第11話 王宮祝宴局の裏名簿
春宴出発の前夜、一通の匿名便が届いた。
差出人名はない。だが包み方は、かつて祝宴局で書庫整理をしていた老女官ミナの癖にそっくりだった。紐をほどくと、中から薄い帳面が出てくる。表紙には何も書かれていない。
開いて、私は息を止めた。
王宮祝宴局の裏名簿だ。正式席次帳へ載せる前に、非公式な希望席や便宜席を書き込む下帳。存在自体は知っていたが、触れられるのは補佐以上だけだった。
「ゲルハルト……」
見覚えのある筆跡が並ぶ。商会名、支払額、席番号、同伴者数。そこに《R・九八》も《R・百二》もある。しかも備考欄へ『分家嫡流扱い』とまで書かれていた。
リディアの嘘が、個人の見栄ではなく、祝宴局ぐるみの商売になっている。
私は帳面の写しを二部作った。一部はヨナスへ、一部は肌身離さず持つ。
「これで終わりですね」とハインツが興奮気味に言う。
「いいえ。帳面だけではまだ足りない」
「なぜ」
「裏名簿は作れます。けれど席へ実際に座った証拠と、だれが通したかの証拠が要る」
そこで必要になるのが、厨房搬入口名簿、七番控室の鍵貸出簿、そして春宴当日の来賓録だ。
私は出発準備を整えながら、ふと書庫箱の底へ挟まった紙片に気づいた。女官ミナのものらしい短い走り書きだ。
『銀百合紋の娘は、王妃列ではなく裏階段を使う』
裏階段。王族に準ずる席を名乗るなら使わない導線だ。つまりリディアは、表では嫡流を装いながら、実際には非公式客と同じ裏導線で入っている。
「導線まで嘘なのね」
出立の朝、ヨナスは私の荷へ無言で新しい革表紙を一冊加えた。
「何ですか、これ」
「君が春宴で書く帳面だ」
「私の?」
「消された頁の代わりにするんだろう」
私はその表紙を撫でた。深い紺色で、装飾は少ない。けれど紙質は良く、長く残せる帳面だ。
「ありがとうございます」
「戻ったら、それをうちの正式来賓録にする」
戻る場所を先に言われると、どうしてこんなに心強いのだろう。私は帳面を胸へ抱え、春宴へ向かう馬車へ乗り込んだ。




