Lethe(忘却の川)
レテ
私の自尊心が、あの子を殺す。
人は、2度死ぬという。
1度目は、自らが死んだとき。
2度目は、自らが忘れられたとき。
忘れるという字は、心を亡くすと書く。
人は自らが忘れて、他人に忘れられて死ぬ。
レテ川という川がある。
その水を飲めば、すべてを忘れるという忘却の川は、異国の神話における黄泉の川である。
思いがけない再会を、まるで幽霊に行き遇ったようだと表現することがある。
その人は、中学3年のときのクラスメイトだった。私が高校3年の時に偶然再会した。
高西大知は、高校3年のときのクラスメイトだった。その兄である高西順也と、高校を卒業して3年目に出会った。
高西順也にとって、私との出会いは3年越しの「再会」だった。
幽霊は、誰なのだろう。
取扱説明書に真面目に目を通してみる。
「ふまない」。「のみこまない」。「プラグにさしこまない」。
最後の注意書きが結構怖い。
「『対象年齢5才以上』って書いてあるんだけど」
「上村さんなら余裕だ」
問題皆無とばかりに高西順也は大きく頷く。確かに21歳だがな。
「……製造年、今年なんだけど。ずっと渡そうと思ってたとかなんとか言ってなかった?」
「そう思ってて、買ったのはさっき」
「どこで売ってるの、これ?」
「映画館のロビー」
そういえばロビーでひなびた機械を目にした覚えがある。
SFにおける未来の服装は布やら鎧やら昔のものに則ると、古びないという。知恵の輪が競争が激しいカプセル市場で淘汰されなかったのは、潔いまでに古式ゆかしいからかもしれない。
容器とカプセルは高西順也に預けて、鈍く光る銀色の輪の切れ目を探してみる。
手の中で絡み合う曲線を目で追いながら、そういえば、と呼びかける。
「フランス料理って脾臓食べるの?」
「食べるけど、なに?」
「いやほら、脾臓ってなかなかマイナーな臓器だから、なんで知ってるのかなと思ってね。フォン・ド・ヴォーとかワインとか出てきたから、もしかしてその関連かと思っただけ」
「胸腺の料理もある」
「おお、すごいなフレンチ。高西順也って給仕じゃなくて料理する方?」
「そう」
「そっか。あれ、今日って日曜だけど休みなの?」
「朝に仕込みしてきた」
「お疲れ様。あ、できた。ねえ高西順也、褒めて褒めて」
「さすが上村さん」
「もうちょっと感情を込めたらどうかな」
「ごめん」
「うん」
そろりと差し出された謝罪を気付かないふりをして受け取る。
上村さん、上村、晴名ちゃん、晴名、あんた、お前、君。
どう呼ばれていたのか。どんな口調だったのか。忘れることにした。
それを飲めばすべてを忘れるというレテ川の水は、たとえばむせるほど甘く、雪解け水のように冷たいのかもしれない。
人は自らが忘れて、他人に忘れられて死ぬというのなら、望むところだ。生きながらにして留めを刺せる。心など、亡くしてしまえばいい。
殺したはずたった。
女王様、どうなさったのです。まるで幽霊でもご覧になったような。
殺したはずだったの。抉り出した心臓をこの目で見たわ。それなのに、なぜ白雪姫は生きている?
女王様、かの猟師が献上した心臓は、森の獣のものでございます。
そう、幽霊じゃなかったのね。あの子の居場所はわかっている。私がこの手で止めを——
おやめなさい、女王様。ご存知でしょう。あなた様は、もう若くない。
あら鏡さん、レディに無礼よ。でもそうねえ、若くないと言われてほっとする齢になったみたいだわ。
確かに葬ったはずだった。けれど、無声映画の一場面のように、他人の記憶の片隅に生きているその頃の私が、案外と幸せそうで安心する。
忘れようとして叶わず封じ込めた記憶は、久しぶりに紐解いてみれば流れた時間に希釈されていた。
一緒にいるだけで幸せだよ、と。その先を求めない思いは何だったのだろう。
一緒にいられなくてもそれなりに幸せかもね、と。口の端に皮肉を浮かべて終わらせられる思いだったのか。
今となっては、もうわからない。
許せないのが恋ならば、私の定義はそれを恋から弾く。
高西順也の記憶の中に息づく自分に、問いかけは届かない。
だから、私は高西大知の言葉を記憶しているのかもしれない。
——夫も髪を売ればもっと早く解決する。
良い人だなあ、としみじみ思って、心がぽかぽかした。受験勉強も山場を迎えてそうそう暇もなくなり、ちょうどよく摘む草も手近になくなる、高校3年の冬だった。
「あ、ねえ高西順也、外したの今嵌め直した。今度こそ存分に褒めてくれていいよ」
「上村さんは天才だ」
「やっぱりなんか腹立つんだけど」
「うん、ごめん」
許さないよ、と笑って告げる。
バッグからレモネードを取り出すと、儀式のように軽く振って、くぴりと飲む。
レモネード・ラディカルは、誇らかに宣言する。
レモネードはレモン汁と砂糖と水の混合物にすぎない。
しかし、レモン汁と砂糖と水の混合物以外をレモネードとは呼ばない。
私が先ほど自動販売機で買った「レモネード」は、果汁1%と表示されている、過激派から白い目で見られそうな一品だ。それにいちいち目くじらを立てる気も起こらないほど、あの時代は遠くなった。
甘い飲み物が好きなその人は、レモネードを飲みに来てと誘えば文化祭に来ただろうか。偶然に頼らず、会いたいときに会いたいと言える関係になっただろうか。中学単位で集まる成人式でなら、ほかの思い出に紛れさせてあの頃のこと語れただろうか。
それも、わかりようがないけれど。
人は変わっていく。世慣れて汚れて、それでも夢を見る。
運命の相手なんて、と苦笑とともに退けて、しかしいるわけがないと語尾を濁さず言い捨ててしまうほどには諦めきれない。
あなたに会うために生まれてきたの。その甘美な響きに陶然とし、その傲慢な含意に慄然とする。
たぶん私は、たったひとりのためには生きられない。
それよりは、もっといいかげんに。うっかり出会って、行き当たりばったりに恋に落ちる。
バッグの中で震える感触に、あ、と思い出す。
「これから叔父とお歳暮の品物見にいく約束してたんだった。じゃあね、えーっと、良いクリスマスを」
その日仕事なんだけど、と言う高西順也に、私もだよ、と返す。
「お嬢さん、忘れ物」
ぽいと放られた球を反射的に受け取る。
「知恵の輪はちゃんと持ってるけど」
コートのポケットを叩く。
「取扱説明書等在中」
知恵の輪の取扱方法くらいわかるわ、21歳社会人を舐めるな、と言い募ろうとして気付く。
「高西順也、いつから見てたの?」
水元彩乃を追いかけて、私は走りにくい恰好なりに全力で走った。あの場にいる人間がすべてを振り切って追い掛けないと届かないほどに。苦境に陥った弟も、もちろん放り出して。
「上村さん、鋭い」
高西正希に少し同情しつつ、せめて高西大知は良い兄ちゃんだといいなと思う。
私にとっての「良い人」はタンポポの花と似ている。変わらずそこにいてくれて少し嬉しくなる。けれど私は、タンポポの花を道を逸れて摘みに行こうとか、近くで見たいとまでは思わない。視界の端に入るだけで、なんとなく満足なのだから。
手折るのは、綿毛だ。ほかの誰かに散らされる前に、手に入れたいと欲する。それがタンポポではなく棘をもつアザミであっても、私はきっと手を伸ばす。
「そこは無駄に褒めなくていいから。ああもう、電話切れた。あとなんだっけ、高西正希に私は21だって訂正しといて。よしじゃあ残りは、追って沙汰あるものと覚悟致せ」
ぐいっと、力の限り球形の遊具を引けば、勢いがつくのは初めだけで、すぐに不機嫌な音を立てて止まる。
時を戻せるなら。
胸を絞られるような後悔とともにそう願っても、その後に降り積もった時を振り捨てるのはいつか惜しくなる。
本当の本当に、時が戻せるなら。
もっとふさわしい時機を未来に探すだろう。
運命を捻じ曲げても作為のちらつくハッピーエンドを手に入れたいと渇する、その瞬間まで。私はこのまま生きるだろう。
もし幽霊と顔を合わせることになっても、これから先は私の縄張りだ。
携帯電話が再び震え始める。
むずかる子を連れて人気のない場所へ出るように、小走りに公園を出ようとして思いつく。
「前も言ったけど、上村でいいよ」
振り向きざまに放り投げて、最後まで見届けることなく未来に走る。




