第9話 消えた来賓録の一頁
春宴へ向かう前に、北辺迎賓館の帳面を一冊でも多く固めたかった。
私は古い来賓録を年ごとに並べ、欠けた頁を洗い出した。すると去年の冬季外交晩餐だけ、ちょうど七番控室を使った日から一頁丸ごと抜けている。
「裂き方が綺麗すぎる」
私は綴じ穴を指先でなぞった。素人なら紙をちぎる。これは糸を解き、頁だけ抜き、また綴じ直している。王都で席次帳が改ざんされた時と同じ手口だ。
「抜かれた頁に何があった」
「人数です。だれが何卓へ座ったか、その差が書いてあったはず」
幸い、迎賓館には別系統の記録が残っていた。馬車到着簿、外套預かり札、寝具交換札。私はそれを時間順へ並べ、抜けた一頁を逆算していく。
到着馬車は五台。正式客は九名。しかし外套預かり札は十一枚、寝具交換札は十枚。二人分だけ、名前のない客がいる。
「しかも一人は女性」
外套札の留め針跡が、細い肩掛け用の位置だった。
「王都から来た女」
私は抜けた頁の見出し位置を紙へ写し、仮の席表を再現した。七番控室から入るなら、気付かれず卓へ座れるのは二番卓の端席だけ。そこは王都でいう『同伴客仮席』に近い扱いだ。
「本来なら名を残す必要のない席……」
「でも酒量も寝具も残る」とグレタが腕を組む。
「ええ。席が消えても、人の重さまでは消えない」
そこへハインツが古い保管箱を抱えて走ってきた。中には壊れた席札台が入っている。そのひとつの裏へ、薄く鉛筆で記号が書かれていた。
《R・九八》
春宴の招待状裏番号と同じだ。
「繋がった」
北辺迎賓館で使われた仮席番号が、王都春宴の席札番号へ流れている。つまり北辺の『見えない客』は、王都の春宴でも席を買っている。
私は欠けた一頁の代わりに、真っ白な紙を綴じ込んだ。
「そこへ何を書くんだ」
「これから埋めます」
消された来賓録の一頁は戻らない。でも、消した人間の癖までは消せない。春宴へ行けば、同じ番号が必ずまた卓へ現れる。




