第6話 無口な北辺侯の朝の席表
次の朝、執務机の上に新しい席表が置かれていた。
薄青の紙へ、端正すぎるほど整った字で今日の宿泊客候補が並んでいる。最後の欄には小さく、『朝食は温かいうちに』とだけ添え書きがあった。
「侯が置いていきましたよ」
ハインツがにやにやしながら教える。私は席表を裏返し、わざと平然を装った。
「業務連絡でしょう」
「侯が業務以外の字を書くところ、見たことありません」
言い返しに困ったので、私は素直に朝食室へ向かった。そこではヨナスが無言で席を一つ引いて待っていた。上座ではなく、帳面が広げやすい窓際の席だった。
「座っていい」
「私の席ですか」
「今朝は」
たったそれだけだが、不思議と胸がほどけた。王都では、だれも私に『座る場所』を用意してくれなかったからだ。
朝食を取りながら、私は届いた席表へ昨日の調査結果を書き込んでいく。偽札の日付、欠番、空白の着席欄。ヨナスは口数少なくそれを聞き、必要なところだけ尋ねた。
「断絶分家の紋章を、なぜ義妹が」
「席次の優先順位を偽るためです。血筋の強い家紋を使えば、上席へ滑り込みやすい」
「それで王都は納得するのか」
「納得ではなく、見て見ぬふりです。見栄えが良い方を前に出したい人が多いので」
彼は苦い顔ひとつせず、ただパンを切った。
「北辺では通らない」
「いい領地ですね」
思わず零すと、彼の手が一瞬止まる。
「まだ何も直っていない」
「でも、直すつもりの人がいるでしょう」
食後、彼は鍵貸出簿を持ってきた。去年の冬から、夜半だけ鍵番号七の貸出欄が別筆で追記されている。七番は大広間裏の小控室。貴賓席へ直接つながる部屋だ。
「席に載せない客を、そこから卓へ入れたのね」
「誰が鍵を開けた」
「まだ特定はできません。でも、席表を知っている人間です」
私は朝の席表へ、新しく七番控室の列を付け足した。
「これからは全部、私の表へ載せます」
「足りない席は」
「作ります」
ヨナスはそれ以上何も言わなかった。ただ私の前に温かい茶を置く。無口な北辺侯の朝の席表は、思っていたよりずっと優しかった。




