第二百二十八話 ゴルダン
ついに辿り着いた、あの男のもと。
一度は圧倒された相手を前に、ユウトたちは再び立ち向かいます。
それでは、第228話をお楽しみください!
岩壁に挟まれた細い道を進むにつれて、空気に混じる異質な魔力は少しずつ濃くなっていった。
「……間違いない」
ユウトは歩みを緩めることなく、小さく呟いた。
忘れるはずがない。地下遺跡で感じた、あの異様な魔力。
一度触れただけでも身体の奥に残るような、不快で重い気配が、今はすぐ近くまで迫っている。
「……もうすぐね」
シエルが周囲を警戒しながら言う。
「ああ」
ユウトは短く頷き、さらに奥へと歩みを進めた。
両側にそびえる岩壁は高く、見上げても空が細く切り取られているだけだった。足元には大小の石が転がり、四人の足音が岩壁に反響している。
やがて、狭かった岩壁の隙間の先に、僅かな光が見えてきた。
「……抜けるぞ」
ユウトは先頭に立ったまま、その光へ向かって歩く。
そして、細い道を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
「…………」
そこは岩山に囲まれた、広大な窪地のような場所だった。
周囲には切り立った岩壁がそびえ、剥き出しの岩肌がどこまでも広がっている。草木はほとんど生えておらず、足元にあるのは乾いた土と無数の石ばかりだった。
風が吹くたびに細かな砂埃が舞い上がり、岩壁の間を抜ける低い音が響いている。
そして、その中央に――。
「……来たか」
一人の男が立っていた。
まるで最初から、ユウトたちがここへ来ることを分かっていたかのように、微動だにせずこちらを見つめている。
「……やっぱりお前か」
ユウトの表情が険しくなった。
間違えるはずがない。
地下遺跡で一度対峙し、自分たちを圧倒した男。そして、長い間皇帝を操っていた張本人だった。
「随分と早かったな」
男は驚いた様子もなく、静かにユウトたちを見渡した。
「まさか、我が魔力を辿ってくるとは思わなかったが――」
そこで、不意に男の言葉が止まった。
その視線がユウトへ向けられる。
「…………」
「……何だよ」
見定めるような眼差しを向けられ、ユウトは眉をひそめた。
男はしばらくその姿を観察していたが、やがて僅かに目を細めた。
「いや……以前とは随分と違うと思ってな」
「……!」
「その身体……なるほど。一段階、上へ至ったか」
(……分かるのか?)
ユウトは僅かに息を呑んだ。
成体へ進化したことで完全人化を獲得し、今の自分は以前より遥かに人間に近い姿をしている。
角も尻尾もなくなり、少なくとも見た目だけなら終焉竜らしさは薄れているはずだった。
それなのに、この男は一目見ただけで、ユウトが以前とは違う段階へ進化したことを見抜いている。
「……面白い」
男の口元が僅かに歪んだ。
「僅かな期間で、そこまで変わるとはな」
その言葉に反応するように、ユウトは一歩前へ出た。
「今度は前みたいにはいかないぞ」
「……そうか」
男は短く答えると、僅かに顎を引いた。
「ならば、見せてもらおう」
その瞬間、周囲の空気が重くなった。
先ほどまで感じていた異質な魔力が、まるで存在感を増したかのように肌へまとわりついてくる。
シエルが僅かに腰を落とし、シアとリトも反射的に構えた。
ユウトも拳を握り、男の一挙手一投足へ意識を集中させる。
だが、戦いが始まる寸前になって、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「……そういえば」
ユウトが口を開くと、男の視線が戻ってきた。
「俺たち、お前の名前すら聞いてなかったな」
「…………」
「皇帝を操って何をしようとしてたのかも、お前が何者なのかも、まだ何も分かってない」
男はしばらく何も答えなかった。
静まり返った岩場を、乾いた風だけが吹き抜けていく。
やがて男は、僅かに肩を落とすように息を吐いた。
「確かに、名乗る必要すらないと思っていたが」
「随分な言いようだな」
「事実だ」
「……ムカつくな、こいつ」
リトが小さく吐き捨てる。
だが、男はその言葉が聞こえていても、まったく気にした様子を見せなかった。
「一度退けたにもかかわらず、再び我が前に立った。しかも僅かな期間で、その力を得て」
男の視線が、改めてユウトへ向けられる。
その表情には、僅かな興味が浮かんでいるようにも見えた。
「……ならば」
男の口元が少しだけ吊り上がる。
「名くらいは覚えて逝くがいい」
「縁起でもない自己紹介だな!」
ユウトのツッコミが、静まり返った岩山に響き渡った。
シアが思わず苦笑したが、男は構うことなく言葉を続けた。
「我が名はゴルダン」
「……ゴルダン」
ユウトはその名前を、忘れないように頭の中へ刻み込んだ。
これまで正体どころか名前すら分からなかった男が、ようやく自ら名乗ったのだ。
「そして――」
ゴルダンはゆっくりと片手を上げた。
「魔王様より拝命を受け――」
「……!」
その言葉に、ユウトたちの表情が変わった。
だが、ゴルダンは四人の反応を気にすることなく、静かに告げた。
「この世界へと渡ってきた者だ」
「…………」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
岩場を吹き抜ける風の音だけが、妙にはっきりと聞こえる。
最初に反応したのはユウトだった。
「……魔王?」
思わず眉をひそめ、隣にいるシエルへ視線を向ける。
彼女も険しい表情を浮かべており、シアは目を丸くしたままゴルダンを見つめていた。
リトもまた、予想していなかった言葉に戸惑いを隠せない様子だった。
「……何だそれ」
リトが小さく呟く。
だが、ユウトが引っ掛かったのは、魔王という言葉だけではなかった。
(……この世界へ、渡ってきた?)
ゴルダンは確かに、そう言った。
まるで、この世界とは別のどこかが存在しているかのような言い方だった。
その意味を考えた瞬間、ユウトの頭にいくつもの疑問が浮かび上がる。
「……おい」
ユウトはゴルダンを真っ直ぐに見据えた。
「今、この世界へ渡ってきたって言ったよな?」
「ああ」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だ」
「だから、それがどういう――」
ユウトは言いかけて、さらに一歩前へ出た。
「お前、どこから来た?」
「…………」
ゴルダンは答えなかった。
表情を変えることもなく、ただ黙ってユウトを見つめている。
その沈黙が、むしろ何かを隠しているように感じられた。
「……魔王ってのは誰だ?」
続けて問い掛ける。
しかし、それにも返答はなかった。
「お前は一体――」
「知りたければ」
ゴルダンが静かに言葉を遮った。
その声に、ユウトの動きが止まる。
「我を倒してみせろ」
直後だった。
ドンッ――!
「っ!?」
凄まじい魔力が、ゴルダンの身体から一気に噴き出した。
空気そのものが震え、足元に転がっていた小石がカタカタと音を立てる。
周囲の岩肌にまで目に見えない圧力が叩きつけられているかのようで、吹き荒れる魔力が四人の身体を容赦なく押し包んだ。
「……結局そうなるのかよ!」
ユウトは歯を食いしばりながら構えた。
以前、地下遺跡で対峙した時も、この男の魔力には圧倒された。
あまりにも大きな力を前にして、何をすればいいのかさえ分からなかったのだ。
だが、今は成体へ進化し、魔力を自在に操れるようになっている。
もちろん、目の前のゴルダンが依然として強大な存在であることに変わりはない。
それでも、あの時のように立ち尽くしているつもりはなかった。
「…………」
隣ではシエルが杖を握り直し、シアも武器を構えている。
リトは重心を低く落とし、いつでも踏み込めるように姿勢を整えていた。
三人とも、逃げる気など微塵もない。
ユウトはそんな仲間たちの姿を、一度だけ横目で確認した。
「……いくぞ、みんな」
「ええ」
シエルが短く頷く。
「了解っす!」
シアが勢いよく応じ、リトも力強く拳を握った。
「おう!」
その返事を聞き、ユウトは再びゴルダンを正面から見据えた。
聞きたいことは、むしろ増えてしまった。
魔王とは何者なのか。
この世界へ渡ってきたという言葉には、どんな意味があるのか。
そして、ゴルダンは一体どこから来たのか。
どれも簡単に聞き流せるような話ではない。
「全部聞かせてもらうぞ、ゴルダン!」
「……やってみろ」
ゴルダンが静かに構えた。
その立ち姿には一切の隙がなく、以前と変わらない圧倒的な強者の気配が漂っている。
だが、ユウトたちも以前のままではなかった。
ユウトは成体へ進化し、魔法という新たな戦い方を手に入れた。
シエル、シア、リトも、それぞれが自分に足りないものを見つめ直し、鍛錬を重ねてきた。
一度は圧倒された相手であることに変わりはない。
それでも今度は、自分たちの意思で戦うためにここまで来たのだ。
ゴルダンの放つ異質な魔力と、四人から漂う戦意が、岩山に囲まれた広大な窪地でぶつかり合う。
風が止み、砂埃がゆっくりと地面へ落ちていく中、誰もが目の前の相手から視線を逸らさない。
そして、決着をつけるための戦いが、今まさに始まろうとしていた。
第228話を読んでいただきありがとうございます!
ついに明かされた、謎の男の名――ゴルダン。
そして、その口から語られた気になる言葉。
「魔王様」「この世界へと渡ってきた」
果たしてゴルダンは何者なのか。
そして、一体どこからやって来たのでしょうか。
気になることは増えるばかりですが、まずは目の前の強敵との決着です!
一度は圧倒されたゴルダンを相手に、成長したユウトたちはどこまで戦えるのか。
次回、いよいよ再戦です!
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それでは、また次回お会いしましょう!




