飛ぶのが絶望的に下手なのよ」
「言い方!」
リトが思わず振り返る。
「事実でしょう?」
「もうちょっとこう……慣れてないとか!」
「同じ意味よ」
「全然違うだろ!」
リトが抗議しても、シエルは表情一つ変えなかった。
その隣ではシアも、上空を飛び回るユウトの姿をじっと見つめている。
「主、さっきから曲がる時めちゃくちゃ大回りしてるっす」
「ほら」
「追い打ちすんなよ!」
リトは呆れたように頭を抱えた。
「お前らそれ、本人には絶対言うなよ?」
『聞こえてるぞぉぉぉぉ!!』
「!?」
三人が一斉に空を見上げた。
「聞こえてんのかよ!?」
『全部聞こえてるわ!』
「そんな上から!?」
「竜になって耳も良くなってるんじゃないっすか?」
「知らないわよ」
『シエル! 絶望的に下手って何だよ!』
「そのままの意味よ!」
『後で覚えてろよぉぉぉ!』
「後でいいから前見なさい!」
『え?』
その瞬間だった。
「隙だらけだ」
すぐ横から、ゴルダンの声が聞こえた。
『うおっ!?』
ユウトが慌てて振り向いた時には、すでに遅かった。
ドガァンッ!!
強烈な蹴りが、ユウトの顔面へまともにめり込んだ。
『ぐあああっ!』
衝撃で黒い巨体が空中を大きく回転する。
「主ぃぃぃ!?」
「アニキぃぃぃ!」
「……馬鹿ね」
シエルが深いため息を吐いた。
◇
『くっそぉ……!』
ユウトは翼を大きく広げ、どうにか空中で回転を止めた。
『いってぇ……』
頭を振りながら、痛みとともに乱れた意識を立て直す。
今の攻撃は完全に自業自得だった。
(……シエルの言う通りだ)
悔しいが、認めるしかない。
今の自分には力も速度もある。身体能力だけなら、ゴルダンに負けているとは思わなかった。
だが、その力を十分に扱えていない。
成体へ進化してから初めて竜化し、そのまま初飛行を経験して、今は空中戦まで繰り広げている。
慣れていない身体を上手く動かせないのは、考えてみれば当然のことだった。
(……だったら)
ユウトは少し離れた場所にいるゴルダンへ視線を向けた。
(覚えりゃいい)
できないのであれば、できるようになればいい。
幸いなことに、目の前には空を自由自在に飛び回る相手がいる。
ゴルダンが翼を動かす角度や、身体の傾け方。旋回する時、上昇する時、そして下降する時にどのような動きをしているのか。
先ほどからずっと見ていたのだ。
(……真似すればいいんだ)
ユウトはゴルダンの一挙手一投足へ、改めて意識を集中させた。
「どうした?」
少し離れた場所で空中に静止しているゴルダンが、こちらを見据える。
「もう終わりか?」
『まさか』
「竜の力とは、その程度か?」
『…………』
ユウトは何も答えず、大きく翼を広げた。
『言っただろ』
「何?」
『初めてなんだよ』
ゆっくりと翼を動かす。
『飛ぶのも』
今度は身体を僅かに傾け、空気の流れを確かめた。
『この身体で戦うのも』
先ほどまで見てきたゴルダンの動きを、頭の中で思い返す。
『全部初めてだ』
「それがどうした」
『だから――』
ユウトの口元が僅かに上がった。
『今覚えりゃいい!』
「……何?」
ゴルダンの眉が動いた次の瞬間、ユウトは身体を下へ向けた。
「何をする気だ?」
『うおおおおおっ!』
巨大な翼の角度を変え、一気に急降下する。
黒い巨体が、凄まじい速度で地面へ迫っていった。
いや、ただ落下しているのではない。ユウト自身が意識して加速しているのだ。
「主!?」
「ユウト!?」
地上から仲間たちの声が上がる。
『まだだ……!』
ユウトは翼を少しずつ身体へ寄せていった。
翼が受ける空気の抵抗が減るにつれ、落下する速度はさらに増していく。
(……もっと!)
周囲の景色が凄まじい勢いで流れ、風が全身の鱗を激しく叩いた。
眼下の山肌が、見る間に大きくなっていく。
「アニキ止まれぇぇぇ!」
『まだ!』
本能的に翼を広げたくなる。
このままでは地面へ激突してしまう。身体の奥から、そんな危険を知らせる感覚が何度も湧き上がってきた。
だが、ユウトはまだ翼を広げなかった。
(……ゴルダンはもっとギリギリで変えてた!)
地面まで残り数十メートル。
二十。
十。
「ユウト!」
『ここっ!』
その瞬間、ユウトは翼を一気に広げた。
バァンッ!!
『ぐっ――!?』
広げた翼が大量の空気を受け止め、身体へ凄まじい負荷が掛かる。
急降下していた巨体が、強引に前方へ引っ張られた。
『うおおおおっ!』
ユウトは首を起こし、身体を大きく反らす。
さらに尾を振って姿勢を整えながら、翼の角度を調整していく。
そして――。
「……!」
地上から見上げていたシエルの目が、僅かに見開かれた。
地面すれすれで、ユウトの巨体が水平飛行へ切り替わったのだ。
先ほどまで大きく膨らむことしかできなかった軌道が、鋭く、直角に近い角度で変化していた。
『……できた!』
「今喜ぶんすか!?」
『喜ぶだろ!』
ユウトは地表を滑るように飛び続けた。
周囲の岩や僅かに生える木々が、凄まじい速度で後方へ流れていく。
(……分かった)
ただ翼で無理やり方向を変えようとしても、思い通りには曲がれない。
速度や身体の角度、尾の動き、そして翼が受ける空気の流れ。
そのすべてを使って、初めて自由に飛べるのだ。
(……全部使う!)
『こういうことか!』
ユウトは翼を傾け、身体を斜めへ倒した。
さらに右の翼を僅かに持ち上げると、巨体が滑るように進む方向を変えていく。
『おおっ!』
先ほどまでのぎこちない動きとは、明らかに違っていた。
「…………」
上空でその様子を見ていたゴルダンの表情が変わる。
『……次!』
ユウトは地表すれすれを飛んだまま、今度は翼を強く打った。
ドンッ!!
黒い巨体が一気に斜め上へ加速し、ゴルダン目掛けて急上昇していく。
「――速い!」
ゴルダンは咄嗟に反応し、横へ逃れた。
(……見える!)
ユウトもすぐに翼の角度を変える。
先ほどまでなら、そのまま直進して相手のいた場所を通り過ぎていただろう。
しかし、今度は違った。
逃げたゴルダンの動きに合わせて、ユウトの飛行する軌道も滑らかに変化していく。
「なっ――!?」
『捕まえた!』
一気に距離が縮まった。
ゴルダンが咄嗟に両腕を交差させる。
『もらったぁ!』
ドガァァァンッ!!
「ぐぅっ!」
巨大な爪が防御の上から叩き込まれ、その衝撃でゴルダンの身体が大きく吹き飛ばされた。
『まだ!』
しかし、ユウトはそこで止まらなかった。
すぐに翼を動かして追撃へ移る。
ゴルダンが右へ逃れれば、ユウトも右へ。下へ向かえば、その動きに合わせて高度を下げていく。
先ほどまでのように、相手の動きを追うたびに大きく軌道が膨らむことはなかった。
「貴様……!」
『おお!』
「何だ!?」
『ちょっと分かってきた!』
「戦いの最中に……!」
ゴルダンの表情が明らかに歪んだ。
先ほどまで、空中戦の技術には圧倒的な差があった。
しかし、ほんの数度動きを見て、実際に何度か飛んだだけで、ユウトの飛行技術が目に見えて変わり始めている。
それも、今まさに戦っている最中に。
「…………」
地上から見上げるシエルの目も、僅かに細くなった。
「主、急に飛べるようになってないっすか?」
「さっきまで曲がるだけで精一杯だったよな?」
シアとリトが驚いたように顔を見合わせる。
シエルは上空のユウトを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「覚えるのが早いのよ」
「それで済ませていいのか?」
「本人に言ったら調子に乗るから黙ってて」
「聞こえるんじゃないっすか?」
「…………」
三人が同時に空を見上げた。
『聞こえてるぞ!』
「やっぱり!」
『シエル! 今俺のこと褒めただろ!』
「褒めてない!」
『いや今の絶対褒めてた!』
「前を見なさい!」
『今度はちゃんと見てるよ!』
ユウトがそう言い返した直後、ゴルダンの拳が迫った。
しかし、今度は慌てることなく翼を僅かに傾け、巨体を横へ滑らせる。
拳が黒鱗のすぐ前を通過した。
「っ!?」
その動きは、先ほどまでゴルダンが見せていた回避方法に近かった。
『ほらな!』
ユウトは笑みを浮かべながら右の爪を引いた。
『悪いな』
「…………!」
『俺――』
ゴルダンが距離を取ろうと、強く翼を打つ。
しかし、ユウトもほぼ同時に加速していた。
『覚えるの、結構早いみたいだ!』
再び二つの影が、凄まじい速度で空を駆け抜ける。
しかし、先ほどまでのような一方的な追い掛け合いではなかった。
逃げるゴルダンと、それを追うユウト。
両者の距離は、もはやほとんど開かなくなっていた。
第233話を読んでいただきありがとうございます!
ついに始まったユウト初の空中戦!
力も速さもゴルダンを上回り始めたものの――。
飛ぶのが絶望的に下手でした(笑)
しかし、戦いの中で少しずつ感覚を掴み、あっという間にゴルダンの動きへ対応し始めるユウト。
竜化によって手にした力を、徐々に自分のものへと変え始めています。
果たしてゴルダンは、この成長にどう対抗するのか。
空中戦はまだまだ続きます!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




