第二百三十話 新たな可能性
本気を見せ始めたゴルダン。
さらに激しさを増す戦いの中で、ユウトは自分なりの魔法の使い方を模索します。
それでは、第230話をお楽しみください!
バサッ――!
巨大な翼を広げたゴルダンが地面を蹴り、巻き上がる砂埃の中からゆっくりと宙へ浮かび上がった。
「……飛んだ!」
ユウトが顔を上げる。
ゴルダンが翼を一度羽ばたかせるたびに周囲の空気が大きく揺れ、足元を細かな砂が流れていく。
先ほどまでは同じ地面の上で戦えていた。だが、相手が空へ上がったことで、その状況は大きく変わってしまった。
空中を自由に動き回れる相手に対し、地上から攻撃を仕掛けるだけでは不利になる。
「来るわよ!」
シエルの鋭い声が飛んだ。
「っ!」
ユウトが反射的に構えた直後、上空にいたゴルダンの姿が視界から掻き消えた。
「消え――」
いや、違う。
消えたのではない。あまりにも速く移動したため、目で追い切れなかったのだ。
(……速い!)
ユウトは慌てて視線を走らせた。
空気の流れと翼が風を切る音。そして、右側から迫ってくる凄まじい魔力。
「ユウト!」
「分かってる!」
シエルの声に応じながら、ユウトは咄嗟に両腕を交差させ、身体を僅かに右へ向けた。
直後――。
ドガァンッ!
「ぐあっ!」
ゴルダンの拳が交差させた腕へ激突し、防御ごとユウトを吹き飛ばした。
凄まじい衝撃に足が地面を削り、土煙を巻き上げながら数メートル後方へ滑っていく。
「ぐっ……!」
ユウトは腰を落とし、両足へ力を込めた。
靴底を地面へ食い込ませるように踏ん張り、ようやく後退する勢いを止める。
「……さっきより速ぇ!」
両腕を軽く振って痺れを飛ばしながら、ユウトは上空を見上げた。
ゴルダンはすでに再び距離を取り、何事もなかったかのようにこちらを見下ろしている。
「本気を出すと言ったはずだ」
「だからって急に速くなりすぎだろ!」
ユウトは思わず言い返すと、すぐに右手を上空へ向けた。
「……なら!」
手のひらへ魔力を集め、燃え上がる炎を一つの球体へ凝縮していく。
「ファイアボール!」
放たれた火球が、一直線にゴルダンへ向かった。
しかし、ゴルダンは避けようとする素振りすら見せなかった。
「……遅い」
「なっ!?」
ゴルダンが翼を僅かに傾ける。
たったそれだけの動作で身体が横へ流れ、火球はそのすぐ横を通り過ぎてしまった。
ドォンッ!
行き場を失った炎が背後の岩壁へ衝突し、爆音とともに土煙が舞い上がる。
「……くそっ!」
ユウトは奥歯を噛み締めた。
今の速度で自由に飛び回られては、地上から魔法を放っても簡単に避けられてしまう。
火球が相手へ到達するまでの僅かな時間でさえ、ゴルダンには十分な回避の余裕があるのだ。
「ユウト、下がって!」
「……シエル?」
声が聞こえた直後、シエルが地面を強く蹴った。
足元で銀色の魔力が弾け、その身体が一気に宙へ舞い上がる。
「あーしも行くっす!」
間髪入れずにシアも後を追った。
二人は左右へ大きく分かれると、そのままゴルダンを挟み込むように迫っていく。
「……ほう」
ゴルダンは二人へ素早く視線を走らせ、巨大な翼を大きく広げた。
ブォンッ――!
「っ!」
「うわっす!?」
たった一度の羽ばたきで凄まじい突風が巻き起こり、シアの身体が大きく横へ流された。
「くっ……!」
シアは空中で体勢を崩しながらも、何とか武器を構え直す。
一方、反対側から迫っていたシエルは、身体へ銀色の魔力を纏わせ、真正面から風を切り裂くように突っ込んでいた。
「はぁっ!」
鋭い剣閃が、銀色の軌跡を描きながら走る。
ギィンッ!
「っ……!」
ゴルダンは腕を上げ、迫る刃を正面から受け止めた。
金属同士が衝突したような甲高い音が響き、シエルの剣が僅かに弾かれる。
「……やはり硬い!」
「その程度か?」
「まだよ!」
シエルは弾かれた勢いに逆らわず、身体を回転させながら二撃目を放った。
横薙ぎの一閃から、返す刃でさらに三撃目。
銀色の軌跡が連続して宙を走り、ゴルダンの身体へ迫る。
しかし、ゴルダンは身体を僅かに傾け、あるいは腕で受け止めながら、そのすべてを最小限の動きで捌いていった。
「アニキ!」
「分かってる!」
地上からリトの声が飛ぶ。
ユウトも上空を睨みながら頷いた。
このままでは、空中で戦えるシエルとシアに負担が集中してしまう。
(……飛べないと厳しいか)
そこで一瞬、竜化という能力が頭をよぎった。
成体へ進化した今なら、自分の意思で本来の竜の姿へ戻ることができる。
あの姿なら翼もあるし、空へ上がって戦うことも可能なはずだ。
だが、ユウトは拳を握り、その考えを振り払った。
(……いや、まだだ)
使える手段だからといって、すぐに頼る必要はない。
人の姿で修行を重ねてきた意味もあるし、何より、この身体だからこそできる戦い方がまだあるはずだった。
ユウトは改めて上空の動きを目で追った。
シエルが正面から攻撃を仕掛け、その間にシアが後方へ回り込み始めている。
(……なら!)
「シエル!」
ユウトは大きく息を吸い、上空へ向かって叫んだ。
「一回、下に落とせるか!?」
シエルは剣越しにゴルダンを押しながら、一瞬だけ地上へ視線を向けた。
「やってみるわ!」
そう答えると、身体を捻って大きく剣を振り抜く。
ゴルダンも即座に腕を上げ、その一撃を受け止めた。
ギィンッ!
「……甘い」
「それはどうかしら!」
「……何?」
シエルの言葉に、ゴルダンの眉が僅かに動いた。
その時だった。
「今っす!」
声が響いたのは、ゴルダンの背後。
先ほど突風で弾き飛ばされたはずのシアが、いつの間にか死角へ回り込んでいた。
「ぬっ!」
ゴルダンが振り返る。
その反応は恐ろしく速かったが、それでもほんの僅かに遅れた。
「せぇぇいっす!」
ドガッ!
勢いを乗せたシアの蹴りが、ゴルダンの背中へまともに叩き込まれた。
「ぐっ!」
強烈な一撃を受けたゴルダンの身体が大きく傾き、そのまま地上へ向かって落下していく。
「ユウト!」
「任せろ!」
シエルの声が届いた時には、ユウトはすでに走り出していた。
ゴルダンの落下地点へ向かいながら、右手へ魔力を集中させる。
(……ファイアボールじゃ駄目だ)
先ほどの攻防で思い知らされた。
放ってから相手へ届くまでに時間が掛かる攻撃では、ゴルダンの速度に対応できない。
ならば、もっと別の方法が必要だった。
ユウトは走りながら、自分の右拳へ視線を落とした。
先ほど、地上でゴルダンと攻防を繰り広げた時のことを思い出す。
拳を叩き込む瞬間、そこへ炎を乗せて爆発させた一撃。
(……あれを、もっとちゃんと使えれば)
ユウトは右手へ流れる魔力を感じ取り、その周囲に炎を生み出した。
だが、今度は放たない。
(飛ばすんじゃなくて――)
炎を右拳の周囲へ留めるように意識を集中させる。
「……っ!」
途端に、炎が不安定に揺らぎ始めた。
火球を撃つ時のように前方へ放出しようとする魔力と、それを拳の周囲へ留めようとする意識がぶつかり合う。
せっかく生み出した炎が、一瞬で消えかけた。
「……くそっ!」
ユウトは歯を食いしばり、さらに意識を集中させた。
右腕へ流れ込んでくる魔力を感じ取りながら、外へ逃がさないように調整する。
ただ押さえ込むのではない。
必要な形を維持したまま、自分の動きに合わせて炎を留め続ける。
「ここに……残れ!」
その意識に応えるように、揺れていた炎が徐々に安定していった。
燃え盛る赤い炎が手首から拳を包み込み、ユウトの動きに合わせて揺らめいている。
「……できた!」
そして、その瞬間。
ズンッ!
ゴルダンが地面へ着地した。
膝を僅かに沈ませるだけで落下の衝撃を殺し、ゆっくりと顔を上げる。
その視線が、炎を纏ったまま突っ込んでくるユウトを捉えた。
「小細工を――」
「小細工かどうか――!」
ユウトは最後の一歩を強く踏み込んだ。
足元の地面が小さく砕け、全身の力が右腕へと集まっていく。
「食らってから決めろ!」
腰を回し、肩を入れる。
そして、炎を纏った右拳を真正面から振り抜いた。
ゴルダンも逃げなかった。
右拳を握り締めると、迫る一撃に対して真正面から打ち返す。
二つの拳が激突した。
ドォォォンッ!!
「ぐっ!」
「ぬぅっ!?」
接触した瞬間、ユウトの拳へ纏わせていた炎が一気に爆発した。
猛烈な爆風が二人の間から広がり、周囲の砂埃を勢いよく吹き飛ばしていく。
だが、ユウトの身体もその衝撃に耐え切れず、大きく後方へ弾かれた。
「うおっ!」
地面を何度か転がり、片手をついて強引に身体を止める。
「……いってぇ!」
右拳がじんじんと熱を持ち、腕全体には痺れるような感覚が残っていた。
相手の拳へ真正面からぶつけたのだから、無傷で済むはずもない。
「……やっぱ真正面は無茶だったか」
ユウトは苦笑しながら顔を上げた。
しかし、目の前の光景に、その表情が止まる。
「……っ!」
ゴルダンも、先ほどの場所には立っていなかった。
爆発の衝撃を受けて数歩後退し、右足を後ろへ引いた状態で踏み止まっている。
さらに、拳を受け止めた右腕からは、細い煙が立ち上っていた。
「……効いた?」
ユウトはゆっくりと立ち上がり、自分の右拳を見つめた。
先ほどまで纏っていた炎は、すでに消えている。
維持できた時間も僅かで、威力だって十分とは言えない。
それでも、今の一撃がゴルダンへ届いたことだけは確かだった。
「……なるほど」
ゴルダンも自らの右腕へ視線を落とした。
煙の上がっている箇所を一度指で払うと、再びユウトへ顔を向ける。
「魔法を放つのではなく、身体へ纏わせたか」
「……そういうことになるな」
ユウトは軽く肩をすくめた。
もっとも、自分でもそこまで深く考えていたわけではない。ほとんど思いつきだったし、上手くいくかどうかも分からなかった。
だが、こうして実際に試してみたことで、新しい可能性が見えてきた。
ユウトは一度拳を開き、もう一度強く握り締める。
(……これ、使える)
頭の中で、今まで別々だったものが繋がったような感覚があった。
これまでの自分にとって、魔法とは敵へ向かって放つものだった。火球を作り、それを飛ばして攻撃する。魔法が使えるようになってからは、そんな使い方ばかりを考えていたのだ。
しかし、別にそうしなければならないという決まりはない。そもそも、自分は魔法使いではない。
シエルのように離れた場所から多彩な魔法を操る必要もなければ、今まで培ってきた戦い方を捨てる必要もなかった。
(……俺は、俺の戦い方に合わせればいい)
拳で戦うのなら、そこへ魔法を纏わせればいい。
蹴るのなら脚へ、攻撃を防ぐのなら腕へ。身体を使った戦闘と魔法を別々に考えるのではなく、最初から一つのものとして組み合わせればいいのだ。
それは、これまでのユウトにはなかった発想だった。
「……面白い」
ゴルダンの声に、ユウトは意識を戻した。
顔を上げると、ゴルダンが再び巨大な翼を広げている。
「即興でそこまで辿り着くか」
「俺も今びっくりしてるよ」
「だろうな」
「そこは否定しろよ!」
思わずツッコミを入れるユウトだったが、ゴルダンは僅かに口元を緩めるだけだった。
そして、そんな短いやり取りの間にも、彼の魔力はさらに膨れ上がっていく。
翼の周囲で黒い魔力が渦を巻き、足元に散らばっていた砂が少しずつ浮かび上がり始めた。
「……ならば」
ゴルダンが静かに構える。
「どこまで抗えるか、試してやろう」
「望むところだ!」
ユウトも腰を落とし、両拳を構えた。
先ほどの感覚を思い出しながら、もう一度右拳へ魔力を流していく。
もちろん、まだ完成には程遠い。
炎を維持するだけでも意識を大きく奪われるし、戦いながら自在に扱えるようになるには、まだまだ練習が必要だろう。
それでも、新しい戦い方が一つ見えた。
魔法をただ放つのではなく、自らの身体へ纏わせて戦う。
今はまだ、不完全な技術にすぎない。
だが、この時に生まれた小さな発想が、やがてユウトにとって大きな武器の一つになっていくのだった。
第230話を読んでいただきありがとうございます!
魔法は、ただ放つだけのものではない。
これまでの自分の戦い方に魔法を組み合わせることで、ユウトは新たな可能性を見つけました。
まだ思いつきに近く、完成には程遠い戦い方。
それでも、この発想が今後どのように発展していくのか。
ぜひ楽しみにしていただければと思います!
そして、本気を見せ始めたゴルダンとの戦いもまだ終わりません。
次回もぜひお楽しみに!
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは、また次回お会いしましょう!




