第二百二十五話 新たな戦い方
成体となり、魔法という新たな力を手にしたユウト。
しかし、使えることと戦えることは別の話です。
それでは、第225話をお楽しみください!
「いくぞ、シエル!」
「いつでもどうぞ」
訓練場の中央で、ユウトとシエルが少し距離を空けて向かい合っていた。
成体へと進化してから数日。これまでとは違い、自分の意思で魔力を感じ取り、動かし、思い描いた形へ変えられるようになったユウトは、引き続きシエルから魔法の基礎を教わっていた。
火、水、風、土。
基本的な属性であれば、今ではある程度形にすることができる。
もちろん、シエルのように複雑な魔法を自在に操れるわけではない。それでも、以前は小さな炎すら作れなかったことを考えれば、驚くほどの成長だった。
だが、魔法を発動できることと、それを実際の戦いで使いこなせることは、まったく別の話だった。
「じゃあ、まずは――」
ユウトは右手を前へ突き出し、手のひらへ意識を集中させた。
思い描くのは、赤く燃え上がる炎。その熱と揺らめく姿を鮮明に想像しながら、集めた魔力を一つの球体へと形作っていく。
以前なら炎を出すだけでも一苦労だったが、今は魔力が自分の意思に従ってくれる。
「ファイアボール!」
ボッ。
突き出した手のひらの前に炎が集まり、瞬く間に一つの球体を形作った。
「おし!」
ユウトはそのまま、シエル目掛けて炎の球を放った。
赤い軌跡を描きながら、ファイアボールが真っ直ぐに空気を裂いていく。
しかし、シエルの表情に焦りはなかった。
「……遅いわ」
「うおっ!?」
シエルは僅かに身体をずらしただけだった。
特別な魔法を使うこともなく、ただ半歩ほど位置を変えただけで、ファイアボールは彼女の横を通り抜けてしまった。
ドンッ!
そのまま後方の地面へ着弾し、土を巻き上げながら小さな爆発を起こす。
「……おお」
ユウトは思わず感心した。
威力は悪くない。少なくとも、数日前まで苦労していた小さな炎とは比べものにならないほどだ。
「威力は悪くないわ」
「だろ?」
「当たればね」
「そこは褒めて終わろうぜ!」
ユウトが苦笑しながら構え直すと、シエルは涼しい顔で肩をすくめた。
確かに、止まっている標的へ魔法を放つことと、実際に動く相手を狙うことでは勝手が違う。
魔力を集めて形を作り、相手の位置を確認して狙いを定める。その一連の動作を行っている間にも、相手は自由に動き続けているのだ。
(……戦いながらってなると、思った以上に難しいな)
しかも、今回の相手はシエルである。
魔法の扱いに関しては、まだまだ彼女の足元にも及ばない。単純に魔法を撃ち合ったところで、まともに相手をしてもらえるかどうかすら怪しかった。
「……ユウト」
「ん?」
シエルが少しだけ構えを解いた。
「別に、魔法だけで戦おうとしなくていいのよ」
「……え?」
「魔法を使えるようになったからといって、あなたが魔法使いになる必要はないわ」
思いがけない言葉に、ユウトは首を傾げた。
すると、シエルは穏やかな表情で続ける。
「あなたには、今まで培ってきた戦い方があるでしょう?」
「……今までの?」
「ええ。それを忘れる必要はないと思うわ」
ユウトは少し考え込んだ。
これまでの自分は魔法が使えなかった。
だからこそ、爪や牙、拳、蹴りといった肉体そのものを武器にし、持ち前の身体能力を活かして戦ってきた。
以前は尻尾も使っていたが、完全人化によって今の姿からは消えている。
ともかく、相手の懐へ一気に飛び込み、近距離から強烈な一撃を叩き込む。それが、これまでユウトの得意としてきた戦い方だった。
(……そっか)
ユウトは小さく息を吐いた。
魔法を覚えたからといって、今まで積み上げてきたものを捨てる必要などないのだ。
自分の戦い方を無理に変えるのではなく、そこへ新しい選択肢を一つ加えればいい。
「……なるほどな」
ユウトの表情が変わった。
「じゃあ――」
ゆっくりと腰を落とし、地面を踏み締める。
「これならどうだ!」
ドンッ!
次の瞬間、ユウトは地面を蹴っていた。
成体への進化によって向上した身体能力を活かし、一瞬でシエルとの距離を詰める。
「速――」
シエルの表情が僅かに変わった。
目の前に迫るユウトの右拳。
シエルはそれを受け流そうと腕を上げたが、その瞬間、ユウトの左手に赤い炎が灯った。
ボッ。
「っ!」
咄嗟に危険を察知したシエルが、後方へ跳ぶ。
だが、ユウトもそれを見逃さなかった。
「逃がすか!」
追撃のために踏み込む――かと思われたが、ユウトはその場に留まり、代わりに炎を宿した左手を前へ突き出した。
「ファイアボール!」
放たれた炎の球が、着地したばかりのシエルへ一直線に迫る。
まだ体勢を整え切っていない相手を狙った、近接攻撃からの魔法による追撃だった。
「……なるほどね」
シエルが僅かに笑った。
「……え?」
その直後、ユウトの目の前からシエルの姿が消えた。
「……は?」
炎の球は何もない空間を通り抜け、そのまま後方へ飛んでいく。
確かに、つい先ほどまでそこにいたはずだった。
それなのに、今は気配すら感じられない。
「でも、まだ甘い」
「っ!?」
声が聞こえたのは、背後だった。
ユウトが慌てて振り返ると、そこには何事もなかったかのように立つシエルの姿があった。
「……やっぱ速ぇな」
思わず苦笑する。
近接戦闘から魔法へ繋げるという考え方自体は間違っていなかったはずだ。
だが、それだけでシエルを捉えられるほど、戦いは甘くないらしい。
「さすが瞬――」
「それ以上言ったら斬るわよ」
「…………」
ユウトの言葉が止まった。
シエルは静かにこちらを見つめている。
口元には僅かな笑みが浮かんでいたが、目はまったく笑っていなかった。
「……シエル先生、顔怖いですよ……ハハ」
「誰のせいかしら?」
「……すみません」
ユウトは素直に頭を下げた。
どうやら、これ以上余計なことを言えば、本当に斬られかねない雰囲気だった。
しかし、そんなやり取りをしながらも、ユウトの胸には確かな手応えが残っていた。
(……今の、悪くなかったよな)
もちろん、攻撃は当たらなかった。
それでも、最初にファイアボールを放った時とは明らかに違っていた。
ただ魔法を撃つことだけを考えていた時よりも、ずっと自然に身体が動いていたのだ。
相手との距離を詰めて拳を放ち、その動きに合わせて炎を生み出す。さらに、相手が回避したところへ魔法を撃ち込むこともできた。
(……これだ)
ユウトは静かに拳を握った。
今までの戦い方を捨てる必要はない。
拳や爪、持ち前の身体能力を活かした近距離戦闘。
そこへ魔法を組み合わせれば、遠距離からの攻撃や牽制、不意を突く一撃まで選択肢が広がる。
これまで自分にはできなかった戦い方が、今ならできるのだ。
(……それが、俺の戦い方だ)
無理に魔法使いになる必要はない。
終焉竜として、そしてユウトとして、自分にできることをすべて使えばいい。
「……よし!」
ユウトは気合いを入れ直し、再び構えを取った。
◇
少し離れた場所では、シアとリトもそれぞれの訓練を続けていた。
シアは何度も武器を振りながら身体の使い方を確認し、リトも黙々と鍛錬に励んでいる。
先日、三人には【竜王の恩寵】が付与された。
だが、それによって急に力が倍になったわけでも、新しい技を覚えたわけでもない。
恩寵は、あくまでも成長の限界を超える可能性を与えるものだ。
だからこそ、今まで以上に自分自身の力を磨き、鍛錬を積み重ねている。
いつか、その限界の先へ進むために。
「……もう一回頼む!」
ユウトが声を上げると、シエルは静かに頷いた。
「ええ」
再び向かい合う二人。
シエルが構えを取り、ユウトも腰を落として呼吸を整えた。
そんな中、ふと脳裏に浮かんだのは、地下遺跡で出会った黒翼の男の姿だった。
あの時、ユウトたちは圧倒的な実力差を見せつけられた。
リトの攻撃は通じず、男は最後まで余裕を崩さなかった。こちらがどれほど警戒しても、その実力の底を知ることすらできなかったのだ。
あの男との間には、今も大きな隔たりがある。
成体へ進化したからといって、その差が簡単に埋まるとは思っていない。
それでも、あの時とは違う。
終焉竜として新たな段階へ進化し、今まで扱えなかった魔力を自在に操れるようになった。
完全人化や竜化という新たな能力に加え、仲間たちの成長へ繋がる権能まで手に入れている。
もちろん、まだまだ足りないものは多い。
それでも、少なくとも以前よりは確実に前へ進んでいる。
(……次に会った時は)
ユウトは目の前のシエルへ意識を戻した。
まずは今の自分にできることを増やす。
魔法も、近接戦闘も、持てる力をすべて使えるようになることが先決だった。
「今度こそ当ててやる!」
ユウトは力強く地面を蹴った。
先ほどよりも速く、そして迷いなくシエルへ向かって駆け出す。
次にあの男と相対した時、同じように何もできずに終わるつもりはなかった。
第225話を読んでいただきありがとうございます!
魔法を使えるようになったからといって、これまでの戦い方を捨てる必要はありません。
今まで培ってきた力に、新たな選択肢として魔法を加える。
ユウトも少しずつ、自分なりの戦い方を掴み始めました。
果たして次にあの男と対峙した時、どこまで通用するのでしょうか。
次回もぜひお楽しみください!
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それでは、また次回お会いしましょう!




