第3話 北辺侯からの来賓録
雪峡の関門迎賓館は、王都の大広間よりずっと寒く、ずっと正直だった。
石造りの外壁は白く凍り、玄関ホールには来客より風が先に入る。私は膝の上の木箱を抱えたまま馬車を降りた。中には原本の席次帳、家紋席札の見本、そして王都で拾った偽物の金雀紋札。
「アニカ・リーベル殿」
迎えた男は黒い外套に銀糸の少ない留め具だけを付けた、飾り気のない人だった。北辺侯ヨナス・ノルトフェルト。三十八歳。王都の貴族たちにありがちな愛想の飾りが一枚もない。
「お使いの方ではなく、ご本人が」
「招いたのは私だ」
短い返答のあと、彼は私の箱を見た。
「帳面を持って来たなら話が早い」
案内された執務室には、厚い来賓録が山になっていた。だが綴じ紐だけが妙に新しい。私は一冊開き、すぐに眉をひそめた。到着日時は整っているのに、部屋割り欄の筆跡が全部同じだ。しかも料理注文欄だけ空欄が多すぎる。
「これは後から清書されています」
「そう見えるか」
「本来、宿泊係と配膳係の筆跡は分かれるはずです」
ヨナスは別の帳面を差し出した。厨房搬入名簿。肉、粉、葡萄酒。数量は多いのに、来賓録の宿泊人数は少ない。
「迎賓館は赤字だ」と彼は言った。「空席だらけなのに、食材だけ減る」
「空席ではなく、記録から消されている席があるのかもしれません」
私は次の頁へ指を滑らせた。そこには王都祝宴局のものとよく似た朱印が押された招待札控えが挟まっている。けれど蝋の縁が甘く、印面の鳥の尾が一本多い。偽物だ。
「この印章、どこから」
「昨冬の大使歓待から混ざり始めた」
「王都とつながっています」
ヨナスは否定しなかった。机の端には関門通行記録まで積まれている。迎賓館の問題ではない。席と記録を使って誰かが出入りを隠している。
「私を呼んだ理由は?」
「王都祝宴局で席を消された人間なら、消し方を見抜けると思った」
ずいぶん嫌な買い被り方だ。だが間違ってはいない。
執務室を出ると、大広間の中央卓が布を被ったまま置かれていた。二十席はあるのに、椅子が十六脚しか並んでいない。四脚はわざと外された配置だ。
「なぜ減らしているんですか」
「来客が少ないから、と前任者は言っていた」
「違います」
私は椅子跡を見た。床の擦れ方が新しい。
「誰かが、座った痕だけ消している」
北辺の大広間は寒いはずなのに、その時だけ妙に血が巡った。ここには、まだ数え直すべき席が残っている。




