第二百二十六話 再びの異変
新たな戦い方を身につけるため、修行を続けるユウト。
少しずつではありますが、その力は確実に形になり始めていました。
それでは、第226話をお楽しみください!
「そこ!」
ユウトが勢いよく地面を蹴った。
ドンッ、と足元の土が弾け、身体が一気に加速する。瞬く間にシエルとの距離を詰めると、その勢いを殺すことなく右拳を振り抜いた。
「……っ!」
しかし、当然それだけで当たるような相手ではない。
シエルは僅かに身体をずらし、頬のすぐ横を通り抜ける拳を冷静に見送った。
だが、ユウトもそれで終わるつもりはなかった。
「まだだ!」
空振りした右拳を無理に止めず、そのまま身体を低く沈める。
同時に、意識を足元の地面へ向けた。
成体へ進化したことで解放された魔力制御。今では身体を動かすのと同じような感覚で、必要な場所へ魔力を送り込むことができる。
「アースウォール!」
ゴゴゴゴッ――!
「っ!」
シエルの背後で地面が大きく盛り上がった。
土が押し上げられるように隆起し、瞬く間に分厚い壁を形作る。先ほどまで開けていた後方の空間が、一瞬にして塞がれてしまった。
(……よし!)
ユウトは身体を捻りながら左手を突き出した。
今度は手のひらへ魔力を集め、赤く燃え上がる炎を思い描く。
「ファイアボール!」
ボッ!
手のひらから放たれた炎の球が、真っ直ぐにシエルへ迫った。
前方からは炎の攻撃。後方にはせり上がった土壁があり、左右へ回避するにも十分な距離がない。
相手の退路を塞いでから攻撃を仕掛ける。
これまで魔法を使えなかったユウトにとっては、新しく覚えた戦い方だった。
(……これなら!)
だが、シエルは迫る炎を前にしても慌てなかった。
僅かに目を細めた次の瞬間、その姿がユウトの視界から消える。
「……っ!」
ユウトは反射的に顔を上げた。
「上か!」
「正解」
頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
見上げれば、シエルはすでに宙へ跳び上がっていた。後方への退路を塞がれた瞬間、上空へ逃れることを選んだらしい。
「くそっ!」
目標を失ったファイアボールが、そのまま土壁へ衝突した。
ドンッ!
小さな爆発とともに土煙が舞い上がり、焼け焦げた土の欠片が周囲へ飛び散る。
その上をシエルが軽やかに越えていった。
ユウトが慌てて振り返ろうとした時には、すでに彼女は背後へ着地していた。
「でも――」
「……あ」
首筋へ、すっと手刀が添えられる。
「まだ遅いわね」
「…………参りました」
ユウトは観念したように両手を上げた。
首元からシエルの手が離れるのを確認すると、大きく息を吐く。
「……やっぱ強ぇな」
魔法によって退路を塞ぎ、そこへ攻撃を重ねるところまでは上手くいった。
しかし、シエルはそれさえも簡単に回避してしまったのだ。
戦闘経験の差なのか、それとも単純な技量の問題なのか。おそらく、その両方なのだろう。
「昨日よりは良かったわ」
「……おっ!」
思いがけない言葉に、ユウトの表情が明るくなる。
「少なくとも、ただ魔法を撃っていた時よりはね」
「……それ、褒めてる?」
「褒めてるわよ」
シエルは僅かに笑った。
「もう少し嬉しそうに言ってくれてもいいと思うんだけどな……」
「調子に乗るでしょう?」
「……否定できねぇ」
あっさり言い返され、ユウトは苦笑した。
そんなやり取りをしながらも、視線は自然と自分が作り出した土壁へ向かう。
分厚い壁の表面には、先ほどのファイアボールによって焼け焦げた跡が残っていた。
(……悪くないな)
今までの自分は、拳や爪、持ち前の身体能力を活かした近接戦闘が中心だった。
そこへ魔法という選択肢が加わったことで、ただ直接攻撃を仕掛けるだけではなく、地形を利用した戦い方までできるようになった。
相手の退路を塞ぎ、動きを誘導することで、こちらが狙った場所へ追い込む。
もちろん、シエルほどの相手には簡単に通用しない。
それでも、単純に攻撃魔法を放っていた時と比べれば、戦い方の幅は確実に広がっていた。
(……少しずつ掴めてきたな)
ユウトは静かに拳を握った。
まだシエルには届かないし、地下遺跡で出会った黒翼の男との実力差も、簡単に埋められるようなものではないだろう。
それでも、あの時とは違う。
何をされているのかさえ分からず、ただ圧倒されるしかなかった頃から、少しずつ前へ進んでいる。
そんな手応えを感じていた、その時だった。
「ユウト殿!」
「……ん?」
突然、訓練場の入口から大きな声が響いた。
ユウトとシエルが同時に振り返ると、一人の兵士がこちらへ駆け込んでくるところだった。
「はぁ……はぁ……!」
かなり急いできたらしく、兵士は肩で息をしながら二人の前で足を止めた。
その表情には、明らかな焦りが浮かんでいる。
「どうした?」
ユウトが眉をひそめる。
兵士は息を整える間も惜しいといった様子で、声を絞り出した。
「陛下が……!」
「……皇帝が?」
その一言で、ユウトの表情が変わった。
兵士は大きく頷くと、さらに言葉を続ける。
「突然……以前と同じような症状が……!」
「――っ!」
ユウトとシエルは思わず顔を見合わせた。
皇帝を蝕んでいた、あの黒い靄。
意識を取り戻してからは落ち着いていたはずだが、もし再び同じことが起きているのなら、悠長にしている暇はない。
「行くぞ!」
「ええ!」
二人はすぐさま訓練を切り上げ、王城へ向かって駆け出した。
◇
「陛下!」
ユウトは皇帝の寝室へ辿り着くと、勢いよく扉を開けた。
広い室内には、寝台の上で上半身を起こしている皇帝の姿があった。
意識はある。
以前のように別人めいた眼差しを向けてくるわけでもなく、ユウトの姿を認めると、ゆっくりと顔を上げた。
「……ユウト殿」
「大丈夫ですか?」
「ああ……今のところはな」
受け答えはしっかりしていた。
しかし、その額にはびっしりと汗が滲んでおり、顔色も決して良いとは言えない。
皇帝は胸元へ手を当てながら、苦しそうに息を吐いた。
「突然……身体の中を何かが這い回るような感覚がしてな……」
「身体の中を……?」
ユウトは怪訝そうに眉を寄せた。
目に見える異変はないが、皇帝の様子からして、単なる体調不良とは思えない。
その原因を確かめようと寝台へ近付いた瞬間、頭の中に補佐機構の声が響いた。
《警告》
「……っ!」
《魔力反応を検知》
《解析済み未知魔力との照合を開始》
(……まさか)
ユウトの表情が険しくなる。
以前、皇帝を覆っていた異質な魔力。地下遺跡でも検知され、補佐機構が解析を進めていた、あの正体不明の力。
嫌な予感が胸を過った直後、新たな通知が表示された。
《照合完了》
《同一魔力であることを確認》
「……やっぱり!」
「ユウト?」
シエルが怪訝そうに顔を向ける。
「前と同じだ」
「……え?」
「あいつの魔力だ」
ユウトは皇帝を見つめたまま続けた。
「皇帝を操ってた……あの男の魔力が、また出てる」
「……!」
その言葉に、シエルの表情も引き締まった。
彼女はすぐに室内を見渡し、魔力の気配を探るように意識を集中させる。
「……でも、ここにはいないわ」
「ああ」
ユウトも静かに頷いた。
部屋の中に、あの黒翼の男の姿はない。
少なくとも、近くに潜んでいるような気配も感じられなかった。
しかし、成体へ進化した今のユウトには、以前とは違うものが感じ取れていた。
「……いや、違うな」
「何が?」
「この魔力だよ」
ユウトは目を細め、皇帝の身体へ意識を向けた。
以前は、皇帝を覆う異質な力が存在していることしか分からなかった。
だが、今は魔力そのものを扱えるようになり、未知魔力の解析も完了している。
そのため、以前には感じ取れなかった細かな流れが、僅かながら見えてきていた。
「……繋がってる」
「繋がってる?」
「ああ。この魔力、皇帝の中から出てるんじゃない」
ユウトはゆっくりと手を伸ばし、さらに意識を集中させた。
自分の魔力とも、皇帝が本来持っている魔力とも違う異質な流れ。
それが、細い糸のようにどこかから伸び、皇帝の身体の内側へ入り込んでいるように感じられた。
「どこか別の場所から……魔力を送り込んでる」
「そんなことが……」
シエルが驚いたように目を見開いた。
ユウトにも、その詳しい仕組みまでは分からない。
だが、少なくとも外部から何らかの干渉が行われている可能性は高かった。
「……補佐機構」
《はい、マスター》
「この魔力……どこから来てる?」
《解析を開始します》
ユウトは視界に浮かぶ文字を見つめたまま、返答を待った。
実際にはほんの数秒だったのだろうが、今のユウトにはその時間が妙に長く感じられた。
やがて、補佐機構が新たな情報を表示する。
《外部からの魔力干渉を確認》
「……やっぱり」
《干渉経路を解析します》
《…………》
《解析完了》
《追跡可能》
「…………!」
ユウトの目が大きく見開かれた。
「……追えるのか?」
《肯定》
その返答を聞いた瞬間、ユウトは思わず拳を握り締めた。
以前は、皇帝に何が起きているのかさえ分からなかった。
目の前で異変が起きていても、自分には何もできず、シエルの魔法で一時的に眠らせることしかできなかったのだ。
しかし、今は違う。
魔力の正体を照合することができ、外部からの干渉であることも確認できた。
さらに、その経路を追跡することまで可能だという。
(……だったら!)
ユウトが次の指示を出そうとした、その時だった。
「……待って」
シエルの声に、ユウトは振り返った。
「場所を追うのはその後よ」
シエルは寝台の上で苦しそうにしている皇帝へ視線を向ける。
「まず、陛下への干渉を止めないと」
「…………あ」
ユウトはそこでようやく我に返った。
「……そうだな」
敵の居場所を追えるかもしれないと分かったことで、肝心なことを忘れかけていた。
今は何よりも、皇帝の身を守ることが先決だ。
「補佐機構」
《はい、マスター》
「外からの干渉……切れるか?」
《可能です》
「……よし!」
《解析済み魔力への介入を開始します》
ユウトは皇帝へ向き直った。
「陛下。少しだけ我慢してください」
「ああ……任せる」
皇帝の言葉に頷くと、ユウトはその身体へ静かに手をかざした。
そして、自分の魔力をゆっくりと流し込んでいく。
以前の自分には、到底できなかったことだった。
魔力を感じ取ることはできても、それを思い通りに操作することはできなかった。
だが、成体へ進化した今なら、僅かな魔力の流れまで繊細に扱うことができる。
(……焦るな)
ユウトは慎重に意識を集中させた。
皇帝の身体へ入り込む自分の魔力と、そこに存在する本来の魔力。
そして、そのどちらとも違う異質なもの。
三つの流れを混同しないように注意しながら、異物の正体を探っていく。
「……いた」
やがて、ユウトの意識が一本の細い魔力へ触れた。
(……これか)
外部から伸びてきたその魔力は、まるで細い糸のように皇帝の身体へ入り込み、奥深くへ絡みついている。
力そのものは決して大きくない。
しかし、その存在は明らかに異質だった。
「……気持ち悪いな」
ユウトは眉をひそめながら、自分の魔力をその糸へ慎重に絡ませていく。
ここで強引に引き抜けば、皇帝の身体へ何らかの影響が出るかもしれない。
そう考え、魔力の流れを乱さないように気を配りながら、少しずつ接続部分を探っていった。
(……どこだ?)
一本の細い糸を辿るように、意識を集中させる。
外から伸びてきた魔力が、皇帝の身体へ入り込んでいる場所。
その接続部分を慎重に確かめていくと、やがて一つの点へ辿り着いた。
「……見つけた」
ユウトは小さく息を吐いた。
魔力の糸の根元。
外と内を繋いでいる、その一点。
「……ここだ」
ユウトは自分の魔力を集中させ、接続部分へ僅かに力を込めた。
プツン――。
「……っ!」
その瞬間、皇帝の身体が大きく震えた。
「陛下!」
シエルが咄嗟に身構える。
だが、皇帝は苦しそうに顔を歪めた直後、ゆっくりと大きな息を吐いた。
「…………はぁ……」
強張っていた肩から力が抜け、寝台へ身体を預ける。
「……消えた」
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
皇帝は胸元へ手を当てながら、何度か呼吸を繰り返した。
「先ほどまであった……あの不快な感覚が……なくなった」
「……よかった」
ユウトはようやく安堵の息を吐いた。
どうやら、外部からの魔力干渉を断ち切ることには成功したらしい。
以前の自分には何もできなかった。
それが今は、自分の手で皇帝への干渉を止めることができたのだ。
(……成体になってなかったら、無理だったかもな)
ユウトは改めて、自分の中に起きた変化の大きさを実感していた。
しかし、その表情はすぐに引き締まる。
これで終わりではない。
皇帝への干渉を止めることができても、それを行っていた相手が何者なのか、まだ明らかになっていないのだから。
「……補佐機構」
《はい、マスター》
「干渉してきた場所は?」
その問いに応じ、ユウトの目の前へ新たな情報が表示された。
「…………」
ユウトは黙って、その内容を見つめた。
そして、ゆっくりと拳を握り締める。
「……見つけた」
「ユウト?」
シエルが不思議そうに顔を向ける。
だが、ユウトはすぐには答えなかった。
脳裏に浮かんでいたのは、地下遺跡で出会った黒翼の男だった。
圧倒的な実力差を見せつけられ、何もできないまま立ち去られてしまった相手。
その男へ繋がるかもしれない手掛かりが、今、目の前に示されている。
もちろん、追跡した先に何が待ち受けているのかは分からない。
だが、少なくとも、以前のようにただ立ち尽くしているだけではない。
自分から動くための手段を手に入れたのだ。
「……今度こそ」
ユウトは静かに顔を上げた。
訓練場で何度も思い浮かべていた、あの男との再会。
次に相対する時は、同じように何もできずに終わるつもりはない。
その時が、思っていたよりも早く訪れようとしていた。
「……決着をつける」
第226話を読んでいただきありがとうございます!
修行を続ける中、再び皇帝に現れた異変。
しかし、以前とは違います。
未知の魔力を解析し、魔力を扱えるようになった今のユウトだからこそ、その干渉を断ち切り、ついに相手の居場所まで辿ることができました。
一度は圧倒的な力の差を見せつけられた相手。
成体へと進化し、新たな力を手にしたユウトたちは、今度こそ決着をつけることができるのでしょうか。
次回もぜひお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!




